27話 月のブランコと美少女と
「グルゥゥゥゥウゥゥゥウゥゥ」
今や店のだだっぴろいエントランスには、4頭の巨大なトラがすぐにも飛び掛かりそうな姿勢で包囲してくる。
何か一つの挙動でトラたちが今にも襲い掛かって来る。そんな一触即発の緊張感に支配され、誰一人動けないでいたかと思えば我らがYouTubo界の女王ヒカリンだけは違った。
「『
ヒカリンがその場でぐるりと回転すれば、周囲の地面から眩い
「
俺が先輩たちに忠告しても、2人はあわあわと動き出せずにいた。
「バカンナギ! 逃げるのはあんたの方よ!」
「狙われてるのはおじさんです。白虎たちはモブをスルーします」
「え、なんで?」
「説明はあとです」
「ほら、口答えしないで、あたしに抱かれなさい!」
「へっ!?」
ヒカリンとお隣さんの勢いに押され、気付けば俺はヒカリンにお姫様抱っこをされていた。そして例の如く、彼女の爆発的な身体能力で以て店の出口までひとっ飛び。
「アヴァヴァヴァヴァヴァヴァ……」
そして例の如く、全身が痺れるのもご愛敬。
「おじさん、キモいです」
すぐ隣を猛スピードで跳躍してくるお隣さんがボソッとディスってくるが、俺は感心している。さすがはチャンネル登録者300万人のステータス。このハイペースにも顔色一つ変えずについて来ている。
「あっちもなかなか早いわね」
「街灯と街灯の間を稲妻みたいに
「ちっ、無差別に街中の電力奪いすぎ」
「お相手はなりふり構わずです」
どうやら、そのようだ?
正直、俺の視界はブレていて自分がどこでどう動いているのかはまるでわからない。かろうじて建物の壁や車の上、とにかく街中を立体的にビュンビュン移動しているのだけはわかった。
そんな俺たちを追ってこれるのだから、トラたちも相当な高速移動を繰り返しているのだろう。
ああ、すぐ傍で光の帯が直進したぞ?
ああ、チカチカする。
「これじゃあきりがないわよ……あいつら、街灯の電気を奪って際限なく湧き出てくるし」
「街明かりが届かない場所まで逃げます。僕に捕まってください」
「そろそろ駆け巡るのも飽きてきたし、後は任せたわよ」
「それでは僕の眷属よ、その
おおう?
何やら宙を飛翔している俺たちのすぐ真下で黒い何かが蠢いたかと思えば、それは大きな
次の瞬間、ぐおんっと身体全体に重力がのしかかり、蝙蝠さんの背中に乗った俺たちは猛スピードで星空へと飛翔する。
「もう大丈夫そうね」
「ゆらゆら揺れます」
「それぐらい風情じゃないの。またあんたと共闘できてあたしは嬉しいわ」
「そうですか」
2人は親しい間柄なのか、特にヒカリンは満面の笑みでお隣さんを抱き寄せている。
ちなみに俺は彼女の拘束から解き放たれ、月へと伸びた紐っぽい物に必死になって掴まっている。超超高度からの空中ブランコを3人でしてるようなものなので、落ちた時のことを考えれば当然だ。
「そういえば、あんた何そんなの
「別に。ヒカリンには関係ないです」
「ふーん?」
なぜかパーカーのフードを被りなおしたお隣さんに対し、ヒカリンは面白そうに指摘する。それを嫌がるかのようにお隣さんはフードをさらに深く引っ張った。
「えっと2人は知り合い?」
「当たり前でしょ、バカンナギこそ何言ってんの?」
さすがYouTubo界の女王。
顔が広い。
「それにしてもヒカリン、中立派閥は徹底的ですね。新参者の身辺状況を洗い出すために、数日間スマホまで没収するなんてプライバシーの侵害も甚だしいです」
「現に、こうやって
「厳し過ぎです。入りづらいです。だから中立派閥は弱小のままなのです」
「少数精鋭と言ってほしいわ! そもそも信用できない仲間なんてこっちから願い下げよ!」
ヒカリンさん……お隣さんは裏で【神殺しの派閥】なんて物騒な派閥を作る手助けをしてるらしいっす。
彼女の涙ぐましい努力が水の泡に帰しているなんて言える雰囲気でもない。なにせ今回はお隣さんの持つ情報に助けてもらったという借りもあるし、なによりここで俺がヒカリンにバラしたらお隣さんにこの場でボコボコにされる可能性もある。
