第9話 木っ端微塵に消し飛ぶらしい
――あなたの前世は『魔王』よ。そう言われた時って、一体どんなリアクションをするのが正解なのだろう? ヴィッキーは見当もつかなかった。
「あははははー」
面白くもなかったが、とりあえず笑っておく。
パメラもにこにこしているので、ヴィッキーは段々怖くなってきて真顔に戻った。
「……あの、今……『魔王』って聞こえたような」
「でしょうね。そう言ったから」
「え、違うよね、ぜ」焦るあまり、噛んでしまった。「――前世マロンって言ったのよね?」
お願いだから、マロンのほうと言って。嫌な汗が出る。
するとなぜかパメラが『図々しいわね』みたいな顔でヴィッキーを見つめてきた。
「前世マロンだとしたら、転生前のあなたは栗として相当頑張ったってことよね。どんだけ徳を積んだら、栗から美少女に生まれ変われるのよ?」
栗の分際で、美少女に生まれ変われると思っているのか、夢見てんじゃねぇ、といわんばかりのパメラからの殺気をひしひしと感じる。
ちなみに今のヴィクトリアは男装しているのだが、明るい場所で女性を相手にして、性別を偽れるとは端から思っていない。パメラは機転が利きそうだから、ヴィッキーが女であることはすぐに見破ったのだろう。
てそれより。
「あのー、もう一回言ってくれる?」
「だから、あなたの前世は『魔王』なの。三百年前に死んだ」
パメラは先程の不毛なやり取りに苛ついたのか、魔王の部分を『ま・お・う』と一語一句区切りながらはっきり発音した。だからもう『よく聞こえなかった』という手は使えない。
魔王……魔王ね。うわ、なんか、『全然ありえない!』って思えればよかったんだけど、なんでだかコレだ感があるのよね。信じたくないのに、なぜかコレだ感があるよ!
畜生! むしゃくしゃしたヴィッキーはハンチング帽をむしり取り、それをポイと放り投げた。――髪をかき混ぜてから、殺し屋みたいな目つきで壁を睨む。
希望を言わせてもらえれば、前世ケーキ職人とかがよかったな。もしくはヒヨコの形の笛を作る人とかさ。もっとほんわかした仕事人がよかったよ。
前世魔王とか、エッジ利きすぎだろう、誰得なんだよ。
もうむしゃくしゃが止まらないよ。魔王とか、全人類の敵じゃん。嫌われ者じゃん。
頬杖をつき、しばしブーたれていたヴィッキーであったが、ふとパメラが告げた先の台詞に引っかかりを覚えた。
「ん? ……魔王って、三百年前に死んだんだ?」
瞳をぱちくりして尋ねると、パメラが呆れ顔でこちらを見返してくる。
「いやあなた、魔王のままずっと生き延びていたなら、こうして転生していないでしょうが」
そりゃそうだけどさぁ。
「伝承では三百年前、勇者は自らの命と引き換えに、魔王を封印したってなってたような?」
もしくは、二者が激突して魔王が姿を消したとか、とにかく生死は曖昧にボカされていたような気がする。――いつの日か、邪悪な魔王は蘇る的な感じで。
それってもしかすると、子供の情操教育のために、あえてはっきりさせずに語り継ぐことにしたのかな。悪いことすると魔王が来ますよ、みたいな。
「魔王は確実に死んでいる」
「――勇者は命と引き換えに、魔王を倒した?」
「うーん。ちょっとその辺は分からない」
転換点なのに? びっくりして目を丸くすると、パメラが苦笑いを浮かべた。
「インパクトが強すぎる出来事も、よく見えないのよ」
モブは見えづらいし、すごすぎても見えづらいって、目隠し部分が多いわね。ヴィッキーは複雑な形に眉を顰める。
パメラはため息を吐いてから、『仕方ないでしょう?』とでも言いたげに、悪戯に口の端を上げた。
「見えない場合は、私が見ていい領域じゃないってこと。神の領域に近い。まぁあれよ、見えない私が言うのもなんだけど、勇者と魔王は相打ちだったんじゃないかと思うな」
「そうなの?」
別にどうでもいいっちゃ、いいんだけど。――だってあれよね、百歩譲って自分の前世が魔王だとしても、かれこれ三百年前の話でしょう? そんな昔のこと、もうどうでもいいっていうか。たとえるなら、小っちゃい頃に妹におやつ取られたとして、それを大人になっても、ずっとしつこく同じ温度で恨み続けられますか? って話なのよ。もういいじゃないの、水に流せば。
「とにかくね」パメラは面倒になったのか、急にまとめに入った。「魔王が死んだから、今あなたはこうして人間になっている」
「私、魔法とか使えないけど」
「過去を全部思い出せば、使えるようになるわよ。もんのすごーい攻撃魔法が」
「本当に?」
「でも人間の身体だから、使うと器がもたないけどね」
「もたない? 熱が出るとか?」
