第3話 乙女ゲームとの相違点


 ――その夜、ブラックトン侯爵邸。


 自室に入ったソフィアはドサッと長椅子に腰を下ろした。


「あーん、参ったぁ……」


 額を押さえ、初めて弱音を吐く。


 侍女のルースが応接セットのそばにかしこまって立ち、ソフィアに尋ねる。


「テオドール・カーヴァーはいかがでした? 屋敷に着いてから話すとおっしゃっていたので、馬車内で伺いたいのをずっと我慢しておりました」


「それがびっくりなの! 彼に婚約破棄を宣言されたわ、ゾーイという子が好きなんですって」


「おやまぁ」


 ルースがへの字口になり、探るような表情を浮かべる。


「テオドール……彼も攻略対象者のひとりなのに、それはまた奇妙な……」


 考え込むルース。


「ルース、あなた、何か知っているの?」


「ここはおそらく『LOVE×MAGICAL×WORLD』という乙女ゲームの世界です。私は前世日本という国で暮らしていましたが、死んだあとで乙女ゲームの世界に転生した模様」


「乙女ゲーム……? 今のって何かの呪文? 初めから終わりまで、全部理解できなかった」


 ソフィアが目を丸くしているので、ルースは考えを巡らせ、だいぶはしょって言い直した。


「ええと、そうですね――私にはちょっとした予知能力があるとお考えください」


「予知能力?!」


「つまり、お嬢様の未来が少しだけ見えます」


「わお、すごい」


 前のめりになるソフィア。


「あのですね、お嬢様」


 ルースは咳払いをして続ける。


「私が見た未来では、お嬢様はとても嫌な性格をしていました」


「あ、それ、ちょっと分かるわ」


 ソフィアがびっくりした顔で姿勢を正す。


「分かるのですか?」


「私ね、十二歳まですごく嫌なやつだったの。でもこの国を出てマルツで暮らすうちに、今のハッピーな性格に変わったわ」


 にこにこと語るソフィアを眺めおろし、ルースは感慨深い気持ちになった。


 実はルース、何年も前から、自分は乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生したのでは? と疑っていた。


 けれどその推測が当たっているかは、どうにも怪しくて。


 なぜかというとルースが仕えるお嬢様、ソフィア・ブラックトンの性格が、ゲームのキャラクター設定とまるで異なっているからだ。そりゃあもう、修正不能なくらいに違っている。


 ゲームのソフィア・ブラックトンは淫靡なほどにセクシーで、とんでもなく嫌な女なのである。


 彼女は一目惚れした若き氷帝、ノア・レヴァントにしつこく付き纏い、実家の権力を使って、彼の婚約者の座にまんまと納まる。


 当然、ノアには激しく嫌われており、ヒロインにヤキモチを焼いて、あの手この手でいじめまくる。つまりソフィア・ブラックトンは、ヒロインの恋が成就するためのスパイス的な存在、かませ犬キャラクターなのだ。


 そんな悪役令嬢のはずの彼女が、どうしてこんなことに。


 いや、ズレが生じたきっかけは分かっている――ソフィアが十二歳の時、魔力測定を受けたところ、『魔法の才能なし』ということが判明したせいだ。上位貴族の人間は程度の差はあれど、魔法が使えることが当たり前になってくるので、まるでできないとなるとかなり問題になる。


 これが原因で、ソフィアは実家のブラックトン侯爵家から追い出されてしまう。絶縁まではいかなかったものの、親から完全に見放され邪魔者扱いされたため、彼女はひとりぼっちで船に乗り、外国に渡った。


 そして辿り着いたのは叔母が暮らす国、マルツだった。ちなみに彼女がルースと出会ったのは、マルツに渡ってからのことである。


 ここがまずゲームとは大きく異なっている。ゲームのソフィア・ブラックトンは突出したエリートで、ハイレベルな魔法を難なく使いこなせる天才少女という設定だからだ。その面で秀でていたからこそ、人格に問題があるのに、氷帝の婚約者になれた。もちろんゲームのソフィア・ブラックトンは、自国を追い出されたりはしていない。


 しかし現実のソフィアはハードモードな人生を歩んでいた。実家から『お前は能なし、恥さらし』と突き放され、そのことで強烈な挫折を味わい、十二歳で自尊心を叩き折られた。


 魔法の才能ゼロでは、ゲーム世界のように氷帝との婚約話が持ち上がるはずもない。……けれどまぁ、現実のソフィアは氷帝と出会う前に国を追い出されたので、彼女は彼に関心もなかったわけであるが。


 その後ソフィアを引き取ったのは、お気楽パーティー・ガールな彼女の叔母だった。外国で叔母と暮らしたことでソフィアの価値観が百八十度変わる。『なぁんだ、肩の力を抜いて、気楽に生きているほうが、断然ハッピーね!』ということに彼女は気づいたのだ。


 そんなわけでソフィアは、長いことマルツでのびのび過ごしたために、叔母そっくりな、呑気で陽気なお馬鹿娘に成り下がってしまったのである。


「お嬢様、元の嫌な性格に戻ると断罪される恐れがあるので、今のままでいてくださいね」


 ルースは真剣な顔でお嬢様にお願いした。


 ――そういえば、ゲームとは違う点がほかにもある。ソフィアの婚約者だ。


 テオドール・カーヴァーは攻略対象のひとりだが、悪役令嬢ソフィア・ブラックトンとは特に接点はなかったはず。


 だけどこの世界では、ソフィア・ブラックトンの婚約者は氷帝ノア・レヴァントではなく、テオドール・カーヴァーということになっているようだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る