ああ、どうして大人気インフルエンサーの美少女2人といるのに、こうも殺伐とした状況ばっかりなのだろう。
はやく
「それじゃあ本題よ、バカンナギ。あんたはヤバイ」
「そうでした。おじさんには危機が迫っています」
「……だんだんと命が懸かっている状況が日常に思えてくる今日この頃。わしはもう疲れたぞ」
冗談めかして2人の言葉に返答する。
でもそうでもしないと、連続で死にかける現実を直視できない。
「うわ、なんかあんたじじクサいわよ?」
「いやー、心を枯れさせないと悲惨な状況を直視できなくて。だってここ数日で何度死にかけたか……ちょっと鈍くならないと見も心も壊れかねないです」
「おじさんは既にものすごく鈍感なので大丈夫です」
なぜかバッサリ切り捨てるお隣さん。
「と、とにかく今回も俺を救ってくれてありがとう。で、どうして俺は危険なの?」
「自由派閥のごく一部のYouTuberがあんたを狙ってるらしくてね」
「おじさんは、僕がつい最近まで自由派閥にいたのは御存じです」
確かお隣さんは自由派閥からヒカリンが属する中立派閥に移籍したんだっけか。
「中立派閥に移籍したからといって、自由派閥との繋がりがすぐに切れるわけではないです」
「なるほど、ぼっちちゃんの伝手で俺が自由派閥のユーチューバーに狙われている情報を手にしたんだ」
「そうです。どなたが狙っているのかまで詳細は聞けませんでしたが……彼らは自らのリスナーを通しておじさんの配信をチェックしたそうです」
「え……じゃあ、俺の【
「そうね。あれって配信のオンオフができないわけ?」
「できる……ようになった」
「じゃあ次からは慎重に判断して配信しなさい。見せていいところ、見せちゃダメなところ、あるでしょうから」
「うん」
リスナーを介して、他のYouTuberに俺の状況を把握されるリスクがあるのはキツイ。かといってリスナーのコメント抜きであの世界を生き残るのも厳しい。
うわあああ……めっちゃ縛りプレイじゃん。
「どうして俺を狙うの?」
「自由派閥にとってあんたは危険だからよ。だって考えてみなさいよ、【
「
「なるほど……自由派閥はこっちにリークされたらマズいこともたくさんやってると……」
「危険視してるのは自由派閥だけじゃないわよ」
「え!?」
自由派閥って異世界YouTuber全体の3割にもおよぶ勢力だったよな。
そんな大御所に睨まれつつあるだけでもやばいのに……他にも俺を危険視する派閥があるとか笑えない。
「その派閥ってどこなの?」
「最大規模を誇る【まじめ派閥】よ」
「おわた」
異世界YouTuber全体の4割を占める最大派閥じゃないかあああ。
「【まじめ派閥】は【
「今を生きる全ての人々を敵に回す所業になりかねないです」
「でもね、『今が生きづらい』って感じてる現代人もたくさんいるの。世の中に不満を持ち、今の生活から抜け出したくてもどうしようもない人たちにとっては————」
「俺の配信を通して、そういう層は【まじめ派閥】を支持する可能性もあるから、まだ俺には手を出してない……様子見ってわけか」
思ったよりもYouTuberの派閥は複雑だ。
「おじさんは、なかなか面白いポジションにいます」
「ぶっちゃけ、現代の地球のままがいいって主張する【オレオレ派閥】もあたしら【中立派閥】も、あんたって存在がどう転ぶかわからないから危険視してるわよ?」
「同時に、おじさんはYouTuber界隈の
「そ。だって、あんた次第であたしらを善にも悪にも映せるでしょ?」
そうか。
俺の役割を現代で例えるなら、報道やメディアと同じなんだ。
「俺を抱き込めば……俺と仲良くしていれば都合のいい箇所だけ配信して、派閥の印象操作もできるってわけか」
「そ。例えば亜人の村落一つを皆殺しにした【まじめ派閥】の【宇佐堕ぺこり】ってVTuberがいるけど、『ぺこりが人助けをしているところ』だけをあんたが配信すれば、彼女の人気も上がるし【まじめ派閥】を支持する人間も増えるでしょ?」
「ある意味、おじさんはユーチューバーにモテモテです」
「おおう……」
だからヒカリンは色々と親切にしてくれるし、お隣さんも助けてくれた?
