第7話 氷帝からの驚きのオファー


 テオドールから『ほかに愛する女性がいるけれど、君にもちゃんと手を出す』宣言をされてしまった、絶体絶命のソフィア。


 それでどうしたかというと、次の日もこうして皇宮資料室で仕事をしている。


 ソフィアはチャラチャラしていい加減そうに見られがちだが、こういうところは真面目だった。


 ポジティブ思考で、目の前のことに全力で取り組むこと――それはパーティー・ガールである叔母から教わった生き方である。


 そんなわけでソフィアが皇宮資料室で真面目に仕事をしていると、年嵩(としかさ)の落ち着いた雰囲気の女性がやって来た。


「――レディ・ソフィア、陛下がお呼びです」


 あらまぁ……ソフィアはパチリを瞬きした。


「陛下が? 私になんのご用かしら」


 もしかして帰国したお祝いでもしてくださるのかしら? ソフィアは呑気に考えを巡らせる。


 きっとこんな感じ? ――七十歳くらいの白いおひげのおじいさんが、『ソフィア、外国からよくぞ戻ったのぉ! ウェルカーム! 靴下いっぱいに詰めた金貨を遣わす!』とか言ってきて、渡されたパンパンの靴下を確認してみたら、金貨ふうの包み紙に巻かれたチョコレートがぎっしり入っていて。『もう、陛下、これチョコじゃないのー!』あはははは~! となるような、愉快な場を設けてくれるのかしら?


「陛下のご用件については分かりかねます」


 淡々と返され、女性に先導される形でソフィアはあとをついて行った。


 フン、フフ~ン♪ と鼻歌交じりに進んで行くと、やがてある部屋に辿り着いた。警備、前室、と通りすぎて、ひときわ立派な扉の前まで来る。案内役の女性が取次などの必要な手続きを終えたあと、


「こちらでございます」


 あとはおひとりでどうぞ、というように横によける。


 ソフィアは『前に来たことがあるような気もするけれど、同じ建物だから、どこもかしこも似ているのでしょうね』と考えながら、扉を大きく開いた。


 ところが――……。


「ん?」


 ソフィアは目を疑った。


 というのも最奥の執務机に着いているのは、先日少しお話をした、サファイアを思わせる瞳が印象的な青年だったからだ。


「あ、ごめんなさぁい! お部屋を間違えたみたい」


 ソフィアは目を丸くし、若干後ろ体重の姿勢になりながら、扉外に控えている案内役の女性にコソコソと話しかけた。


「ここ、陛下のお部屋じゃないわ」


「いいえ、ここで合っています」


「合っていないわよぉ。だって白いおひげのおじいさんがいないもの」


「白いおひげのおじいさんは、元々おりません」


「え……やだそれ本当?!」


 てなことをやり取りしていると、部屋の中から文官ふうの男性が出て来た。そういえばこの人とも先日会話をしている。


「レディ・ソフィア、部屋はここで合っている」


 彼が言う。


「あなた、先日お会いしているわよね?」


「ああ、そうだ。私はイーノク」


「そう。私、ソフィア」


「知っている。それでだ――あちらにいらっしゃるのが、ノア・レヴァント皇帝陛下だ」


 こ、皇・帝・陛・下……!?


 ソフィアは呆気に取られてサファイアの君を眺めた。


 ガガーン! 皇帝陛下って、おひげのおじいさんじゃないのぉ……‼


 これはソフィアにとって、とてつもなくショックな出来事だった。あまりにびっくりしすぎて三秒ほどフリーズしてしまったくらいだ。


 しかし彼女はお馬鹿ゆえ立ち直りも驚異的に早かったので、三秒後には八割がた復旧することができた。




   * * *




 執務机の前までしずしずと歩み寄ったソフィアは、貴族令嬢らしい礼節にかなったお辞儀をしてから、困ったように眉尻を下げた。


「先日は本を乱暴にデスクに置いてしまい、申し訳ありませんでした」


 あれは誰に対しても失礼な態度だったし、ましてや身分が上の相手にあんなことをしてしまったのは、本当に悪かったとソフィアは反省していた。


 端で聞いていたイーノクは半目になり、『反省すべきなのは、そこだけじゃない。どこもかしこもだ』と心中で呟きを漏らす。


 ところが陛下はとても寛大だった。


「謝ることはない。先日の君の態度は、そう悪いものでもなかった」


 そう声をかけられたソフィアは、『……そうだったかしら?』と斜め上を見ながら自らの行動を振り返ってみて、『確かにそうね!』と納得することができた。それで『危なぁい、セーフ』と思いながら、えへへ、と嬉しそうな笑みを漏らした。


「よかったぁ!」


「いや、よくないだろ」


 我慢できずに、つい突っ込みを入れてしまうイーノク。


「それで陛下、私になんのご用ですか?」


 安心し切って尋ねるソフィアに対し、陛下が事務的な口調で告げる。


「君に取引を提案したい。ソフィアはこの話を受けることで、テオドール・カーヴァーとの縁を完全に切ることができる」


「それができるなら、嬉しいですけれど……」


 だけどそんなうまい話があるのだろうか? 半信半疑のソフィアは小首を傾げてしまう。


 陛下は圧をかけるでもなく、冷静な態度を崩さなかった。


「君には、ある役割を演じてもらいたい」


「一体どんな?」


「――私の恋人役だ」

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