2話 異世界化(バグ)の始まり


●ニャフーニュース掲示板●

【驚愕】新宿のビル群に巨人モニュメントが現れる?【速報】


1:さすがにこれは意味不明すぎる

2:え、ビルと巨像が合体してるとか笑える

3:なにこれドッキリ? 合成?

4:見方によっては芸術的だな

5:近代建築物に古代デザインの巨大な人型オブジェがめり込んでる。たしかに芸術的に見えなくもない


6:これ一晩で完成してたらしいぞ

7:規模がでかすぎる悪戯だな

8:世界がバグったかwww

9:そもそもこんな巨大彫刻を作るとか一晩で実現可能なのか?

10:ニャフーニュースの事だからまたやらせ報道とかデマっぽくね?


 そのニュース内容は、新宿のビル群に四つの巨像が埋め込まれるように乱立しているという報道だった。

 ビルと巨大な人型の像が融合しているという、なんとも不思議なモニュメント。そんなものが突然現れるといった超常現象に、少なくない人間が驚かされている。動画内でインタビューを受けたビルのオーナーや、ビル内にオフィスを持つサラリーマンなどは困惑と驚愕、そして迷惑だと発言を残す。


 当初こそ意味不明な見出しは話題性を引っ張れなかったものの、実際の動画や写真を見た人々によってそのニュースは瞬く間に拡散していった。


712:見に行ってきたけどガチだったわ

713:俺も見た。迫力やばすぎ

714:クオリティもやばかった。今すぐにでも動きだしそうな精巧さだったぞ

715:あんなんが動いたら新宿崩壊するわ

716:タワマンと同じぐらいの高さだもんな……

717:あれってどうみても巨人の石像だよな?

718:どうやってビルにめり込ませたんだろ

719:謎過ぎるわ

720:日本にとって貴重な観光資源になる予感


721:あんなのが突然、建てられたとか謎すぎる

722:ピラミッドとかの巨大建造物も未だにどうやって作られたか謎らしいしな

723:それはそれでロマンを感じる

724:自分の家に巨像がめり込んでも同じこと言えるのか?

725:それは怖すぎ


 こうして都市伝説系YouTuberたちがこぞって考察動画をアップし、【謎の巨人オブジェクト】は世間に浸透してゆく。

 ファンタジー脳全快の人々は胸を躍らせ、陰謀論者たちの討論はヒートアップ。

 世間が賑わいと熱気を帯びてゆく一方で、深刻な表情でその報道を見つめる人間たちもいた。


 それは大物YouTuberや、人気VTuberの中の人たちだった。




「——人身事故から俺を救ってくれた?」


 そんな風に現実リアルで、銀髪の美幼女へ声をかけたと思う。

 だけど次の瞬間、彼女の姿は忽然と消えた。


「えっ……?」


 それから俺は訳もわからず混乱しきった状態で、警察やら周囲の人達が集まるのを茫然と眺めるばかりだった。命が脅かされたショックで、警察への返答がろくにできなかったけれど一番の気がかりは銀髪の美幼女だ。


 俺が見たのは幻なのか現実なのか、判断がつかず彼女のことばかり考えてしまった。

 トラックの運転手の無事が確認できた時も、叔母さんが迎えに来てくれても、妹が心配気に話しかけてきても、俺の脳裏に焼き付いた彼女の姿は消えなかった。


 全てが落ち着く頃になると、遅れて恐怖心のようなものが沸き上がってくる。

 なぜなら今回の人身事故とチュートリアルで説明された内容は関係があるのではないかと思うようになったからだ。


:このゲームについての口外は関係者以外禁止です:

:ネットへの書き込みやSNSによる発信もできないよ~:

:意図せず何らかの形で偶然にもそれらを実行した場合、すみやかに貴様は処理される……努々わすれるなかれ:


 よくよく思い返せば、俺は無関係な人間に『アーセ』についての情報を発信していた。

 ログアウトしてすぐにした妹との通話だ。


『通話に出れなくてごめんな。いやー、すごいリアルな・・・・・・・ゲームやっててさ・・・・・・・・。ほら、前にちょっと話したスエフェニの新作ゲームのベータテストに当選したってやつ』


