19 呪いの探索

 アリーシャのカメリア宮からローズマリーのローズ宮の距離はそれほどなかった。


「アリーシャ様、ようこそお越しになられました」


 以前より衣装に気合が入っているような気がする。気のせいだろう。


「ええ、ところで良かったのでしょうか。兄も一緒に呼んでしまって」

「構いませんわ。アリーシャ様のお兄様でしょう。お会いできてうれしく思います」


 お兄様という部分が、とても他人に対して使う呼び方のように感じない。気のせいだろう。


「それで最近はお兄様がアリーシャ様の教師をやっているとは」

「ええ、恥ずかしいことに妹には花姫以前の教育を十分行っておりませんでした。王宮内の話を聞くと、侯爵家の人間として責任を感じて遅れながら妹の教育に尽力尽くしたいと思っています」


 別の方の目的であるのだが、アルバートはあくまで花姫の兄としての義務と言わんばかりであった。


「そうでしたのね。前の教師たちは残念なことになったようで……アリーシャ様も大変だったと思います。ですが、お兄様がこうして彼女の為に動いてくださり嬉しいです」


 先ほどからアルバートに対して子爵と呼ばずにお兄様と呼んでいるのが何だか引っかかってしまう。気のせいではない。


「遅れた分を頑張って取り戻さなければ……それに花姫の宮を訪れる機会が得られて、建築物の様式が素晴らしく、通うことが楽しく感じています。不謹慎ですが妹と例の教師には感謝していますよ」

「お兄様は建築物に興味が?」

「そこまで詳しくはないのですが、東洋の魔法では建築や家具の配置で運勢が変わるといっていて……」


 本国の魔法だけでなく東洋の知識も勉強していたのか。それならアリーシャがどうあっても彼にかなうはずもない。


「では、私の宮もどうぞご覧になってください」

「良いのですか?」

「はい、ご案内させていただきますわ。アリーシャ様も是非」


 ここで建物内を歩き回れるような流れを作るなど。

 ローズマリーに全く怪しまれることなく、ローズ宮内を歩くことができた。

 それでもそんな簡単に呪いの方式が見つかるはずない。そもそも呪いの方式がここにあるとは思いにくい。


「あった」


 思わず口にしてしまう。洗濯室までの出入り口付近であった。壁の一部から禍々しいものが感じられる。


「よし、見つけたなら回収しろ」

「誰が?」

「お前が」


 アルバートはあくまで見守りでいるのだと言わんばかりであった。

 アリーシャはゆっくりと呪いの場所へと近づく。おそるおそる手をかざすとバチッと体の中に電気が通るような感覚を覚えた。それが頭の方へ一直線に進んでいき、一瞬だけ脳裏に浮かんでくる女性の姿があった。

 車いすでローズ宮の廊下を移動しながら、涙を流しながら呪いの品を運んでいた。

 まさか、彼女が呪いをばらまいたのか。


「アリーシャ様、どうかいたしましたか?」


 突然硬直したアリーシャにローズマリーが心配していた。

 アリーシャははっと気づき、手にぎゅっと握りしめたものを感じ取った。


「いえ、ちょっとここの先が気になって……」


 気のせいだったみたいです。


「虫でもいたのでしょうか」


 ローズマリーはぶるりと震えた。そういえば彼女は虫が苦手だったようだ。


「気のせいでした。何もありませんでしたよ」


 そういいながらアリーシャはアルバートの傍に駆け寄った。その時にアリーシャが手に持っているものをアルバートに預ける。


「妹は最近勉強ばかりしていたので、ちょっとした壁から文字がみえるようになっているようです」

「まぁ、そこまで勉強を……」

「遅れた分止むをえません」

「アリーシャ様、無理は程ほどになさってくださいね。そうだわ、疲れを癒すお茶もあるの。後でご馳走しますわ」


 本当に心から心配しているようだ。彼女の声から悪意は全く読み取れない。


 ローズ宮の見学とお茶会の続きを終わらせてアリーシャはカメリア宮へと戻った。


「驚いたな。どうやってあの令嬢をあそこまでたらしこんだんだ」


 アルバートの言葉にアリーシャはぎくりと震えた。


「ローズマリー様はその」

「わからんな。今は痛い目にあって少しましになったから良いが……回帰前のあの行動を考えるとあの時からか。なぜなのかわからん」


 回帰前のローズマリーのアリーシャへの想いにも既に気づいていたようだ。


 アルバートは手にした呪いの方式を確認し続けた。


「とりあえずあのくらいのものであればお前でも回収できるだろう。訓練のおかげですぐに成果が出るとは……」


 ここでアリーシャの才能を褒めているのだろうか。いや、違う。自分の指導のよさに感心しているのだ。


「ねぇ、この方式を取り出すときに一瞬だけ女性が見えたの。きっと呪いをばらまいた犯人よ。特徴から探せないかな」


 呪いを作った人間を見つけらせれば、このまま探し出す必要はないだろう。


「車椅子の女性だったわ。顔はよく見えなかったけど、銀髪の綺麗な女性で……目の色は」

「俺と同じ蒼い目だろう」


 そういえば、アリーシャの部屋にある呪いを回収したのはアルバートだった。アルバートも同じ女性の姿を見たのだろう。


「犯人は探そうにももう亡くなっている」

「もう誰か知っているのね」

「アリア・クロックベル。回帰前に既に判明していた」


 クロックベル姓がついているということはアルバートの血縁ということになる。


「アリアは俺の祖母だよ」


 よりにもよって一番近しい血縁者だという。


「ちょっと待ってよ」

「呪いをばらまいたのはうちの家の者。だから、王宮の呪いは何としてでも回収しなければいけない。その責任がある」


 それではアリーシャが呪いを受けたのもクロックベル侯爵家が元凶だったということではないか。


「色々言いたいことはあるだろう。全てが回収終わった後にいくらでも文句は聞くから、まだお前の金切り声を聴く気力はない」


 アルバートはそれ以上のことを語らずに王宮を後にした。アリーシャは彼を見送る気も起きなかった。

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