9話 原罪の血筋


「僕とゆーまは結婚した方がいいです」


「はい!?」


 銀髪の幼女は無表情からのぽやっとした笑顔を咲かせ、とんでもない発言する。



「【血の契り】を交わした方が僕との繋がりが深くなるです。結婚するです」


「いやいやいや、意味わからないって」


ふしだ・・・らな不死だ・・・なって思ったです? 不死だけに」


「ダジャレ……お好きですね」


 なぜか俺が指摘すると、表情に乏しい彼女がさらにスンッと顔色が抜け落ちた。

 ちょっと怖い。



「ゆーま。暦は今、何年ですか?」


「あ、えっと2025年だよ?」


「じゃあ、こちらの世界は40年後ぐらいですか」


「ちょっと何言ってるかわからないんだけど……」


「ゆーまが混乱するのも無理ないです。40年前の1985年。あの日、意思ごと朽ちかけた僕を救ってくれたのがゆーま。だから、僕は今もこうして存在していられるです」


「あの異世界は過去ってこと?」



「ゆーまは現在と過去を行き来してるです。僕にとってこの時代は未来になるです」


「俺が……?」


「ゆーまだけではなく、この時代から複数の人間たちが僕たちの時代を行き来してるです。過去で僕を救ったから、今、あなたの目の前に僕がいるです」


「どちらかと言えば、俺が君に救われた側だと思うけど」


 とんでも理論だな。

 仮に幼女ことロザリアさんの言う通りだとしたら、1985年から2025年の間の記憶が俺にはないってのがおかしい。いや、そもそも全人類が、40年前はあんなファンタジー世界だったなんて認識はないし、その記憶も記録もない。

 教科書通りの歴史であれば、1985年は高度経済成長期が終わり消費税とか制定された時代だ。そんな時代に龍が空を闊歩したり、塔よりもでかい剣を振らせる人間なんて存在しなかったはず。


 仮に40年前がとんでもファンタジー世界だったとして、たった40年でこんな文明が発展してるのはおかしい。色々と信じるには眉唾なものばかりだけど、実際に目の前にロザリアさんがいたりするので全部を否定できない。



「ゆーま。ここには│ガミガミ《・・・・》うるさい神々カミガミはいるですか?」


「神様? 宗教ならあるけど」


「ゆーまは神を見たり、触れたり、会話をした経験はあるですか?」


「いや、そんなのはほとんどの人間がないと思うけど」


「神託を元に、歴史を調整しようと目論む【聖王調律ヒストリカ】といった国名に聞き覚えはあるです?」


「んー、そんな国があるのを初めて知ったかな。宗教国家で有名なのはバチカン市国とか?」


「なるほどです……これが神々のいない未来世界。§ΘΓ¶様はやり遂げたのです」


 ロザリアさんの質問は要領を得ないものばかりだったけど、とりあえず俺は俺で何が起きているのかをどうにか把握しようとする。



「えっと、俺以外にも過去を行き来してるって人はいるんだよね?」


「僕たちは【時を狩る者タイム・イェーガー】と呼んでいますが、彼ら彼女らは自分のことを【ユーチューバー】と名乗ってるです」


「あ、ヒカリンとか?」


「はい。ヒカリンが言うにはチャンネル登録者? 30万人以上のユーチューバーが過去に来ているのだとか」


「俺って全然該当してないじゃん……って、ヒカリンとは仲が良いの?」


「友達だと思ってるです」


「友達……これまた何で?」


「【地球アース】を【地球アース】のまま存続させようとする意志があるからです」


「その話ぶりからすると、地球を何か他の物に変えちゃおうとしてる勢力があるって聞こえるけど」


「はい。ゆーまにもわかりやすく説明すると……この世界は元々、丸い星ではなかったです」


「え?」


 これには驚愕する他ない。



「四角い星でした。その名を【地角アーセ】」


「……【地角アーセ】」


「ヒカリンたちが言うには1999年に【地角アーセ】は、【地球アース】に変容したです。僕にとっては未来の出来事なので何とも言えないけど、ヒカリンたちも詳しくわかってないです」