 確かに俺は芽瑠にこう言った。

 ゲームの詳細云々は口に出さなくとも、チュートリアルのアナウンスが警告した内容に触れているように思える。

 その直後にトラックが俺めがけて突っ込んできた事実。


 偶然と片付けるのは簡単だ。でも、ゲーム内でキルしなかったNPCの美少女が現実に、目の前に確かにいて……俺を助けた。

 そうでなかったら今頃、俺はこの世にいないと確信できるだけの何かを感じている。あのゲームにログインすれば、またあの銀髪少女と会えるかもしれない。一体あれはなんだったのかと、問い詰めれば何かがわかるかもしれない。

 ————でもそれ以上に、『アーセ』には不気味さを覚えていた。

 


 だからだろうか。

 せっかくベータテスターに当選していながら、俺が『アーセ』に触れる機会はそれから一切、訪れなかった。


 そして銀髪の美幼女が再び姿を現すこともなかった。



「うーっす、ズル剥けユーマ。今日もパパ活ごくろーさま!」

「金で彼女を釣って、課題で友達を釣る。おまえやってんなー!」


 相変わらず学校では、黒井くんと佐部津くんに英語の課題を取られハゲいじりを強要される。

 そんな俺にだってささやかな楽しみがある。

 いや、最大の楽しみがある。

 迫り来るストレスをはらい続け、放課後まで乗り切るだけの理由があるのだ。俺は終業のチャイムが鳴り響くと同時に、一心不乱に学校を出て目的地へ向かう。


恋子こいこ、待った?」

「べつに。それより早く注文しよ」


 とある牛丼屋につけば、同級生の女子がすでにカウンター席に腰を落ち着けている。

 彼女こそが、俺にとって人生初の彼女なのだ。

 恋子こいこは隣のクラスなのでホームルームの終了時間が異なり、一緒に帰れない・・・・・・・

 ちょっと寂しいけど、彼女とは店で直接合流するのがいつものやり方だ。



「私はこの【5種のチーズ牛丼】とサラダセットね。勇真ゆうまは?」

 

 セットで800円か……じゃあ俺は500円以内で抑えないとだな。

 財布の中身を素早く確認して、注文を決める。


「俺は【牛丼並盛】にする」


 彼女、面杭めんくい恋子こいこは【おっさん】と呼ばれている俺を【おっさん】と呼ばない稀有な存在だ。

 人生で初めて優しく接してくれた女性に『付き合ってください』と言われたのは3カ月前。それから週に2日だけ、学校の外でご飯を食べるのが俺たちのデートになっている。

 もちろん、全部俺のおごりだ。


「…………」

「……」


 注文した牛丼が来るまで彼女は手元のスマホをいじり続けていて、俺たちに会話はない。その沈黙は牛丼を食べている最中も食べ終わってからも続く。ヘタレな俺は彼女といるだけでドキドキしてしまい、何を話していいのかわからなくなってしまうのだ。

 でも、そんないつもの時間がわりと好きで、幸せだと感じている自分もいた。

 だって大好きな彼女と一緒にいられるのだから。


「はぁ……」


 でも恋子にとっては退屈なのかもしれない。

 その証拠に大きなため息が彼女の口からこぼれ落ちた。


 やばい、何か、何か喋らないと。

 こう、楽しい話とか、興味深い話とか……えっと俺は綺麗なグラスコップが大好きで、だから先日奮発して4000円のグラスを買ってみたんだとか——

 ダメだダメだ。グラス集めを女子が聞いたって何の面白みも感じられないだろ!

