1話 チュートリアルと吸血姫


 世の中は悪意に満ちている。

 SNSには見ず知らずの誰かを貶める言葉が溢れ、妬みや嫉妬で悪口をこぼす人がいる。同調圧力や欺瞞、パワハラに苦しむ人もいれば、マウントの取り合いで醜い争いを繰り広げる人もいる。


 それらは誰かの意思を折る毒となり、日夜誰かの心を殺している……。

 もちろんそんなのは路傍の石みたいにどこにでも転がってる話で、だけど明日には自分がつまずくかもしれない。そんな石を投げつけられて、血涙を流す日があるかもしれない。


 仕方のない事・・・・・・だ。

 だって悪意はネットの世界だけでなく、俺の現実にもあって——

 


「なあ、おっさん・・・・。数学の課題やってきてるだろ? 俺に見せてくんない?」


 朝のホームルームが始まる前に話しかけてきたのは、クラスカースト上位に君臨する吉良きら大和やまとだ。その整った顔立ちに微笑を浮かべてはいるけど、目だけは笑っていない。



「え、でも吉良くん。そういうのは自分でやった方が……」


「ごめんな、おっさん・・・・。お前と違って俺は忙しいんだよ。なにせ5万人のフォロワーが俺の動画を待ってるからな。動画作りやってると、課題なんかしてる時間ないんだわ。友達ならわかるよなー?」


 友達ならわかれよな。

 そういう『圧力』を彼の目が雄弁に語る。


「それなら……うん、仕方ないね。ど、動画、がんばってね」


 高校一年、15歳の俺は禿げていた。

 決して比喩表現の類ではない。物理的に正真正銘の若ハゲだった。

 若年性脱毛症による外見的特徴が発端で、ついたあだ名は『おっさん』。頭頂部から円形に禿げてるので、仮性包茎やら亀頭に見えるとかで『ずる剥けユーマ』なんて言ってくる人もいる。けど、これはいじめとかではない。


 それに吉良くんはたまに優しかったりもする。

この間だって俺が落とした消しゴムを拾ってくれたし……。


「おー? ずる剥けユーマはやっさしいな。男として一皮むけてんね! じゃあ、ついでに俺らにも課題見せろよ」

「さすが彼女もちの・・・・・おっさん・・・・は度量が広いね。パパ活で彼女釣るぐらいだから、課題で友達釣るとかも余裕でしょ」


 吉良君と同じグループの佐部津さべつくんと黒井くろいくんがここぞとばかりに会話に入ってきて、よくわからない冗談をかましてくる。

 ただ、彼らの視線に蔑みの色が滲んでいるのだけはわかる。

 だからといって怒るわけにもいかない。


 誰かを下に見て優越感を得るのは人間の性の1つだ。俺だって口に出さないだけで、些細な事で人を馬鹿にする機会がなかったわけではない。


 だから、我慢だ。

 だから、許せばいいんだ。


「え、えっと……俺はパパ活とかそういうの? したことない、から……佐部津くんも黒井くんも課題は自分でやった方がいいよ?」


 やんわりたしなめようとするが、2人はニヤけ面で俺の意見なんてどこ吹く風だ。そのままスッと机の上にあった数学の課題を取り上げ、話題を変えてしまう。


「課題を真面目にやってる暇あったら、【ヒカリン】の動画見るっての。可愛すぎるよなあの子」

「【ゆめみるぼっち】ちゃんもお勧めだぞ。そういえば吉良くんってどっち派なの?」


「あー、俺は断然ヒカリンだな。VTuberとかあんま見ねえし」


 扱いが多少ひどいだけで、どこにでもある話で……だから仕方ない。

 俺が笑っていれば平和に平穏に、みんな笑って過ごせる。

 それが作り笑いで成り立つものだとしても、嫌われるよりはマシだ。


 気分を切り替えろ、俺!