「それってつまり……1999年に世界は創り変えられたって事?」


「そうです。ヒカリンの予測では、何者かが強大な力を駆使して現在の地球へと創り変えた、とか何とか言ってるです」


「はぁ……じゃあ25年前までの世界は、あんなファンタジーっぽい感じだったと。で、俺たちの知る地球の方が偽物、というか無理やり創り変えられたって話?」


「少なくとも僕はそうだと信じてるです」


 淡々と言い切る彼女だが、全てがにわかに信じがたい内容だ。

 仮に世界を創り変えっちゃった存在Xがいたとして、そいつは物体を創造するだけでなく、生物全ての認識や記憶すらいじれる絶対神のような存在じゃないか。

 1999年と言えば世界が滅ぶといった、ノストラダムスの予言だったりで世間は騒がれていたらしいけど……もしロザリアさんの言が真実なら、文字通り2000年から新世界誕生って流れなのか。



「過去を変えれば、現在みらいも変わるです。1999年に起きる世界変革を阻止し、【地角アーセ】のままを望む勢力がいるです」


「じゃあ、ヒカリンは現在の地球を存続させたい派になるわけで、1999年に世界を創り変えるのに賛同してる?」


「はい。それは僕も望む世界なので、ヒカリンとは協力し合ってるです」


「壮大だな……で、ロザリアさんはどうしてここにいるの?」


 叔母さんや芽瑠めるが帰ってくる前にこの娘をどうにかしないと、俺が幼女をさらった誘拐犯、拉致犯だと勘違いされそうだ。



権能スキルにより、ゆーまの影にぼくの分体を入れておいたのです」


「じゃあキミはロザリアさんの分身、みたいなものであってる?」


「はい、です。最初にゆーまの影に仕込まれた時は、守護するって命令しか出されてないです。2回目はこうして話してもよいと命令されたです」


「守護……じゃあ、トラックから俺を守ってくれたのも?」


「トラック……? ゆーまが走る箱にぶつかりそうになった時に防いだのは僕です」


 なるほど。

 虹の巨人たちを守ったチュートリアルから、ずっと俺の影の中にいたってことか……。



「ちなみに、むーん……現在は本体ぼくと意思疎通ができない状態です。これは拒絶? むむむ、本体の生命感知はしているのに不思議です」


 いやいや、不思議ですって首を傾げたいのは俺の方だから!



「本当にファンタジーだな!」


「早急にゆーまと結婚するです。でないとゆーまをちゃんと守れないです」


「いやいや、なにそれ……どうして俺を守ろうとするの?」


「僕がゆーまに救われたからです。恩返し、です」


「さっきも言ったけど、俺が救われた側だと思うんだよね。その気持ちはすごくありがたいのだけど、結婚はちょっと……」


 もしかしたら、この娘が言う結婚とやらは俺が認識している結婚の概念とは違うのかもしれない。

 なにせ異世界、というか過去世界の人物なのだからそれぐらい文化の齟齬があってもおかしくない。


「ちなみにロザリアさんがいう結婚ってどんなの?」


「おくちときゅっきゅっです」


 ち、誓いのキッスってやつですかー!?

 落ち着け俺……もう女子を軽々しく信用しないはずだったろ。恋子こいこやお隣さんの件でそう決めたからには、いくら美幼女から『結婚』とか『キス』とか言い出されても心は微塵もぐらつかない。



「キキキキキキキスとか、そそそそそんな知り合ったばかばかばかで!? ばかりで!?」


「分体は本体と比べてステータスが4分の1です。今の状態ですと使える権能スキルも制限されてるです。だから結婚するです」


 淡々と結婚するの一点張りの彼女に、俺はひとまず冷静になるために話を逸らす。



「そ、その権能スキル……って、俺に害はあったりするの?」


「害? 少なくともゆーまが持ってる権能の中には、自傷に通ずる効果はないようです?」


「いや、君が俺の影に忍び込む事で、こう何か精神的な疾患を受けるとかそういう——待って、俺にも権能スキルがあるって言った?」


「はい。魔眼で見た限り、五つはあるです」


「は? どうやって確認できるの!?」


用意ヨウイはいらないので容易ヨウイです。権能の確認は、【ステータス】と念じるです」


「やっぱりゲームかよ!」


 なんて突っ込みを入れたものの、自分にも彼女のように実際に行使できる権能とやらがあるのならワクワクものだ。

 俺は急いでステータスと胸中で呟けば、確かにそれらを説明する文章が視界に羅列し始めた。


「これって……異世界アーセにいた時と見たものと同じ……」



【ユウマ】

【HP11 MP10 力9 色力いりょく24 防御9 素早さ8】

【割り振り可能なポイント1 = 信者数/チャンネル登録者数12036人】


「このステータスがどれほど強いかがわからないな……」


「人類の成人男性の平均ステータスはおよそ、【HP8 MP2 力7 色力いりょく4 防御5 素早さ4】、合計値が30前後と聞いてるです」


「ってなると、俺の身体能力ってちょっと優秀?」


 合計値41ポイントも上乗せになってる気がする。

 運動神経が良かった試しがないので、これは後程しっかり確認しておかないといけないな。もしこの数値が示すように、以前よりも激しい運動に耐えられるのであれば……異世界でLvアップすると現実リアルでもLvアップするって事になる。


