第18話 殺したいほど可愛い


 銃口を向けられて頭が真っ白になる。牢内での危機一髪な状況をくぐり抜け、助かったと気を抜いていたところで、これだ。


 ――ところでどうでもいい話だが、ドSなクリストファー王子が持つだけで、普通の銃でも殺傷能力が何倍か増すような気がしてくるから、不思議なものである。


 段々と混乱が治まってくると、先程味わわされた恐怖がそのまま苛立ちに変換され、喉元からせり上がってきた。


「――この状況、おかしくない?」


 丸腰の婦女子に銃を突きつけるって、やっていることは山賊と一緒だからね。ヴィッキーが睨みつけても、相手はしれっとしたものである。


「ちっともおかしいことはないが」


 これを聞いたヴィッキーは、メラメラと闘志を燃やし始めた。――イカレている人間って自覚がないのね。びっくりだわ。だけどこちらがビビって従順に従うと思ったら、大間違いだから。


 おかしいことはおかしいと言ってやる! 権力には屈しない! 暴力にも屈しない!


 ヴィッキーは自身が権力と暴力にものをいわせて、子分(ベイジル・ウェイン)を振り回して来た過去を都合良く忘れ去り、今から世界平和のために戦うことを決めた。


「――人に銃を突きつけちゃいけないって、親から教わらなかったの? 以前会っているならともかく、初対面の相手に対して、ずいぶん失礼な態度だからね」


 ツンとした態度で高飛車に言い放ってやる。ヴィッキーは今メイドの格好をしているので、『王宮に出入りしているメイドなんて、皆ツンケンしていて高飛車なんだから、この態度はそれなりにリアリティがあるでしょう』などとお馬鹿なことを考えていた。


 大体、王子に対してこの物言いはない。しかしヴィッキーとしては、『彼の身分には気づいていない』ていで押し通したかったのだ。絶体絶命のこの状況から逃れるには、とにかく勢いが大事である。そして相手に罪悪感を抱かせるのも有効だろう。


 相手の非を当てこすり、強気に押して怯ませる――どうよ、この高度な駆け引き。ヴィッキーは『私ってできる子』という思いに酔っていた。あえて『初対面』と言うことで、相手のリアクションを見る。


 これでクリストファーの返答を聞けば、色々分かるってものだろう。あの晩、酒場で相席したことを覚えているのかどうか。前世を思い出しているのかどうか。


 ――先の発言で、彼女はしっかり墓穴を掘っているのだが、本人はそのことにまるで気づいていなかった。もしもここにベイジル・ウェインがいたならば、『お前ってやつは、なんて迂闊なんだ』と額を押さえたに違いなかった。


 というのも……。


「初対面じゃなかったら、銃を突きつけてもいいのか?」


 クリストファーが小首を傾げて尋ねてくる。


「……む。そ、そうは言っていない」


「いや、言った」


「言っていないってば! 大体、銃を突きつけられるほど、あなたと親しくないし」


 焦って訳の分からないことを口走ってしまう。――『銃を突きつけられるほど、あなたと親しくない』って、なんだ! 言った途端に後悔して、ヴィッキーは自分の喉をかっ切りたくなった。


「寂しいことを言う。君と僕の仲なのに」


 クリストファーが微かに眉を上げ、からかうように微笑む。和やかな物腰なのに、聞き手のこちらに変な圧をかけてくる、この感じね。この男が口を開くと、全ての文言が死刑宣告に聞こえてくるから不思議だ。


「君と僕の仲って、何よ」


「僕たちは初対面ではないだろう? ――ヴィクトリア・コンスタム」


 クリストファーが彼女の名前を呼んだ瞬間、おかしな話だが『ああ、そういうことなのか』と納得できた。


 ――きっと今世でも続くのだ。


 クリストファーとヴィクトリアのあいだには、確かに因縁めいた何かがあって、互いに引き合い、反発し合う。理屈ではない。ただ感じる。


 けれどまだ……とヴィッキーは考える。きっとまだ大丈夫だ。初期対応を誤らなければ、まだ逃げられる。


 現にクリストファーの声音には重さがない。おそらくヴィッキーが魔王の生まれ変わりであることには気づいていないのだ。


 殺したくなるほどには、彼はヴィッキーのことを意識していない。だから大丈夫。彼がこの心ない態度を保っている限り、ヴィッキーは炉端の石ころと同じであり、その他大勢でいられるはずだ。