 俺には大好きな彼女、恋子がいるんだ! 彼女の件でいじられるのは高校生としてデフォだろ。


 それに今日は新作ゲームのベータテスト開始日だ。

 VR技術と全感覚リアリティシステム搭載のゲームで、貴重なベータテスター100人の枠に入れた幸運を喜ぶべきだ。

 俺は鬱屈しそうになる気分をどうにか抑え、放課後までの時間を耐えしのいだ。



 なんとなく、つまらない。

ちょっと寂しくて、なんとなく将来が不安な毎日。

 熱中して何かやりたいとも思わない毎日。

 決められた学校ばしょに決められた時間に赴き、帰る毎日。


 そんな退屈な毎日を壊してくれるのがゲームだ。



「これが……全感覚VRゲーム、『アーセ』……」


 帰宅した俺は大手ゲームメーカーの『スクエアフェニックス』から届いたVRメガネを装着する。どういう原理かは知らないけど、たったそれだけでゲーム内の感覚を全身で味わえる画期的なゲームだ。

 

「叔母さんと芽瑠めるが帰ってくる前に少しだけいじってみよう」


 自室のベッドで寝転がりながら初期設定を手早く終えれば、画面はチュートリアルへ。



:失われた神々と魔法が息づく世界、【アーセ】へようこそ:

:私は【魂を紡ぐ女神リンネ】:


 チュートリアルのアナウンスは綺麗な声のお姉さんだった。いや、女神さまかな?

 

:自分は【時を賭ける神クロノス】:

:我は【天秤に座す神ジャッジ】:


 続いて若々しい少年の声と、雄々しい男性の声が続く。

 この2人も神様かな?

 ふむふむ。なるほど、これは異世界風のVRゲームってやつか。


:感音テストです。返事をください:

:感音テストだよ。声をちょーだい:

:感音テストだ。喋ることを許す:


「あ、えっと3人で同時に話しかけられると答えづらいと言いますか……ちゃんと聞こえてます」


:あら。私たち全員の声が聞こえるですか?:

神和性しんわが異様に高いね。かなりの当たりかもー?:

:人間風情にしては見所があるようだな:


 これはあれか?

 プレイヤー補正というか主人公補正的な感じで、俺は選ばれし特別な存在って流れだろうか? なかなかに王道ファンタジーっぽいゲームだ。


:喜ばしいことです。それではチュートリアルを始めましょう:

:君が必要とされる時点は————:

:ほう、【枯れ果てた虹】か……いや、まだ・・【虹が生まれる場所】か:


 3人の神様がどんどん話を進めてゆくなか、俺の視界にはステータス画面のようなものがふわっと浮かび上がっている。

 それらを確認すれば如何にもゲームっぽい数値がずらっと並んでいた。


【ユウマ Lv1】

【HP7/7 MP4/4 力3 色力いりょく4 防御3 素早さ4】

【ステータスポイント0 = チャンネル登録者数/信者数0人】


:そろそろ戦場に召喚されます。心の準備は良いですか?:

:へえ……面白そうな子に呼ばれたね:

:我らの力を利用せんと目論むとは。不遜、不愉快な輩だ:


 よくわからないけど、プレイヤーおれは何者かに召喚されるって設定なのか。

 三者が言うように俺の視界は真っ白に染まり、続いて広大なフィールドに様変わりした。


「わ……綺麗なところ」


 まず目を奪われたのは大地からそびえ立つ虹だ。彼方の空へと伸びる七色の橋は途中からほころびかけ、ステンドグラスがひび割れるように————その欠片が色とりどりの光彩を放ちながら舞い散ってゆく。

 そして虹の発生源とも思われる地点では、地面そのものが赤褐色に枯れ始めていた。


「虹が、枯れそう……?」


 ひどく幻想的で、ひどく鬼気迫る景色だった。

 そして次に目に飛び込んできたのは、虹の周辺を闊歩する巨人たちだ。ビルと同等の巨体を揺るがしながら、小さな生物の大群と戦っているように思えた。

 どうやら俺は魔法陣から出現したらしい。あと、巨人たちが動く余波によって周囲は地震と錯覚しそうなほどの激しい地揺れが断続的に続いている。


 ……正直、圧巻の一言だ。

 ものすごい高画質リアリティ、ものすごい臨場感に思わず息を呑んでしまう。



「巨人と戦っているのは人間……?」


リアルと寸分たがわぬ存在感や熱気、血と怒号が飛び交い、圧倒されてしまった。

 そんな俺の感想に反応したのは、凛と澄んだ声。

 

