8話 不死姫に求婚される
「そんな……【狂い神】の状態でも
俺のハゲが完全治癒する傍らで幼女が何かぼやいていたがそれどころではない。
長年悩みに悩んでいた若ハゲが!
若年性脱毛症が!
「うおおおお! 生えないと諦めていた髪の毛が、今、俺の頭皮から産声をあげているうううう!」
『どうしたおっさんw』
『髪の毛が生え始めたらしいなw』
『速報:チュートリアルの報酬は育毛』
『どんなゲームだよwwwww』
『◆そんなことより【
『泣いてるやん』
『おっさんフォローしろや』
『このゲームに好感度システムがあれば、今後の
おっと。
あまりにも狂喜乱舞すぎる奇跡が起きたため失念していた。
リスナーのコメントに誘導されて幼女の様子を窺えば、確かに声も出さずに涙をこぼしていた。
「うわ、綺麗……」
つい、そう漏らしてしまった俺を許してほしい。
なにせ儚さをまとった銀髪幼女の横顔は女神の生き写しといっても過言じゃないぐらい美形だった。そんな彼女が蒼穹の空に浮かぶ山々を前に1人で佇む光景は幻想的すぎる。
おまけに超超特大の剣が遥か下方の大地に突き立っていて、その巨大すぎる剣身が幼女の涙の背景になっているのだ。
あれ? よーく見ると巨大剣の
というか、蟻みたいにわちゃわちゃ動いてるのって、もしかしなくとも人間じゃ?
しかも握り部分は螺旋状の階段があり、柄頭は城みたいな造りになってて……。
「あの巨大な剣の上に人が住んでる!?」
驚愕の事実である。
って、ファンタジー風景に見惚れている場合じゃない。
そっと銀髪幼女の方へ歩み寄ってみれば、リスナーの言う通り彼女の様子は深刻だった。
いや、異様と言うべきか。
「あー……死にたいです」
苦渋や後悔といった、およそ感情と呼べる代物が皆無な顔のまま涙をぽろぽろとこぼしてるのだ。
ただただ静かに、無色に、一切歪みのないその表情からは、まるで心を殺されてしまったかのような痛ましさがあった。
「えっと、大丈夫?」
「あー……死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたいですですデス。
まるで壊れたラジオのように連呼する様に胸を締め付けられる。
というか、今ダジャレ言ったか?
「いや、ちょっと君。そんなこと言わずにさ……」
どうにかなだめようとしても、彼女の目は死んだ魚のソレで完全に無気力状態になっている。
「ぼくなんて死んじゃってもいいです」
冷たく言い放つ彼女は、次の瞬間、誰もが予想できなかった行為に走る。
おもむろに落ちていた龍の鱗を片手で持ち上げ、その鋭利に光る刃を自らの首に突き立ててしまったのだ。
「……ひいいいぃい!?」
あまりのショッキング映像に俺は尻餅をついてしまう。
ぼたぼたと流れ落ちる彼女の鮮血、そしてうつろな目。こんな短い間で何度も死の恐怖を見せつけられ、俺の精神はついに臨界点を超えた。
「ごぷっ、ごぽっ、ばぁー……
「は!?」
幼女の首に刺さった鱗がボトリと地面に落ち、信じられないことに血にまみれた彼女の首はみるみる間に治癒されていく。
「ぼくなんか死んじゃってもいいのです。だって、不死だからです」
彼女は何もかもを諦めたような口調で、触れたら折れてしまいそうな笑みをそっと咲かせる。
表情の乏しい銀髪幼女が見せた笑顔はあまりにも寂し気だった。
「死なない身体だとしても、死んじゃダメだ」
「どうして、です……?」
今にも自殺を繰り返しそうな勢いのある幼女をなんとか思い留めるにはどうしたらいいのか。
おそらく彼女は仲間であるハラハラ三銃士を失った苦しみと、その責任が自分にあると思い自分を否定している。
それほどまでにあの3人を大切に思っていたのだろう。
「ぼくは自分が嫌いです。だから死にたい、なくなりたい、です」
淡々と語る銀髪幼女は、自分自身を否定する。
それでも彼女がいなければ、この訳の分からない状況で俺もハラハラ三銃士と同じような末路を辿っていたかもしれない。守ってくれた彼女に対して、何か気持ちを伝えたい。
「俺は君に感謝している。うん、俺を守ろうとしてくれた君の在り方が好きだ」
「……ぼくは色々失敗して、仲間を失ったです」
「それでも、救ってくれてありがとう」
