第10話 実はロザリー、大したことは言ってない


 儀式を開始してから十五分ほどが経過していた。


 聖書を朗読しているあいだは、心から祈り、そしてパトリシア自身が言葉を発していることから、背後のお喋りを気にしている余裕はなかった。それはパトリシアにとっては幸運だったかもしれない。聞いてしまえば、集中力を乱されて、朗読をつかえてしまったかもしれないから。


 朗読を終えたので、次がメインだ。――パトリシアは深呼吸し、気を引き締めた。いつもこれをする際は、ひどく緊張する。パトリシアが一日をどう過ごしたか、きちんと清くあれたかを、厳しく問われる瞬間だからだ。


 このパートは『感謝』と『交流』を意味する。


 瞳を閉じ、精神統一して、さぁ始めようと目を開いた瞬間、喧騒が戻った。背後から響いて来る、無粋な喋り声。


『アレック殿下、解説していただけると助かります! パトリシアお姉様は、先ほどまで聖書を朗読なされていたようですが、もう終わりなんですかね? なんかもっと……心を込めて、長く続けるものとばかり。ちょっと……やっつけ? な感じ?』


 ロザリーたちはパトリシアがいる泉のほとりから、十メートルばかり後方にいるはずだ。


 ……それにしても声が大きい。かなり距離があるといえばあるのに、しっかりと聞き取れる。


 先程は聖書を朗読していたとはいえ、ロザリーのキンキン声が気に障ることもなかったので、パトリシアの注意力だけの問題ではなさそうである。ロザリーが音量を調整しているのかもしれない。つまり今はこれらの会話を、パトリシアに聞かせたがっているのかも。


『ロザリー。もうあまり期待しないほうがいいんじゃないか? 聖書の朗読ならば、たぶん子供でもできる。君が学ぶことは何もないと思うが……』


 アレック殿下の少し困ったような声。彼自身が儀式をよく分かっていないので、『解説してください』と言われて戸惑っているのだろう。


 これについてはパトリシア自身もおおむね同意だった。変に期待されても困る。


 泉に浮かんだ葉っぱの上をトントンと飛び跳ねながら移動し、水に落ちることなく向こう岸に渡るだとか、念力を捻り出して大量の蝶々を呼び寄せるだとか、そんな『あっと驚く展開』にはならない。


 ――サプライズを期待しているならば、ロザリーはサーカスに行くべきだとパトリシアは考えていた。象でも見て、『わぁ、大っきい! ロザリーの百倍大っきい!』とか言っているほうが、楽しめるのではないだろうか。


 それに今回の見学は、あくまでもロザリーが希望したことである。こちらがロザリーの首ねっこを押さえて、『さぁ見ろ! 目を逸らすな!』と強要しているわけでもないので、いちいち『期待外れ』みたいに皮肉らなくてもいいと思うのだ。……飽きたなら、当てこすらずに、そっと帰ればいいのでは?


 冷めきっているパトリシアとは反対に、『もう、ぷんぷんだぞ!』みたいな変なテンションで、エキサイトするロザリー。


『アレック殿下、だめです! 意地悪を言っては! パトリシアお姉様の出来があんまりだからって、子供以下の仕事ぶりだとけなすなんて! かわいそうな人を笑っちゃ、だめ!』


 グイグイ行きすぎ感はあるが、それでもロザリーのきゃんきゃん声は男心をくすぐる中毒的な甘さを含んでいるので、内容は若干無礼で面倒であっても、男性は怒るに怒れないかも……という絶妙なラインを突いてくる。


 彼女はいつも大したことは言わないし、文言そのものをじっくり吟味していくとかなり微妙なのだが、言い方や態度が堂々としているせいか、それなりの説得力を持って相手に届けることができるのだった。ある意味ロザリーは、スピーチの天才なのかもしれない。


『ああ、すまない。そんなつもりでは……』


 アレック殿下もたじたじである。


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