第7話 ケイレブ聖泉
ケイレブ聖泉の周囲、上座にあたる部分の半円を、巨大な石碑がずらりと立ち並び、取り囲んでいる。それはなんとも意表を突く光景で、どこかの古代遺跡にも様子が似ていた。
聖泉礼拝は何も特殊なことを行うわけではない。
パトリシア自身は誰かの前で特殊性を強調したこともなかったのだが、『聖泉礼拝はなんだかすごいことをやっているらしく、それを任されたパトリシアは分不相応に得意になっているらしい』と周囲から勝手に思い込まれてしまった。
パトリシアの前任を務めていたのはグレース王太后(アレック王太子の祖母)であり、王太后はまだ存命であるのだが、病弱なため今は聖泉礼拝をしていない。
王太后が臥せりがちになった五年程前に、後任としてパトリシアが抜擢された。パトリシアは当時十四歳という若さだった。
聖泉礼拝の任に就くということは、将来王妃になることを意味する。そこでアレック殿下とパトリシアの婚約が速やかに纏められた。
本来ならばグレース王太后殿下は、聖泉礼拝の儀式を、パトリシアだけでなく、息子である現国王陛下、その妻であるクロエ王妃殿下、そしてその子供であるアレック殿下にも習得させるべきだった。しかしグレース王太后殿下はそれをしなかった。
習得させないどころか、王太后殿下は非常に厳格な人で、クロエ王妃殿下、そしてその子供であるアレック殿下に対し、『あなた方には到底務まらない』と厳しく突き放しもしたらしい。
そう言われてしまった彼らのやるせなさは、いかばかりであっただろうか。
本人たちはやる気があるのに、一方的に『資格なし』と断じられてしまったのだ。一度やってみた上でだめだった、ということもなく、チャンスすら与えられずに。
これにより彼らが抱えることになった鬱屈は、全てパトリシアに向くことになる。
アレック殿下たちはパトリシアをねぎらうどころか、『儀式を任されて得意になっている、滑稽なパトリシア。実際のところ、大したことはしていないのに』と考えたがった。役目を外された者たちは、そうしてパトリシアをくさすことで、高いプライドをなんとか保つことにしたのだ。
こんな状況で、パトリシアが得意になれるはずもなかった。ただただ苦痛で仕方なかった。
聖泉礼拝自体、楽しいお役目でもなく、つらい部分が多いのに、グレース王太后殿下以外にそれを認めてくれる人はいない。高熱が出ても休めない。そして一切の嘘が禁じられる。あまりに報われない立場だった。
パトリシア個人としては、グレース王太后殿下に対し、『クロエ王妃殿下とアレック殿下には、せめて習得させるべきでは?』と言いたい気持ちはあった。しかしパトリシアの立場で、そのような生意気を言うことは許されない。
クロエ王妃殿下とアレック殿下ですら、グレース王太后殿下に物申せないのに、格下のパトリシアがそれを言えるはずもないのだった。
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