8 宴の始まり

 宴の数日前はアリーシャの試着でほぼ1日が潰れたといっていい。本日の授業はお休みにしてもらっていた。

 アリーシャの着替えた姿をみて一番楽し気にしているのはドロシーであった。目を星のようにきらきらとしているのがとても反応に困ってしまう。


「はわわ、素敵です。でも、やはりマダム・レティーの商品を1からデザインしてもらいたかった」


 ドロシーとしては残念な気持ちを隠せずにいた。

 ドレスをはじめから仕立てるのに1か月はかかる為、それではパーティーに間に合わない。

 元々アリーシャが着る予定のドレスは衣装部屋にある。エリーが用意したもので回帰前もこれを着て参加していた。

 試しに見せてみると試着する前にドロシーとフローエ夫人から却下された。


「エリーさんてばどうしてこんな使えない衣装ばっか揃えるのでしょう。これはもう逆にセンスとして成り立っていますね」


 悪趣味であると言った方がいっそ清々しい程のドロシーの言葉である。

 アリーシャの意見も聞かずにエリーはぱぱっとドレスの発注をしてしまっていた。それをドロシーは耳にして腹を立てていた。


「アリーシャ様の意見を聞かないならばそれに見合うセンスを磨きなさいよ」


 パーティー用の衣装は既成品で揃えるしかないが、その分ドロシーはしっかりと部分アレンジの注文をした。

 ドレスの段取りがようやく決まりアリーシャはほっとひと段落したがまだ終わってはいなかった。


「次は1か月後の狩猟会用のドレスのデザインも決めなければ。その後はアリーシャ様の普段着ドレスと外出用のドレスを10着ずつお願いします」


 ずらりと新しく並べられたドレスの山にアリーシャは固まった。今までエリーが適当に注文してばっかりだったのにこれをさらに試着しないといけないなど。

 終了後は待ちわびたかのように装飾品と靴の方をみることになった。


「パーティー用はこれでいいとして、他は……ここからここまでを一式お願いします」

「さすがに買いすぎなのでは」


 アリーシャが金使い荒いと言われてしまうかもと思ったが回帰前から言われていたのを思い出した。


「これくらいほかの花姫も購入しておりますよ。花姫費用で」

 ドロシーとしては全ての衣装を総入れ替えしてしまいたいと言わんばかりであった。

「花姫費用を利用するのが嫌でしたら、侯爵家からの資金もあります。そこから購入しても全く問題はありません」

 各花姫には後ろ盾となる実家があり、資金を出してくれている。

 アリーシャも例外ではなかったのだが、ほとんど手をつけられることはなかった。

 そもそも存在すら知らなかった。

 アリーシャは自分のものの知らなさを改めて痛感した。


「後はエスコートの相手ですが、侯爵家に相談の手紙を出したところアルバート・クロックベル子爵様が引き受けることになりました」


 アリーシャは深いため息をついた。

 妃になれるという甘い言葉でアリーシャを釣り、王宮へ送り込んだ一族の跡取り息子の名前である。

 彼はアリーシャを義理の妹と認めていなかった。


「山村で育った田舎者を侯爵家令嬢にするなどどうかしている」


 アリーシャが侯爵令嬢となり花姫になることを最後まで反対していた。

 確かに送り出した後にアリーシャのやらかしをみればそういいたくなるだろう。

 そんな男が問題児アリーシャのエスコートを行うとはどういうつもりなのだ。

 いや、それ以上に……


 顔を合わせるのも嫌だ。


 アリーシャは深くため息を吐いた。

「ため息を吐いたら幸運が逃げちゃいますよ」

 アリーシャの悩みに気づかないドロシーはそっと注意した。


   ◇   ◇   ◇


 前の星祭りのパーティーではアリーシャにはエスコートする男はいなかった。

 誰にどう頼めばいいのかわからなかったし、男たちも問題児の泥姫のエスコートを避けたがっていたと思う。

 だから彼女は一人で会場に入った。


 冷たい視線にさらされながら。


 マリーローズにはヴィクター王太子が、コレットには従兄が、クリスには実家に仕える騎士がエスコートを務めあげていた。


「かわいそうな泥姫」

「エスコートの相手がいないなら参加しなければいいのに」


 嘲笑の中アリーシャはパーティーで孤立していった。

 後日、アルバートから何故一人でパーティーに出たのだと小言の手紙が届いて腹が立って破り捨てた。


 別に、前もそうだったから今回も別にそれで構わない。

 どうせ自分は何をしようが泥姫なのだから。

 なのに、何故自分は今アルバートと一緒に歩いているのだろうか。


「もう少し遅く歩いた方がいいか?」


 そう尋ねて来るアルバートに、アリーシャは無視した。

 遅いと言われているように感じて腹が立ったから。

 アリーシャの態度にアルバートはむっとした表情で何も言わなくなった。


「花姫アリーシャ様ご入来、アルバート・クロックベル子爵様ご入来!」


 扉が開かれ、中に入ると一斉に浴びせられる冷たい視線。

 視線は相変わらず冷たいものであったが、それでも普段よりましなように思える。

 彼らの中に動揺が見て取れた。


「何故、クロックベル子爵が?」

「クロックベル家は泥姫に呆れて関与していなかったはず」


 小さい囁きのひとつを拾いアルバートはちらりと一瞥する。するとぴたりと囁きはやんだ。

 アルバートがいるだけで嘲笑が小さいものになるとは思わなかった。


「以前花姫になってから2回社交界があったな」


 1回目は花姫のお披露目会、2回目は王の誕生日会であった。

 そのどちらもアリーシャは一人で参加した。


「エスコートの相手がいなければ侯爵家に連絡しろ。他の花姫もそうしているだろう」


 小言だと思った言葉に相手がいなければ自分を呼べと言っているように感じた。


「クロックベル侯爵家が推薦した花姫であれば、一人でパーティーに参加するな」

「次からそうさせていただきます」


 お小言を早く終わらせたくアリーシャは差しさわりのない言葉を選んだ。

 パーティー会場の様子をみると既にコレット、クリスはいて何人かと談笑を楽しんでいた。


「ヴィクター王太子殿下ご入来、花姫ローズマリー様ご入来!」


 わぁっと視線が一斉集中する。回帰前の通り、ローズマリーは王太子のエスコートでやってきた。

 やはりなという声が聞こえる。

「時期妃はローズマリー様で決定のようなものだ」

 間違いなくその通りだ。ローズマリーが一番妃に相応しいだろう。

 では、自分が花姫をやっている意味などないだろう。

 こんな出来レースに参加させられてばかばかしくて仕方ない。

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