5話 頂点を目指して


「もう働きたくない! はい、こんばんは。『おっさんと妹』のゲーム実況が始まるぞ」


 クズのような内心を100%ぶちまけて、お決まりの台詞セリフをマイクに吐き出す。俺達のゲーム配信を見てくれている、画面越しの視聴者リスナーさんに語りかけるように。


「どうも。兄のおっさんです」


 コントローラーを握る両手に軽く力を入れる。視線はパソコン画面に固定し、次に起こすゲーム内アクションとこれから喋る内容をすぐに考える。 


「妹のメルです」


 すぐ隣から、俺の低い声とは違い甘美な声が響く。

 俺の挨拶に続き、妹がゲームモニターを見つめながらマイクへ声を落としたのだ。


 夜の9時、俺たちのゲーム実況が始まった。

 俺たちがプレイしているゲームはファンタジー風な世界を舞台に、自キャラを操作してモンスターと戦ったり装備を集めたりするオンラインゲームである。

 俺のキャラの隣には芽瑠のキャラがちょこんと鎮座しており、周囲には視聴者さんのキャラらしき人がチラホラと見受けられる。



「はぁーおっさんもうバイトやめたいわ。聞いてよ、バイトの先輩の非戸ひどさんと尾多オタさんの当たりが強くてさー」


 ここは学校と違って自由だ。

 俺の小言やダメ人間的な発言に対し、罵ってくる同級生もいなければ世間体を気にする必要もない。

 ここでなら本当の俺をさらけだせる。


 そして俺という人間を大切に見ていてくれる視聴者たちが、優しく慰めてくれる。  

 そんな期待を胸に配信画面に目を向ければ————


『おっさんの愚痴はいいから』

『メルちゃん、今日の学校はどうだったー?』

『今日は何するのー? 【嵐竜メイルシュトルム】の討伐戦とか?』

『メルちゃん一緒に遊ぼうぜー』


 フルシカト。

 ま、おっさんへの扱いなんてこんなもんだよな、トホホ……。 

ちょっとした残念さが心に重くのしかかるが、そこはネタに変えてゆく。でないと、なんのためにチャンネル名を『おっさんと妹』に決定したのかわからなくなる。



「おいおい、お前ら。おっさんは頭髪も薄ければ影も薄いって言いたいのか?」


「お兄ちゃん、影薄くない」


「フォローしてるようでしてない辛辣なツッコミィ!」



『影ってことは、頭の方は本当にハゲてんのかwwww』

『メルちゃん今日もキレッキレッだwww』


 そう俺は自らの残念なあだ名を、チャンネル名にぶちこんでやった。

 自虐ネタに近い手法だか、俺の個性といえば若ハゲしかない。自分で言ってて悲しくなるがそこを活用しなければ、多くのユーチューバーが跋扈する戦国時代を生き抜くのは厳しいと考え……苦渋の決断をしたのだ。

 そもそもリアル顔出しなしじゃ、若ハゲは武器になりませんとかそういう正論はいらない。こういうのは気持ちが大事なのだ。


 若ハゲにも誇りを持ちたい俺の気持ちをわかってほしい。



「とにかく! 今日はおっさん、新ジョブの魔法騎士のレベル上げをやりたいと……」

 

 思うぞ、といった言葉が詰まる。

 その理由は俺達のゲーム配信を見ている視聴者リスナーさんの、中傷に近いコメントが流れるのを視界の端で捉えてしまったからだ。


『おっさん、キモいな。喋るな』

『若い子とゲームしてる暇があったら働けよ』


 視聴者リスナーがそう言う気持ちもよくわかる。

 許そうじゃないか。


『本当に兄妹なのか? 少女誘拐案件』

『おまわりさん、こいつです』

『通報しましたww』


 これもわかる。

 許そう。


『妹の声がふにゃふにゃしてて気持ちわるっ』

『わざとあざとい声つくってるよね』

『同性としてちょっと引いちゃうかなー』


 このコメントは許さん!