命の恩人に悲しんでほしくはない。
せめて君が悲しんでいる時は、どうにかしたいと思う人がいると伝えたい。
「でも、友達はどんどん減ったです。優しかったサオリもマリアもアリシャも死んじゃったです……ぼくを否定する人、敵ばかり増えます」
彼女の傷を癒やす力なんて俺は持ち合わせていない。
でも、なんとなく周囲が敵ばかりで孤独が深まる気持ちはわかる。俺は学校で誰からも必要とされてない。求められていない嘲笑の的だ。
でも————
家に帰れば
それがどれだけ俺の救いになったことか。
あぁ、俺だって何かできる。妹のために役に立てる。誰かをほんの少しでも幸せにできるって、そう思える場所があった。
でも目の前の彼女は、3人を失って帰る場所を失ったのかもしれない。
そして、自分が求められてない場所に居続ける苦痛を、俺は身を以て知っている。
「俺は、君に生きててほしいよ」
だから、優しいこの娘に『誰にも求められてない』なんて思わせたくない。
「すくなくとも、今の俺には君が必要だ」
直球勝負。
訳の分からない死と隣合せのこの状況で、事情に詳しそうな彼女は俺にとって必要な存在だ。トラックから救ってもらった件もあるし、彼女がいるといないとでは安心度がまるで違う。そういった現実的な意味も込めて、正直な気持ちをぶつける他ない。
ガラス細工のように触れたら壊れてしまいそうな脆さを持つ彼女に、そっと手を伸ばす。そして、いつも
「……ゆーま様は優しい、です」
表情のない彼女の顔に、ぽやっとした笑みが浮かぶ。
「……ゆーま様。記憶はあるですか?」
「き、記憶? 俺の?」
「はい。ぼくが誰だかわかるです?」
「えーっと、【千血の人形姫】さん?」
「……【狂い神】のまま
なんのこっちゃ。
ただ、先ほどまで彼女の瞳にあった虚無の色が払拭されたので、良しとするか。
「……宿命を知らず、無垢で無知。でも、だからこそ自由なゆーま様を見て、ぼくは判断するです」
「は、はあ……?」
「ゆーま様がぼくを必要としてくれるなら、一生を捧げるです……」
疑問だらけのこの状況で、何を言われようとも謎が深まるばかりだ。
しかしリスナー諸君は違ったらしく大盛り上がりだ。
『おっさんってちょっといい奴だよな』
『この幼女たん、可愛さが無限大である』
『幼女の意味深な台詞は気になる』
『◆RPGの始まりっって感じです!◆』
『幼女ちゃんが口にした、おっさんが背負った宿命とは!?』
『ゲームの主人公的な展開w』
『つか、映像がリアルすぎな件』
『開発中のオンリアルエンジン7が搭載されていたとしても、この映像美は規格外である』
『画面の隅でちょこちょこちらつくハラハラ三銃士の死体が気になるのは俺だけか?』
『たしかにグロいw』
リスナーの苦言には俺も同意だ。
というか明らかにここはゲームの世界なんかじゃない。
どう見たって目の前の幼女は実在してるし、ハラハラ三銃士の死体は……見ないようにしよう。
「ゆーま様の記憶がないのであれば……万が一を考えて失礼するです」
そう言って銀髪幼女は自身の指を噛み切り、したたる血を一滴ほど地面に垂らした。
「【
「か、影? 入れる?」
「はい。ところでゆーま様は今後、どうされる予定ですか?」
「え……どうって……」
「ゆーま様が
紅い宝石みたいな瞳に至近距離で見詰められ、ほんの少しだけ狼狽する。
「あの……その、まずは
「
「ま、まあ……」
キョトンとした顔から一変して、すぐ納得したかのように無言で頷いてくれる。
それから彼女はどこか切なそうに笑みを浮かべる。
「では、ゆーま。これからどうするです?」
「え、えーっと……とりあえず、あそこに行くとかどうかな? ほら、君が召喚? した剣?」
俺は眼下の大地に突き刺さった巨大な剣の都市を指さしてみる。
正直、空でも飛べない限りあそこに行けなそうではあるけど、他に安全そうな場所が思いつかない。
「あそこの人達は所詮、神々に屈した人達です……だから関わりたくないです」
なぜか幼女は蔑むように否定する。
そんな彼女の態度に疑問を抱きつつ、俺は他にも質問したい内容がたくさんあると気付く。色々な現象が立て続けに起こっていたので混乱しっぱなしだったが、冷静になって考えれば疑問が尽きない。
ここはどこなのか?
