第18話 今宵、運命が決まる
アレック殿下はファーストダンスをロザリーと踊った。二人はつき合いたての恋人同士というような、キラキラの空気を振りまいていた。
とある皮肉屋の紳士は、踊るロザリー嬢を眺めながら、こんなことを考えていた。――どうにもパッとしない娘だな、と。
彼女の髪は癖がなく真っ直ぐなのだが、絹糸にたとえられるほどには艶がない。少し毛量が少ないこともあって、少女めいていると感じるところはあっても、ゴージャスさには欠けていた。
彼女は前髪を作っていて、それが部分的にピンピンと上に跳ね返っていたりしているので、なんともいえぬ野暮ったさがあった。そしてその『なんともいえぬ野暮ったさ』は、彼女の全てにいえることだった。顔の作りのせいなのか、なんなのか。
そもそも黒髪自体が、彼女の顔とマッチしていないように思われた。知的でキリっとしているわけでもないし、その逆に、キュートな方向に振り切れているわけでもない。
確かによく見れば、可愛いは可愛いのだ。――要は好みの問題だろう。『野暮ったい』という評価も、この紳士が要求するレベルが高すぎるだけで、意地悪な見方ではあった。
ロザリーはそれなりに愛らしい顔立ちをしていて、鼻筋も一応通っているから、外見は十人並み以上である。それは疑いようもない。彼女を気に入る男がいるのも、紳士は当然理解していた。しかし『それほどの女か?』という感じなのだ。
――『殿下は下町の濃い味の料理を食べたような気分なのでは?』――皮肉屋の紳士はさらに考察を進める。上流の洗練されたものに慣らされている身で、塩や調味料が多くかかったパンチの利いた料理を出されれば、驚きを覚えて当然だ。ハッと目を覚まさせられたような、そんな心地でいるのかも。
けれど生まれ育った過程で築かれたベースの部分は、結局のところ、消え去ることはない。やがてそこに回帰する。新しいものは、ショッキングで一時心を揺さぶるかもしれないが、その刺激にはやがて慣れてしまうものなのだ。
しかし紳士は賢く口を閉ざすことにしていた。ロザリー嬢のことを『少々野暮ったい』と思ったとしても、隣人と話す時は『溌剌とした、魅力的な令嬢だ』と心を込めずに賛辞するし、本人や殿下の前でもそう思っているように振舞う。なぜならば、そうしておいたほうが得だから。――アレック殿下がこのまま目を覚まさない場合、ロザリーが将来の王妃殿下となる。となれば、今のうちからこうべを垂れておいたほうが無難である。
皮肉屋の紳士はチラリと壁際に視線を走らせた。――パトリシア・カミングス――おやまぁ、かわいそうに! 彼女の上半身はどうなっているんだ。露出している肌と、服に覆われている部分、果たしてどちらのほうが多い? それでいて驚いたことに、パトリシア・カミングスは優雅さを失っていない。――お嬢さん、あなたは確かに美しく気高い――けれどこの上なくみじめな状況だ。
彼女は今ここで、人生の岐路に立たされているのだが……本人は気づいているのかな? どうなのだろう。紳士は物思う様子で、パトリシアを眺めた。
今宵は皆が殿下の動向に注目している。
これまではパトリシアに対する態度を決めかねていた保守的な層も、そろそろはっきりさせたいと考えているはずだ。今夜のパーティーで、アレック殿下がパトリシアを拒絶すれば、それが結論とみなされる。たとえアレック殿下自身にその覚悟がなくとも、周囲はもう待つことはしない。なぜならこの状況に、皆、うんざりしているからだ。
皆が一斉に『右にならえ』を始め、パトリシアは貴族社会から弾き出されることになる。――現状でもすでに『針のむしろ』と本人は思っているかもしれないが、明日以降は、『前はまだマシだった』と過去を懐かしむことになるだろう。
パトリシアはアレック殿下に必死で媚びるべきだと、皮肉屋の紳士は考えていた。彼女が生き残るには、もうそれしか手立てがない。アレック殿下の情けに縋るのだ。
それができないような愚かな娘にも見えないので、パトリシアはきっとなんとかするのではないか……ロザリーよりもパトリシアを心の中で推している紳士は、こっそりとそんなふうに期待するのだった。
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