 ううううう、何を喋ればいいんだあああ。


「あ、えっと……恋子こいこ、溜息なんかついちゃってどうかした?」


 どうにか話題を絞り出そうとした結果は、絞りに絞ったボロ雑巾みたいな問いかけだった。



「ねえ、勇真ゆうま。もしかして佐部津と黒井に私たちが付き合ってること言った?」


牛丼片手に彼女は苛立ただし気に質問をしてくる。


「えっ、まあ……彼女いるのかって2人に聞かれて」

「はぁー……このハゲおじ・・・・ガチかよ」

「えっ?」


恋子こいこの表情が、今まで決して俺には見せなかったものへと変貌してゆく。

 それは俺が日常的に目にする、あざけりと嫌悪が混じった失笑だった。


「私もさあ、誰かに誇れるような人生を歩んではないけどさー」


 優しいはずの彼女が……絶対におっさんと言わない彼女が、今は歪んだ形相で牛丼をかっこんでいる。


「でもやっぱり、勇真よりはマシだよね」

「えっと……俺、なにか悪いことしたかな?」


「はぁー言わなきゃわからないって、ほんと終わってる。私たちのことを変に言いふらされたら困るの。ハゲおじ・・・・との件でいじられるとか死んでも嫌だし」

「えっ……」

「そもそも付き合って3カ月もたつけど、私たち何もしてないよね」

「それは……恋子こいこがそういう行為は大切にしたいって、少しずつ2人で進みたいって……」

「3カ月も付き合って、何もしないってありえないから。私の告白、本気にしてたの?」

「ど、どういう……意味?」


「私がハゲおじあんたを本当に好きだったら、とっくに色々してるってこと」

「えっ……?」


「ごちそうさまでした、っと。えっとねーハゲおじと会うぐらいなら、推しの配信見てた方が全然マシって言ってるの。ほらハゲおじ、私の連絡先リスト見てみて」


 彼女が俺に向けたスマホ画面には、俺の電話番号が記されている項目に『安飯やすめし製造機おじさん2号』と登録されていた。


 それが指す意味は、『俺は恋子こいこの彼氏ではなく、タダ飯を御馳走してくれるおじさん。しかも2人目』という扱いなのだ。


 黒井くんの言ってた『パパ活』という意味がやっと理解できた。



「あんたの頭の毛の薄さってさ、あんたの送って来た人生の薄さを如実に表してるよね」


 だからこんな風に騙されるんだよ。

 だから気付けなかったんだよ。

 なに本気にしてるんだよ。


「頭髪も薄ければ、あんたがやってる恋愛ごっこも本当にうっすいよね。つまんない」


 彼女の言葉が鋭利な刃のように冷たく胸に突き刺さった。さっきまでの何となく温かった空間は急に寒気を帯び、まるで凍てつく南極の大地に放り出された気分になる。

 そうだよ、そうだよなあ……。

 異性と話す機会なんて妹相手ぐらいしかない俺が……俺なんかが、彼女ができたって浮かれて、勘違いして……付き合っていると錯覚して……。


 それがこのザマだ。

 恋子こいこへ言い返す気力なんてあるはずもなく、自分の間抜けさを呪いたくなった。

 怒りなんて感情は湧いてこず、ただただ悲しくて虚しかった。


 これも仕方のないことだから——

 ヘラヘラと笑うしかなかった。



 

 自宅の前についた俺は、なかなか家に入れる気分にはなれなかった。


「俺の頭髪の薄さは、俺の人生の薄さをそのまま表してる、か……確かにこのハゲ散らかった頭のように、俺の心はひっちゃかめっちゃかに摩耗したよ。ハハッ」


 高層マンションの上階から見下ろす景観にホッと息をつく。

 ここには誰もいないから、俺を害なす人もいない。


 青かった空はいつの間にか深紅に染まり、夕闇がすべり降りるように訪れている。太陽は街並みの背後へゆっくりと沈み、俺の心に影を落とす。

 遥か上空には星々が瞬きはじめ、地上の街灯たちが煌めきを放ち、地上の星空も咲き始める。その輝きが一層、俺のしょぼさを引き立てるようで虚しくなった俺は深いため息を吐く。

 こうやって一人静かに、行き場のない悲しみを夕日へと溶かしてやる。


「もう、どうでもいいや」


 おっさん、おっさんと繰り返し言われ続けた俺はいつの間に諦めるのに慣れ切っていた。

 歳を取るにつれてひしひしと感じるのは、自分の一部がだんだん薄れていっているような感覚。頭髪はもちろん現在進行形で致命的に薄れつつあるが、そういう事ではなくて自分の中での感情が消失してゆくような……小さな頃は何事にももっと関心を持って熱くなれたような、そんな気がする。


 今は何を見ても希望が湧きづらく、どうせ俺なんかが……と、もはや諦めの境地で物事を見る時が多い。そればかりか、自分に起きた出来事ですら他人事のように俯瞰視している節がある。


「15歳にして中身までおっさん臭くなりつつある、か……」


「自分の人生、ゲームオーバーって思ってます?」


 感傷にひたっていた俺を唐突に邪魔したのは、透き通った細い声。

 その発生源へと視線を向ければ、一瞬、光を見たのかと勘違いするほどの眩しさを感じる。

 なぜなら俺の真横には、同じ学校の制服を着た美少女が立っていたからだ。


 彼女は目が覚める程の美貌の持ち主で、雪のように肌が白い。外国の血が流れているのか、うっすらと赤い両眼は澄んだ湖のような静謐さを感じさせられる。

 作り物じみた・・・・・・夜の輝きを放つ長い黒髪をそっと右耳にかけ、表情筋を一切動かさないまま首を傾げる。



「おじさん、つまらなそう。私とカードゲームで遊びます?」


 こんな留学生っぽい子が俺たちの学校にいたか?