頬杖をついたヴィッキーが気軽に問うと。
「末端から壊死するか、膨張して裂けるか、木っ端微塵に消し飛ぶか、の三択」
どれも絶対に御免だという三択が並べられた。ヴィッキーはこれみよがしに足を組み、小馬鹿にしたように斜に構えて笑ってやった。
「もうありえないわー。馬鹿じゃん? こんな美少女の前世が、魔王なわけないじゃん?」
「じゃあ見てみる?」
パメラにひょいと手を握られた瞬間、急激な浮遊感に襲われる。白い線が縦に流れて行くような感覚。
落ちているのか、上がっているのか、それすら分からないのに、向かい側にはフクロウによく似たパメラ・フレンドが普通に腰かけている。そして赤と白のチェックのテーブルクロスも、そのまま目の前に存在しているのだ。だというのに背景だけが怒涛の勢いで流れていて、ヴィッキーは酩酊感を覚えた。
――酔う――
雷のように光が瞬いた。高速で場面が展開される。超短時間に、何コマも絵が入れ替わり立ち代わり現れるような感じだ。
――閃光――
聖剣で斬りかかってくる勇者――おおう、勇者美形だな! 金色の髪に、菫色の瞳――皮肉なことに瞳の色は、今のヴィッキーと一緒だ――思ったより少年ぽいな勇者。もっと精悍なタイプかと思った。顔の造作はキラキラ王子系。目つきが堅気じゃないけれど――
――閃光――
手が見える――自分の手か? 普通に人間的な色だ、蛍光ストライプ柄とかじゃなくてよかった――何か呪文のようなものが聞こえる――閃光――視界がブレる――というか世界が歪む――
「うわあああああああ!!!!!」
気づけば絶叫していた。全身の毛穴という毛穴が開いた。
怖い!
怖い!!
怖い!!!
これ以上見たくない、誰か――!
ふと気づけば、チェックのテーブルクロスがかかった小卓に手をついていた。――目の前には、散らばった乾燥麺。汗をびっしょりかいていた。
対面にはパメラが。真顔でこちらを見つめている。彼女の瞳の中に星が見えた。もしかするとその星は、ヴィッキーが投影した幻かもしれなかった。
「――私、魔王だった」
それはよく分かった。疑いようもなく理解できた。
「ああ、でも、詳細を思い出せない」
ただサラリと体感しただけで、それが血肉にはなっていない。あれが実体験だったというのは、薄ぼんやりと感覚で分かるのだ。ブレていた残像が、一瞬、自分に重なったような感じがした。――けれどピタリと重なることができたのは、ほんの一時であり、ほんの一部だった。
魔王だった自分が何を考えていて、どんな存在だったのか、まるで思い出せない。
「完全に思い出すのは、時間がかかると思う」
パメラが託宣を下すように静かに続けた。
「あなたが人間の身体に転生したのって、厳重な封印に近いのかな。重しがかなり効いているから、私にも魔王だった頃のあなたを見ることはできない。私とは力関係が違いすぎるのね」
パメラが下位過ぎて、上位階層である魔王の生涯を見ることは叶わないのだと言う。
「そう」ヴィッキーは素直に頷いてから、「時々来ていい?」と子供のように素直に尋ねた。
助けがいる。この事態はヴィッキーの手に余った。
「ここに来なくても、今後も普通に会えるわ」
パメラがあっさりそう言うので、ヴィッキーは目を丸くした。
「どういうこと?」
「実は私、子爵家の令嬢なのよ。もちろん屋敷はほかにあって、ここは私の個人的な隠れ家ってわけ」
――子爵令嬢がボロアパートに仮住まいして、おまけに家賃を踏み倒しているっていうの? 他人のことをどうこう言える資格はないけれど、この子って、相当な変わり者だなとヴィッキーは思った。
片眉を上げるヴィッキーに、パメラが視線を合わせる。
「私はあなたのことを知っているよ。――公爵令嬢のヴィクトリア・コンスタムでしょう。リンゴが好物」
「なんで知っているの?」
「さっき皮膚接触した時に、ちょっとあなたの周辺を覗き見してきた」
……まったく油断も隙もない。魔王の時は上位でも、今のヴィッキーはただの小娘だから、普通に色々覗き見できるらしい。
ヴィッキーは肩を竦めてみせた。
「とにかくあれね。パメラとは貴族社会で普通に会えるってことで、ちょっと安心したわ」
「でもあなた、社交界デビューしてないよね」
「なんか嫌で。特に王宮方面が」
言葉少なであったが、パメラにはなんのことか分かったようだ。
「でしょうねぇ」
頬杖をついて悪戯っぽく流し目をくれてきたのだ。
「でしょうねって、何かあるの?」
「勇者も転生しているよ。気をつけてね」
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