10話 日本一の女子高生YouTuberヒカリン


「ひゃっほおおお!」


 すごい、すごいぞ。

 俺は高層マンションの13階から1階まで、あらゆるルートを使って一気に駆け降りていた。

 いや、飛び下りるに近い。

 

「身体が軽い、早い!」


 階段の折り返し地点を飛び越え、その勢いのまま壁と壁を蹴って着地。

 想像する動きに身体が追い付く爽快感は絶大で、ものすごく気持ちよい。自由自在に飛び跳ねたり、アクロバティックに決めてみたり、動画でしか見た事ないオリンピック選手ばりの動きを再現してみたり。



「うわ……すごい、ぞ。パルクールなんかもできちゃう!」


 これはステータス上昇の恩恵としか言いようがない。

 たしか以前の俺のステータスは【HP7 MP4 力3 色力いりょく4 防御3 素早さ4】。そこから【HP11 MP12 力9 色力いりょく24 防御6 素早さ8】と強化され、単純に力が三倍、頑丈さや素早さも2倍になる計算だ。


「この感覚。ステータス上昇と辻褄が合う」


 ここまでくればロザリアさんの話もいよいよ信憑性が深まってゆく。



「よし、そうとわかれば学校に急げ。お隣さんに何が起きているのか根掘り葉掘り聞いてやる」


 実は家を出てすぐにお隣さんを訪問したけれど、何度チャイムを鳴らしても反応はなかった。SNSアプリの既読も昨夜からつかず、音信不通である。

 そうなると、お隣さんと接触する機会は学校のみ。

 俺は万能感に酔いしれながら全力で通学路を駆け抜ける。すごい身体能力に加えてハゲも治り、気分は上々だ。こうしていつもの半分以下の時間で、学校に到着した俺を待っていたのは————



 お隣さんではなかった。



「おっ? お前、『おっさん』か?」


「え!? 『ずる剥けゆーま』の亀頭が完全に被ってるやんww」


「その髪の毛どうした? カツラか? 植毛か?」


 不運なことにお隣さんを見つける前に、俺は吉良くんや黒井くん、佐部津くんの3人組と遭遇してしまう。



「や、やあ……3人ともおはよう」


「おいおいおい、おっさーん! マジでその頭どうしたよ。うけるんだけど」


「お前さ、俺らにいじられにきてるっしょ?」


「カツラってわかるの承知で、かぶってくるとかエンターテイナーかよ」


「体張ったネタから男気感じるわ。あ、こいつの名字って神無戯かんなぎだったよな? じゃあ今日からカツラギって呼ぼうぜ」


「なにそれ呼びやすくて最高じゃんww」


「よっ、カツラギ! ハゲおじのビフォアフターってタイトルで動画撮らせてくれよ」


 そうだ。

 これは『いじり』であって、いじめじゃない。

 吉良くんたちは俺をいじってくれている。

 だから嘲笑にあふれ、周囲の視線が痛くなっても気に病む必要はないんだ。

 俺が我慢して、笑って許せばいいんだ。

 

 

「え? あれって神無戯かんなぎくん?」


「ちょっと雰囲気よくなってない?」


「髪の毛が……生えてる?」


「植毛おつ」


「見ろよ、あの頭。亀頭から、陰毛パラダイスに進化したな」


「よっ、陰毛ユーマww」


 周囲の奇異の目は、次第に侮蔑の眼差しに変わる。

 これは仕方のないことだから俺も笑う。

 自分で自分を嘲笑わらう。



「あははは、どーもー! 陰毛ユーマでーす!」


 売れない芸人みたいな挨拶でヘラヘラとやり過ごす。

 これ以上傷つきたくない。

 だから、そんなものだろうと笑う。


 そうやって俺は自分を諦め、期待せずに、自分を守ってきた。



「くっそおもしろいわw」


「吉良くん、動画撮ろうぜ」


「まてまて、まずはズル剥けゆーまになってもらってからの陰毛ゆーまに大変身って流れが大切なわけで」


「カツラギの動画撮るの!? おもしろそ!」


「えっ、俺らも見たいんだけど」


「カツラギ! ちょっとこっち来いよ! めっちゃ面白そうじゃん!」


「あははは……」


 見た目がちょっと変わっただけで、何かが変わるなんて期待してた俺はバカだ。

 俺自身のり方が変わらないと、何も変えられない。

 でもどうやったって変えられないことはあって……。


 みんなが面白そうに賑わい、ネタの中心が俺だから抜け出すなんてありえない。拒否するなんてダメだ。みんなが望むなら、俺の意思やプライドなんて捨てるべきで、許すべきで、仕方ないんだ。

