十二話 決戦
中天に座した太陽が、真上からコロッセオ型おフェンシングフィールドを照らす。
正午。
百周年記念夏季全校おフェンシング大会も、この一戦で終わる。
季節は夏のど真ん中。
観客席は快適な温度で保たれているが、フィールドにそんな甘えはない。
睨みあう両雄、否、両令嬢は、夏の熱に包まれている。
「よく、ここまで来ましたね、庶民級」
対面、十メートルほど先。プラチナブロンドの長い髪を、まとめることなくストレートに流した王族級、学園代表が、完璧な微笑を浮かべる。
「下手な芝居は結構ですわ」
ユチナは、切り捨てた。
「――そうか。なら、素でいかせてもらおう」
瞬間、学園代表の表情が変わる。
微笑の裏に隠されていた、侮蔑と嘲笑が顔をだす。
ユチナのお姉さまでも、王族級でもない、コアの表情だ。
「一つ、気になっていたことがあるんですわ」
ユチナの姉を操るコアは、顎で先を促した。
「貴方の目的は、私のような庶民級が現れない、みんな頭がいい世界をつくること、ですわよね?」
実況と解説が、二人の紹介を始める。
会場のボルテージがますます上がっていく中、それを全く意に介さず二人は向かい合う。
「概ね、間違いではないな。コアが導く、という大事な点が抜けているがね」
「そのために、正直私には何がどうつながっているのかさっぱりわからないんですわけど……お姉さまを操っている」
学園代表は、嘲るような顔をしながら頷く。
「それなら、どうして私に、わざわざ酷い事をしたんですわ?」
学園代表の表情が、固まる。
「もし貴方が、あんなに突き放すような、私を絶望させるようなことを言わなければ……もしゆっくりと距離を取るように演じていたら、私はここまで来れていませんでしたわ」
もしあの時、訓練期間が終わって、久しぶりに会うという時。冷たく突き放されていなければ、庶民級だからと嘲られていなければ、死に物狂いで練習することはなかっただろう。貴族級になるために、あそこまで必死になることは、なかったはずだ。
王族級の顔が、能面のような無表情になった。
「私、考えたんですわ。お姉さまを貴方が操り始めてからも、元からお姉さまが持っていた人気を貴方はそのまま持っていますわ。それは、今の会場を見たらまるわかりですわ」
観客席からは、多くの声援が飛び交っている。
ユチナを応援する声もあるが、学園代表に対する黄色い声の方が、よほど多い。それも、上は大貴族級から、下は庶民級までだ。
「リル先輩も言っていましたわ。お茶会に招かれた時、すごいと思っても、そんな人だとか、人が変わってるとか、疑いもしなかった、って」
貴族級四年生ですら、何の疑問も抱かなかった。それほどの擬態。
「誰も、お姉さまが貴方になったなんて、気づけなかったんですわ。つまり誰も、階級で差別するような人だとも、感じていないんですわ」
一呼吸、置く。
核心を突く。
「貴方はどうして、【私にだけ】そんな態度を取るんですわ?」
相手を、見つめる。
学園代表は、袖を捲って腕輪を見せた。
「答える必要はない。始めよう」
学園代表の、青色に偽装されたコアが光り始める。
ユチナは、首を横にふってから応じた。
ユチナの左手で、赤いコアが輝きを放つ。
「おフェンシング、エト・ヴ・プレ」
「ウィ」
『決闘受諾、おフェンシングスーツ、装着開始』
ユチナの制服がはじけ飛ぶ。突然舞いだした薔薇や百合の花吹雪が、裸体を隠す。
『おフェンシングフィールド……検知。場外、なし』
舞い狂う花びらが上半身を覆い隠し、また散る。紺色のブレザーが装着される。
『決闘形式……一対一』
足元で渦を巻き始めた花びらたちが高さを増し、編み上げブーツが、白いニーハイソックスが、スパッツが、次々と身につけられ、腰の周りにまとわりつき赤いララ・スカートを生み出す。
