3話 従順なおじさんは好きです。

◇◇◇

まえがき


選択肢の集計結果は……1が三名、3が一名、4が一名でした!

なろう、ツイッターのリプでも集計してます。

ちなみに作者は3か4を選びます!笑


参加していただきありがとうございます。

また重要な局面や、面白そうなターンで選択肢を追加してゆきます!


◇◇◇




 俺は極力無難に、それこそ変な誤解が生まれないようにお隣さんへと説明する。


「ちょっとボーっとしちゃってただけで。偶然だけど俺は君の家の隣に住んでてさ……ハハハ……」


 するとお隣さんは下から見上げるようにズイッと急接近。

 こちらの様子を無表情でじーっと窺ってくる。


 うわ、まつ毛ながー……ちょっといい匂いもする……。



「おじさんはストーカーさんで、わざわざ隣に引っ越してきたですか?」


 ぐっは。

 それはやばい。

 その発想は心をすごく抉られる。



「いや……普通に前から家族と住んでるよ」


「知ってます」


「知ってるんかーい!!!!」


 思わず大声でツッコミを入れてしまった。

 すると彼女の口角がほんの少しだけ緩んだように見えた。



「やっと元気になりました?」


「あっ……」


 どうやら気を遣わせてしまっていたようだ。

 よくよく考えてみれば、自分の家の前に意気消沈した同級生がいれば困ってしまうだろう。それでも彼女はこうして心配してくれるのだから、いい人なのかもしれない。


「ずいぶん前におじさんをお見掛けした時は、死んだ魚の目をしてたり、ぐちゃぐちゃに泣いていたので心配でした」


 え!? いつ!?

 テスト期間中に3人分の課題を押し付けられ、断れきれない自分の不甲斐なさに涙した時か!? 

 それともお気に入りのグラスを学校に持って行ってお昼休みに使っていたら、『変人』とののしられ面白半分で割られた時か!?

 もしかして……妹の専属医師が口にした病状の結論を聞いた日の時か……?



「テスト期間、見ていて心配です」


 テスト期間……ああ、あの時か。

 彼女は彼女なりに俺を心配して声をかけてくれてたようで、その優しさが今はしみた。家族以外に心配されたのが久しぶりすぎて、嬉しさが込み上げてくる。

 

 どうやら彼女のおかげで、冷え切った俺の心にも少しだけ温かみが灯った。




「なのでおじさん————縁交えんこうしてみませんか?」



 そんな俺のハートフルな感想を、完膚無きまでに叩き壊す発言が彼女の口から飛び出す。


「はっ!? な、なにを……言ってる?」


 彼女の短いスカートの下、そのなまめかしい脚がさらりと動く。


縁交えんこう、興味あります?」


「いや、えっ!? ちょ、ちょっと!?」


「簡単で楽しいお仕事です?」


 無表情を顔面に張り付けながら彼女はそう言った。

 援助交際が楽しい、何の感情も窺えない綺麗な顔でそう言い切る女子高生に気圧されてしまう。


「いやいやいや、えっ、君はそうなの?」


「僕は……」


 しかし彼女の暗い顔が、その仕事の辛さを如実に語っていた。

 ほぼ絡みのない俺なんかに優しく語りかけていたのは……自分の春を売り、金銭をもらう目的があったからなのか。

 まぁ、そうか。そうだよな……じゃなきゃ、こんな若ハゲ高校生おじさんに絡む理由なんてないよな。


「きみ……そういうのは冗談でも言っちゃダメだよ」


「冗談ではないです」


 真剣に俺を見つめる彼女の瞳には微塵の揺らぎもなかった。

 同級生が自分の身体を売ってお金を稼ぐ……世知辛い世の中になったものだ……。


「お金が……必要なのか……?」


「お金、ですか。確かに必要です?」


「キミがいくら必要なのか知らないが……俺は……」


「いいPCを持ってるなら、5万円ちょっと超えるぐらいです?」


 キョトンとした顔で言われ、この子の事情にどこまで足を突っ込んでいいのか迷う。

 そしてなぜPCを持ってると金額が変わるのか、何もかもが不明だ……。


「5万円か……」


 俺がどんなに綺麗事を吐いて説得しようが、彼女の経済状況が変わるわけでもない。たかだかお隣さんというだけの薄い付き合いだから、このまま聞かなかったフリをして帰宅するべきなのか。それとも同級生として何か解決策を模索する、もしくはどこか専門の相談所に連れて行く? いや紹介するとか?