 そう、これは『面白いイジり』なのだから————





「なにそれ、つまんないわよ」




 誰もが面白いと笑い合う中、唐突にその澄んだ声が落ちる。

 誰一人として逆らえないはずの流れに、いとも簡単に波紋の石を……意思を投げたのは一人の美少女だった。


「光在るところに私在りってね」


 彼女は太陽と見まがうほどの豪奢な金髪をツインテールで結び、西洋の血が混じった美しい顔に力強い笑みを浮かべていた。


「ぷんぷん、ハローユーチューボ。どうもヒカリンです」


 お決まりのイェッサーポーズで俺に近づくのは間違いなくヒカリンその人である。

 みんなは何が起きたのかわからず、空気が静寂に塗り替えられる。しかし次の瞬間、ドッと賑わいを見せた。


「え!? ヒカリン!?」

「本物じゃん!」

「頭ちいさっ!」

「足ながすぎ……」

「モデルかよ」

「めちゃくちゃ可愛い」

「てか、なんで陰毛ユーマにヒカリンが……?」

「え、あの二人って知り合いなの?」

「どうしてカツラギなんかが……」


 さすがはユーチューボ界の女王と呼ばれるだけあって、ヒカリンの知名度は絶大だった。

 チャンネル登録者1500万人超えは伊達じゃない。



「あ、あの、ヒカリンさん。俺は吉良爽太きらそうたって言います」


 ざわめく群衆から、ヒカリンの前に一歩出たのは吉良くんだった。

 さすがは男子の筆頭格である。



「その、俺はヒカリンさんのファンで、会えてものすごく嬉しいです。俺も一応ユーチューボやってて、チャンネル登録者は6万人で————」


「あんた、名前は?」


 ヒカリンはまるで吉良くんがいないかのように振舞い、俺に問いかけてきた。

 これには吉良くんも驚いたらしく、ヒカリンに再度話しかける。


「ちょっとヒカリンさん。無視とかひどくないですか?」


「人の心を踏みにじる陰湿リスナーに、私の時間いのちく価値なんてないわよ」


 凛とした佇まいと、ほんの少しの苛立ちを含む顔で吉良くんを一蹴しようとするヒカリン。だが、吉良くんにもプライドがあるらしく執拗に食いつこうとする。

 なにせみんなの前で吉良くんがスルーされ、俺なんかに構うのはあってはならない事だから。


「ヒカリンさんがこんなゴミに一体何の用があるっていうんですか?」


「あんたみたいなゴミに用はないって言ってるのよ」


「チャンネル登録者6万の俺が……ゴミ?」


 わなわなと震える吉良くんを気にせず、ヒカリンは再度問いかけてくる。


「で、あんたの名前は?」


「お、俺は……」


「さっきのくだらないゴミたちが作った名前じゃない方をお願いね」


「このっ、調子に乗るな!」


 ニコリと笑いかけてくれるヒカリンに逆上した吉良くんが、無理やり自分の方に振り向かせようと彼女の肩を掴む。


「俺を無視してそいつと話してんじゃねえ!」

「きゃっ」


 ヒカリンのか弱い声が響くと同時に、バチバチバチイイィィィっと何かが弾けるような音がする。

 あまりに激しく鳴り響いたので、俺を含めた周囲はたじろぐ。

 一体何の音なのか、その答えは吉良くんの身体が激しく痙攣したので察する。そして彼がビクビクと脈打ちながら倒れ伏す頃には、全員が事態を把握させられていた。



「スタンガンよ、スタンガン。無理やり女子の身体に触れるなんて変質者よね」


 あまりにも激しい電流を受けたからなのか、吉良君の艶やかな髪の毛は今やチリチリの黒焦げ状態である。そんな彼を見て、ヒカリンはふふんっと鼻で笑った。



「さすが変質者。髪の毛も陰毛スタイルに変質ってわけね。この、全身陰毛やろー」



 まさか、大人気の美少女YouTuberからそんな汚い言葉が出るなんて誰も思っていなかったろう。そんな意表を突けたのが面白かったのか、ヒカリンはくすりと笑っている。

 みんながその様を唖然と見送るなかで、ヒカリンだけは平然と俺を見据えて喋り続けた。


昨夜ぶり・・・・よね。少し話があるから場所を変えてもいいかしら?」


 ヒカリンのこの一言に周囲のざわめきは一層深まっていった。

 

「おいおい今、昨夜って言ったよな?」

「え? おっさんとヒカリンが一夜を共にした?」

「2人はどんな関係なんだ?」


 周囲がなんと言おうと、彼女は堂々と俺に最初の質問を繰り返す。



「知ってると思うけど、私は音韻おとふみひかり。あんたの名前は?」


「え!? あ、お、俺は————」





1. 陰毛ユーマです

2. 神無戯かんなぎ 勇真ゆうまです

3. え、ナンパですか?

4. ずる剥けユーマです

5. 【おっさんと妹】チャンネルのおっさんだ!




◇◆◇◆


 読者さま参加型の選択肢です。

 1から5の選択によって物語の展開がちょこっと変わります。

 コメント、もしくは作者のTwitterのリプなどに数字を入れてください。  

 @hoshikuzuponpon


 12月27日の17時までに集計します。



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