4話 運命をささやく妹


「あの……ぼっちちゃんさ、ちょっとは躊躇いとかないわけ?」


「特には」


 俺の至極当然な質問に平然と答えたお隣さんは、これまた平然とウチにあがりこみ俺のPC画面をジッと覗き込んでいた。


「あの、叔母さんと妹が帰ってくる前には済ませてほしいんだけど……」


「ええと……このPCのスペックなら、うん……キャプチャーボードは……動画編集ソフトも……」


「魔法カード、【拷問拒否】発動してるね!? 私はあなたの言葉を無視する、だっけ!?」


 PCをなにやらいじっては独り言をブツブツと呟いておられるお隣さん。

 おじさん混乱の極みだよ。


「しっかりしたパソコンをお持ちですね」


 まぁ……あんまり使ってないけどね。

 クラスメイトが一緒にFPSのゲームをやろうって誘ってくれたのが購入のきっかけで、彼ら曰く『PCの方が処理は早いし、俺らガチだからおっさんもPC買っておけよ。低スペックPC買って足引っ張んじゃねえぞ』と何度も強調するので、バイト代3カ月分と貯金を崩してどうにか買ったのだ。


 約20万円の散財の果てに待っていたのは『ズル剥けユーマは一皮むけんのが遅えよ。俺らもうそのゲーム飽きちゃったから』といった嘲笑だ。

 今思えば最初から俺なんかと一緒に遊ぶつもりはなかったのかもしれない……って、嫌な回想にふけってる場合じゃない。

 目の前の同級生をどうにかしないと……まずは先程の音声データを削除してもらって、それからえーっと……。



「おじさん。確認ですがプレイスターショー6とプイッチは持ってるのです?」


「うん? あぁ、PS6とプイッチなら妹が遊んでるから……」


「ゲーム機本体もそろってますか……好都合です。それならマイク、その他雑費だけになりますので……」


 カタカタとタイピングしては、カチカチとクリックしてゆくお隣さん。


「あのさ、ぼっちちゃん。さっきの音声データなのだけど……」


「ざっと6万円です!」


「は、はい?」


 サラッと金額を提示してくるお隣さん。

 え、なに、これは6万円を払えば音声データを消去するっていう交渉?


「6万円を払えば、音声データを消去してくれるのか?」


「いいえ。6万円は僕のポイポイでネット決済しておきました」


「は!?」


 彼女は何を考えているか全く読めない無表情のまま、ブレザーの胸ポケットから万札をひらひらと提示してきた。



「ショッピングサイトのアマゾネスで、ここの住所宛てに機材を注文しました。そしてこの4万円は他に機材が必要だと判断した場合に使ってください」


「4ま……え、合計10万も、まさかのJKが貢いできた……?」


 自分でも、まるで何を言ってるのか理解できない。


「キャプチャーボートは3万円の物を。キャプチャーソフトや配信ソフト、そして動画編集ソフトも付属してるます。付属の動画編集ソフトが初心者には分かり辛いので、感覚的に編集できる1万円の別ソフトを購入したのでそちらを使ってください。あとは1万5000円のマイクを2個ほど。よければ妹さんともゲーム配信を楽しんでください。わかるですか?」


 いや、わかんねえよ!?

 女子高生からお金をもらうこの状況も、ソフトがどうのって内容も!



「キャプッ!? えっ……ソフト? どうがッ、ま、マイク代だけで3万円!?」


「安い方です。 さて、トラップカード発動、【主従の契約】。ゲーム実況者を3ヶ月ほど続ければ、先程の録音データを消去してあげるです」


 あぁ、はい……それだけは理解できました。


「もし何かあったなら・・・・・・・、僕の一生をかけておじさんの面倒を見ますです」


 え……お金持ちのお嬢さんかなんかなの?