『装着シークエンス――』
空間に満ちていた花吹雪が、頭上の一点に集中し、降り注ぐ。
花の奔流の中、ユチナは腰のソードを、新たな愛剣を抜いた。
『――完了』
瞬間、花びらたちは散り、背中で真紅のマントがたなびき、目元を白い半仮面が覆う。
ブレザー、スカート、ソックス、ブーツ、マント、仮面、そしておフェンシングソード。
そこまでは、いつもと同じだった。だが今日は、一つだけ、違う。
ユチナは、既に準優勝以上が確定していて、スーツのチューンが許されていた。
『三、二、一……』
視界の左上に、一〇〇の数値。
それを確認してから、ユチナは確かめるように自分の後ろ髪、唯一のチューンを触った。
揺れる赤髪のポニーテールは、青いリボンで結ばれている。
『おフェンシング、決闘開始(アレ)』
ユチナの瞳が、真っ赤に燃える。
同時刻、四人は空を飛んでいた。
「野生のボットって、どういう意味でして!?」
「あっはっはっはっは! ね!」
「いやはや、まさかボットに乗って空を飛ぶ日が来るなんてね……イエなら喜ぶのかな?」
「……………………………………高いな」
彼女たちを飛ばしているのは、緑のコアを持つ旧世代ボットの集団だ。
『もう一度確認しますが、私たちは戦闘には参加いたしません』
先導していた唯一の青いコアを持つボットが、念を押した。
「いやいやいやいや! 運んでくれるだけで大助かり大助かり!」
『第七世代マザーコアの打倒は、我々の利にもなるというだけです。貴方がたがミッションに失敗しても、我々は一切の関与をしません』
「というか、普通にこのボット喋ってましてよ!?」
ガヤガヤとにぎやかに、一行は王族級のエリアに向かう。
「はッ!」
学園代表が、スタンダードな刺突剣型おフェンシングソードで突きを放つ。
鋭く、速く、美しい、王族級にふさわしい突きだ。
「見えますわっ!」
しかし、ユチナは弾く。ヤギューインとの練習で受けたものに比べれば、遅いと言っても過言ではなかった。
「ですわッ!」
今度はユチナが突く。血のにじむような努力が形となった、王族級と遜色のない突きだ。
「ふっ」
それでも決まらない。ステップで間合いを外される。
「――でッ!」
だが、それで終わりではない。追撃の下段薙ぎが放たれ、反応が遅れた学園代表を掠める。小さな白百合が舞い、僅かだがバーが短くなる。
「……ほう」
学園代表が感心したような声を上げるが、その表情は余裕そのものだ。
(……)
ユチナは、油断のない目つきで相手を伺った。
飛び去っていく野生のボット達を見送った一行は、既にスーツを装着している。
「こう、これで、いけましてよ!」
シノノメインが腕輪を操作し終えると、王族級エリアの建物たちにノイズが走り、ホログラフィックだったそれらが彼女たちからは見えなくなる。
その結果、残ったのは時計塔だけ……ではない!
「なるほど、バレてたってわけだね……」
ホログラフィックに隠れていたのは、無数のボット、ボット、ボット!
百を超すような数の各種ボットが、一斉に起動して迫る!
まず、近くにいた一機の風紀委員ボットが、アームを伸ばしながら接敵し――。
「君、仲のいいお友達がいるようだね」
突然、学園代表が口を開いた。
「今、ボットたちが大歓迎してるはずだ――よ!」
言葉の途中でユチナに踏み込み唐竹割!
高速でソードが振り下ろされ……。
「……心配して隙を晒さないなんて、やはり君は薄情で愚かな存在だ」
難なく防がれた。
「信頼ですわっ!」
一機の風紀委員ボットが、アームを伸ばしながら接敵し――。
「がァッ!」
バラバラになって吹き飛んだ!