 ステータスを信じるなら敏捷や頑強さが常人の約2倍もあるわけだ。驚愕すべき事実だが、同時に嬉しさも込みあげけてくる。

 なにせ芽瑠めるが悪漢に絡まれた際は、守れるだけの力を得られるかもしれないからだ。



「それでこっちが権能スキルか……」


権能スキル

【『背信者はいしんしゃ』Lv2】【『おっさん』Lv3】【『高貴なる美少年』Lv1】

【『アンチ殺し』Lv2】

【『朽ちぬ肉体』Lv2】



「それぞれの権能スキル項目をもっと詳細に……あ、見れるんだ」



権能スキル『背信者』……神々に背き、人の可能性を信じる者】

【Lv1……『背信者』を習得。クロノアーセにいる時、自分の視界等を配信できる】

【Lv2……『神の視点』を習得。任意のタイミングで配信を切れる&配信画面を一人称から三人称に切り替えられる】


「これがあったから、あの時リスナーのみんなと通信してるみたいになってたのか。どれどれ次の権能スキルは……」



権能スキル『おっさん』……精神、容姿共におじさんに精通した者】

【Lv1 『おっさん』を習得。3分間だけ円形脱毛症の中年男性に容姿を変更できる(リキャストタイムは3時間)】

【Lv2 おっさん形態時、加齢臭『腐敗王のオーラ』を発動できる】

【Lv3 おっさん形態時、全ステータス+3する】



「うわ……俺らしいと言えば俺らしい権能スキルだけど、使い道がまるでわからない」



権能スキル『高貴なる美少年』……神無戯かんなぎ家の直系男子に発現するカリスマ。艶やかな鬼は成長と共にその刃の輝きを増す】

【Lv1……容姿のデバフを無効化し、改善する】



「容姿のデバフ……俺のハゲを治したのはこのスキルか」



権能スキル『アンチ殺し』……神無戯かんなぎ家最古の血筋にのみ発現する神罰系の異能】

【Lv1 自分に敵対心を抱く対象を殺す、もしくは心を折れば任意の権能スキルLvを上昇できる】

【Lv2 『復讐の執黒官しっこうかん』を習得。MP3消費で自分に敵対心を抱く対象を察知し、対象の傍に自身を移動できる。その後、任意のタイミングで自分が元いた場所に戻れる】



「なんだかよくわからないけれど、敵を倒せばレベルアップ的な権能スキルかな? ゲームっぽいな」


権能スキル『朽ちぬ肉体』……神無戯かんなぎ家の血に流れる不死性】

【Lv1 肉体の老化を任意で防げる】

【Lv2 HP30ポイント以下の肉体的損傷を自動で修復する】



「また神無戯かんなぎか。叔母さんからは何も聞いてないんだけど……うちってもしかしてすごい家系なのか?」


 しかも不死性って相当やばい能力なんじゃ? 自分に再生能力があるなんてにわかに信じがたいけれど、だからといって実際に試す勇気もない。

 何せロザリアさんの痛々しい自殺未遂の光景は未だ生々しく記憶に焼き付いており、自傷行為に走る気が起きようはずもない……。



「神無戯は【原罪の血筋】と呼ばれてるです」


「なにそれ。めちゃめちゃ恨まれてそうな血筋じゃん」


「多所から疎まれているのは事実です。崇敬もされてるです」


「あの、ロザリアさんも神無戯家だったりするの? ほら不死性? みたいのがあったし」


「神無戯家の傍系、です」


「うーん? 親戚がいるなんて叔母さんから聞いた覚えはないけど……」


「とても歴史の古い家系なので、おそらく永い時の中で家系図などは消失してしまったかもです?」


「はあ……叔母さんが帰ってきたら、色々聞く必要がありそうだな」


「ゆーまの父君や母君は?」



「あの人たちは…………いなくなった」



「……そう、ですか」


 何かを察したのかロザリアさんは追求してこようとはしなかった。

 そんな俺たちの沈黙を破ったのは玄関のドアが開く音だった。



「ただいまー。勇真ゆうまはいるのかしらー?」


「お兄ちゃん、ただいま」


 やばい!