「どうして……ゆーま様が、ここに……きた、です?」


 俺を見つめるのは銀髪の美少女。

 頭上には【千血の人形姫ブラッディドール】と表記されている。

 氷で作られた彫刻のような美しさを持つその顔は、一切の表情が読み取れない。しかし、深紅に煌めくその両眼からはかすかな動揺の色が窺える。



「バジリスク騎兵隊、進め!」

「石化した【虹の巨神ティターンズ】どもからぶっ壊せ!」

「まがりなりにも、こいつらは神だ! 石化しても月日が経てば復活するぞ!」

「必ず砕け!」

「まずは足元だ!」

「「「おう!!」」」


 俺の名を呼ぶ美少女の存在も気になるけど、やっぱり眼前の物騒な連中の方が気になってしまう。

 どうやらこの戦いは巨人たちの敗色が濃いようだった。


 人間たちは四足歩行の竜らしきものに騎乗し、その竜の視線を浴びた箇所から巨人たちの石化が始まっている。巨人と比べて竜っぽい生物は、二階建ての一軒家ぐらいのサイズ感だから小さい。一見したらすぐにでも巨人に踏み潰されかねないのに、石化によって身動きの取れない状態では抵抗がしにくいようだ。さらにそこへありのように群がった人々が手にした鈍器を振りかざしている。

 みるみる間に巨人たちは一人、また一人と石化し崩れてゆく。


:さて、概ね戦況は把握できたでしょう:

:ここから戦闘チュートリアルの開始だよ~:

:貴様に問おう:


:Q 【虹の守護者】を滅ぼしますか? 【虹を枯らす者】を滅ぼしますか?:


:好きな方を選ぶといいよ~:

:人間風情に寛大にも選択の余地を与える。感謝せよ:


 虹を守っているのが巨人で、虹を破壊しようとしているのが人間っぽいな。

 三神は滅びゆく巨人側に味方するのか、それとも侵略者である人々に加勢するのか選択を迫って来た。

 どうやら、加勢した勢力で今後のルートも変わるってタイプのゲームらしい。

 

 俺は数秒、巨人と人間たちを見つめる。

 巨体が倒れ伏す姿はどこか切なく、そして寂しく思えた。彼らが粉砕されると、空に架かる虹がボロボロと崩れ、真っ青な空に煌めきながら消えてゆくのだ。

 巨人たちが必死に守っているものを、人間は雄叫びと暴力で壊してゆく。


 それはまるで……教室で必死に自分の心を守る俺と、それをノリと悪意で破壊しようとする佐部津さべつくんや黒井くろいくん、そして吉良くんの姿と重なった。



「【虹を枯らす者】を滅ぼします」


 確固たる意志で、俺は数千人はいるであろう人間たちの敵に回ると決意する。

 いくら迫力があろうと所詮はゲーム内でのイベントだから、そう決断を下すのは簡単だった。


「神々に精通する英霊を、条件指定した、僕のミスです————?」


 隣で佇む銀髪の美少女が何か口にしたけど、周囲の戦闘音が激しすぎてよく聞こえなかった。

 だけどチュートリアルのアナウンスはしっかりと耳に届く。

 

:嬉しいわ。でしたら私の祝福ギフトをお貸しします:

:ん~すっごい神和性だね? 自分の祝福ギフトも貸せちゃったよ:

:ふん。人間にしては面白い。我の祝福ギフトも貸し与えたぞ:


権能スキル裁魂さいこんの歌】を一時的に習得しました:

権能スキル【世界よこの指止まれ】をほんの少しだけの間使えるよー:

権能スキル真眼しんがん】を貸し与える:

:全ステータス補正+300:


:……あら? あなたは15歳で間違いないわよね?:

:あれー? ちょっとこれ、絶対に神和性がおかしいやつだよ、キミ:

:これほどの者がいるとは……もしや……:


 チュートリアルのアナウンスさんたちは驚いているようだけど、これもプレイヤー補正ってやつだろうか。

 神様に選ばれて特別な力を得る。

 至極、王道なパターンだ。


「よっと」


 さっそく試しに混沌渦巻く戦場を走ってみると、驚くほど早いスピードがでた。まるで世界そのものが緩慢になってしまったのかと錯覚してしまうほどだ。ついでに駆け抜け様に一人の兵士をスパンッと叩いてみると瞬く間に肉片と化してどこかに吹き飛んでいった。

 また、俺の不注意で剣や盾を持つ兵士と正面衝突をしてしまったけど、鉄製の防具で身を固めていた兵士の方がグシャリと潰れ、生身の俺は全くの無傷だった。

 全ステータス補正+300の威力が猛威を振るう。


 爽快さと痛快さに酔いしれそうだ。



「あー、あー、あー、【裁魂の歌】————?」


 喉の調子を整え、いただいた祝福ギフトを発動すると何やら訳のわからないメロディが勝手に口をつく。そして周囲へと物凄い勢いで響き渡った。

 決して轟音といった大音量ではないのに、周辺一帯の兵士たちに俺の歌声が届いたらしい。


 その瞬間から多くの兵士たちが、糸が切れた操り人形のようにこと切れる。さらには騎乗していた竜らしき存在も倒れ伏すのだから驚愕だ。

 ふむふむ……このギフトはLv40以下の魂を瞬時に狩り取る効果らしい。

 

「お、おまえええええ!」

「こ、こいつが、俺たちの仲間をやったのか!?」


 兵士とはまた違う、『いかにも強者です』といった服装の人物たちが吠えた。それから決死の形相で俺に迫ってくるものだからちょっとビビる。

 しかもけっこう早いから、対応に遅れそうだ。


【裁魂の歌】を発動しても動いていられるという事実からして、Lv40以上のエネミーなのだろう。

 そこで俺は2つ目の祝福ギフトを発動。


「——【世界よこの指止まれ】」


 すると言葉通り、世界が静止した。

 いや、俺以外の全てが動きを止めたらしい。

 血走った眼差しで剣を振るう強者っぽい2名もその例外ではなく、俺はじっと2人を見つめる。それから思いきり拳を振りかざすと、やはり2人とも豆腐のごとくやわい感触で以て肉片と化した。


「うわあ……簡単に倒せるのは気持ちいいけどグロ表現がやばいな……」


 それから数秒間が経つと世界は再び動き始め、時が流れ出す。

 

「なるほど。【裁魂の歌】と【世界よこの指止まれ】、効果はすごいけどMP消費が多めなのか」

 

 いくら祝福ギフトが強力だからといって連発するのはよろしくない。

 全ステータス補正+300の恩恵でMPが300以上に増えたといっても、際限なく発動できるわけではないのだ。

 そうなると、ここぞって時にしか使用しないほうがいい。


 例えば【裁魂の歌】は兵士の密集地帯か、【虹の守護者】が倒されそうな地点で放つ、などなど。

 そして【世界よこの指止まれ】は先程のように強者相手にのみ発動すればいい。そうなるとまだ試してない【真眼】も使いどころを選ぶべきだろうか?


「————【真眼】」


 真眼を発動すると視界にあらゆるデータが膨大に浮かび上がった。

 目の前にいる兵士のLvや種族、ステータスや習得スキルから始まり、周辺地形や巨人に関する説明までもが一瞬にして羅列する。

 情報過多すぎて目眩がしそうだったけど、情報量は自分でそれぞれ調整できるようだ。

 俺はひとまず視界に入る全ての存在に対し、Lvだけ表示するようにした。


【真眼】は他二つの祝福ギフトと比べてかなり消費MPも少ないので、【真眼】を基本とする戦略を立てればいいだろう。

 こうして俺はLv40以上の人間が存在する箇所ではなるべく【裁魂の歌】を使用するのを避け、強者が集った地点で【世界よこの指止まれ】を発動し一気に屠ってゆく。



:神殺しが何匹か混じっています。油断しないようにお願いします:


 チュートリアルの女神様が言う【神殺し】とは、おそらくLv40以上の人物たちだろう。俺は彼女のアドバイスを十分に意識しながら、効率的かつ順調に人々をキルしていった。


「すごい……爽快だ」


 日々の鬱屈した感情を吐き出すようにして、俺はNPCたちを殴り飛ばしてゆく。

 ほとんどの人間をキルし尽くした折、俺の拳が一人の少女へ吸い込まれる直前で止める。


「あっとゆうま・・・に、ゆーま・・・様の殺戮ショー……?」


 最初に俺が召喚された時にいた銀髪の美幼女だ。

 この戦場に似つかわしくない幼い少女は、茫然とした顔で俺の名を呼び、そこはかとなく絶望に染まった両眼で俺を捉えている。ダジャレを言ってるあたり、そんな深刻ではないのかもしれないけれど。


「これ以上、人々を、殺さないで……ほしい、です」


 人間を擁護する姿勢から推測するに、やはり彼女も敵らしい。

 敵、敵なのか。

 こんなにも可愛い少女が敵、なのか。


 なるべく殺したくはないといった気持ちがふつふつと湧き出てくる。

 いくらNPCだからとはいえ、戦意もなく無抵抗の相手を嬲り殺す趣味はない。それに、あまりの臨場感や激しい戦闘の迫力に流されて失念していたけど、彼女は初めから俺の名を口にしていた。

 NPCがプレイヤーの名を呼ぶって、今後のストーリーに関わってくる重要人物だったりするんじゃないだろうか?


 そうなると目の前の彼女は簡単にキルしていいモブNPCじゃない可能性がある。

 キルしたNPCは二度と生き返らず、そのまま敵対シナリオを進める必要があったりなど、やりなおしの効かないゲームも多数存在している。

 そんなリスクをチュートリアルに盛り込んでくるあたり斬新だな、と思いながら振り上げた拳を一旦おさめる。


「もうやめる。このチュートリアルっていつまで続くんだ?」


 気付けば人々は散り散りになり、残存兵力も微々たるもので一目散に撤退している。

 目の前の銀髪少女も茫然自失といった状態で、虚ろな眼差しを向けるばかりだ。

 結果的に守護対象だった巨人は、五体が崩れて消失していた。さらに四体の巨人はすでに石化してしまっていて救いようがなかったけど、最後の三体を守り抜けたのは僥倖だろう。


 もう十分にチュートリアルはやり終えたのではないだろうか?



:チュートリアル結果を発表します:

:評価 神和性SSS 信仰性A 戦闘センスC キル数SSだよ~:

:総合スコアSだ:


:神殺しを一匹残したところで、大したことにはならないでしょう:

:優しいね~ユウマ君は。そんなところもつけ入りやすくて自分は好きだよ~:

:我らが三神全ての祝福を受けきれるその神和性、人間風情にしては見事だ:


:今後もアーセでのプレイに励めば、私たちから祝福ギフトを与えます:

:今回は特別すごいのを貸した・・・だけだから、返してもらうよ:

:大いなる神々の信仰に励むがよい:


 なるほど。

 これからレベルアップしたりすればこんな強力で爽快な技も使えるって宣伝か!

