第33話 パワープレイ
聖女の剣筋は猛々しかった。全てを圧倒的な力でなぎ倒す嵐のようだ。
戦っていない時のキャンディのような甘さはどこへいったのか。『おしとやかな聖女様が好き』という内気な男性ファンが今の彼女を見たら、怯えて腰を抜かしてしまうに違いなかった。
けれどメリンダ・グリーン本人からすれば、剛、柔、どちらの彼女にも矛盾はないのかもしれない。『凛々しさと、可愛さ、そのどちらも併せ持つのが私なの。それが私らしさなの』そう言って胸を張るのだろう。
――上段から力任せに振り下ろされた剣を、熱湯をぶっかけられそうになったみたいに、俊敏に横跳びして避けるヴィッキー。地面にめりこんだ剣先をげんなりしながら眺めていると、それを力任せに引き抜いた聖女が、血走った目で睨みつけてきた。
「ちょっと! 避けるんじゃないわよ!」
おおっと狂犬注意だ。ヨダレを垂らしながら牙を剥いている幻影が見える。噛みつかれると厄介なので、バックステップで十分に距離を取ってから、減らず口を返す。
「いや、避けるでしょうよ。あんなのをまともに食らったら、死ぬわ。こっちは可憐な美少女なんですからね」
「戦いの最中に『女』を出すなんて、いやらしい! そうやってクリストファー殿下に取り入ったのね、この女狐!」
いや、あなたね。敵対する女子(ヴィクトリア)を、持ち前の怪力で捻り潰そうとしているその獰猛な顔。相当えげつないけれど、それ出しちゃって大丈夫なやつなの? ファンが減るわよ? 絶対に殿方に見せちゃ駄目な顔よ?
「戦い方が、筋肉ゴリラのやり口なのよね。一体どういう身体構造しているのかしら」
聖女はパッと見は華奢なのだが、このパワープレイは物理の法則を超えている。なんらかの違法薬物を用いて、ドーピングしているんではあるまいな。
疑いの目を向けるヴィッキーに対し、あくまでも聖女のほうは、正義の味方面を貫き通すのだった。
「これはひとえに鍛錬の賜物よ。食っちゃ寝、食っちゃ寝している怠惰なあなたには、一生辿り着けない境地でしょうね」
いやいやいや、こちらの私生活を見たことあるのか。失礼しちゃうわ。食っちゃ寝、食っちゃ寝ってさ。とんだ言いがかりだ。ちゃんと健康的に運動しているっての。
ていうかどうでもいいけれど、聖女って三下(さんした)感が半端ないんだよね。ヴィッキーは思わず半目になる。――これもう、袖とか力任せに引きちぎってさ、ノースリーブにしたらいいんじゃないか。そのほうがなんか世紀末(?)らしさが出るよ。武器も大鉈(おおなた)みたいなのにしてさぁ。子供とか、痩せた犬とかを問答無用に蹴り飛ばしながら、狂ったように笑うキャラだよ、お前の戦い方。
ヴィッキーは瞳を眇めながら、
「ゴリゴリのゴリ子。メスゴリ子」
と呟きを漏らした。
数多あるゴリラの屍を踏みつけながら、山のてっぺんで雄叫びを上げる、新ボスゴリラの幻影がちらつく。
「今、メスゴリ子って言った!? 私のどこがゴリ子なのよ!」
青筋を立てた聖女の放つ、力任せの一撃がくる。――そういうとこだよと思いながら、ヴィッキーは横に飛び、攻撃を危なげなく躱した。
聖女の振り回した剣が民家の植木鉢を粉砕し、そこに植えられていた檸檬の木を凪ぎ倒す。それでも勢いが止まらずに、剣先を白壁にめり込ませているさまを見て、さすがのヴィッキーも口があんぐりと開いてしまった。
――おいおいおい、どうなっているんだ、その怪力!
「お前、朝ごはんに鋼鉄でも食べてきたのか?」
思わず怒鳴る。人体と金属のハイブリッドか何かなの? どんな燃料で動いているんだ、お前。
ヴィッキーが怒鳴れば、短気な聖女も当然怒鳴り返してくる。
「ちょこまかちょこまかと動き回って、鬱陶しい! 正々堂々、正面から私の剣を受け止めなさい!」
「こんなのまともに受けたら、腕がもげてしまうわ! こちとらゴリラじゃなくて、人間なのよ」
「私も人間よ!」
地面にボコボコ穴開けながら言われてもね。これっぽっちの説得力ないんだよとヴィッキーは心の中でボヤいた。
二人の戦闘スタイルは、まったくもって対照的だった。聖女が剛とするなら、ヴィッキーは柔。
ヴィッキーの身体は元々筋肉がつきづらく、攻撃にパワーがない。これは先天的なものなのでいかんともしがたかった。鍛えたとしても、体質的に無理なのだ。その代わり彼女には機動力がある。小回りが利いて速い。そして身体が柔らかいので、しなやかさも備えていた。
ヴィッキーはスピードを攻撃力に乗せて戦う。この戦法では必然的に、一撃で相手の急所を突いて仕留める必要があるので、今回のような潰した剣を用いる戦いでは不利になる。
聖女が想定していたよりも頑強なので、ぶん殴ったくらいでは降参しないように思われた。かといってさすがにここで聖女の息の根を止めてしまえば、政治的な大問題に発展するかもしれない。こんなつまらない決闘が原因で、コンスタム公爵家がつるし上げにされる事態は避けたかった。
――さてどうしたものだろう。もう少しスマートに倒せると思っていたのだが、想定していた以上に、相手がゴリラすぎた。聖女の動きを観察しながら、とりあえずヴィッキーは逃げに徹していた。
これにメリンダ・グリーンは業(ごう)を煮やしたようだ。彼女の剣先が路面の水たまりに触れた瞬間、聖女の瞳が獰猛に光った。そのまま力任せに剣先を返し、水たまりの水を勢いよく跳ね上げる。それは細かい飛沫となり、石礫(いしつぶて)のようにヴィッキーの顔めがけて飛んで来た。
中空を舞う水滴が陽光を反射し、視界を遮る。ヴィッキーは舌打ちしながら剣を両手で構え直し、ほとんど勘を頼りに、左上段から右下段にかけて叩き下ろした。視界が利かない悪条件の中で、聖女の剣先が水溜まりから離れた時の位置、軌道、速度、それらの情報を一瞬で処理した上での対処だった。
高度なことをしているようでいて、実際のところ動物的な閃きに近い。動かす方向に刃を立てて抵抗を減らし、空気を切り裂くように、ヴィクトリアの得物が振り下ろされる。
このギリギリの状況でも、ヴィクトリアの思考は非常にクリアだった。力がないのだから、それを補うためには、スピードを上乗せするしかない。
一閃――
ヴィクトリアが放った一撃を、聖女が真っ向から受け止める。
激突――体重を乗せて渾身の力で振り下ろしたヴィクトリアの一撃は、石のような硬さで押し返された。うねりと共に、聖女の力が下から襲いかかってくる。斜め下からの突き上げ。
とてつもない圧力だった。まるで四頭立ての馬車が突っ込んでくるような、暴力的な力強さ。
――くそう、力負けか! 歯を食いしばり耐えるが、どうにもならない。力の差は歴然だった。
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