 見覚えのない人物からして学年が違う……わけでもない。彼女の襟元にあるリボンの色が同じ学年色だ。



「カ、カードゲーム……?」


「フレンドカード【美少女】を召喚。私はおじさんと再会する」


 俺の了承を得る前に彼女は勝手にデュエルを始めてしまったらしい。

 彼女は自身の胸をそっと左手で抑え、さも私が召喚されましたと表現しているようだ。


 自分で自分を美少女と言い放つ豪胆さや、自己肯定感の高さを見習いたい。しかし、感服よりも混乱が勝ってしまうのは俺だけだろうか。

 確かに超がつく美少女ではあるけど、痛々しいというか……ね?

 極度のコミュ障ですか? というツッコミを寸でのところでやめておく。


「魔法カード【交渉術】を発動、私はおじさんに提案する」


 感情の読めない無心の顔を俺に向けつつ、さもカードを挟んでいるとでも言わんばかりに二本の指をピッと立ててこちらに向けた。



「もし何かあったのなら、僕の一生をかけておじさんの面倒を見ます」


「は、はい……?」


 突拍子のない宣言に思わずたじろいでしまう。

 外国人だから日本語が上手く使えないとか?


「トラップカード【尋問】を発動。そこ……うちの前ですけど、どうかしました……?」


「え……? ここに住んでるの……?」


「はい」


 マジか。

 同学年の生徒がお隣さんだったなんて今まで全然知らなかった。

 でもあっちは俺をおじさんと呼んでいたり、再会がどうのって話だから俺を把握してそうだ。相手を知らないままでいるのも失礼な気がしたので、慌てて自己紹介を始める。


「お、俺は神無戯かんなぎ勇真ゆうま。君は?」

「……おじさん、プライバシーの侵害です。JKの個人情報を知って何するつもりですか?」

「え、いや……その……」


 おおう、この扱いは凹む。

 例えイジりを含んだ返しだったとしても凹む。

 本気で言ってたら、なおさら凹む。

 というか声をかけてくれた時の台詞と、態度が180度変わってないか!?

 確かにトラップカードとやらは恐るべきダメージを俺の心に与えていた。


「え、えーっと? 君は、その制服からして同じ学校だよね。だから――――」

「トラップカード【拷問拒否】を発動、私はあなたの言葉を無視する」


 いや、拷問て。

 俺の質問は拷問レベルで苦痛ですか、はい。



「…………そのカードは連発しないでほしい。精神のライフポイントがゴリゴリ削れる」


「では別の魔法カード、【尋問】を発動。私はおじさんに問いかける」


 もうなんなの?

 カードゲーマーなの?

 

「うちの前で突っ立って何をしてたのですか?」


 彼女は感情の伺えない、うろんな目付きで俺を見つめる。

 なぜそんな怪しむような眼で俺を見るのかと疑問に思い、はたと気付く。俺はまだ【隣の住人】であると彼女に伝えていない。

 つまりこの娘からすれば……なぜか自分の家のドアのすぐ傍で、黄昏れてる同級生おっさんがいた。



 こわすぎいい! 俺って不審者確定じゃん!

 彼女にどう返答するのが最適解か――――




1.「ちょっとボーっとしちゃってただけで。偶然だけど俺は君の家の隣に住んでてさ……ハハハ……」


2. 「シンプルに賢者タイムってやつを満喫してた」


3.「キミの帰りを舞っていた☆ (小粋なステップをはさむ)」


4.「いやー聞いてくれよ、実は彼女にフラれちゃって……うんぬんかんぬん。ところでライン交換しない? 」


5.「人を問い詰める前に自分を見直そう。君、そのスカート丈は校則違反じゃないのか? 短すぎる。俺が若かった頃もそりゃあ少しはやんちゃしたってもんだ。だけど高校になってやっぱり真面目に生きた方がよかったと後悔してな? しっかり将来を見据え、勉学にハゲみうんぬんかんぬん……服装の乱れは気持ちの乱れ! ひいては自堕落な生活の始まりであってだな (隙あらば自分語り&ちょい悪おじアピール&説教)」





 読者さま参加型の選択肢です。

 1~5の選択によって物語の展開が変わります。

 コメント、もしくは作者のTwitterのリプなどに数字を入れてくれると嬉しいです。 @hoshikuzuponpon


 集計の結果、1番多かった選択肢で物語が進行します!

 12月25日の13時までに集計します。


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