第23話 クロード①


 ――降って湧いたような縁談。


 ブレデル国の西隣にある大国、アストリュック国の第四王子は、結構な面倒事に巻き込まれつつあった。


 イスの背に上半身を預けたクロードは、ゆったりと長い足を組み、考えを巡らせる。――さて、どうしたものかな。ブレデル国ね……全く良いイメージがないのだが。ブレデルのイメージは、『凶暴な小型犬』という感じ。理性を欠き、身の程をわきまえていない。


 先ほど父である国王陛下に呼び出され、『面白い話があるぞ、クロード』と食えない笑みを向けられた彼は、口角を微かに上げて傾聴の姿勢を取りながら、『地獄行きの片道切符でも渡されるのだろうか』と考えていた。


 そして話を聞いてみれば、予想はそう外れてもいなかったようである。


 ブレデル国の侯爵令嬢との縁談。令嬢の経歴として出てきた奇妙な単語――聖泉礼拝、云々。現状、王太子と婚約中の身であるが、近々それが解消されるとのこと。そして付随してくる驚きの条件。この話を持ちこんできたのは、かの国の女傑グレース王太后殿下、その人であるとか。……臥せりがちだと聞いたことがあるが、この世を去る前に、皆があっと驚く大仕事をしたくなったのか?


 クロードは、たくさんの毒蛇に四方を囲まれているような心地になっていた。


 それで国王陛下に問うてみた。


『一つお伺いしますが、私に拒否権はありますか?』


 それは物柔らかな口調だった。彼は今や崖っぷちに追い込まれたも同然であったが、口調や物腰には余裕があり、いつもの彼と変わらない。


 機知に富んだ瞳は、穏やかな気配もありつつ、時折キラリと眩しく光る。落ち着いた声音には知性が滲んでおり、それでいてどこか冗談交じりのような、のらりくらりとした掴み所のない感じがするのだった。


 国王陛下はクロードを眺めながら、『四男、二女――六人いる子供の中で、クロードが一番、複雑怪奇だ』と考えていた。『それでいて、実は誰よりも一番、正直である』と。――生真面目で実直、というのとも違うのだ。クロードは本心をあまり見せぬ男だが、それでいて親しい人を裏切るようなことは絶対にしない。冷めているように見えて、実は熱した鉄のようなところがある。


 陛下は息子にニヤリと笑いかけ、


『もちろん拒否権はあるよ。――全てお前の思うとおりにしていい。なんなら報告も必要ないぞ』


『なるほど。承知いたしました』


 クロードは礼をとり、一旦下がることにした。『拒否権はないぞ。思い切って、死んでこい』と言われたほうが、気楽だったかもね……などと考えながら。


 ――そして執務室に戻り、今に至る。


 側近のミラーが調べものを終えて部屋に入ってきた。


「良いニュースと悪いニュース、どちらから聞きたいですか?」


 十歳上のミラーが真顔で尋ねてくるので、クロードは端的に答えた。


「良いほうから」


「お相手のパトリシア・カミングスは美人だそうです。良かったですね」


 まるでテンションが上がらない。クロードは顔色ひとつ変えずにその報告を聞いていた。淡々と促す。


「悪いほうのニュースは?」


「性格に難あり、ですね。ものすごく陰気な女性らしいですよ。『笑わない女』と呼ばれているとか」


 ほう……クロードの瞳がキラリと輝きを増した。口の端が僅かに上がってもいる。


 ミラーはあるじのそんな様子を眺め、思わず眉根を寄せていた。


「……今の、喜ぶところですか?」


「ちょっと面白くなってきたじゃないか。僕は今ので、パトリシア嬢に少し興味が湧いたぞ」


「クロード殿下は性的趣向が歪んでらっしゃるのでしょうか」


 なかなかに無礼な毒をミラーが吐いてくるので、クロードは半目になり、トントンと指で執務机を叩いた。


「あのな。僕の気性が穏やかで、本当に良かったよな」


「なぜです?」


「現状、お前の首と胴は離れていない」


「あのですね。殿下はご存知ないようですが、私はアストリュック国一、空気を読める男なのですよ」


「へぇ? そうは見えないが」


「殿下が私の首を刎ねることはないと分かっているので、こうして軽口を叩いているわけです」


「首を刎ねるつもりはないが、いい加減、給与をカットしてやろうかな」


 この脅し文句は効いたようで、ミラーが途端にかしこまった態度を取り始めた。咳払いをし、気をつけの姿勢を取る。


「……クロード殿下は陰気な女性に睨みつけられると、胸が弾むのですか?」


 表向きかしこまった態度を取ってみても、言動に遠慮がないところは直らないのだなと、クロードは感心してしまった。それはミラー自身に、『ズケズケものを言っている』という自覚がないせいかもしれない。


「別にそういう訳じゃない。そりゃあ理想を言うなら、朗らかで親切な女性のほうがいいさ」


「そうなんですか? 殿下のリアクションが正反対だったもので……」


「明るい、暗い、なんて主観的なものだからな。程度にもよる」


「ですが、周りの皆が『陰気』と言うくらいだから、やはり度を越して陰気なんじゃないですかね?」


「かもな。けれどどのみち本人に会ってみないとよく分からないことだろう。――心配性の度合いが他人より強いとか、少々潔癖というくらいなら、個性の範疇かなとも思うが」


 そう返すクロード殿下の言葉には、本心とは少しずれたことを口にしているかのような、どこかあしらうような響きがあった。


 ミラーは『我があるじながら、やっぱり変な人だな』と若干失礼な感想を抱いていた。割と厄介な状況に置かれているのに、クロード殿下の口角は僅かに上がっているようにも見える。


 そしてつき合いの長いミラーには分かっているのだが、殿下がこういう顔をしている時は、意外と要注意なのだ。静観しているように見えて、火中の栗を拾うような真似をしたりするから。


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