ピンクモンスーン

Aぁ.S/key

第一話


 小学三年生のクリスマスイブ、お母さんは僕にプレゼントを渡した後、サンタとどこかへ行った。

 次の日になっても、帰ってこなかった。

 年末になっても、帰ってこなかった。

 僕の誕生日になっても、帰ってこなかった。

 次のクリスマスになっても、帰ってこなかった。

 また次のクリスマスになっても……。




 小学生最後のクリスマスイブ。すごい事なんてない。ただそこにある当たり前のこと。

「ありがとうございましたー」

 ケーキを買って、店の外へ出ると楽しそうな人がたくさんいた。

 陽気なクリスマスソングが流れ、歩く人たちはどこか色めきだっている。

 みんながみんな、クリスマスを楽しみにしているみたいだ。

「何が楽しいんだろう……」

 クリスマスなんてくだらない。

 楽しげなムードに嫌気がさし、僕は静かな河川敷へ行く。

 楽しそうに遊んでいる人の声や河の流れる音、電車が通る音が聞こえてくるけど、町の音よりはずっといい。

 ずっとここに居たいけど、北風が寒いから早く帰ろう。

「ぐえ」

 家の方角へ足を踏み出した時、何か柔らかいものを踏んだ気がした。

 足元を見ると、そこには赤いバニー服を着た女の人が、うつ伏せで倒れていた。

 周りを見るとスクーターが横転している。事故でもあったのか?

 なんだろう、何とも言えない恐怖が僕を襲う。この場から立ち去りたい。

 ゆっくりと足をバニーから離し、避けて渡ろうとする。

 が、その瞬間、バニーに足を掴まれた。

「!!」

 振りほどこうとしても、ガッチリ掴まれていて全く離れない。

 バニーはまだうつ伏せだ。ピンクの髪が見えるだけで、表情も何もわからない。気配だけで足を掴んだのか?

