十一話 ユチナ


 目が、覚めた。

 がばり、と勢いよく上体を起こす。

 目覚めたユチナの視界に、眼鏡の奥で瞳を心配そうに揺らす少女が、映る。

「おはよう、ユチナさん」

 荒い呼吸を繰り返しながら、何があったのかを思い出す。

「その、昨日の夜、サロンにSOSメッセージが来て」

 左手を確認する。

「寮の外に出たら、玄関の前に、ユチナさんと、寮母ボットが、それで」

 腕輪がない。

「寮母ボットに、これが」

 前を見た。

 トモの手の上に、腕輪に填められた、ヒビの入った赤いコアが、あった。

「バー、ガー……」

 そっと受け取り、触る。

 ホーム画面が立ち上がる。

「その、填めてみたんだけど、それで、デバイスは、動くんだけど、その」

 何かをこらえながら、トモが、告げた。

「喋ら、なくて」

 ユチナは、腕輪をそっと抱きしめた。

「……朝食、貰ってくるね」

 部屋を出て、扉を閉めたトモの背中に、少女の慟哭が、届いた。


「それじゃあ、その、行ってくるね」

 トモが身だしなみを整え、部屋を出ていく。

 ユチナは腕輪を抱え、ベッドでうずくまっていた。

 やがて授業の開始を伝える鐘の音が聞こえたが、ユチナは動かなかった。

 しばらくして、何度も鐘が鳴ったころに、ようやく起き上がり、無感情に冷めた朝食を食べ、また横になった。

 ただ、横になり、呟く。

「大会」

 希望を失い。

「お姉さま」

 過去も汚され。

「……バーガー」

 師匠であり、悪友であり、頼れる相棒も、いなくなった。

 何もせず、ベッドで腕輪を抱いていると、トモが帰ってきた。授業を、一日休んだ。

 バーガーは何も言わない。

 放課後も、横になっていただけで、一切の練習をしなかった。

 バーガーは何も言わない。

 言っては、くれない。



 鐘が鳴り、放課後を告げた。しばらくして、部屋のドアが開く。

「あの、ユチナさん。もう、三日、だね」

 友人が、困ったような笑顔で告げた。

「授業! 分からなくならないように、ノートとか、私なりに纏めてみたんだよ!」

 腕輪を操作し、カラフルに色々と手書きで書きこまれた画面を、ユチナに向ける。

 しかし、ベッドの上の少女は、何も反応しない。

 トモは俯き、顔を上げ、無理に笑って何かを言いかけ、腕輪が鳴った。

「! ……ユチナさん、待っててね」

 そう言い残すと、トモは走り去っていった。


 最早、何をする気もおきなかった。

 お姉さまは、自分の意志で、学園代表をしている。

 頑張って、頑張って頑張って、貴族級への昇級を決めても、無意味だった。

 そもそもその昇級すら、赤いコア、バーガーが身体能力を向上させていたから。

 正々堂々、自分の力で勝たねば意味がないとうそぶいて、ずるをして勝っていた。

 その上、そんな自分の無茶な練習に、努力に、ずっと付き合ってくれた存在まで、自分を庇って、消えた。

 姉妹の愛も、自分の努力も、勝利も、全てが嘘、偽物だった。

 信じていた学園の理念も、そもそも学園自体が、おかしかった。

 何もない。

 何もする気が起きない。

 意味がない。

 横になり、腕輪を抱いて、ただ目をつむる。

「庶民級ッ!」

 そんな時、部屋の扉を、誰かが力いっぱい開けた。

「なんでして!? この廃屋みたいな寮は!?」

 ずんずんと踏み入ってきたのは、金髪を縦ロールにした豊満たる貴族級。

 シノノメインだ。

「三日も休むなんて、どういうことでして! わたくしがサロンのIDを、いえ、それはどうでもいいんでして……と、とにかく! 授業は、さぼってはいけなくってよ!」

 ユチナの顔が、上げられる。

 それを見たシノノメインが、息をのんだ。

「……ユチナさん、何が、あったんでして?」

「……私は、庶民級は、シノノメインさんが関わるような、人じゃないですわ」

 それだけ言うと、ユチナは再び横になった。

「っ! そ……そんなことは……」

 シノノメインは顔を赤くして反らし、しかし、前を向いた。

「そんなことはなくってよ! 庶民級に置いておくには惜しい、そんな人材でしてよ! それに、わたくしに勝ったのを忘れまして!?」

 それを聞き、ユチナは拳を握りしめ、解いた。

「全部、全部ずるだったんですわ。嘘だったんですわ。私は何もできない、庶民級の」

「なにを、言っているんでして?」

 ユチナは上体を起こし、バーガーを見せながら、赤いコアのことを説明した。

「だから、私が勝ったのは全部、バーガーのお陰。私には、何もないんですわ」

