9 星祭の宴

 最後に国王・王妃が入場し、パーティー開始の挨拶が取り仕切られる。

 国王が手をかざし、合図を送るとホールの天井が動き出した。普段はおおわれている屋根が動き満点の星空がみえた。


 この会場の建物は通常の屋根と、ガラス張りの天井の二重構造になっているのだ。

 この時期に見られる星の川(天の河)を眺める為作られた仕掛けであった。灯りは普段より少な目にし、星の灯りを楽しむのがこの国王主催のパーティーのだいご味であった。


 各花姫は順番に国王・王妃へ挨拶をした。


「どの花姫も美しいものだ。日々精進し立派な妃になるべく研鑽を積むように」


 国王は上機嫌に言葉を述べた。

 王妃も落ち着いた様子で目を細めていた。彼女の視線の先はヴィクターとローズマリーである。ローズマリーは幼いころから可愛がっていた子であり、王妃は是非ローズマリーこそ王太子妃にと望んでいるようだった。

 音楽がはじまり一曲目は当然ヴィクターとローズマリーのダンスが注目される。


 やっぱり出来レースだ。


 アリーシャは不快げにため息をついた。

 ヴィクターは次の相手に選ぶのはコレット、その次にクリスである。


「お前は4番目か」

「4番目でもないわ」


 アルバートの質問にアリーシャは皮肉げに笑った。

「花姫は平等に扱われる。順番の差はあるだろうが、歴代の花姫はみな当時の王太子と踊ったと聞いた」

「先代までならね」

 曲が流れて三番目が終わる頃合いである。ヴィクターは集まった人々に挨拶を交え、そのままダンスの輪から離れようとした。

 慌ててローズマリーがヴィクターを呼び止める。


 回帰前の通りとなった。


 アリーシャは嫌な思い出を再び再現されることにため息をついた。

 優しいローズマリーはヴィクターに4番目のダンスでアリーシャと踊るように注意しているのだ。

 曲が始まるとヴィクターはローズマリーの手を取り、再びダンスの輪に入っていった。

 あたりは騒然とした。

 4番目の曲にヴィクターはアリーシャとではなく、ローズマリーと踊ったのだ。しかもローズマリーはこれで2回目のダンスである。

 冷たい笑い声が聞こえて来た。


 これもまた回帰前の通りである。


 アリーシャは左腕にあてた右手で強く爪を立てた。わかっていても面白い光景ではない。

「やめろ」

 アルバートはアリーシャの右手を握った。

 そういえば、回帰前程耳障りな声は聞こえてこない。アルバートが一緒のおかげで直接泥姫を揶揄する声が減ったのだ。それだけでも幾分ましだろうとアリーシャは自身を慰めた。


 不安そうにローズマリーの視線がアリーシャの方へ向けられる。

 彼女がどう考えているかはわからない。顔の通りであればアリーシャのことを思いやっているのだろう。


 本心はわからない。


 回帰前のあの毒殺事件について、あれはローズマリーの自作自演だった可能性もある。あの表情の奥に自分を見下した感情が隠れているのだろうか。


 だとすれば大したものだ。


 彼女がアリーシャの為に動こうとすればそれが裏目に出てしまう。今回もそうである。

 アリーシャはこのまま会場から消えようと思った。


「おい、どこに行くんだ」

「もう何もすることないのだから帰ります」


 アルバートに呼び止められてアリーシャは理由を述べる。

 アルバートは何と反応するだろうか。

 面白くなくとも貴族の義務として残るべきだとでもいうだろうか。


 彼は何も言わなかった。そこには怒りはみえない。不機嫌な表情も向けられず、アリーシャは首を傾げた。


「クロックベル子爵殿」

 アルバートに挨拶する貴族が現れ、彼の仕事の関係者だと知りアルバートは相手をせざるを得なかった。

「行ってください。私は構いません」

「いいか。一人で帰ろうとするなよ。これが終わったらちゃんと送るから」

 アルバートはそういいアリーシャの傍を離れた。アリーシャはふぅっとため息をついた。


「アリーシャ様」


 もたもたしているうちにローズマリーがアリーシャの元を訪れた。彼女の瞳が揺れ、今にも大粒の涙があふれようとしていた。


「申し訳ありません。私……」


 二度も王太子と踊ってしまうことへの申し訳なさに彼女は打ちひしがれていた。

 アリーシャはしばらく彼女を目の前にして何も言えなかった。

 どう答えるのが正解かわからない。

 これが演技なのか、本当なのかもわからなかった。


「アリーシャ!」


 ローズマリーを庇うようにヴィクター王太子が割って入ってきた。


「嫉妬にかられマリを責めるなど何て愚かで浅はかだ」


 確かに今の様子を知らぬものが見ればアリーシャがローズマリーを責めているようにみえるだろう。

 だが、ヴィクター王太子に責められるいわれはない。

 ローズマリーが謝っている原因はこの男の行為にあるのだから。


 回帰前は確か頬を引っ叩かれたな。


 あの時の一瞬の痛みに茫然としていた。

 今はそうしないだけ成長したとみるべきか。

 それとも今回アリーシャのエスコートでアルバートが来ているから暴力的なのは控えているのだろうか。


「ローズマリー様の意見も聞かないのですね」


 ぽつりとつぶやくその言葉にヴィクターは手をあげようとした。

 ローズマリーの悲鳴とともに小気味よい音が響いた。


 ああ、結局回帰後も叩かれたのか。


「……」


 どうしてこの男がアリーシャを嫌うかわからない。わかりたくもない。

 アリーシャは左頬の痛みにそっと手をあてた。


「どうやら私、気分がすぐれないようです。先に失礼いたします」


 アリーシャは王太子に挨拶をした。声は震えたが言葉はすらりと出てきた。

 今までぎこちのない仕草だったが、フローエ夫人のおかげでだいぶ様になったと思う。


 アルバートが戻るのを待たずアリーシャはパーティー会場を後にした。


 今日はずいぶんと疲れてしまった。

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