17 新しい教師
フローエ夫人が折角休みをもうけてくれたが、休み明けどっと疲れが押し寄せてしまった。
ドロシーに起こされ、朝の身支度を行いながらアリーシャは先日までの得た情報を改めて思い出す。
休みたい。
そうはいかなかった。明るい調子でフローエ夫人は授業再開の合図を送る。
「アリーシャ様、今日は新しい教師をご紹介いたします。アリーシャ様も安心できると思います」
新しい教師というのは初耳である。
確かに今まで数人が担当していた授業をフローエ夫人が全部引き受けてくれていた。
負担は大きいと思われる。ジベールが休みの間に新しく雇ってくれたのか。
安心できるという言葉が引っかかり、アリーシャは嫌な予感がした。
「今日から農業学と地理学はアルバート・クロックベル子爵様にお願いする予定です。アリーシャ様のお兄様ですから気軽に質問ができるでしょう」
教材は床に落としてしまいそうになる。
そういえば前日帰りがけの会話を思い出した。
「呪いの方式を見つけるには私の今の能力では難しいのでは?」
自分の部屋の呪いに今まで気づけなかったのだ。
王宮の他の場所に隠されているかもしれない呪いに気づけるだろうか。
それに回収した後にどうすればいいのか。
アルバートが定期的にアリーシャの元へ訪れてくれるのであれば良いが、親族でも花姫に会うには手続きが必要だ。
アルバートにも仕事がある。手続きを行うだけでも時間の浪費になるし、定期的に義理の兄が訪れるのは不審に思われるかもしれない。
「考えている」
アリーシャにいわれなくてもすでに手を打っているという。それがどういう意味かというとこういう意味だったのかと合点した。
「兄が花姫の教師を務めて大丈夫なのですか?」
心配になり、アリーシャはジベールを訪れた。部屋にはジベールと例の引退老紳士たちが執務に励んでいた。
「アリーシャ様の教師はなかなか良い方が見つからなかったので」
しかし、このままではフローエ夫人の負担も大きい。
ただでさえ遅れた分を取り戻すだけでも大変だというのに。
フローエ夫人は全然気にしないと言っていたが、同時に「自分の授業だけではめりはりがなくなるかもしれない」と心配していた。
事情を察知したアルバートが教師を名乗りだしてくれたのである。
今まで花姫の親族が教師をやったという例はある。
「国王の許可は得ているから大丈夫だの」
「むしろ教師を探そうにもみつからん」
「フローエ夫人みたいなのは奇特だからな」
横で話を聞いていた老紳士たちは言葉を添えていく。
納得できない部分もあるが、確かにこれでアルバートが定期的にアリーシャの元を訪れることが可能になった。
◇ ◇ ◇
アルバートがアリーシャの元へ授業の為に訪れるのは週2日、ときどき週3日になる。
教える科目は地理学や農業学などである。時々フローエ夫人の補助も行ってくれるという。
教え方は意外に上手だった。そして早かった。要点だけを押さえて、時間をかけない部分はかけないと徹底すると早いペースで進められた。前世で自習していなければ追い付けたか自信がない。
「よし、早めに終わったな」
決められた時間まで十分あるのを確認してアルバートはささっとアリーシャに別の授業を始めた。
彼が訪れる本当の目的はこちらの方である。
アルバートはアリーシャの前でひっくり返された3つのカップを見せた。
「アリーシャ、このカップの中で呪いの道具を隠している。それを見つけろ」
空いた時間に魔法の授業を詰め込むこと。
花姫の授業には魔法学の授業は一応ある。だが、それはほんの基礎と、歴史的な内容が主であった。既に実家で習った内容なのでなくても問題ない授業であった。
アルバートはアリーシャの魔力の高さを認めており、花姫の授業とは別の実用的な内容を取り入れた。
これが周りにばれればどんな噂になるかわからない。
フローエ夫人は黙認しており、ドロシーも口外することはなかった。
アリーシャは頭を抱えながら、アルバートの指示に従った。
本当はこの男に習いたくもないが、呪いの方式を探し出し触れた時のことを考えたら自分の技能を高める必要があった。
呪いは恐ろしいものである。
死んだ後に意識がなくなって良かったと思える。呪われた自分の肉体はきっと酷い状態であっただろう。
「こちらでしょう」
左側のカップを示して、アルバートはカップを開くと彼が作った小さな呪いの道具、装飾品が見えた。
一体どこから手に入れた呪いの品なのか。もしかして自分で作ったのだろうか。
カップも呪いを隠す仕掛けがあり判別するのは難しい。何故こんなものを用意できるのだろうか。
気になってしまうが聞けずにいる。
「はじめの時より的中率が上がったな。次は複雑化させておこう」
次に用意されたのは10個のひっくり返されたカップでその中から2個、呪いの道具が隠されているという。それをあてるように言われた。
アリーシャが呪いの道具をあてる間にアルバートは魔法についての知識を系統づけて説明する。
基礎的なことに関してはメデア村の隣人から教わったが、応用的なものや実用的な内容まではまだ教わっていなかった。母の遺した品を届け終わったら続きを聞く予定であった。
あそこで侯爵家から養女の話が出て、妃になれるという甘い餌に喰いついたりしなければ。
「あの時、メデア村に逃げればよかった」
「それもそうだな」
そうすればここまでの苦労を背負わずに済んだ。
「他の協力者とかいないの? 国王に報告して探し回るとか」
「王宮の魔法使いらを相手にしないといけないから面倒だ。回帰前に王宮内に呪いの品があるといっても何も取り合ってくれなかった。あの非常事態にも関わらず」
それにアルバートの説明を聞いても、精神を病んだと思われるだろう。実際、父親に病院に送られそうになった。
「何だ冗談か。あやうくお前を病院に連れて行くところだったよ」
父親の言葉を思い出してアルバートは苛立ちの表情を浮かべた。そもそもアリーシャを花姫に送り出した元凶が彼の父親のため、一層腹立たしく感じているだろう。
授業が終わった頃にドロシーが手紙を持って入ってきた。
手紙の差出人はローズマリーである。前日の告白の件がありあまり関わりたくなかった。
内容はお茶会の誘いである。
「スプリングフィールドの令嬢か……花姫の中では一番お前に対して擁護的だったな」
「回帰前の私の処刑の発端は彼女を毒殺した容疑なのだけど」
「処刑後、回復した彼女は修道院に閉じこもってしまっていたな。目を覚ましたら、お前の処刑が終わっていたかなり取り乱しようだったとか」
アルバートは納得できない表情でアリーシャをみた。
「まぁ、一番潜入できそうなローズ宮だ。そこのお茶会に出て、呪いの方式を探してみよう」
「ローズマリー様のところにはないのではない?」
行ってみなければわからないだろう。
お茶会の誘いは理由をつけて断ることは許されず、アリーシャはアルバートが見守る中返事を書かされていた。
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