 ちらりと横をうかがえば妹の顔が一瞬、歪んでしまう。

 

 声というのは不思議なモノで、自分の耳で自分の声を聞くのと、マイク越しや他人が聞くと声質は変わってくる。なぜなら自分から発した声は、常に自身の骨などが微弱に振動し、その揺れから伝わったモノが自分の耳に届くのだ。

 だから実際に他人に聞こえているのと自分で認識している声は違うらしい。


 録画した動画から流れる自分の声に、違和感を持ったという覚えはないだろうか。あれだ。

 つまり、素人が自分の声を調整するのは難しい。



「メルは俺の実の妹だから。あと妹の声は地声だぞ」


 妹の声は……良く言えばゆるふわ系。悪く言えばぶりっこ。

 芽瑠めるは八重歯が出ていて、舌が歯に当たってしまう事が多く滑舌が悪い。それに加え、普段から人と会話するのが苦手で無口な節がある。

 そういった所を克服したいという本人の希望もあって、ゲーム実況を一緒にしている。


 俺は無言で、元気づけるように妹の頭をなでる。

 すると妹は『大丈夫』と口パクで、弱々しい笑みを作った。



 人間の感性なんか十人十色。10人いれば10人違った感想を抱くのが当たり前なんだ。俺たちを悪い風に捉える人もいれば————



『おっさんレベル上げするのかー。俺も一緒にしたい!』

『◆私も! そちらに向かってもよろしいでしょうか?◆』

『今日の配信も楽しみにしてたぞー』


『みんな集まれぇぇぇえ! おっさんとメルちゃんの実況が始まるぞおおお!』

『つまりは戦の準備であるか。無限の可能性を感じるのである』


『俺、フレンドも呼んで来るわ!』

『メルちゃん可愛い、天使すぎる』


 こうやって、一緒に遊びたいって言ってくれる人達もいるんだ。



「みなさん、ありがとう。【白宝都市ホワイトブリム】で待ってる!」


 俺の対応に続き、妹も挨拶を返す。


「よろしく、お願いします」


 噛まないよう、つっかえないように。なるべくハキハキと喋るのを意識した、そんな一生懸命さに俺も負けてはいられないと意気込む。

 妹はほんのりと頬を染め、今度は本物の小さな笑顔を画面に向けていた。



視聴者リスナーのみんな、俺達を助けてくれ」


『みんな』というフレーズに、俺は一層の親しみを込めて吐く。画面越しとはいえ、こうして繋がっている彼ら彼女らに感謝の念と親近感を添えて。

 顔も知らない人達とこうして一緒にゲームをするのは不思議なもので、こいつらを本物の仲間だと思ってしまうのだ。


「今日も、みんなで楽しもう!」


配信に慣れるまで色々あったけど、俺達は応援してくれる視聴者リスナーに支えられている。

 純粋に嬉しいし、楽しい。



 けれど疲れる時もあれば、誹謗中傷、心ない言葉を投げられる時もある。

 あまつさえウソや虚言、全くの事実無根な妄想をネットの掲示板に書かれているのも目にしてきた。


 辛いのなら辞めればいい、なんて言えるのは他に選択肢のある人間だけが言える特権だ。

 ある日突然、隣のJKから脅迫じみた勢いでゲーム実況を義務付けられ……万が一でも妹にあんな録音を聞かれたら確実に死ねる。

 自分のプライドは簡単に捨てられる俺でも、捨てられないものはあった。


 ……肝心な時にポッキリと折れてしまったダメな兄だけども、せめてゲーム実況を一緒にやるぐらいは妹に献上してやりたい。



「魔法騎士のレベルアップ、がんばるか」


「うん」


 真剣な表情で画面を覗きこむ妹の姿を見て、『今日も楽しくやるか~』と胸の内で呟いた。

 相変わらず泥をすするような陰キャ高校生&底辺Youtuberの日々を送る俺だけど……ここ最近は確かな充実感を得ていた。


 この状況を生み出した元凶でもある隣のJKに対して、当初は不安しかなかったものの、受け入れつつある。彼女とはご近所だからたまに顔を合わせる機会もあり、アドバイスや助言を求めてみるが『おじさんの好きにするのです』としか言わない感じだ。

 もちろん受け取ったお金や初期費用などは全て返済してあるし、そろそろ例の録音データも消してもらえるだろう。

 

 今では、あの強引なやり取りにもちょっとだけ感謝している。

 なぜなら200人もの人間が俺達のゲーム配信を見に来てくれるから……そしてなにより『ゲーム実況』という妹との暖かな共同作業、愛すべきルーティーンができたからだ。

 

