12,5話 陽キャの信念
「
「髪の毛がやばいことになってるよ……ヒカリンえぐすぎ」
「いきなりスタンガンとかやばくね?」
「やばいやばい。やばい可愛かったけどやばい」
黒井と差部津は俺を庇うが、周囲の何人かが白けた視線を向けているのがわかった。
他は俺に関心すら抱かず、ヒカリンとおっさんの話題で持ち切りだ。今の俺にとって助かるが、その事実は屈辱以外のなにものでもない。
クラス一の美形であり、YouTubo登録者数6万人超えの俺より!
ゴミであるおっさんが注目されるなどあってはならない!
「ヒカリンとおっさんは……?」
「えっと、なんかどっか行っちゃって」
「後を追いかける奴らもいたけど、どこ行ったんだろ」
ヒカリン……俺は眼中にないってか。
「俺……保険室、行くわ……」
「じゃあ俺らもついてくよ」
「吉良くんマジで身体とか痺れが残ってたりしない?」
「大丈夫だ。今は1人にしてくれ」
2人には悪いが、今はあいつらが傍にいるだけで惨めな気持ちになりかねない。
こんな姿を友達に見られる事態、俺にとって恥の上塗りでしかない。
「どうしておっさんなんかに喋りかけて……俺を無視した……!?」
俺はチャンネル登録者が増えるためなら何でもやってきた。自分をブランディングするために、最大限の力を振り絞ってきたんだ。
「それなのに……どうして、Youtuboにおいて何の努力もしてないような奴が! 自分を諦めたクズなんかがヒカリンに話しかけられる!?」
全力で動画に勤しんで、それでもまだまだ届かない奴らはたくさんいて。
上には上がいる。
やってみたらわかるが、Youtuberはかなり大変だ。
「外見は重要だけど、俺だってヒカリンに負けてない……」
ヒカリンは見た目が非常に良い。4分の1が北欧系の血が入っているとの事で、かなりの美少女だ。白金に輝く髪の毛をツインテールでまとめ、金の瞳はいつも自信に満ち溢れている。肌も芸能人顔負けの美白さが動画越しでも伝わってくるし、おまけに鼻は高く、唇はぷっくりと小ぶりだ。男なら誰もが目を惹かれる容姿の持ち主なのだ。
俺も美容に力を入れオシャレや流行には鋭いアンテナを張り、容姿関係は磨きに磨きぬいている。
「ヒカリンは商品レビューをよくやってるが、俺だって企画力じゃ負けてない」
女子高生目線で、その辺のコンビニに売られているお菓子の味などに点数を付けて評価しているヒカリン。彼女が持つ独特の視点から繰り広げられるリアクションは、見ていて飽きない。この俺ですらも笑わせ、ついつい他の動画も漁るように仕向ける周到さ。
無邪気で元気良く、時に偉そうに、そして謙虚にと、目まぐるしく表情を変えながら『風船ガムの風船を限界まで膨らませたら爆発して家吹き飛んだ』という馬鹿らしい行為に挑戦している彼女は、やはり面白い。
「あれもステルスマーケティングの一環だから、ふざけてやってるわけじゃない。商品を魅力的に引き立てる、計算し尽くされた動画か……」
一見、楽しそうに動画を撮っているようにしか見えない彼女だが。
裏では企業から依頼が来ており、商品紹介をする代わりにお金をもらっている。いわゆる広告費というやつで、大手になればそういった仕事も入ってくる。
ヒカリンには多くのチャンネル登録者がついているわけで、ヒカリンがその商品に良いイメージ動画をアップすれば、おのずと視聴者もその商品を知る事になる。そして購買意欲の促進に繋がる。
これは規模の大きなユーチューバーの特権と言えるだろう。
俺達のような弱小ユーチューバーには企業からの声なんて一切かからない。
商品紹介の報酬相場は、チャンネル登録者一人につき2円~5円であるから、ヒカリンの1500万人……つまり1回のステマ動画で3000万円以上も稼いでいる。さらに1再生0.1円~0.3円ほどの収入もYoutuboから振り込まれるわけで、十代の女子高生が大人より強かに仕事をこなしているのだ。
「だからリスペクトしてたんだ……」
自身の知名度やSNSでの影響力をフルに活用し、イベントやライヴによるチケット販売、グッズ販売、スタンプの販売など多岐に渡ってお金を稼いでいる。
金にがめついとかの中傷をネットで見かけるが、文句を言っている奴らは少し冷静になれ。