 同級生JKに養われるおじさんおれって……あまりに衝撃的な発言で呆然自失になりそうになる。


「いや、ぼっちちゃん、あのさ……」


 唖然とする俺に構わず、彼女は4万円札を無造作に置いた。そして俺が何かを喋り出す前にサッとウチから出て行ってしまった。


「普通は逆だろうに……いや、普通ではないか……」


 これは後ほど返済しておかないとまずい気がする。タダほど怖い物はないわけで、むしろあのお隣さんの事だから必ずこの4万円をネタに何かゆすってきそうな雰囲気がある。

 今すぐにでもお金を突き返してやりたいのだが……正直なところ、あの子と再び顔を合わせるのは非常に気が進まない。また何か、こう、うまく理由をつけて面倒事がふっかけてきそうな予感がするのだ。


 そう思うと玄関へ向かう脚が鉛のように重くなってしまった。

 俺がそんな風に逡巡していると、玄関のドアがあっちから勝手に開いたのでお隣さんが戻ってきたのかと懸念する。どうにか流れを作ってこのお金は返そう、そう決意して目を向ければ予想とは異なる人間が入ってきていた。



「ただいまー。勇真、鍵はしっかりかけておきなさいよ。それと芽瑠めるをお願いね」


「お兄ちゃん、ただいま」

 

 買い物袋を片手にもった叔母さんと特別支援学校から帰宅した妹であり、お隣さんではなかった。


「お、おかえり」


 お隣さんの離脱は妙にタイミングが良かった。2人が帰ってくるのがわかっていたのかってぐらい、お隣さんの退散は2人と鉢合わせる寸前ギリギリだ。

 2人から何も突っ込まれないって事は、彼女が我が家から出てくるのを目撃してないのだろう。



「お兄ちゃん、おんぶする、運命」


「はいはい、ちょっと待ってな~」


 なんて思いながら俺は妹の靴を脱がしてから、ゆっくりとおんぶする。

 屋外用の車いすから室内用の車いすへと移し終わった後で、妹にゲーム実況についての話を振ってみる。



「なぁ、芽瑠めるはゲーム実況とかに興味あったりするか?」


「えっ……うん」


 傍からわかるぐらいに芽瑠の目が輝きだした。

 ちなみに我が妹は俺にあまり似ておらず、身内びいきなしでかなりの美少女である。黒髪ロングの姫カットという地雷系中学一年ではあるが、間違いなく可愛い。

 そんな妹が興味津々そうに俺の話題にくいつくのだから、余計に可愛らしい。


「最近はバイトも慣れてきたし、空いた時間を使ってゲーム実況とかしようかなって」


「それ、ほんと?」


「うん。お前も一緒にどうだ? 俺だけじゃわからない事ばっかりだし」


「お兄ちゃんと、できるなら……一緒、する、運命」


 天使のような微笑みで以って芽瑠はコクリと頷いた。

 芽瑠にしてみれば、ゲーム実況者は憧れの対象らしい。自分がなれるというのなら、反対する要素がないのだろう。


 もちろん、ゲーム実況をするはめになった経緯については口が裂けても言えない。

録音データに関する不安は消えないが、そんな気持ちには無理矢理フタをしておく。



「お兄ちゃん……?」


「大丈夫だ」


 うん、結果オーライだ。

 妹の笑顔は何物にも代えられない。

 芽瑠の楽しみが増えるのは、俺にとっても喜ばしい事だから。


「お、何か荷物が届いてるな」

 

 ドアの前を確認したら、アマゾネスから注文しておいたグラスが届いていたので俺もホクホク顔だ。そんな俺に対し、芽瑠が静かに問い掛けてきた。


「それより、お兄ちゃん……」


「んー? やっぱ【カバラ】のグラスはデザインがいいな~」


誰かあげたの・・・・・・?」


「……んっ?」


女子の・・・甘い匂い・・・・……する」


 おっと、芽瑠の顔が物凄い勢いで曇り始めてしまったではないか。

 お隣さんへの対処は早めにしておいた方がよさそうだ。



「……誰?」


「あ、隣の子がな。ゲ、ゲーム実況のやり方を少し教えてくれたんだ」


「……お兄ちゃんが……女子を家にあげるなんて……」


 芽瑠に指摘され、そういえば両親が失踪してから初めて他人を家にあげた事実に気付く。妹が不機嫌になるのも当たり前で、あんな事があったのに他人を家に入れるのは不用心だったかもしれない。


「……お兄ちゃん、くわしく話す。これ、運命」


 鬼気迫る表情で、『説明するのは逃れられない運命です』と詰め寄る芽瑠。

 あぁ、これは当分うちのお姫様のご機嫌は斜めだろうな。

 ほんのりと頬を朱に染めながら怒る顔ですら、なんだか可愛らしいなと思ってしまう俺は重症だろうか?


「何も心配はないよ、芽瑠。たまたま隣に住む子がさ————」


 俺は当たり障りのない説明を妹にするのだった。


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