「ちょ、ちょっと離して……」

 声をかけると、バニーは顔を上げ、こちらを見て泣いている。

「な、なにか、食べ物……。腹ペコな、の……」

 そう言って地面に人工呼吸していた。

 僕は右手にあるホールケーキを見つめる。

 下で腹の虫が大合唱していた。


「いっや~助かったよ~死ぬところだった~マジに」

 バニーは笑いながらお礼を言った。クリームまみれの顔で。

「このスポンジの間にあるカスタードクリームが最高だわ」

 バニーは流暢に感想を述べていた。クリームまみれの顔で。

「キミも食べる? おいしいよ」

 バニーは僕にケーキを差し出した。手づかみで。

「いらない。というかお姉さん……何者?」

「ん~~子どもにキラメキを届ける魅惑のサンタクロース♡」

 バニーは手に付いたクリームを舐め取りながら答えた。

「嘘ばっかり……大人は子どもに変な嘘ついていいの?」

 嘘じゃないにゃーと彼女はいたずらっ子のように笑っている。

「……サンタクロースってこういうのじゃないの?」

 僕はケーキの上に乗っている砂糖の塊のサンタクロースを指さした。

「ああ~これね~」

 バニーはサンタクロースを取って口の中へ入れる。

「みんなが知ってるこの姿は上流サンタだから、アタシみたいな底辺サンタはバニー服なの」

 ぼりぼりと砂糖の塊のサンタクロースをかみ砕きながら、バニーは言った。何を言ってるんだ、この大人は。

「あっそ、ま、とりあえずそういうことにしといてあげる」

「ちょっと待って、もう行くの?」

 僕が立ち去ろうとすると、笑いながらこっちを見ている。

「お礼してあげる。とびっきりでスペシャルなやつをね」

 バニーは倒れているスクーターのエンジンを入れた。エンジンをふかしているスクーターは、なんだか喜んでいるように見えた。まるでそれは餌をもらった馬のみたいに。

「ほら、早く乗って」

 ヘルメットを投げて、バニーは手を差し出す。

「そんな小さなバイクで、二人乗りなんて危ないよ」

「……」

 そう、危ない。それにこんな頭半分しか守れないヘルメットじゃ、事故があった時に死んじゃう。

「それにこんなに寒いのに、バイクに乗るなんてバカじゃないの」

「…………」

 そう、寒い。それにお姉さんだって、バニー服しか着てないのにツーリングなんて寒くて死んじゃう。

「だから行かな……」

 い。と言おうとしたら、バニーに腕を引っ張られて足置きの所に乗せられた。

「ぐちゃぐちゃ理屈こねてうっさいわね~黙って乗りなさい!」

「ちょ、ちょっと!」

 出ようとしても、バニーの長い脚が邪魔で出ることが出来ない。

「ケーキなんかよりもずっとスゴいゼ!」

「ゼ……」

 僕はこの時、抵抗することを諦めることにした。この人は自分の事しか考えていないから、何を言ってもしょうがないと思ったから。

 冬の季節に乗るバイクは寒い。

 風もいつもより冷たく感じる。

 だけど。

「海なんてめったに来ないでしょ?」

「……季節外れだよ。それにやっぱり寒い」

「寒いんだったら、もっと身体にくっついてもいいよ。人肌のぬくもりはあるよ」

 足置きにいる僕に、バニーは自分の足を差し出す。しがみつけと言っているようだ。

「いい、それよりもっと安全に運転して、怖いの嫌いだから」

「そんなことないにゃー。安全第二だにゃー」

 ハンドルをひねって、バイクは大きく加速した。同時に右へ左へと、バイクを素早く移動させる。

「わああ! 危ないよ!」

「大丈夫だって、アタシを信じなさい」

 バイクの前輪を浮かせて、更に加速する。そのせいで身体も浮き、どこかにしがみつかないと、放り出されそうになる。

 僕の近くにあるのは、バニーだけで。仕方がなく僕はバニーの身体にしがみついた。

 少し人のぬくもりを感じた。

 バニーの顔はヘルメットとゴーグルで隠れて、表情は分からないけどたぶん笑っている。

「ほら、見て」

 バイクから見た海は、きらきらと輝いていた。前に見た海が偽物に思えるほど、綺麗で眩しかった。

 冬に乗るバイクはやっぱり寒し、風は冷たい。だけど、いつも以上に気持ちよかった。それだけはすごく理解できた。


 その後、バニーに家の近くまで送ってもらった。遅くなったせいでケーキは買えなかったから、僕の小学生最後のクリスマスイブはケーキなしで終わった。

「ごちそうさま。今日はもう寝るね」

「もう寝るのか。お、そうか、サンタさんの為に早寝とは、感心だな」

「違うよ、なんかすごく疲れたんだよ。おやすみ」

 父がこちらを見ながら、ニヤニヤと笑っている。プレゼントでも用意しているのかな。どうせ、的外れなプレゼントだろう。

 階段を上り、自分の部屋に行く。

 ベッドに入った途端、僕は直ぐに寝てしまった。だが、その睡眠も直ぐに邪魔された。

 ぼーんと言う音と何かを叩かれる音。あと断末魔の様なものが聞こえ、目を覚ます。

 ベッドから出て、僕の部屋にいたのは昼間のバニーだった。

「よっ」

「何してんの……」

「言ったでしょ~サンタクロースだって。メリークリスマス」

 バニーはゴソゴソと大きな袋に手を突っ込んでいる。

「くれるの、プレゼント」

「んーなにあげよっかな~」

「い、いらないよ」

 断ったはずなのに、バニーは僕の顔をジッと見て笑っている。どうやら口元が緩んでいたようだ。

「まずは手始めに、これーなんか朝やってる子供が好きなベルト~これねーすごいぜ。光ったり音が出たりして、子供のおもちゃにしては……中々、ってあれ、これ」

 バニーは上手くいかなくて、苦労している。

「どうしたの?」

「ってこれ、電池いるじゃねーか!!」

ベルトを思いっきり地面に叩きつけて、ベルトは無残にも壊れてしまった。かわいそうなベルト……。

「ごめんね~次のは大丈夫だから、次はこれ~なんかゲーム出来るやつ~これ、最新機種だから簡単にゲームが出来るって、あれ、全然立ち上がんねーぞ。ん? ん?」

 バニーはまた上手くいかなくて、苦労している。

「えっと……」

「ってこれ、充電ないじゃねーか!!」

 ゲーム機を思いっきり地面に叩きつけて、ベルトは無残にも壊れてしまった。かわいそうなゲーム機……。

「ほんとごめんね~今度こそ大丈夫だから、今度はこれ、ワイヤレスヘッドホン~たぶんとってもいいやつ~これほんと良くてね、音質が他のとは段違いで、体験してほしいんだけど……あれ、ペアリングしない、ん? ん? ん?」

 バニーはまたもや上手くいかなくて、苦労している。

「まさか……」

「これ、アタシのと騎手対応してないじゃねーか!!」

 ワイヤレスヘッドホンを思いっきり地面に叩きつけて、ベルトは無残にも壊れてしまった。かわいそうなワイヤレスヘッドホン……。

 なんだか雲行きが怪しくなってきた。この人は本当にヤバいやつなんじゃないか。

 なんか変に信用して、期待した僕がバカだったな。

「もういいよ、プレゼントはそのガラクタでいいからさ」

「え、ちょっと……」

「僕はもう寝るね」

 僕がベッドに入る為、バニーに背を向ける。するとなにか柔らかくて温かいぬくもりを感じた。そうこれは昼間、バイクに乗っている時に感じたバニーのぬくもりと同じ温かさだった。