やったのはもちろん、二メートル近い身の丈をも超す、極大剣を振るったカーラだ。
「ごめんね、今日はぶっ壊しちゃうよ!」
褐色肌の大女は凶悪に笑い、時計塔に突き進んだ。
幾度となく大剣が振るわれ、半袖ブレザーから覗く筋肉が躍動する。
その後ろを、三人が続いた。
「どラァッ!!」
まるで障害など何もないかの如く進んだカーラは、その勢いで時計塔の扉もぶち壊した。
「ここはアタシに任せて! みんなは大ボスをお願いね!」
そこで振り向き、未だ数えきれないほど残るボット達に向かって構えた。
「だァッ! がッ! どりゃァ!」
迫りくる無数のボット達を蹴散らすカーラ。
三人は何も言わず、時計塔に入っていき――その背中にチョーク連射が迫る!
「まずっ――」
ボット本体に気を取られ、飛び道具を許してしまったカーラ!
「――ふっ!」
その全てを、リルの二刀が叩き落とす!
「やっぱり私も残ろう。二刀流は防御が得意なんだ、背中は先輩に任せてくれていいよ」
「いいねいいね! 最高――だァッ!」
決勝戦は静かに、しかし着実に進んでいた。
「ですわッ!」
再びユチナの攻撃が掠り、僅かに花びらが舞う。
頭上のバーは、学園代表が六割、ユチナが九割といった具合になっていた。
明らかな劣勢、だが学園代表の表情は変わらない。余裕のままだ。
「思っていたより、更に成長しているな。苛立たしい」
何も答えず、ユチナはソードを構える。
「でもね、無意味なんだ」
学園代表が構え、踏み込んだ。
確かに速く、鋭いが、もう何度も見ている。既に、見切った!
ユチナは、まるでヤギューインのように、半仮面一センチ先で躱し――。
「――ッ!?」
花びらが舞った。
ヤギューインとシノノメインの姉妹が、暗い階段を降り切った。そこには。
「き、聞いてなくってよ!?」
生気のない瞳をした、無数の少女たちがスーツを着て剣を構えていた。
慌ててシノノメインが周囲を確認する。
ガラスの柱はある。だが、その中に少女がいない。
「……構えろ、妹よ」
ヤギューインの声は、既に臨戦態勢。鋭く、張りつめられている。
「……! はいでしてよ!」
シノノメインも、覚悟を決めた。
「はははっ!」
学園代表が剣を薙ぐ。
ユチナはバックステップで躱すが、白百合が微かに舞う。
「ッ! でッ!」
ユチナが反撃の突きを放つ。
学園代表の後退は僅かに間に合わず、剣先がスーツを確かに掠めた感触。
「……やってくれますわ」
だが、花びらは舞わない。
学園代表は、醜悪に笑っている。
「私はマザーコアを、システム中枢を掌握している。こうなることも予想できないとは、やはり君はどうしようもない」
明らかな異常、無法行為だった。
だが、観客たちは気づいていない。なぜなら、ギリギリの部分でしかイカサマをしていないからだ。
ホロスクリーンの映像も誤魔化されており、本人たち以外気づきようがない。
ならば、誤解しようのない一撃を当てればいいが、そうはされないように学園代表が立ち回っているため、難しい。
ユチナは、ちらりと関係者席のトモをみた。
彼女は、撮影もせず手を組んで勝利を祈っていた。
「……! ……っ! ……はぁ!」
まさに、鬼神が如き戦いぶりであった。
多対一などという言葉では生ぬるい数の暴力を、個の暴力が押しとどめている。
「……つまらん! 意志のないおフェンシングはつまらん!」
ヤギューインが、最強の女が叫ぶ。
無数の突きを、払いを、振り下ろしを、体術を、全て捌き、反撃を入れてすらいる。
「……ユチナさんには悪いですけど、ヤギューインお姉さまがやっぱり一番でしてよ!」
自らの姉の最強ぶりを再確認し、マザーコアに向かって走る。
無数の少女たちは、一切足を止めずに暴れ回るヤギューインが、全て食い止めていた。
妹の方を見ようものなら、次の瞬間には戦闘不能になっている。
やがてシノノメインの目の前に、巨大な青いコア。第七世代マザーコアだ。
「後は、これをハッキングすれば終わりでし――てぇ!?」
突如迫った剣先を、なんとかしゃがんで躱した。
「……やるしかなくってよ」
マザーコアの背後に隠れていた、操られし王族級少女が、剣を構える。
体格で劣る、豊満なりし少女も、応じた。
「無様だな、庶民級」
躱す。花びらが散る。左上の数値が減る。
ユチナの頭上のバーは、そろそろ赤色。対して学園代表は、半分以上残っている。
「……もう終わらせよう」
王族級が、残酷に構えた!