「僕たちを助けると思って、してみませんか?」


 僕達って……まさか家族ぐるみで? 病気を患っている家族がいて、動けない状態で……その介護費や治療費のために援交に手を出したとか?

 様々な憶測が脳裏を飛び交うが、そのどれもが非常に突っ込みづらい事案であるのは間違いない。


「君は、え、えんこうを……するのか!?」


「はいです」


 静かに頷く彼女には何かしらの覚悟が窺えた。

 凛とした佇まいで、透き通った眼差しが俺をじっと凝視してくる。そんな迷いのない様子を見せられてしまえば、同級生として少しぐらいお節介を焼きたくなってしまう。

 そうだ、今日はいい1日になるはずだったんだ。彼女と円満デートに加え、アマゾネスで注文しておいた3000円のグラスが到着する日で、また一つ新たなグラスコレクションが増える予定だった。


 そんな些細な幸せを噛み締めるはずが、フタを空ければ彼女に壮絶にフラれた。あげくにこの少女が抱える闇をスルーすれば、俺はさらなるモヤモヤに見舞われる。

心がくもれば、グラスもくもって見える。

 乗りかかった船なのだから、自分が納得いくまでやってやろうじゃないか。



「そういうのは法律的に禁止されてるんだ。俺で良ければ、別の解決方法があるかもしれないから相談に乗るよ。なんなら今から専門の機関とか相談所を調べて、そこへ一緒に行こうか? 親御さんに言えないのなら、別にいいんだけど……できれば君の保護者も交えて相談所の方に……そもそも、まずは俺が親御さんにご挨拶を……?」


 あぁ、初めての事ばかりで混乱してしまう。

 落ち着くんだ、俺。


「あ、あの……」


 先走り気味な俺を制止するかのように、彼女が手をおずおずと上げた。


「別に法律では禁止されてないです」


「キミは女子高生で、いわゆるJKだろ? 何歳だよ?」


「今年で16歳、今は15歳です」


「ダメじゃないか。18歳未満はそういうのはダメなんだよ」


「えーっと、あーOKです。おじさん落ち着いてください。何か勘違いしていますです?」


 首をかしげる彼女に、俺も釣られて首をかしげてしまう。

 どうでもいいけど、この娘はさっきからずっと無表情なところがちょっと怖い。



「縁交って、流行りの動画投稿サイトでゲーム配信することです」


「は……はいぃぃぃぃいい!?」


 斜め上すぎる話題転換に、思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

 ゲーム配信と言えば、妹の芽瑠が夢中になって眺めているアレだよな? ゲームのプレイ画面が流れ、実況者が喋りながらゲームをプレイしている動画だよな?

 そのゲーム実況のどこに、援交要素があるんだ……?


「動画配信。それはたくさんの他人ヒトわし、楽しみを共有する、崇高なるお遊戯です」


 ニコリと決め顔されても納得がいかな……あぁ、そういう事か。ゲーム実況を通じて、多くの視聴者と関わり合いを持つ、という部分を指しているわけか。



「ごえんを交わす……略して縁交えんこう、ね」


「はいです」


 まぎらわしいわボケェ!

 そんな風にゲーム実況を略す必要がどこにあるんだ!?


 だが、一概に紛らわしい言葉を使った彼女を攻め立てられない。もしかしたら、この子は援交なんてワードには無縁すぎるが故に、そんな行為事態を知らなかったのかもしれない。

 むしろこの娘に対し、俺が卑猥な発想をしていたのに問題があるかも。失礼すぎるし、それはセクハラになりかねない。

 しかし、どうしてこの子は俺みたいな陰キャにゲーム実況者にならないか、なんて勧めてくるのだろうか。友達が少ないから時間はたっぷりあるとでも思っているのだろうか?


