緑溢れる世界でのクリスマス

夜桜くらは

フタバたちのクリスマス

 これは、私たちがブラウ国に滞在していた時の、とある日の話だ。


「パーティー! わたしも、『くりすます』パーティーやりたい!」


 若草色の髪の女の子─ユグは、目を輝かせて私を見上げた。


「えっと……。ナチュラさん、クレアさん、いいですか?」


 私は少し考えてから2人に問いかけた。

 すると、2人は顔を見合わせて微笑み合うと、すぐに私の方を向いて言った。


「もちろん! 私も賛成よ」


「えぇ、ぜひ参加させていただきたいです」


 2人の返事を聞いて、ユグは嬉しそうに笑った。


「やったー! パーティーだぁ!」


 そんなユグを見て、私は思わずクスッと笑う。


(可愛いなぁ)


 そんなことを思っていると、ユグがこちらを向いたので目が合った。

 するとユグは、ふわりと笑って口を開く。


「お姉ちゃん、ありがとう!」


「ううん。一緒にやろうね」


 私がそう言うと、ユグは大きく首を縦に振って元気よく答えてくれた。


「うんっ!」



◆◆◆



 事の発端ほったんは、私の呟きだった。

 モミの木によく似た『ミファの木』の治療を終えた私は、雪の降る光景も相まってとても幻想的な気分になっていた。そこで、ついポロッと言ってしまったのだ。


「なんだか、クリスマスツリーみたいですね……」


 それを聞いたナチュラさんが、不思議そうな顔をして聞いてきた。


「クリ……スマスツリ? って何のこと?」


 その質問に、私はハッとした。


(そっか、この世界にはクリスマスの概念がそもそもないんだよね)


 私は慌てて言い直した。


「あ、すみません。こっちの世界にはない言葉ですよね。えっと、クリスマスっていうのは……」


 それから私は、元の世界のクリスマスについて話をした。

 サンタクロースの存在とか、プレゼント交換会といった風習についても説明したところ、ユグが目をキラキラさせながら話に加わってきた。

 そして、冒頭の会話へと戻るわけである。この世界には季節の概念もないので、早速準備してパーティーをしようという話になったのだ。


「料理は、私とクレアが担当するわ。どんなものを作ったらいいかしら?」


「そうですね……。例えばチキンとか、ケーキとかでしょうか?」


 ナチュラさんの問いに対して、私は思いつく限りのメニューを口にする。


「なるほどね。いわゆる、ご馳走ちそうを作ればいいのかしら?」


「はい。でも、無理のない範囲でお願いしますね」


「大丈夫よ。任せてちょうだい」


 ナチュラさんの言葉を聞いて、ホッとすると同時にワクワクしてきた。


(楽しみだなぁ)


 そんなことを考えていると、ユグが服のすそをくいっと引っ張ってきた。


「ねぇ、お姉ちゃん! わたしもお手伝いしたい!」


「そうだね。じゃあ、私と一緒に飾り付けをしようか」


「うんっ!」


 こうして私たちは、クリスマスパーティーの準備を始めたのであった。



◆◆◆



 まず最初に取り掛かったのは、部屋の装飾だ。

 せっかくだからということで、部屋全体を可愛らしく飾ることにした。家主であるクレアさんから、「好きにしていただいて構いませんよ」と言われたため、お言葉に甘えて自由にデコレーションしていくことにした。

