【石村義忠の章】=最後の仕上げ=

 そうだ。私の復讐は完了していないのだ。私のすべてを奪った憎き父。ヤツの存在そのものを消し去らなければ、私の気が済まない。

 私は実家を目の前にして、二年ぶりにその呼び鈴に触れた。前回と同じように、門の中からは山口が顔を出し、懐かしそうな顔で迎えてくれた。

「坊ちゃん、どちらにおられたんですか。お父上が大変なことになっております。早う、お会いなされませ」

 と、言って玄関まで私を招き入れる。そして玄関を開けると母が待ち受けていた。

「義忠さん、いったい今まで、どこへ行っていたの?連絡も取れないし、お父さん大変だったのよ。美也子さんはどうしたの?」

 母とは普通に会話をしたかったのだが、それよりも父に会わねばならぬ。その覚悟できたのだから。

「父はどちらにおいでですか?」

 私はこわばった顔で母に尋ねた。

「朝からずっと奥の和室にいるけど。朝からお酒を飲んでるから、かなり荒れてるわよ。あんまり近づかない方がいいんじゃない。あなたと連絡が取れなかったって、かなり不機嫌よ」

 私は母の忠告を無視し、無言のままズンズンと奥の和室へと足を運んだ。奥の和室は十二畳もあろう部屋が襖を間に二部屋連なっている。障子を開けると、小机を肘にかけ、ウイスキーを瓶ごと煽っている父の姿があった。着物の寝間着は帯がほどけ、だらしなく下着がはだけている。

「義忠あああ、どの面下げて帰って来たあああっ!」

 父は私の顔を見るなり、いきなり怒鳴りだした。さらには手に持ったウイスキーの瓶を振り上げて、私に躍りかかろうとする。

 しかし、酔っているために正確に私のところへはたどり着かない。軽く身を躱す私を千鳥足で追いかけてくるが、途中で何度も足を取られては転び、転んでは起き上がって私を追う。その繰り返しを二、三度行ったとき、父の秘書でもある守屋京平が父を抱えた。

「京平、ヤツを、義忠をワシの前にひざまずかせろ。そしてワシに殴らせろ」

「親父殿、酔っておられます。落ち着きなさいませ」

 守屋京平は、父を抱えて元の小机の脇にある座椅子まで運んだ。

「なぜ、電話に出なんだ。あのことは貴様の仕業であろう。アメリカの奴らにいくらで情報を売り渡した!なぜ素直にワシの後継者にならぬ!なぜワシを潰すような真似をする!それで貴様は何を得たのだ!貴様とて大損したはずじゃ!」

 私は父の前に座り、落ち着いた口調で話し始めた。

「二年前、オレはアンタの野望のために全てを失った。やりがいのある仕事、愛しい女、そして平凡な家庭を目指した未来。それをアンタは自分の野望のために全てオレから奪ったんだ。そんなオレが今さら何を欲するというんだ。唯一の希望は鈴花が幸せに暮らしていることだけだ。あの子に手を出さなかったことだけは感謝しよう。しかし、オレは許さん。オレの全てを否定し、強引に奪っていったことを。あの世で悔いるがいい」

 私は懐に隠し持っていたピストルを取り出し、その銃口を父に向けた。そして躊躇することなく引き金を引くと、

=ズドン、ズドン=

 と、いう二発の銃声とともに父の胸から真っ赤な血しぶきが舞った。やがてゆっくりと崩れ落ちる父。その姿をこの目で見届けることができた。


 全てが終わった。全てをやり切った充実感だけがオレを包んでいる・・・。

 父に引導を渡したピストルの銃口は、次に私のこめかみに向いていた。そして私はゆっくりと引き金を引く・・・。


=ズドン!!!!!=


 こうして私の復讐は全て完了したのである。



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