「俺たち兄妹がゲーム実況を始めて、そろそろ3カ月が経つのか……」


 もうすぐだ。

 もうすぐ、あの録音データを隣のJKに消してもらえる日が来る。



 俺はこの頃になると、VRゲーム『アーセ』の存在やゲーム内の美少女NPCがトラックから助けてくれた記憶もすっかり色あせていた。

 むしろ夢だったんじゃないかと思うようになっている。


 だが、部屋の隅に置かれた『アーセ』のVRメガネは静かに鎮座していた。




「お兄ちゃん……」


 ゲーム実況が終われば極小の声、普段のトーンで妹がぼそぼそと俺を呼ぶ。


「どうした」


「お金、欲しい。飢える心」


 どんなに身内びいきと揶揄されようが、うちの子は間違いなく美少女だ。そんな妹から、心が飢えると言われてしまえば動揺せざるを得ない。

 叔母は毎日よく働いてくれてるし、両親の保険金等の貯蓄があるので家計にはまだまだ余裕がある。とはいえ、芽瑠は芽瑠なりに先行きが不安なのかもしれない。それか何か欲しい物があるのかもしれない。



「欲しい物でもあるのか?」


 俺の問いに無言を貫く妹だったが、しばらくしておずおずと口を開いた。


「……お兄ちゃん、らくさせたい……」


 俺にはもったいない程に良くできた優しい妹だ。どうせ芽瑠めるの事だから、高校生のバイト代の所得を配慮し、欲しい物を口にしなかったのだろう。


「そうだな。もっと楽な方法がどっかにないかな」


 らくして金を稼ぎたいという点では妹に激しく賛同だ。どんなに綺麗事を並べようが、苦痛を伴いストレスと戦いながらお金を手に入れるより、幸福を感じながら稼ぐ方法がいい。誰だって後者を望むのは、万人が胸に秘める共通の本音だ。


「もっと信者、増やす。お金増える、運命」


「信者言うな。チャンネル登録者な」

 

 美少女から、えげつない言葉が出てくるのは少々控えて欲しいところだ。


「広告収益……今月は1万円、いけるか? うーん……」


 俺の独白に対し、妹の瞳が不安気に揺れた。



「大丈夫だ、毎日配信すればギリギリ1万に届くはず」


「り。お金あると、喜ぶ」


 1万円もあれば芽瑠めるの欲しい物も買えるだろう。ゲーム実況で得た収益は全て、芽瑠めるのおこずかいとして扱っているのだ。

 ユーチューボに投稿した動画には広告が付き、そこから1再生0.2円前後の収益が動画投稿者に入るのだ。ちなみに生配信だと銭チャットというシステムがあり、視聴者が現金をコメントに付けるのが可能だ。

 俺たちは未だ、銭チャットをもらった事はない。


 チャンネル規模の大きいYoutuberの中には、年収1億円を超える人もいるので少しだけ夢見てしまう気持ちはわかる。


「日本一のユーチューバー、ヒカリン、まじめしゃちょー、ゴムドット、レペゼン宇宙。ブイチューバーだったら、キズナアイ、ゆめみるぼっち、宝商マリモ、兎堕ぺこり……つよい人、目指す、運命……」


「そ、それは……長い道のりになりそうだな……」


 ヒカリン規模のチャンネル登録者を獲得するのは、到底無理だろう……そんな一言を寸での所で飲み込む。迂闊に妹の夢を壊してはいけない。

 だからといって、現実が甘くなってくれるわけでもない。


 自分達なりに工夫して2カ月半が過ぎた。

 視聴者さんが気になるような企画を立てたり、目を惹くような動画タイトルを考えたり……最新の攻略情報を実践して検証してみたり、自分達で発見した効率のいい攻略法を紹介したり、リスナーさん参加型イベントなどなど……精一杯盛り上げて来たつもりだけど、チャンネル登録者は2000人とちょっと。


 芽瑠には秘密だが、定期的に隣のぼっちちゃんに相談していたりもする。

 というのもあちらから連絡先を交換しようと申し出て来たので、最初はしぶしぶ通話でユーチューボについてのアドバイスをもらっていたのだが、これがけっこうためになる知識ばかりなのだ。

 人に勧めるだけあって、なかなかに詳しい。

 

「実況、辛かったら辞めたっていいんだぞ?」


 芽瑠めるも俺も、けっこうな頻度で中傷コメントを書かれたりする。俺はしがない若ハゲなので一向に構わないが、中一の女子は人の悪意に敏感だろう。最初は楽しかったゲーム実況も、今では芽瑠めるの顔が悲しい色に染まるのも多くなった。



