第13話 無視されて悔しいロザリー


 パトリシアに魅了されているアレック殿下とマックスの目を覚まさせてやらなければならない。


 どうしたものか、とロザリーは頭をフル回転させる。しかしこれぞというアイディアは浮かんで来なかった。アレック殿下に可愛く話しかけたとしても、たぶん上の空で返してくるだけで、視線はパトリシアの尻から離さないだろう。


 とはいえ放置もできないので、やはりアレック殿下に話しかけるしか手はない。


「パトリシアお姉様は、何をなさっているのかしら?」


 ロザリーが問いを発しても、誰も答えてくれなかった。そして彼女は動揺し切っていたため、声は裏返り、大根役者が舞台に初挑戦したかのように、台詞が棒読みになってしまっていた。


 反応を確認すべくチラリと横を見遣るが、アレック殿下もマックスもこちらをまるきり無視している。悪意による無視ではなく、話しかけられたことにすら気づいていない様子である。……まぁこれは想定内の状況ではあるのだが、そうはいっても、ロザリーにはなかなかのダメージだった。


 ロザリーは自分が空気になったような錯覚を覚えた。それで、ものすごく腹が立ってきた。


 ……これじゃあ、そこらを飛んでいる羽虫のほうが、よほど注目を集められそうよ! こんな扱いを受けるだなんて、屈辱! こっちを見なさい、こっちを!


 ロザリーはふてぶてしく口角を下げ、嫌な目つきで男連中を眺める。これまで彼女が人に見せたことがないような、可愛げの欠片もない膨れツラだった。


 しかし幸いなことに、アレック殿下もマックスも、今はロザリーのことなどまるで眼中になかったので、この残念な顔面は見られずに済んだ。


「――私、パトリシアお姉様が何をしているのか、すごく気になるわ! ち、近くで見てみよう、っと!」


 ――こうなったらもう、スマートさは欠くものの、最後の手段だ。


 声のボリュームを上げてそう宣言してから、飛ぶような足取りで前に出る。ほとんど小走りで、ロザリーはパトリシアのほうに近づいて行った。ケイレブ聖泉の周囲は芝生を敷き詰めてあるので、急ぎ近寄っても足音はほとんどしない。パトリシアはロザリーの接近にまるで気づいていないようだった。


 パトリシアの背後に佇み、ドレスの裾を整えるフリをして、スカートを扇のように広げる。


 そう――ロザリーの計画は、シンプルそのもの。


 パトリシアの悪魔的な尻を、こうしてロザリーが壁となって遮り、後ろにいるアレック殿下たちから見えないようにしてしまうのだ。視覚から入る刺激が途切れれば、アレック殿下もマックスも我に返ることだろう。


 ……一体この女狐、何をしているのかしら?


 ロザリーはこうして近寄ってみて、先程よりも強い興味を引かれていた。眉根を寄せながらまじまじと眺めおろす。


 するとパトリシアの顔が、ほとんど泉の水面に触れそうなくらいに接近していることに気づいた。


 つまりパトリシアは泉に顔をつけるために、こうして尻を立てていたのだ。このポーズを取るのが目的ではなく、頭を下げ、身を乗り出したことで、自然と腰が上がってしまったということだろう。


 ロザリーから見たパトリシアという女は、他人からどう見られるかということに、いつも無頓着だった。――ありのまま正直。飾らず。実直。


 だからこそロザリーがつけ入る隙があったのだともいえる。ロザリーは周囲に向けて、言葉少ななパトリシアの空白部分を埋めていった。


 パトリシアと関わったことがある人に、『彼女、皆の前では黙りこくっていますが、裏ではこんな不満を漏らしていましたの!』だとか、『先程の困ったような彼女の顔を見ましたか? 内心では、聖泉礼拝を行う高貴な自分が、下々の者と交流しなければならないのは、うんざりと思っているみたいですね! だって彼女自身が、陰でそう言っていましたもの』だとか。


 しかし今回は、パトリシアの無頓着さが原因で、とんでもなく破廉恥な空気を作り出してしまったわけだ。彼女はありのまま、いつもしているとおりのことをした。


 それは計算高いロザリーからすると、脅威以外の何ものでもなかった。――異性からそれをどう見られるかも考えず、このような艶めかしいポーズを平気で取れてしまう。普通ならば背後にアレック殿下たちがいるのだから、尻を突き出すことに躊躇いを覚えてしかるべきなのに。


 ――パトリシアは泉に接近した状態で、祈りの言葉を唱えているようだ。敬虔な教徒とはいいがたいロザリーであっても耳馴染みがある、最も代表的な祈祷文を。


 こちらがヤキモキしているのに、我関せずという様子で祈りを捧げているパトリシアのことが、どうしようもなく憎くなってきた。


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