「っ!?」
シノノメインは、押されていた。
ヤギューインが相手にしている無数の少女たちと、マザーコアの背後に潜んでいた少女では、はっきりと動きが違った。最後の守りを任されているだけのことはあったのだ。
「……」
感情のない瞳で、操られた少女が攻める。
「――でっ」
シノノメインの剣が下から上に跳ね飛ばされ、素手になったシノノメインは――。
「――しっ」
ヘッドバッド!
「――てぇええええ!!!」
追撃の強烈な体当たり! 姉ゆずりの鉄山靠(てつざんこう)だ!
吹き飛ばした相手に見向きもせず、飛ばされた剣を探した。
「あぁ!?」
しかし愛剣は、はるか後方の上空。姉の戦場の上。取りに行くのは不可能だ。
そして、さらにマザーコアの後方から、援軍の少女が向かってくるのが見えた。
このままでは、ジリ貧だ。
「はッ!」
その時、ヤギューインが剣を投げた。その先は、マザーコアだ!
いくらヤギューインといえども、徒手空拳でこの人数を捌ききることはできない。
これは乾坤一擲、イチかバチかの賭けだ。
一縷の望みを乗せ、ぐんぐんと進んだ剣は――しかし途中で少女の一人に反らされた。
このままでは、当たらない!
「妹ッ!」
数の暴力に飲み込まれながら、ヤギューインは叫んだ。
シノノメインは、高速で飛来する姉の愛剣を。
「はいでしてぇぇええええええ!!!」
掴み、マザーコアに叩き込んだ!
「頑張れッ! ユチナさんッ!」
トモの声援が聞こえる。
眼前に迫りくる刺突を、ユチナは再び紙一重で躱し――花びらは舞わない!
「なにッ!?」
ついに余裕の表情を崩した学園代表に、反撃の刺突が刺さる!
「ですわぁぁあああ!」
『エクセレント!』
大輪の薔薇が飛び、高得点ボイスが響く!
学園代表の頭上バーは、いきなり赤! 危険域だ!
学園代表は素早く後退し、庶民級を睨んだ。
「こんなことをされることくらい、みんなが予想していましたわ!」
そう、おフェンシングの判定に細工をされることなど、予想済みだった。
関係者席を見る。トモが腕輪の画面を、サロンを見ながら親指を上げていた。
表示されているのは、シノノメインから送られた任務完了を示す隠語。
つまり、先ほどの声援は、ただの応援ではない。雌伏の時が終わったことを示す、反撃の狼煙だったのだ。
それを理解したらしい学園代表は。
「君は……貴様は……」
憤怒の表情で、ユチナを睨み、叫んだ。
「何度私を苛立たせれば、気が済むのだぁッ!」
「何を言って……!?」
瞬間、今までとは比べ物にならないスピードで、踏み込んできた!
「カスが!」
「でッ!?」
強烈なサイドキックが、腹部にめり込む!