 一応、バイトとかもしてるから割と忙しかったりするんだよな。叔母さんの家にお世話になってる以上、あんまり負担をかけたくないからさ。



「裏アイテムカード、【録音アプリ】公開オープン。おじさん、これ何だかわかります?」



 悶々とした心情で思いふけっていると、彼女は唐突にスマホを見せてきた。


「うん……? スマホだろ?」


「そうです。このスマホ画面をちょこっと見ててもらえますか?」


「ううーん?」


 言われた通り、彼女がいじるスマホ画面に目を向ける。

 最初は彼女が何をしているのか理解できなかった。しかし、しばらくしてボンヤリとだが理解し始める。


 画面には横に伸びた複数の帯びラインがあり、その内部を線が山なりに波打っている。彼女はそれらを区切っては削除し、そして繋げていく作業を繰り返す。そして一つの帯びラインを完成させた。



「これ、ゲーム実況者とかならよくいじるもので、動画編集とか音声編集って聞いた事ありますか?」


「あぁ。今のがそうなの?」


「スマホのアプリだと簡単な事しか編集できないので、今のは動画ではないです」


「ふぅん?」


「音楽編集アプリです」


 それが何か?



「トラップカード【脅迫】を発動。私はさっきの会話を録音し、編集した音声データでおじさんを恐怖に陥れる」


 そう言って、彼女は何食わぬ顔でスマホ画面をタップした。

 するとも彼女が編集した録音内容が流れた。



『【キミは女子高生で、いわゆるJKだろ?】』


 俺の声が流れる。


『【15歳です。】【おじさん、えんこうしませんか?】』


 続いて彼女の答える声。

 ここまでくれば嫌な予感が脳裏によぎる。



『【君は】【いくら必要なの】』


『【5万円ちょっと超えるくらいです】』


『【5万円か……】【俺で良ければ】【え、えんこうを……するのか?】』


『【えーっと、あーOKです】』


『【そこへ一緒に行こうか?】』


『【おじさん、落ち着いてください】』



 おいおいおいおい、何なんだ、この内容は……。

これじゃまるで俺が援助交際をしてる中年に聞こえるじゃないか!?

 他人がこれを耳にしたら、俺が興奮して彼女をどこかに連れ込もうとしている情景が簡単に思い浮かぶだろう。


「綺麗に編集できているです」

 

 平坦な表情で首を傾げる彼女を見て、背筋が凍りつく。

 訴えられたら十分な証拠になる!?

 しかもこの子、援助交際の意味をがっつり把握してたああああ!?


「縁交————もちろん、おじさんはゲーム配信者になってくれるですよね?」


 そんな物騒な証拠品をぶらぶらと見せびらかされて、断われるはずがない。

 この子は一体なにを考えてるんだ……?

 まさか最初からこの状況に追い込むために、俺をハメたのか……?


 お隣さん、おそるべし。

 というか恋子こいこの件もそうだけど、女子は怖すぎる。

 もうここまでくれば俺の中で女子に対するキラキラした概念はガラガラと崩れ、簡単に信用してはいけない恐怖の対象となった。

 しかし、何故そうまでして俺にゲーム実況者をさせたがるんだ!?


「わ、わかったから。その音声データを警察に出すとかは、その、やめてくれ」


「おじさんがゲーム実況をしてくれるのでしたら」


 選択の余地はない。



「……わかった」


「いい子ですね。僕、従順なおじさんは好きです」



 彼女の鉄面皮にふわりと笑顔が咲き広がる。今までずっと無表情だった彼女が、初めて見せた変化。

 その美しさは高級な宝石にも勝る華と輝き持ち、思わずたじろいでしまう。


「……で、でも、どうして俺なんかにこんな手段まで使って?」


 俺の疑問に、彼女はすぐに笑顔を引っ込めて淡々と答える。


「だっておじさんには才能がありそうだからです。配信で不明な点があれば何でも私に聞くとよいです」


 石像のように硬い表情からは冗談を言ってるようには思えない。まるで自分の審美眼が絶対だと信じてやまない強い口調で、どこか鬼気迫るような彼女に俺は戸惑うばかりだ。


「はぁ……」


 よくわからない。

 けれど俺は誰かに褒められたのは本当に久しぶりだから、こんな形でも少しだけ嬉しかった。


「じゃあ、これから何か聞くとき不便だろうから……キミをなんて呼べばいいかな」


「【ぼっち】と呼んでください」


「ぼ、ぼっち、ちゃん……?」


「はい、おじさん」



 こうして彼女に半ば脅迫されて始める配信ライフが……まさかあのような事態を招くとは、この時の俺は想像もしていなかった。


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