 説明を終え、再び横になろうとするユチナ。

 シノノメインは、目を見開き、それから、奥歯を噛みしめた。

 そして、ユチナの肩を掴んで無理やり前を向かせると、抱きしめていた腕輪を強引に奪い、走り去った。

「っ!? 何をするんですわ!?」

 慌てて起き上がり、なまった身体に苦戦しながら、シノノメインの後を追う。

 階段を駆け下り、廊下を走り、中庭に飛び込んだ。

「どうして!」

 叫ぶユチナの足元に、何かが投げつけられる。

 それは、おフェンシングソードと、青いコアが填まった自分の腕輪だ。

「わたくしと、おフェンシングなさい!」

「……なんで」

「受けなかったらこれを捨てまして。貴方が負けてもこれを壊しまして」

 シノノメインの手には、赤いコア。

「そんな!」

「黙って受けなさい! おフェンシング、エト・ヴ・プレ!」

 問答無用で向けられる腕輪。ユチナは歯噛みしながら、腕輪と剣を拾い、応じた。

「……ウィ!」

 花びらが舞い乱れ、スーツが装着される。

 開始の合図が鳴ると同時に、シノノメインが飛び出した。

「はァ!」

 凄まじい速さの踏み込み。

 ゴミ山の時よりも、一回戦で当たった時よりも、格段に速く、鋭くなっている。

 それは、努力の証。彼女が、あれからずっと練習を続けていた証明。

 刹那の間に間合いをゼロにし、突きが――。

「――ッ!」

 ――放たれる前に、ユチナの一撃が胸に突き立った。

 百本の薔薇の花束が浮かび、シノノメインのスーツが花と共に弾ける。

「……っ!」

 試合終了の合図と共に、表情を強張らせたシノノメインが、ユチナの胸倉を掴む。

「わたくしだって……わたくしだって練習しているんでしてっ!」

 その瞳には、こらえきれなかった悔しさから、涙が浮かんでいる。

「これでも、自分の実力が嘘だといえまして!? 全部コアのお陰だと言えまして!?」

 至近距離で叩きつけられる感情。ユチナは……。

「それでも……それでも全部、偽物なんですわ」

 泣き崩れ、地面にへたり込んだ。

「……本当に、何があったんでして?」

 シノノメインは困惑し悩み、手を伸ばしかけたその時、中庭と廊下をつなぐ扉が開いた。

「こんばんわー! ユチナちゃん元気―? いや、元気じゃないって聞いたから来たんだけどね! あっはっはっはっは!」

 現れたのは、褐色肌の大女だ。

 片手に果物が山盛りになった籠を持ち、呵々大笑している。

「あれ、何この状況?」

「カーラさん、ですわ……?」

 大女、三年生の大金持ち級、カーラが首を傾げた時、再び扉が開いた。

「やあ、ユチナ君。あの時妹が世話になっていたって今更聞いて……」

 やってきたのは、焦げ茶色の髪を短めに整えた、貴族級の少女だ。

「……取り込み中だったかな?」

「……リルさんまで」

 四年生、貴族級のリルが、焼き菓子の詰まったバケットを片手に苦笑いした時、三度、扉が開いた。

「……君とのおフェンシングが、忘れられないんだ。君のおフェンシングが好きだ」

 俯きながらドアを開けたのは、濡羽色の長髪を流した大貴族級だ。

「私ともう一度おフェンシングを……!」

 決意のこもった表情で、顔を上げる六年生、最強の女ヤギューイン。

 無敗だった女は状況を理解し、咳払いした。

「おフェンシングをしよう!」

 しかし特に言葉の内容は変わらなかった。

「ヤギューインさん……」

 ユチナの肩を、誰かが叩く。

 顔を向ければ、優しい笑みを浮かべた、シノノメインだ。

「……これも、全部偽物でして?」

 ユチナは……俯いた。

 その直後、今までで最も勢いよく、雑に、扉が蹴り開けられた。

「ユチナさんこれを……! って、え、なんで、こんなに、え?」

 登場したのは、両手で何かを持ったおさげでビン底眼鏡の少女、トモだ。

「あの、その……はい、これを」

 そそくさと近づき、ユチナに持っていた長い何かを渡す。

「バーガーさんの、プレゼントです」

 それは、おフェンシングソードだった。

「バーガー! でも、どうやって」

「あの、お姉さんの話をしてもらった次の日に、二人で調べて、寝てるうちにサイズを測ったりして注文していて。それが今日、完成したんです」

 ユチナは、鞘から剣を抜いた。

 持ち手は吸い付くように、手のひらにフィットしている。

 重心は、今まで使っていたお下がりのソードと変わらず、使いやすい。

 構え、振り、突いた。

 自分の身体のように、自由に動く。

「バーガー……」

