第6話 最低男の勝手な言い分


 公衆の面前でソフィアに恥をかかせた最低男が、ブラックトン侯爵家を訪ねてきた。


 客間で対面したソフィアは顰めツラで、軽薄なテオドール・カーヴァーを眺める。


 さすがにことがことなので、この場には父も同席していた。三者面談だ。


「――ブラックトン侯爵、先日の馬鹿げた騒動についてお詫びします。あれはちょっとした冗談でした」


 テオドールが改まった口調でそう切り出した。


 ……ちょっとした冗談ですって? ソフィアは呆れて目を丸くし、猫が威嚇をするかのように肩を怒らせた。


 先日寄越した手紙にも同じことを書いてきたけれど、それで押し通すつもりなのね? こちらの気持ちを無視しすぎじゃない?


 ところがブラックトン侯爵は、ソフィアと違って落ち着いた態度である。渋い顔でテオドールを見遣ったあと、事務的にこう尋ねたのだ。


「冗談――つまり夜会でソフィアに告げたことは、あなたの本意ではないのですね?」


「はい」


「ではソフィアとの婚約は、継続するつもりでいる?」


「もちろん」


 ソフィアは目の前で繰り広げられている誠意の欠片もないやり取りが、もう正気の沙汰とは思えないのだった。彼女ができる精一杯の怖い顔でふたりを交互に睨むのだが、どちらもソフィアのことを無視して、どんどん話を進めてしまう。


「テオドール君の意志を確認できてよかった。結婚は家と家との結びつきです。今後はこのようなことがないようにお願いしたい」


「承知しています」


「ちょっと、お父様!」


 ソフィアがやっと声を上げた時には、ふたりの話し合いはもう決着がついたあとだった。


「ソフィア、テオドール君とよく話し合いなさい」


「いやです! だって彼には愛しい子猫ちゃんがいるんですよ!」


「細かいことは気にするな……お前も十分に可愛いから、彼の新しい子猫ちゃんになれるさ」


 ブラックトン侯爵はわりと最低な台詞をシレッと吐き、ソフィアの抗議に一切取り合うことなく部屋から出て行った。


 ソフィアはむぅと膨れて、対面に腰かけているテオドールをふたたび睨む。


「どういうつもり?」


「どうもこうも」


 テオドールは少し参っているようでもあったし、開き直っているようでもあった。


「先日手紙で、この件については説明済じゃないか」


「夜会で一方的に婚約破棄宣言した翌日、うちに届いたあの手紙のこと?」


「そうだ。あれでちゃんと君には謝っただろう?」


「謝ってませんー。『夜会の件は冗談で、そのうちに笑い話になる』とか、『可愛いソフィア、また会いたい』とか、書いてあることが意味不明だったわ」


 侍女のルースにもその手紙を見せたところ、『あれ、お嬢様――これ、クズ男のテオドールと、縁切りできなそうですよ。あいつ、親にこってり絞られて、お嬢様と結婚する気になったんじゃないですか? やつと結婚したくないなら、思い切った手を打たないといけないかも』と忠告され、それで人脈作りのため、皇宮の資料室で働くことにしたわけなのだ。


 ルースからは『お嬢様は引きが強いから、助けてくれる人がきっと現れる』と言われていたけれど、ソフィア的には今のところ、皇宮資料室勤務ではなんの手応えも得られていなかった。


 このままでは軽薄男と結婚させられてしまうかも……と焦っていたところに、テオドールが我が家にやって来て、話を聞いてみれば、このとおり最悪の事態である。


「婚約破棄宣言の件、勝手なことをするなと父上に叱られてしまってね」


 肩をすくめてみせるテオドール。


「どうやら俺は君と結婚するしかないらしい」


「あの子猫ちゃんはどうするの?」


「ゾーイは俺の太陽だ」


「つまり別れないつもり?」


「そりゃあそうだよ。愛しているんだ。彼女とはすでに体の関係もあるから、子供ができているかもしれないし」


 ――なんなの、こいつー! ソフィアは怒りで肩を揺らし、きゅっと下唇を噛む。


「だったらあなたは親を説得すべきよ。ゾーイと結婚できるように、必死で努力すればいいでしょ」


「だけどゾーイは男爵家の娘なんだよ。うちは公爵家だから、バランス的にちょっとね」


「ちょっとね、じゃなーい! 気軽に手を出しておいて、ちょっとね、じゃなーい!」


「男は下半身でものを考えてしまう時があるんだよ、ソフィア」


「気持ち悪いよぉ!」


「でもね、ソフィア。君をお飾りの妻にするつもりはないから。ちゃんと手は出す!」


「わぁん、絶望しかない!」


「ちゃんとしっかり抱いてはやる。満足はさせる。でもごめん、一番はゾーイだから」


「うるさーい!」


「ほら、俺たち息がピッタリじゃないか? このとおり会話も弾んでいる」


「どこが?」


「ソフィアは俺と話していて、楽しそうだ」


「どこがだぁ!」


「それに君の体つき――俺はわりと気に入っているんだよ」


 ジロジロ胸を凝視されたもので、ソフィアゾッと鳥肌を立たせ、あまりの恐怖から涙目になってしまった。


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