 振り返るとバニーが、僕の事を後ろから抱きしめていた。

「な、なに、なにしてんの!?」

「こんなモノよりさ、あたしがもっとシビれるモノあげるよ……」

「えっ?」

「キミは鳥肌が立って、脳みそがビリビリして、ブシュッ! ブシ! ブシャーってなっちゃうからさ……」

 バニーは僕から離れて、袋に手を突っ込む。中から出てきたのは、一本の青いギターだった。

「これはアタシの魂。アタシの世界。アタシの全て」

 一緒に出てきたアンプから、重低音を響かせ、おなかに重く当たる。

「キミにアタシをあげる」

 バニーはギターをかき鳴らし、演奏し始めた。彼女の荒々しくも繊細な演奏に、僕は思わず魅入ってしまう。

 その歌は世の中の不条理を並べた歌だった。

 その歌はホレた男が自分の前からいなくなった歌だった。

 その歌は自分の事がわからなくても大好きだと言い続ける歌だった。

 それはまるで子どもが大人に文句を言っているような歌だった。

 彼女の歌は今まで聞いたことのない歌だった。全部初めて聞く歌。それは僕がたくさん音楽を聞いた事から出た感想かもしれない。

 でも、ずっと聞いていたいと思うような歌だった。

 僕は彼女の世界の虜になった。

 演奏が終わって、バニーは汗だくになっている。背を向けて、服の中に空気を入れている。

 パチパチと拍手の音が聞こえてきた。どこからだろう。

 それは僕がしている拍手だった。僕は気が付くと拍手をしていた。

 その拍手でバニーはとびっきりの笑顔になる。

「ありがとう」

「凄かった、そのあの、本当に、えっと……その……」

「大丈夫。感動したら上手く言葉出来ないよね」

 そう言ったバニーはとてもキラキラと輝いて見える。凄く輝いている。

「うい!」

 バニーは僕の前に、さっきまで使っていたギターを差し出した。「え、ちょっと、なに!?」

「キミの顔見てたらわかるよ。『僕もギターしてみたい』って顔に書いてある」

 そして、そのままギターを僕に渡す。

「そのキラメキは大切にしないといけないんだよ」

「でも、こんな、あなたの……」

 魂と言っていた。そんなものは受け取れる訳にいかない。

「言ったでしょ。子どもにキラメキを届ける魅惑のサンタクロースだって。サンタのプレゼントは素直に受け取るのが、子どもの役目ってやつよ」

「…………うん」

 僕は彼女の……ギターを受け取った。それはずっしりと重く、子どもの僕にはいつまでも持っていられないモノだった。

「じゃ、アタシはこれで! バイナラ!」

 バニーは窓を開けて出て行った。下でなにか断末魔のようなものが聞こえたが、空耳だろう。

 僕はもらったギターを見つめて、彼女のように弾いてみる。彼女が出した音は出て来ず、弱く薄い音が出た。

 ここからだ。ここから始めよう。

 そう思って、僕はギターを抱きしめながら眠った。


 朝、父が僕を呼ぶ声で目を覚ました。階段を降りていると、話し声が聞こえて来る。だれだろう、お客さんでもいるのかな。

「あー!! あなたは昨日のバニーガール!!」

 我が家の食卓に、プレゼントをくれたバニーがそこにいた。

「ういーっす」

 昨日残ったケーキを食べて、当たり前のようにそこに座っていた。

「なに朝から大声出しているんだ。早く座りなさい」

「ああ……ああ……」

「ああ、こちらは本日からホームステイする……」

「バニー。よろしく」

 あっけに取られていると、よく見たら父は昨日見た時には無いたんこぶが頭に出来ている。

 僕の視線に気づいた父は、

「この怪我かい。昨日の夜、クリスマスプレゼントを渡しに行こうと、窓から入ろうとしたら、何者かに襲われてね。気絶してたみたいなんだ」

 淡々と説明し始めた。

「そして朝、助けてくれたのが、このバニーさんなんだ。聞くとホームステイに来たけど、その家が爆発して帰る家がなくなって、とりあえずバニー服を着て働いていたらしい。これも何かの縁だし、我が家でホームステイしてもらうことにしたんだ」

 その説明を聞いても、僕はうまく理解できなかった。

「そんな訳で、仲良くするんだぞ。あ、手とか出しちゃだめだぞ!」

「出さないよ!」

「ま、そんな固くなんないでよ、よろしくね~あ、おとうさんこのケーキおかわり」

 嘘つきバニーに使われ、父はケーキを取りに行く。

「なんでここにいるんですか」

「言ったでしょ。『キミにアタシをあげる』って」

「え……」

 僕のせいでそんな事になったと思い、少し心が痛んだ。

「そっれにさ~プレゼントを壊したから、サンタに怒られてムカついて辞めてきちゃってさ~しばらく頼むよ」

 結局は自分勝手な理由だった。

 やっぱりクリスマスはくだらない。




  


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