13話 俺だけ命がけで配信してる件


権能スキル『朽ちぬ肉体』Lv2 → Lv3にアップ】

【Lv3……肉体的損傷の修復スピードが上昇する】


「生存率を上げたいなら、この権能スキルのレベルを上げる一択だな」


 自動回復能力がある権能スキルLvを上昇させた俺はロザリアと共に、いよいよ周囲の探索を始めた。

 山のように切り立った激しい傾斜が続き、輪っか状におさまる地形が天空に浮いているのだからファンタジーすぎる景色だ。


「ロザリア。ここら一帯はなんなんだ?」


「【空の王冠】と呼ばれ、かつて【影の王】が座した天空山脈です」


「【影の王】? 空と影じゃ何も結び付かないような……?」


「【影の王】は自らの領域を増やすために天空山脈を創造し、大地に巨大な影を落としたです。その山脈内に坑道を掘ったり、空にすら影の拠点を築いたです。カゲだけに加減カゲんを知らない、です」



「え、じゃあ今もダンジョン的なのがこの山脈の中に……?」


「いいえ。見ての通り、山脈は穿たれぽっかりと空洞が開いた【空の王冠】となったです。今は【影の王】の残滓や眷属がうろつき、それらをついばむ共生者と……新たな王がいたはずです」


「具体的には?」


「【太陽を隠す鯨クラウドホエイル】や、その湿気を好む【水星を流す大鷲アクアイーグル】です」


「そ、そんなのいなそうだけど?」



 空は一点の曇りなく澄んでいて、彼女が言った怪物の姿は見当たらな————

 ん? 急に暗くなった?


「【狂い神】を恐れて散ったです。でも……神の気配が消えた今、ほら、【太陽を隠す鯨クラウドホエイル】の群れが戻ってきてるです」


「え。あれは雲じゃ?」


 俺たちの頭上に影が落ちたと思えば、その正体は大きな雲だ。その雲はそのまま山服にゆっくりと流れ、周辺を白で飲み込もうとする。

 非常に圧巻な光景だ。


「でっか……すご」


 標高が高いだけあって、雲を間近で見れるロケーションは感動的だ。


「あれが【太陽を隠す鯨クラウドホエイル】です。これからもっと数が増えるです。その前にほふるです?」

「え? あ……雲が……クジラになった?」


 正直、俺は腰がぬけそうだった。



クモを見て苦悶クモんを浮かべる、です」


 面積で言えば公園よりもでかい雲がゆっくりと、いや、遠くから眺めればゆっくりだが、すぐそこで見れば猛スピードで白い領域を広げつつ迫ってくるのだ。その実態のない白が、徐々にクジラの姿形や色を帯びて実体化しつつある。


「ゆーま、鍛錬するです?」


 すでに俺たちを捕捉したのか、滑らかに艶めく頭部がこちらを向いている。

前回の龍より小さいとはいえ、【太陽を隠す鯨クラウドホエイル】とやらもかなりのサイズだし、ロザリアが平然としていられる理由が全く以てわからない。

 


『でっけえな』

『前半身がクジラ、後半身がまだ雲か……攻撃したら霧散されたりして無敵っぽくね?』


『前回の龍と比べたら楽勝である可能性無限大である』

『◆おっさんには吸収しちゃうスキルがありますから安心です《1000円》◆』



 そうだ。

 俺には龍を自分の体内に取り入れ、ステータスを強化できる権能スキル? があるっぽい。それに該当する説明文が記された権能スキルは一切ないけど、何かの副次的効能だろう。

 リスナーのコメントに励まされ覚悟を決める。



「よし! どんどん吸収してやるぜ! かかってこい!」


 俺はガクガクと震える両膝を意思の力でどうにか抑え、【太陽を隠す鯨クラウドホエイル】めがけて全力で走る。

 といっても地形が斜めの関係上、思うような速度は出ない。


「ゆーま。先に行っちゃダメです」


「これは俺の訓練だから、任せて!」


「待つです。【狂い神】の時みたいに、同命化トレースはできないです。注意するです」


同命化トレース?」


「吸収です。ゆーまは【太陽を隠す鯨クラウドホエイル】相手に同命化トレースできないです」


「……それを早く言ってくれえええ!」


太陽を隠す鯨クラウドホエイル】はすでに目と鼻の先まで迫っていて、恐怖でカクついた両足がもつれる。


「おわっ!?」


 というか転んでしまった。

 斜面を転がり落ちる俺の視界を草花が一斉に占拠し、思わず目を閉じてしまう。


————刹那、真横に豪風と轟音が響き、左腕に激痛が走る。



「ぎゃああああああああああああああああああああああ!?」


 何が起きたのか、それを把握するより意識は右肘の燃えるような熱さに根こそぎ持っていかれる。

 熱い熱い熱い痛い痛いいいいいい!