たかだか10代そこらの少女が、多忙極まるビジネスに全身全霊で取り組む姿に感服すれこそ、
あんな仕事量は、俺だったら耐えられない。
さらに、他人に見られるというのはストレス負荷が大きい。俺もこれはゲーム実況を通じて始めて実感した事だ。ネットは匿名性が高く、何を言っても許される、リスクの少ない世界だ。おのずと無法地帯だと錯覚しやすい輩は多く、そういった存在にはひどく心を擦り減らされる。
ヒカリンより何百倍も小規模のチャンネルでゲーム実況をするだけで、かなり神経を尖らせて色々と思案する機会があるのだ。1500万人を抱えるヒカリンの苦労は俺の比じゃないはず。
「しかも、動画の更新ペースが毎日とか……すご過ぎる……」
俺は以前、生配信でゲーム実況をしてなかった。というのも、ゲームを上手にプレイしつつ同時に面白い喋りを考え、しかも視聴者のコメントを拾う、なんて高等テクニックは到底無理だと判断したからだ。
だから何かしらのトークテーマを決め、プレイ画面を録画する。その後、録画データを見直して、ぐだった箇所はカットしたり視聴者さんが見てくれそうな内容に動画編集をしてまとめる。
しかし、これにはかなりの時間と労力を要する。
仮に2時間録画をしたとするなら見直しだけで2時間かかり、編集で6~12時間以上はかかる。
毎日投稿を始めわずか1カ月で根を上げた俺は、ただゲームのプレイ画面を垂れ流しにするだけで動画になる生配信にシフトしたのだ。それでも週に一本は編集した動画をアップするように心掛けているが、結局はクオリティよりも継続と
あとは話題性のあるショート動画をアップして、とにかく自分を発信してブランディングしてゆくのも忘れない。
そうして負担を減らしても、毎日配信は辛いと思う日がある。
「彼女は一体、どれほど強靭な根性を持っているんだ……」
やってみればわかる。ヒカリンの偉大さが。
「もう金には困らない程、稼いでいるだろうに……」
一向にヒカリンの動画投稿ペースは落ちない。
そもそも俺だったら年間で5億以上も稼いでしまったら、しばらくはのうのうと何もせずに暮らす自信がある。
何が彼女をそこまで、駆り立てているのか気になってしまう。
「あのハングリー精神はどこから来てるんだ?」
今や彼女の立場は不動になっていて、芸能人よりも絶大な人気を誇っている。
そんなヒカリンに羨望を抱くと共に、自分と彼女で何が違うのかと思いふける。
「……俺には、何が足りない?」
足りないものだらけだった。オリジナリティ、独創性、武器になる特技、喋りのうまさ、目を惹くような動画内容、企画力、笑いを誘う展開力と動画編集力。
絶望的に差があった。
「だからといって、俺がおっさんより
自問自答。
「どうせできないとか、面白くないとか、ディスりを入れてくるアンチ共にあっと言わせたくて……何の努力もしてないクズアンチに負けたくなくて、伸びるためなら何でもやってきた……そんな、俺を……ヒカリンは!」
俺の恵まれた容姿と成功に嫉妬してくるクソリスナーを圧倒したくて……俺は……。
そこまで思考してハタと気付いてしまった。
「……あぁ、そっか。俺も結局はあのクソみたいなアンチたちと同じで、おっさんを貶めていたんだ」
くだらない下賤な奴らと変わらないことをしていたと、ようやく気付く。
すると俺の中でおっさんやヒカリンに向けていた憎悪がポキリと折れてしまった。
悪いのは俺の方だったと。
どうしようもなく————
「どうしようもなく、俺は底辺クズ野郎だ」
だが、口では諦観したように振舞えても一向に思考の熱はおさまらない。
頭では納得できても、心が納得してくれない。
諦めるなとプライドが叫ぶのだ。
なにより、『何をしたって無駄だ』と心ないコメントを書いてくる、中傷奴ばかりが俺を見ているわけじゃない。
こんなクソみたいな俺を心から応援してくれるリスナーだってたくさんいる……。
その人達のためにも————
自分のためにも————
俺は今よりもっともっと輝き続ける。
「同じ高校生のヒカリンにできて……俺にできない理由、これ一切なーい!」
————
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