 ユグと協力して壁にリボンをかけたり、テーブルクロスを敷いたり……と、楽しく作業しているうちにあっという間に時間は過ぎていった。


 そして、ツリーはミファの木にお願いすることに決まった。

 私は『植物対話プランツ・ダイアログ』─植物と会話できる能力を使って、ミファの木に話しかける。


「ミファさん、あなたを飾り付けしてもよろしいですか……?」


 すると、ミファの木は枝葉を軽く揺らして答えてくれた。優しい老婦人のような声が返ってくる。


《ふふ……。もちろん構わないよ。お嬢ちゃんたちにおめかししてもらえるなんて、嬉しいねぇ》


「ありがとうございます!」


 それから私は、ユグとともに手分けして木を飾り付けた。

 オーナメントから手作りしたり、雪に見立てた綿を飾ったりと工夫をらす。さらに、ミファの木自体にも協力してもらうことになった。


「ミファさん、葉先だけ熱を持たせることってできますか?」


《葉先をかい? できるかわからないけれど、やってみようかねぇ》


 そんな声が聞こえたあと、ミファの葉先がほんの少し赤くなったような気がした。

 炎の魔力を持つミファの木なら、可能かもしれないと思って頼んでみたのだが、どうやら正解だったようだ。


《こんなもんで、どうかね?》


「すごいです! ありがとうございます!」


 お礼を言うと、ミファはまた優しく揺れてくれた。

 そんなこんなで、無事にミファの木を飾り付けることができた。


「できたー!」


 ユグが嬉しそうに笑う。

 私もつられて笑顔になりながら、木を見上げた。


(綺麗だなぁ)