 あまりの苦痛に悶え、ゴロゴロと斜面を下っていく。体の至る所をぶつけ、更なる痛みと衝撃が襲い掛かりもはや何が起きているのかわからない。



「ゆーま、腕だけでよかったです。まずは僕の戦い方を見るです」


 涙でぬれた視界にロザリアの綺麗な銀髪が流れ、彼女に抱き留められたと把握する。


「【太陽を隠す鯨クラウドホエイル】は、【影の王】の貪欲な習性だけは色濃く受け継いでるです。光を潰したい本能から、光り物に興味を示すです。かといって大した知性はないので、そこを突いてやるです」


 彼女の説明を聞きながら、俺の右腕がどうなっているのか確認して吐きそうになった。



「ぐぅぅぅううう……はぁっはぁっはぁっ……ぁぁぁああっ!」


 俺の右腕は肘より下が真っ赤に染まり消えてなくなっていた。おまけとばかりに、白い骨がいくつか飛び出ていて、思わず目を覆いたくなる光景だ。


凹凸オウトつな腕を見て嘔吐オウトしそう、です?」


『このゲームぐろすぎだよなww』

『YouTuboの規制入らないのが不思議だわ』

『【太陽を隠す鯨クラウドホエイル】があごをモサモサしてるから喰われたなこりゃw』


『ロザリアたんのダジャレがwwwwwww煽りにしか聞こえないwww』

『おっさん、いくら何でも叫びすぎw』

『うるせえwww』


『ちょっと演技にしてはガチすぎである』

『◆聞いてる私まで痛ましくなります《2000円》◆』


 リスナーたちがぼやくので、どうにか苦悶の声を抑えようとするが……痛すぎて上手くいかない。



「はぁッはぁッ……はあ。ぐうううううう」


「ゆーま。しばらくしたら腕は治るです。それより、【太陽を隠す鯨クラウドホエイル】の倒し方ですが、まずは光る何かを発生させるです。ちょっとゆーま、ゴロゴロ寝てないでしっかり見るです」


 いやいや、そんなできて当たり前みたいな無表情で言わないで!

 めちゃめちゃ痛いんだって!


 そんな俺の苦痛などどこ吹く風で、ロザリアはマイペースに何かのカードをかかげた。



「魔法カード発動……【太陽の息吹いぶき】」


 すると彼女の掲げたカードから無数の輝きが……オーロラのような光の帯が空へと延びてゆく。

 眩く走る熱線は幾筋にも枝分かれし、波打っては虹色に発光している。そして街灯に群がる虫の如く、その光に惹き寄せられた【太陽を隠す鯨クラウドホエイル】は【太陽の息吹】に何度も何度も両断される。

 しかし【太陽を隠す鯨クラウドホエイル】は霧のように形を崩すだけで、すぐに実体化してしまう。だが、それもしばらくすればクジラ形態を保てずにシュュウゥゥゥウゥっと奇妙な音を立てて消失し始めた。



『どうやって倒してるんだ? 相手は雲だぞ?』

『雲は水蒸気が冷やされて生成されたものである。逆に空の空気を熱くしてやれば霧散するのである。もしくは上昇気流を発生させて周辺一帯では雲を作れない状態、近づけさせないといった理屈であるか?』


『◆でも、クジラの残骸? 肉塊みたいなのがぐちゃぐちゃになって残ってますよ◆』

『ファンタジーだな』


 さらに遠くにいた他二匹の【太陽を隠す鯨クラウドホエイル】がこの光に気付き、自らの命を絶つ行いを繰り広げてゆく。


「熱して、吹き飛ばして、こんな感じです、ゆーま」


太陽を隠す鯨クラウドホエイル】たちの最期を見届けたロザリアは、無表情ながらにどこか誇らしげな顔で振り返る。



「いや……俺にはできないから……」


「いずれはできるです?」


「れ、Lvアップか……」


「ほら、腕も治ってきたです。次の修練をしましょう」


 ロザリアの言う通り、俺が失ったはずの腕は筋繊維からもりもりと生え始めていた。

 いや、まじでグロい。


「ぐぅぅぅうう、めっちゃ痛いぞこれ……」


「神無戯の【朽ちぬ肉体】の再生力は随一です。でも、痛みもずば抜けてるです」


 それから数分が経つ頃には潰れた腕が完全に修復され、ようやく痛みから解放された。

 この再生能力は驚嘆に値するけど、痛みはどうにかしてほしい。

 というか俺って今回の戦闘で何もできなかったわけで、これは早急に他の権能スキルを使いこなせないとまずい。


 何か敵にダメージを与えるような権能スキルはないのか? と権能スキル欄を確認してみると……ん、あれ? また権能スキルのLvアップができる?



権能スキル『アンチ殺し』……『光を喰らう心』を折ったので権能スキルポイント1取得】

【好きな権能のレベルアップが可能】



「まじか……何もせずにLvアップできるとか……いや、俺は苦痛に耐えたんだ……」


『おっさんはさっきからヒィヒィ言い過ぎww』

『いい加減、演技やめろ』

『おっさんの激しい息遣いとか誰得だよw』

『なんかガチっぽいんだよな……』

『痛ましいのである』

『◆リアルすぎて心配になります《3000円》◆』


 さんざんなリスナーのコメントに俺はとある事実に気付いた。

 そういえば、まだリスナーにこの世界の説明をしてなかったのだ。



「あぁ、リスナーのみんな。言い忘れてたけど、これってゲームじゃなくてリアルだよ、現実リアル。わかりやすく言うと異世界転移みたいなものなんだ」



 ————この後コメントが大荒れした。




◇◇◇

あとがき


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◇◇◇

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