 確かに最初から難易度高すぎて訳のわからないチュートリアルより、すごい世界観を見せつけつつ、プレイしてゆけば派手な技も使えるよっていうのはモチベーションがアップする。


:最後に、このゲームについての口外は関係者以外禁止・・・・・・・です:

:どんな手段でもだよー。ネットへの書き込みやSNSによる発信もできないよ~:

:意図せず何らかの形で偶然にもそれらを実行した場合、すみやかに貴様は処理される……努々わすれるなかれ:


:私、【魂を紡ぐ女神ヴィナス】との魂の盟約です:

:自分、【時を賭ける神クロノス】と次元の契約だよ~:

:我、【天秤に座す神ジャッジ】による制裁の制約だ:


 まだベータテスト段階だから情報を秘匿するのは当たり前か。

 それにしたって脅し方がすごいな。後半とか妙にリアルで怖い。


「わかりました」

「あの……ゆーま様は、先ほどから誰と会話をしてるです……?」

「あーえっと、なんていえばいいのかな……」


 銀髪の美少女は俺に見逃してもらったと確信したのか、先ほどよりも流暢に質問をしてくる。


:ではチュートリアルは終了しましたので、一時ログアウトしてください:

:まったね~:

:さらばだ、人間よ:


 俺が銀髪少女にどう答えたものか迷っているとチュートリアルは自動で終わってしまったのか、視界が徐々に暗くなりログアウトの兆しに染まる。


「もしかして————【影に潜む心臓シャドウ・オブ・ハーツ】」


 ログアウト際、銀髪の美少女がそっと右手を伸ばして何かを呟いた気がした。




「ふうーすごいリアルだったな」

 

 VRメガネを外した俺の感想は至極シンプルだった。

 しかしあれだけのクオリティなら少しぐらいは話題になるんじゃないかと思い、アイポンでSNSアプリをチェックしてみると『アーセ』に関する情報は一切なかった。


「って、着信が5件も来てる……芽瑠めるからか」


 急いで妹にかけなおすと、たった2コールですぐに繋がった。


「お兄ちゃん、なにしてた?」


 アイポンごしに不機嫌そうな妹の声が響く。車道音やらウィンカー音といった環境音から判断するに、学校まで叔母さんに迎えに来てもらったところだろうか。


「通話に出れなくてごめんな。いやー、すごいリアルな・・・・・・・ゲームやっててさ・・・・・・・・。ほら、前にちょっと話したスエフェニの新作ゲームのベータテストに当選したってやつ」


「お兄ちゃん、死ぬ運命」


「おいおい、通話にでないぐらいで死ねって厳しすぎないか?」


「……帰ったら芽瑠めるとも遊ぶ、運命」


「わかったわかった」


 どうにか妹の機嫌をなだめ俺は通話を切る。

 中学一年生になった妹は絶賛多感な時期である。よくわからない理由でご機嫌斜めになる時ぐらいあるだろう。

 仕方ないから俺は近くのコンビニへ芽瑠の大好物である苺大福(178円)を買いに行く。


 苺大福さえあれば妹なんてのはチョロいもんだ。


 外に出ると日は既に沈みかけ、夕闇が差し迫っていた。

 いつもだったら多くの歩行者が行き交う交差点だけど、今日は不思議と人通りが少ない。信号が青になり、俺はコンビニへの一歩を踏み出す。


 だが、視界の左側から何かが急激に肥大し始めたので、そちらに首を向けると————

 気付いた時にはすでに遅く、トラックが猛スピードで俺に衝突する寸前だった。

 


 あっ、これやばいやつだ。

 死ぬやつだ。

 その瞬間、世界がスローモーションになったように錯覚した。




「————僕を生かしたのに」


 無数に飛び散ったトラックの破片は夕日にキラキラと反射して、それはまるでゲーム内の虹が砕けてゆく様に似ていて。そんな嵐の中にポツンと一人、少女が立っていた。

 彼女は右手だけでベキリと凹んだトラックを抑え、華奢で小さな身体ではありえない事象を引き起こしている。



「あっとゆうま・・・に、ゆーま・・・様の殺人ショー……?」


「え……」


 聞き覚えのあるダジャレを口にした目の前にいる美幼女は、間違いなくゲーム内でキルしなかった彼女そのものだった。

 どんな金属の輝きをも凌駕する銀色の長髪をたなびかせ、夕焼けよりも紅に染まった双眼が真っすぐに俺を捉えている。



 ゲーム内のNPCが現実にいるとか……ありえない。


 その彼女が————


「人身事故から俺を救ってくれた!?」



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