 しばらく見惚れていると、ミファの声が聞こえてきた。


《嬉しいねぇ。こんなにお洒落しゃれをしてもらったのは初めてだよ。ありがとう、可愛いお嬢ちゃんたち》


 その言葉を聞いて、私とユグは満面の笑みを浮かべると元気よく言った。


「「こちらこそ、ありがとうございました!」」



◆◆◆



 それから、買い出しから帰ってきたナチュラさんたちにより、料理も完成した。

 チキンやスープ、サラダなど色とりどりの料理が並ぶ食卓を見て、私は思わず感嘆のため息をつく。


「わぁ……美味しそうですね」


「本当ね。頑張った甲斐かいがあったわ」


 ナチュラさんも満足そうに微笑んでいる。


「ねぇねぇ、ケーキは?」


「もちろん、作りましたよ。最後にみんなで食べましょうか」


 ユグの問いかけにクレアさんが答えると、彼女はパァッと顔を輝かせた。


「やったぁ! 早く食べたいなぁ……」


 そんな様子を見ていた私たちは、顔を合わせてクスッと笑い合う。


「それじゃあ、いただきましょっか」


「はい!」


「「「いただきます!!」」


 そして、楽しいクリスマスパーティーが始まった。

 ナチュラさんたちが作ってくれた料理は、どれも絶品だった。特に、鳥肉のローストがとても柔らかくて美味しかった。

 私は、隣に座るユグに尋ねる。


「このお料理、すごくおいしいね」


 すると、ユグは口いっぱいに頬張りながら答えてくれた。


「うん! すっごくおいしい!」


 そう言ってニコッと笑うユグにつられ、私も自然と笑顔になる。

 そんな私たちの様子を、ナチュラさんたち2人は優しげな表情で眺めていた。


「ねぇ、お姉ちゃん! 次はあれを食べたい!」


「あ、私も……」


「あらあら、たくさん作ったのにもうなくなっちゃいそうな勢いね」


「ふふっ。まだまだありますから、どんどん召し上がってくださいね」


 こうして、賑やかな夜はけていくのだった。



◆◆◆



 食事を済ませた私たちは、食後のデザートとしてケーキを食べることになった。


「うわぁ~! おいしそう!」


「これ、本当におふたりが作ったんですか!?」


 目の前にあるのは、ブッシュ・ド・ノエルと呼ばれるクリスマスケーキだ。丸太を模したチョコレート細工がとても可愛らしい。


「えぇ。フタバちゃんが教えてくれたケーキが、あまりにも素敵だったから、頑張っちゃった」


「丸太のようなケーキなんて、面白いですよね。喜んでいただけて嬉しいです」


 ナチュラさんも、クレアさんも、とてもいい顔をしている。

 ユグはフォークを手に取ると、待ちきれないといった様子で叫んだ。


「はやく食べようよ! はやくはやくぅ……」


 その言葉を聞いて、私は思わず苦笑する。


「ふふっ……。切り分けるから、ちょっと待ってね」


 それから私は、ナイフを使ってケーキを切り分けた。そして、全員に行き渡らせると、手を合わせる。


「それでは、いただきます」


「「「いただきます!」」」


 その言葉を合図に、私を含めた4人で一斉にケーキを口に運ぶ。

 一口食べると、濃厚なチョコと甘酸っぱいソースの味が広がった。これは、ラブルの実のソースだろうか。


「ん~っ! 甘くて、とってもおいしいです!」


「ふわぁ~……おいしぃ……」


 あまりの美味しさに、私は目を丸くして驚いた。ユグに至っては、ほっぺが落ちてしまいそうだと言わんばかりに、手で押さえている。


「よかったわ。気に入ってもらえて嬉しいわ」


「喜んでもらえて、私まで幸せな気分になりますね」


 ナチュラさんもクレアさんも、幸せそうにケーキを頬張っている。

 それからしばらくの間、穏やかな時間が流れたのだった。



◆◆◆



 ケーキを食べ終えたあと、食休みをしていた私とユグのところにナチュラさんがやってきた。


「フタバちゃん、ユグちゃん。ちょっといいかしら?」


「はい。どうかしましたか?」


「実はね、プレゼントがあるのよ。はい、これ」


 ナチュラさんはそう言うと、私の手に小さな箱を乗せた。


「プレゼント……ですか?」


「えぇ。開けてみるといいわ」


 言われた通りに蓋を開けると、中には銀色に輝くペンダントが入っていた。先には青緑色の石が付いている。


「綺麗……。この石は……?」


 私が首を傾げながら尋ねると、ナチュラさんは微笑んで答えてくれた。


「それは、私が魔力を込めて作った魔宝石よ。この前、森に行った時に見つけた珍しい石を加工してみたの。フタバちゃんに似合うと思ったんだけど、どう?」


「ありがとうございます! すごく嬉しいです」


 私は、ペンダントの先に付いたあおい魔宝石をそっと撫でた。

 ナチュラさんは、ユグにもプレゼントを渡している。彼女から渡された小袋を開けたユグの目が、キラキラ輝き出した。


「お姉ちゃん! 見て! わたしの髪飾り!」


 ユグが見せてくれたのは、ヘアピンだった。私と同じ色の魔宝石があしらわれている。


「わぁ! お揃いだね」


「うんっ!」


 嬉しそうにはしゃぐユグを見て、私もなんだか嬉しい気持ちになった。

 だが、私たちばかりがプレゼントをもらっているのは申し訳ない。でも、何も用意できてないし……。

 そんなことを考えていると、ナチュラさんが優しく声をかけてきた。


「気にしないで。これは、いつものお礼よ。渡す機会がなくて、渡し損ねていただけなの」


「お礼……ですか?」


「えぇ、そうよ。だから、遠慮なく受け取ってちょうだい」


「そういうことでしたら……わかりました。大切にしますね!」


 笑顔で言うと、ナチュラさんは満足そうに笑ってくれた。


(お礼だなんて、私の方こそ、したいくらいなのになぁ……)


 そんなことを思いつつも、私は貰ったばかりのペンダントを早速つけてみる。

 すると、ユグが嬉しそうな声を上げた。


「お姉ちゃん、かわいい!」


「ふふ……。ありがとう」


 私は、ユグに向かって微笑むとナチュラさんに向き直る。


「あの、ナチュラさん。ありがとうございます!」


「どういたしまして」


 ナチュラさんは、ニッコリ笑う。クレアさんも、私たちの様子を微笑みながら見ていた。


「お姉ちゃん、『くりすます』って楽しいね!」


 ユグが屈託くったくのない笑みを浮かべる。


「うん、そうだね」


 そんな彼女の頭を軽く撫でてから、私は言った。


「メリークリスマス、ユグ」


「めりーくりすます、お姉ちゃん!」


 こうして、楽しくも心温まる夜は過ぎていったのだった───。

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緑溢れる世界でのクリスマス 夜桜くらは @corone2121

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