吹き飛ばされたユチナを追わず、学園代表は、怒れるコアは、血涙を流した。
「これは、限界を超えた力だ。この人の身体すら傷つける、な。出来れば使いたくはなかったが、貴様がすべて悪いのだッ!」
立ち上がるユチナに、言葉を、感情を叩きつける。
「この人は、この人こそは次世代の人類の模範になるべき人間! 全ての人類を導く立場にあるべき、最も優れた人間なのだ!」
「……貴方は、お姉さまを」
直後、学園代表の拳がユチナの顔面に叩きこまれる。
「貴様如きが姉と呼ぶなッ!」
顔面保護シールドから火花を散らせながら、ユチナが転がる。
学園代表は、肩で呼吸しながら、己の激憤をなおも吐露する。
「何故、何故よりによって貴様なのだ!」
再び立ち上がるユチナのゼロ距離に、瞬時に詰める。
「間抜けで愚かな、庶民級になるような存在にぃ! 選ばれしものであるこの人がッ!」
拳を、蹴りを、得点にならない体術を放ち続ける。甚振るためだけに。
「でぁっ!?」
フィールドを囲う透明な壁に叩きつけられたユチナに、大きく拳が振りかぶられる。
「特別な感情を向けるなどぉッ! あっていいはずがないッ!」
それは、そのコアにとって、到底受け入れられないことだった。
次世代を担う計画の、唯一の成功体であるコアにとって、人間も、他のコアも、劣った存在としか思えなかった。
そんな選ばれし自分が、認めざるを得ないほど、見惚れるほど……コアにはあり得ないはずの感情を抱いてしまうほど、完璧な少女が――。
――何の取柄もない、むしろ問題児に、好意を、愛を注いでいる。自分ではなく。
だから、自分が本物になろうとした。マザーコアに反旗を翻してまで、【正しい彼女】を実現しようとした。だから、彼女が間違ってしまった元凶である少女を、出来る限り傷つけ、出来る限り遠ざけ、出来る限り嫌がることをした。
「……身勝手な、ことをッ!」
間一髪、首を傾げて拳を躱したユチナが、叫び返しながら距離を取る。
それを見送った学園代表は、深呼吸した。
「……熱くなり過ぎた。もう終わらせる」
「ですわぁ!!!」
庶民級の、どうしようもない少女が、あり得てはいけない練度の突きを繰り出す。
その突きを、跳ね上げた。
剣が、真上に飛ぶ。
ユチナの愛剣が、バーガーから貰った剣が、手を離れる。
学園代表は、邪悪に口の端を吊り上げ。
『跳べ!』
汚い言葉遣いの叫びが、響いた。
「ですわぁ!」
ユチナは一瞬の迷いもなく、跳んだ。
身体が異常なほどに跳ね、愛剣に手が届く。
その異様な光景を見た学園代表は、警戒して下がった。
ユチナは悠々着地し、腕輪に潤んだ視線を向ける。
腕輪は、赤いコアは、少々ばつが悪そうに、喋った。
『あぁー、わりぃ。ちょっと遅れたか?』
「ちょっとどころじゃないですわ!」
赤いコア、バーガーは、周囲の状況を素早く確認した。
『あぁ、うん。マジで遅れたなこれ。いや、すまん。ちょっと計算しててな』
「……計算、ですわ?」
『おう、あいつをぶっ飛ばすための計算だよ』
矢印スタンプが、胡乱な目でこちらを伺う学園代表を指した。
『盗んだデータ調べてたらよ、今のままじゃぜってえ勝てねえってわかっちまったから、完全に情報遮断して全力で計算してたんだよ』
「それじゃあ、最初から壊れたわけでもなかったんですわ……?」
『おう』
ユチナは、全力でコアを叩いた。
『おい!? 何すんだよ!? いたわれよ感動の再開だぞ!』
「当然ですわ! それなら、途中で一回くらい喋ってくれたって……」
涙を流す少女に、バーガーはぼそっと言った。
『……信じてたからだよ』
投影される、顔を赤くした猫ちゃんのスタンプ。
『ユチナ、お前なら絶対立ち上がるってな』