 ヴィッキーは腰に手を当て、俯きながら、はぁと重い息を吐いた。どっと疲れが込み上げてくる。


 ――ああ、まったく、名前を知られていたとはね。一体いつからだろう? いつから踊らされていたのだろう。


 とにかく、だ。クリストファーは『公爵令嬢ヴィクトリア・コンスタム』に用があるようだ。ヴィッキーは億劫そうに顔を上げ、恨みがましい目つきでクリストファーを見つめ返した。


「悪趣味ね」


「そうかな。出会い方としては、なかなか気が利いていて、面白くないか?」


「どこが?」


「――おそらく僕にとって君は、『特別』なんだと思う」


 何を馬鹿なことを。これには思わず舌打ちが出る。


「あなた、正気?」


 ヴィッキーは複雑な形に眉を顰めて、への字口になった。


「あなたはつまらないゴロツキ相手でも、そうやって銃を持ち出すじゃない。私に対してもそう。簡単に殺せる相手は『特別』なんかじゃない」


 別にクリストファーの特別になんかなりたくなかったけれど、彼の物言いはあまりに誠意がないと思ったのだ。――ヴィッキーは火遊びを求めていない。この男は危険すぎる。


 できれば関わりたくなかったが、それでもクリストファーのほうに何らかの思惑があるというのなら、話だけなら聞いてもいい。しかしそれなら、彼はこの軽薄な態度を改めるべきだった。


「僕だって、誰にでも銃を突きつけるわけじゃないんだ」


「へぇ?」


 ――あなたついさっき、牢内で二発ぶっ放したわよね? 石ころを蹴るような感覚で、トリガーを引いておいて何を今更。どの口が言うんだ。


「少なくとも僕にとって、『殺したくなる相手』は『特別』なんだ。その他大勢は、生きていようが死んでいようが、どちらでもいい。殺したいけど、殺せない――そう感じるかどうかが、ボーダーラインだ」


「じゃあ、あなたは、どうでもいい相手は殺してしまうし、特別な相手であっても、やっぱり殺したくなるってこと? もしかしてあなた、葬儀屋の回し者なんじゃないの? 馬鹿げた生き方だわ」


「かもね」


 クリストファーは笑み混じりのような、困っているような、それでいて考えの読めない気まぐれな瞳をヴィッキーに据えた。


「――君はどう思う? この行為に愛情を感じないか?」


 銃口を揺らしながら言うんじゃないよ。


「まるで感じないけれど」


 感じるほど、クリストファーのことをよく知らないし。それにクリストファーのほうだって、ヴィッキーのことをほとんど知らないはずだ。


「もしかすると僕は君のことを、殺したいほど可愛いと思っているのかも」


 これは絶対嘘だ。なんだかジリジリしてくる。これほど心がこもっていない台詞を初めて聞く。


 ――それで何が、腹が立つかってね。ふざけているにしては、クリストファーの視線は物柔らかで、真摯に見えるってことなのよ。


 つまりこう言いたいの? ヴィッキーに銃を突きつけているこの現状は、彼にとっては『特別』な瞬間であり、いつもとは何かが違う。その理由を考えてみたら、目の前の君が可愛いからこうしているのかもしれない、って?


 いやいやいや、ありえないから。ヴィッキーの目つきが段々凶悪さを増していく。


「まどろっこしい話はやめて頂戴。私に何か用があるの?」


 雲行きが怪しくなってきたので、クリストファーとしても、そろそろ潮時だと思ったのだろう。彼は少しだけ態度を改め、次のとおりに告げた。


「君というよりも、君の父上――コンスタム公爵を探っていた。イフリートの卵が盗まれた件に関係している疑いがあったから」


 ――そうなの? 意外にも、クリストファーが腹を割って話すもので、ヴィクトリアは驚いてしまった。語られた内容もなんだかすごいし。


 ヴィッキーは瞳を細めて考え込む。――パパがねぇ。まぁそれは、ありえない話でもないのかも。我が父ながら、コンスタム公爵は食えない男だ。確かに金に汚いところがある。女癖も悪い。善良とはいいがたい。


 しかし彼なりに国に忠誠を誓っているところもあって、最低限の線引きはしているようだから、娘としては信じてあげなくてはいけないのかもしれなかった。


 とにかくクリストファーは、コンスタム家に目をつけていたらしい。だから変装して下町に出かけて行く娘(ヴィッキー)を見て、疑いを持った。王子自ら安酒場までやって来て、接触してきた理由がこれで分かった。


 ――おや? そうなると、ヴィッキーの前世が魔王だから絡んできているという線は、消えたかもしれないぞ。見通しが明るくなってきた。若干気が大きくなったヴィッキーは口元に笑みを浮かべた。


 このあとヴィッキーはとんでもなく痛い目を見ることになるのだが、彼女はまだそれを知らない。


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