「傷付くこともあるだろう?」


「アンチ、無視」


「他にやりたい事があったら、そっちを挑戦するのもいいと思うぞ」


 ヒカリン規模になるのは無理だと言えず、さりげなく他に誘導してみる。

 お隣さんもそろそろ音声データを消してくれるだろうし。


「ダメ……実況する、話す練習する」


「無理は禁物だ。ストレスは身体に良くない」


 妹はまだ若いから大丈夫だろうけど、遺伝子的にストレスは危ない。なぜなら父親あの人はハゲていたし、俺の頭もごらんの通り後光がさしている。



「もっと上手に、お兄ちゃんに……芽瑠の気持ち、伝えられるよう……なるため」


 

 毛髪の将来を不安視するあまり、ぽそぽそとうつむきながら呟く芽瑠めるの言葉を聞き逃してしまう。


「うん? どうした?」


「お金、かせぐ、運命」


「そうか……」


 中学一年生の妹が、ここまでお金に貪欲になってしまった事実に軽くへこむ……そろそろ本格的にバイトの日数を増やすべきかな……。



「えと……お金あると、一緒の時間、増える……お兄ちゃん、バイト減る、運命」



 妹は金の亡者ではなかった!

 かわいいことを言ってくれると、俺は嬉しい気持ちを胸に芽瑠めるへと頷く。



「俺は風呂に入って来るから。芽瑠めるはそろそろ寝なさい」


「うん……お兄ちゃん、お願い」


 両手を広げ、だっこのポーズだ。

 椅子に腰かけている妹は自らの力で・・・・・立つ事ができない。


「あいよ」


「いつも……ありがと」


 耳元でささやかれるお礼には無言で返答。生まれつき動かない・・・・妹の両足をいたわりながら、俺は寝室へと芽瑠めるを運ぶ。

 俺の布団の隣に敷かれた妹の布団へと、身体をそっと横たわらせる。


「ふろりだ。早く……戻って来て?」


 なぜにアメリカ合衆国の州名として呼ばれたのか理解できないが、お風呂に入った後は作り置きの夕飯も食べるわけで1時間は要する。


「しばらくはかかる。だから先に寝ておくんだ。明日も特別支援学校があるんだろう? 叔母さんは朝方に帰ってくるらしいから、そのまま送ってもらうんだぞ」


 すぐに戻るのは無理だと首を横に振る。


 すると芽瑠めるは——




「ぷち、七夕的……運命」



 と、訳の分からない事を小さく呟き、頬をわずかに染めて幸せそうに微笑んだ。その後、芽瑠は大人しくまぶたを閉じる。

 最近の中学生は、何を言ってるのかわからないな。

 そんな風に思いながら脱衣所へと移動し、そそくさと風呂に入る。



「そういえば、もうすぐ七夕か」


 俺は労働バイトと配信で疲弊した身体を湯船につけながら一人ごちる。

 織姫と彦星ってやつは、恋人なのに1年に1日しか会えない。一体どんな感情を抱えて、恋人との再会を待ち望んでいるのか。


 そんな気持ちは、恋人のいない今の俺には理解できないだろう。 

 ただただ、元カノから放たれた言葉だけが胸の奥に反芻されて気分が沈み————

体も湯へと沈める。



「きっと、こんな憂鬱な気持ちなのだろうか」


 だが、芽瑠は幸せそうに目を閉じて『七夕のような運命』と言った。俺の解釈とは何か違った意味があるのかもしれないな。


芽瑠めるは理解しがたい……」

 

 学校でバカにされ、両親を失い、挫けた俺にとって中学一年生の妹は純真無垢で眩しく映る。たった3つしか離れていないのに、歳の差による価値観の相違は存外に違う。

 それに芽瑠の場合は両足に神経麻痺という病気を抱えているので、ほとんどが車椅子生活。きっと口には出さないだけで我慢している気持ちや、抑え込んでる悲しみがたくさんあるのだろう。



「何事も理解しようとする姿勢が、わかり合おうとする意志が大切なんだ」


 小さな頃から苦労する芽瑠を見て来た俺は、どうにかしてやりたいと思う反面、負担に感じる時もあった。


 ……でも、それでも支えられていたのは俺の方なのだと思う。

 守るべき家族が、傍にいてくれる人がいるというのはとても暖かな事で。


 

「自分が必要とされているのは、救いでもある……」


 妹の遠慮がちな、健気に咲かせる笑顔が……今の俺の生きる理由だと言っても過言ではない。

 風呂の温かみが、疲れた身体に深くみた。



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