「バーガー……」
ユチナは流れた涙を振り払い、笑顔を作った。
『じゃ、軽くぶっ飛ばそうぜ、相棒!』
「……はいですわ!」
愛剣を構える。
それだけで、先ほどの数倍の力が湧いてくるような気分だった。
そんなユチナの様子を見た学園代表が、尋ねた。
「……さっきの跳躍、何をした?」
『あ? 何で敵に教えなきゃいけねえんだよアホか?』
激憤した学園代表が、恐ろしいスピードで踏み込んでくる。
『ユチナ、やりてえように動け。俺が【完璧に合わせる】』
剣先が迫る。バックステップで躱そうとする。身体が、思考のスピードと同じレベルの早さで動き、余裕をもって回避に成功する。
「どうなってるんですわ!?」
『お前の動きを完璧に予想して、全く同じ動きで俺がお前を操ってる。つまり、二人力ってわけだ。これが、俺様が計算して導き出した勝ち方ってことよ!』
「なるほどですわ!」
『けけけけ! お前はそれでいいぜ!』
学園代表が目を疑った。自分の、大切な人の身体を傷つけてまで得た速さと、同等以上のものを、何の痛痒もなく、庶民級が、失敗作のコアが、出している。
「貴様らはぁああああッッッ!!! どこまで私を惨めにぃいいいいッッッ!!!」
学園代表が、全身全霊の、渾身の突きを放つ。
(……理解はするぜ。でもよ、俺たちみてえなのは、本物にはなれねえんだよ)
しゃがむ。頭上一ミリを剣先が通過し、ポニーテールを掠めた。
真っ赤な髪が舞う。ユチナの瞳が、炎が光を放つ。
「ですわぁぁぁあああああ!!!」
最後の刺突が、終わりを告げる大輪の薔薇を咲かせた。
コロッセオ型おフェンシングフィールド、その中央。
多くの観客たちが見守る中、赤髪の少女の腕の中で、一人の少女が、目を開けた。
彼女は、少女の顔を見て、髪型を見て、愛おしそうに、笑った。
「……ユチナちゃん、大きくなりましたわね」
「……お姉さま、大好きですわっ!」
抱きしめる。
抱きしめ返される。
二人の姉妹は、今、ここに再会した。
『あーあ、お熱いでやんの』
人ならざるコアは、静かに揶揄する。自分が、そこに入れないと弁えているから。
「バーガーも大好きですわっ!」
そんな赤いコアに、ぎゅっと唇が押し付けられた。
時計塔の地下。第七世代マザーコアが填まっていた窪み。その大きさに対して小さすぎるビー玉大の赤いコアが、雑多な機械を組み合わせて、無理やり納められていた。
『解放された王族級のメンタルケアと就職支援と、どっかの大女が景気良くぶっ壊してくれたボットの追加生産と再配備と、その他雑多な学園中のシステムの運営……』
赤いコア、バーガーは罵詈雑言を飛ばした。
『俺を殺す気かふざけんな! いくらスペック的に俺しか出来ないっていってもまだやりようがあんだろ! てかなんで壊したんだよマザーコア!? 眼鏡を生贄に捧げろ!』
明るくなり、ガラスの柱もなくなったそこで、マザーコアの代わりをしなくてはいけなくなったバーガーの愚痴を聞かされていたユチナが、ため息を吐いた。
「また、今度トモを連れてきますわ。今日はお姉さまとお茶会があるんですわ」
聞き捨てならない汚い言葉を背中に浴びながら、胸に紫のリボンを揺らしてその場所を後にするユチナ。
大貴族級に昇進した少女が去った後、悪だくみする猫ちゃんスタンプが投影された。
時計塔の扉をくぐる直前、少女は腕輪に填まった、普通の青いコアを、寂しげに撫でる。
『どうした、俺様が恋しくなったか?』
「バーガー!?」
その青いコアが、汚い口調で喋り出した。
ゆののゴミ箱 湯野正 @OoBase
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