なぜ俺はここにいるのか?
ハラハラ三銃士やヒカリンは本物なのか?
君は一体、何者なのか?
「その前にまずここはどこ————」
幼女に質問を浴びせようとした刹那。
周囲の風景が静止し、続いて空間がひび割れるようにガラガラと音を立てて崩れ始めた。
「わ!? え!?」
剥がれ落ちた世界の先から出現したのは、いつもの風景。
学校の屋上階段に、放課後の喧騒、野球部の掛け声、吹奏楽部の音色、薄闇色の空に沈む夕焼け。
そして、グラスを持った俺とカードを構えたままのお隣さん。
「はっ!?」
「……おじさん、どうでした?」
あまりにも自然に、何事もなかったかのようにお隣さんが無表情で問いかけてくるものだから、さっきまでの異世界体験が夢だったのではと錯覚してしまいそうになる。
いや、本当に幻覚だったのではと疑念が浮かぶ。
そう、例えばやはりお隣さんにヤバイ薬を盛られたとか——
「どうって、なにが? 水の味? 変な薬とか入れてないよね?」
チラリと下に目を向けた彼女は至極平然と答える。
「…………いいえ、入れてません。その様子ですと……」
「その様子ですと……!?」
「ご無事でなによりです。すこし急用ができましたので、また今度」
「ちょ、な、なんなんだよ一体……」
お隣さんは俺が何か聞く前に足早に去っていく。
俺は俺で衝撃的な展開の連続で頭がこんがらがっており、起きた事をまとめるのにだいぶ時間がかかった。
一度渡り廊下へと降りて、お隣さんが出現したターンから回想してみても何ら理解できない。そんな風に棒立ちしていれば、周囲を通り過ぎる生徒は不信な視線を何度も向けてきたけど、そんなのは全く気にならなかった。
なぜなら俺の頭髪が確かに生えていたからだ。
「あれは夢だったのか? 白昼夢? だとしたらこの髪の毛はなんだ……?」
喜びで叫び出したいところを抑え、敢えて平坦な顔で帰路につく。
先ほどの体験を誰かに話したところで到底信じられる代物ではない。有名YouTuberと龍を鎮めたら髪の毛が生えてきたなんて、ネタにすらならない。
しかも死人が出ていたりするわけで、正直あんなのは夢であったと言われた方が腑に落ちる。
だから俺はこう思うことにした。
束の間の夢が奇跡を起こしたのだと。
ちょっとした非日常がたまたま俺に訪れて、また平凡な日々に戻るのだと。
世界はつまらなくて、退屈で、そして平和だ。
いつも通りの帰り道。
忙しなく行き交う人々がいて、俺もそのうちの1人にすぎない。夜の帳が落ちるいつも通りの光景に溶けゆく1人なのだ。
「……まさに夢のような出来事だったな」
頭皮に生える確かな感触を噛みしめ、疑念と不安、そして希望を抱えた俺は帰宅した。
玄関にある靴を確認し、まだ誰も家には帰っていないと把握してから自室へと入る。
………………。
…………。
……。
「うおぉぉぉおおおっしゃああああ! 俺の髪の毛ええええええええええええ!」
「ゆーま、おかえりなのです」
「ひょええええええええええええ!?!?!?」
目の前にちょこんと正座するのはゴスロリ服を着た銀髪幼女。
ビックリ仰天である。
しかもその幼女は先程目にしたばっかりの娘そのもので、混乱の極みである。
「え、えっと……【千血の人形姫】さん?」
「はい。ゆーまに救われた、ロザリア・レイ・ブラッディドールです」
月よりも白い銀髪は床まで広がり、よく見ればさっきよりも遥かに伸びている。圧倒的な儚さと美しさを纏ったロザリアさんだが、無表情でにじり寄ってくるので妙な圧を感じる。
「ぼくとゆーまは結婚した方がいいです」
「はい!?」
俺の意思に関係なく、『非日常』とやらは容赦なく向こうからやってきた。
◇◇◇
あとがき
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◇◇◇
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