「あんたが思ってるように……あたしの中で一切の打算はなかった、なんて嘘は吐かないわよ。ただ、あんたの
「だからおじさん一人の命だと思わないでください。失うわけにはいかないです」
星空の下、彼女たちが静かにじっと俺を見つめる。
その瞳に宿る強い輝きは俺を射貫き、彼女たちの本心を見た気がした。
ヒカリンもお隣さんも、やろうと思えば言葉巧みに俺を自派閥に引き入れることはできただろう。だって、あんな命が懸かった状態で助けられてしまえば、俺の信頼を獲得できるからだ。もしくは助けてやる代わりに自派閥に入れと脅したりもできたはず。
俺が派閥に入らざるを得ない状況に追い込まず、各YouTuberの派閥状況を説明してくれたりする彼女たちは真摯だし、俺の判断や気持ちを尊重してくれている。
少なくともいきなり現実で襲ってきた【自由派閥】のYouTuberよりは信用できる。
「あんたは今後の方針をじっくり考えなさい。それぐらいの時間は、あたしらが確保してあげるわ」
「世話の焼けるおじさんです」
2人の口調はそっけないけど、内容は温かみに満ちたものだった。
「しっかし、いい景色ねー! ちょっと肌寒いけどお月見ブランコって気持ちいいー!」
「ゆらーんって揺れなければ最高です」
怖い話はおしまい、そう言わんばかりにヒカリンがはしゃぎだす。
確かに彼女の言う通り眼下には絶景が広がっていた。
水面に反射する星空の如く、爛々と光る都市の輝きを一望できるのは格別だ。こんなシチュエーションは、お気に入りのグラスで一杯やるのがふさわしい……。
そこまで思いつけば、リュックに入ったグラスへ自然と手が伸びていた。慎重にグラスを取り出し、そして保温式の水筒から温かいミルクティーを注ぐ。
やわらかいミルクの香りと温かな紅茶が口に広がれば、度重なる緊張を溶かしてくれる。
うーん、やさしい味を喉に通して、ほっと一息。
さっきまでの危機が嘘みたいだ。
全身を包み込むようなホットミルクティーに乾杯!
「は? あんた何やってんの?」
「この香り、おじさんはミルクティーを飲んでいますね」
「はー!? あたしらにもちょうだいよ!」
「ピンチを助けたのです。抹茶ラテのお礼の1つや2つあってもよいのです」
「なんで抹茶……抹茶ラテはないけどミルクティーでよかったら……あっ、でもグラスは俺が使ってるから……」
「水筒ごと寄越せばいいのよ! あたしらは一緒に飲むもんね?」
「仕方ないので、ミルクティーで手を打ってあげます」
ほう。
この2人は関節キスも厭わない間柄なのか。なんて事をぼんやりと考えながら、2人の少女がキャッキャするのを視界の隅で捉えつつ————
俺は静かに、眼下に広がる美しい景色を楽しんだ。
◇
カラオケ&ボーリング場のエントランスで、茫然自失だった男子高校生2人はむくりと起きる。
「なあ、俺たち夢でも見てた……?」
「ヒカリン、ゆめみるぼっち、電気トラ……?」
「
「ヒカリンもみるちゃんも宙を飛んでた……」
頭がひどく混乱しているような彼らは、支離滅裂な発言を互いに確認し合っている。
「夢、だよな?」
「たぶん……? いやでも今度、
バイトの後輩の名を口にした。
◇◇◇
あとがき
応援、☆、ハート、コメント等、いつもありがとうございます!
◇◇◇
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