 ロザリアさんについて2人にどう説明すればいいのか、そう悩んだ時には彼女がシュッと俺の足元に飛び込み姿を消した。

 あ、俺の影に出入り自由ですか。





 明くる朝。


「昨夜は大変だったな……」


 やたら妹の芽瑠が『怪しい』とか言って俺の部屋に何度も入ってくるし、風呂の時にロザリアさんが出現して『背中を流すです』とか訳の分からない発言をされたり、とにかくどっと疲れを感じたのかすぐに寝つけた。


「……課題よし、教科書よし、昼食用のグラスよし」


 朝食を済ませた俺は、自室で学校の準備をする。



「ゆーまはコップが好きなのです?」


「おわっ!? 昨日も言ったけど突然は出て来てほしくないかな」


「影の中だと伝える手段がないです。ゆーまはコップ、好きです?」


「はぁ…………あぁ、俺はグラス収集が趣味だ。で、今日はステータス通り身体能力が本当に上がったのか、色々試すつもりだから丈夫な琉球グラスを持っていく」


「運動をたくさんするですか?」


「そうだよ。何かの拍子でグラスが割れたら困るからね。ほら、この厚手の造りと青いビードロ模様が綺麗だろう?」


「海みたいです」


 コレクションの1つを丁寧に布で包み、水筒すいとうと共にスクールバックに入れる。



「そんなに大事なら持っていかなければいいです」


「だめだ。昼食事にグラスの美しさを愛でるルーティーンこそが、ぼっち飯の虚しさを緩和してくれるからな」


「ゆーま……病原菌びょうゲンキん扱いされても元気ゲンキだすです」


 さすがに病原菌扱いはされてないよ!?

 ひどいダジャレをかますロザリアさんは俺の背中をさすり始めたので、そこスルーしながら昨夜のうちに彼女から聞けた内容を思い出す。

 わかった事は2点。



 1つは、ロザリアさんは俺を守ろうとしている。理由は自分を救ってくれたからの一点張りだが、他にも何かありそうな気配はする。完全に彼女を信用するのは危険かもしれないけれど、ひとまずはこの状況の唯一の理解者であり、貴重な情報源でもあるから傍に置くのは悪手ではないはず。

 それに戦闘力が俺より絶対にあるから、万が一の際はきっと安全度が高い。そもそも彼女に反抗して殺されたりするのも嫌だ。彼女がやろうと思えば俺なんて蟻んこみたいに潰せるはずなのに、そういった意思がないのには感謝している。


 2つ目は影に潜むロザリアさんの存在を、お隣さんは看破しているらしいとの事。何せタイムリープから戻ってきた時、お隣さんは俺の足元に視線を落としていた。その所作だけでロザリアさんの存在に気付いていると紐づけるのは安易ではあるが……ロザリアさん曰く『あの女性は大丈夫です。僕ならわかるです』とのこと。

 怪しさ満点のお隣さんだが、そもそもあの異世界じみた過去にタイムリープする経緯に彼女が深く関わっているのは間違いない。ならば色々とお隣さんから聞き出すのがベストなはず。



「なあ……そういえば、アーセってVRゲームについては何か知らないか?」


 俺は自室の隅に鎮座しているVRメガネに視線を向ける。


「よく知らないです。ただ、ヒカリンはゲームをしたらこちらに来ていたと言ってたです」


 やっぱりあのゲームが発端なのだろうか?

 だとしたら再びあのVRメガネをかけてゲームをプレイしたら、また異世界に行けるのだろうか? そもそもあれは本当にゲームだったのだろうか?


 疑問は尽きないけれど、俺の本分は学生なのでそろそろ出かけなくてはいけない。



「じゃあ部屋を出て外に行くから。学校では俺がいいって言うまで影から出てこないようにね?」


「はいです」


 ロザリアさんの話を信じるならば————

 俺の不思議体験を受け入れるのなら————


 異世界じみた過去と、現代が交錯している。



 冷めきった日々に突如として舞い込んできた刺激は、確かに俺の胸の内を高鳴らせている。そう、今だってそうだ。

 毎日、ただ蔑まれる学校ばしょに向かう朝は憂鬱で。他人の嘲笑う視線にさらされ、自分の中で何かが摩耗されるのを必死に耐えてきた。いっそのこと朝なんて来なければいいのに、と願う夜もあった。


 でも今日は違った。



「なんだか、ちょっとワクワクするな」


 玄関を出ると、朝のまばゆい日差しが俺を出迎えてくれた。




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