18 教会の医師
ジュノー教会で祈りをささげた後、教会の者がアリーシャより届けられた上着のことを伝えた。
「あなたが来ないことを残念がっておりました」
それを聞きシオンは苦笑いした。少しでも彼女の気が晴れただろうか。
「シオンさん」
シスターがシオンに声をかけてきた。手にはエレンの治療記録の冊子があり、それをシオンに渡す。
「殿下の診察をお願いします。あと、塗り薬があと数日でなくなりそうです」
「わかりました。塗り薬は診察後に教会へ届けるように手配をします」
シスターの案内の元シオンは指定された部屋を訪れた。教会の中で一番良い部屋であるが、それでも王宮に比べると質素である。
部屋の中で椅子に座っていたエレンがシオンの様子を眺めていた。
フードをしっかりと被って、隙間からみえる薄紫色の瞳にシオンは笑みをこぼす。
「殿下、肌をみせていただけますか?」
エレンはフードを脱ぎ、上着を脱ぎ散らかした。日に晒されることが少なかった真っ白な肌にぽつぽつと赤黒いできものがあった。一部ぼこりと膨らんだ部分がみられる。右肩から背中にかけてそれが認められた。
「だいぶ薄くなっています。薬の配合を少し変えておきますね」
「変えたらまた広がってしまうかもしれない」
「薬の強度は時間をかけて薄めていく必要があります。長く強いまま使用すると臓器に影響を与えてしまいます」
1年前までエレンの皮膚の症状はもっと酷かった。顔の3分の2を占めて、動くと痛みがでてしまう。
目と口をうまく開くことができない程であった。
皮膚病を発症させたのは3つの頃で、王妃はショックで寝込んでしまった。そしてヴィクターばかりをかわいがり、エレンを放置するようになった。
これに増長したヴィクターがエレンを化け物と嘲笑し、王妃も化け物と呼ぶようになった。
エレンを軽んじる者が増え、満足な世話も、食事も与えられなくなった。
これを見た国王は療養と称し田舎の別荘へ預けた。その後は医学や治癒魔法に優れた者がいるという修道院に預け、治療がうまくいかないため転々としてジュノー教会へと流れ着いた。
王宮に戻すのは難しいが、せめて国王がすぐに駆け付けられる場所で過ごして欲しいと望まれたのだ。
教会の神父は王宮に仕えていた者であり、国王と王太后に信頼されていた。
彼は慈悲深く、エレンの世話を焼いた。
彼の皮膚病について何とかできないものかと悩み、教会へ訪れる信者に相談した。
それがシオン・シャーリーストーンであった。
シオンは処刑人でもあるが、医学にも優れており平民に対して無償で医療を提供していた。
父が同じ皮膚病の男性を治療したことがある。根気強く煎じ薬を飲み、皮膚の清潔さを保ち塗り薬を使用し続ければ数年かけて治癒することができた。
海外の文献でも同様の情報が認められている。この治療には治癒魔法だけでなく海外の最新の医学知識も必要であった。
シオンは父から譲られた知識と新たな知識を調べ直し治療にあたった。
治療開始時の栄養状態と清潔状態が影響されているとあった。
その為裕福な家庭の者が治癒後も生存できたという。
父が治療した男は治癒後の1年で永眠についてしまったが、これは栄養状態が悪く衰弱した際に内蔵をやられてしまったためである。
幸い、エレン王子の栄養状態は悪くない。
はじめて出会った時は同年代の子と比べて痩せていたが、それでも最低限の食事は採っていた。
エレン王子の栄養、衛生面が最悪だった時期は母・兄から疎まれはじめてから王宮から出るまでの1年であった。それ以降は最低限の保障を受けていた。心を閉ざしたエレンが小食であっても食事は摂っていた為、シオンが出会った時は全身状態は良かった。
彼は海外の文献を読み直し、新しい情報がないか確認し治療にあたった。
「顔の皮膚も状態が良いです。そろそろ外でもフードを脱いでも問題ないかと」
「嫌だよ」
診察が終わるとエレンは服をとりフードをすっぽりと被った。
過去の兄と母からの言葉がトラウマでエレンは顔を晒す行為を拒否していた。今彼の顔を見ることができるのはジュノー教会の神父とシスター、シオンのみである。
はじめて出会った時顔も、肌もみせてくれず、治療に難渋することが多くシオンは粘り強く彼に接してようやく治療を開始することができた。そうでなければ1年ではなく、2年前に治療が開始できただろう。
だいぶ皮膚病が治癒されてきているのだが、父も祖母も彼の顔を見ることはない。国王は公式行事に彼を招待していたが彼は何かと理由をつけて王宮に出るのを拒否していた。
私が父にいらぬ呪いをかけてしまうかもしれません。それが恐ろしいです。
手紙にそう書かれれば国王も強く要求することができなかった。
彼はエレンの心の傷を憂えており、同時にエレンの状態をよくしたシオンに感謝していた。
相変わらずエレンは教会の外を出るのを嫌がっているが、先日王宮の敷地に足を踏み入れただけでも大きな進歩だったといっていい。
「そういえば、アリーシャが来ていたね」
「殿下、レディをおつけください」
エレンはじぃっとシオンを見つめた。
「あれに優しくしない方がいいぞ。王宮内で誰にも優しくされなかった女は変な誤解をして依存してくる」
「まさか。私が処刑人であるのを知っているのですよ。花姫にそんなことを考えるのは失礼です」
エレンから見ればあの日アリーシャがシオンに向けた感情は衝撃的であった。他人の目からみればああみえるのかと。1年前にエレンがシオンに向けた怒りの感情に似ていた。
自分ではどうしようもできないことへのもどかしさ、その上で周りから与えられた悪意。
この教会に預けられるまでエレンはどれだけの大人に失望したか。
アリーシャの状況がふと自分と重なっている気がした。アリーシャの場合は行動に問題があるのだが、彼女の生い立ちを最近聞いてわからなくないと感じた。
せめて王宮がどれだけの悪意に満ちているかだけでも教えてやればよかったのに。
王宮の外の自分が言うべきことではない。
ただ心配になったのはアリーシャに善意を向けた少ない男がシオンであった。
「あの女が君に頼ることとなったら困るだろう。君だって忙しいんだ。処刑の仕事や事務処理や、僕の治療とか。そうだ、折角よくなってきたのに、治療を怠られると困る」
「それはありませんよ。花姫が私などを相手にするはずがありません」
シオンは笑いながら薬の種類の説明をつづけた。エレンはじっとシオンを見つめた。
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