 ユチナは剣を鞘に戻し、抱きしめた。

「ユチナさんの、お姉さまの話……ずっと気になっていたんだけど、結局踏み込めなくて。今回も、聞かなきゃいけないと思ってはいたのに、迷っちゃって……でも」

 トモが、手を差し伸べる。途中で躊躇わず、まっすぐ。

「何があったか、話してくれますか?」

 目の前に、ずっと陰で支えてくれていたルームメイト。

 周りを見れば、それぞれの理由で自分の元を訪ねてくれた、対戦相手たち。

 ユチナは、トモの手を取って、立ち上がった。

「……ここにいる全員に、聞いて欲しいですわ」

 全員に、頭を下げる。

 一人は若干顔を背けながら、一人は何度も、一人は妹の影を重ねながら、一人は真剣に、一人は優し気な笑顔で、頷いた。

「長話なら、紅茶でも入れよう。幸いお茶菓子は潤沢だからね」

 リルは、自分が持つバケットと、カーラの果物盛り合わせを見て、肩を上げた。


 庶民級寮の、お世辞にも広いとは言えない食堂に、六人が集まっていた。

 壁にかけられた時計は、既に門限が近いことを示している。

「それで、私は、全部嘘だったって……偽物だったって、思ったんですわ……」

 何度も詰まりながら、姉との出会いから王族級の真実まで、全てを語ったユチナ。

 トモは想像以上の情報に、聞いたことを後悔して頭を抱え、シノノメインは許容できる範囲を超えていたため、目を回して天井を向いていた。

 突拍子もない、信じがたい話であったが、誰もユチナを疑いはしなかった。

 嘘で出せる雰囲気、空気、感情だとは、誰も思わなかったのだ。

 重い空気が満ちる中、語り終え、俯き、震えるユチナに、いつもよりだいぶ気を使ったような声が、かけられた。

「あのー、一個いい? 難しいとこはぜんっぜん分かんなかったんだけど……」

 手を挙げているのは、カーラだ。

「学園の理念も、無意味だったって思ってる? アタシは、そうは思わないな」

 カーラが言葉を考えながら、伝える。

「だってユチナちゃん、学園の理念から、自分なりに意味を考えて、判断してたでしょ?なら、もうそれはユチナちゃんの理念、ううん、信念じゃない? って、思うんだけどな」

 褐色肌の大女は、何度も頷いた。

「じゃあ、次は私がもらっていいかな?」

 次に口を開いたのは、リルだ。

「実は私、ユチナ君のお姉さまに、お茶会に招かれたことがあるのさ。王族級になる前と、なった後に、ね。二回とも、こんなにすごい人がいるのかって、言動一つ一つに感心してたんだ。なんの疑いも持てなかった。変わったなんて考えもしなかった。でもね」

 自分で用意した紅茶を、自分で注ぐ。

「ユチナ君、妹っていうのは、姉に関しては抜群に鋭かったりするんだ。君のお姉さんが君をずっと騙し通してたなんて、私は信じられない。君は、姉をとても、とても好きだったんだろう? なら、尚更気づけるはずさ」

 カップを手に取り、自嘲しながら口を付ける。

「私もたまにね、妹に嘘を吐く、というか、誤魔化すことがあるんだけど……いや恥ずかしい話だけどね、これが意外にすぐにバレちゃうんだ」

 ユチナを見る目が、優し気に細められる。

「学園のことは、信じなくてもいいさ。私も今、実際かなりキテるものがある。でも」

 リルは目をつむり、脳裏に大切な女の子を思い浮かべた。

「君のお姉さまを、好きな人を、信じてあげてくれないか?」

 そう告げると、妹想いの姉は、残った上級生に手を向けた。

「む……私も、何か言うのか?」

 ヤギューインは目を伏せ、難しい顔で悩んでから、きっぱりと言った。

「確かに、君の身体能力がもう少し低かったら、負けていた試合もあったのかもしれない」

 慰めるための言葉でも、奮起させるための言葉でもない。

「だが、身体能力が上がっていたから勝てた試合など、なかったはずだ」

 ただ、自分が思った、感じたことを告げる。

「あの時私は、君の今までのおフェンシング、その全てがあったからこそ、負けたのだ」

 その声には、確かな尊敬が込められていた。

「自分のおフェンシングに誇りを持て。私が言えることなど、それだけだ」

 上級生たちが、彼女に打ち負かされ、悔しい思いもしたはずの対戦相手たちが、言葉を尽くした。

 ユチナの顔が、上げられる。

「私、決めましたわ」

 その瞳に、炎が燃えている。

「お姉さまを、取り戻しますわ!」

 熱く、眩い炎が。

 再び灯った。


「あの、その、それは、どうやって……かな?」

 ユチナの宣言を聞き、トモが尋ねた。

「空気ってものを読めないんでしてこの庶民級はっ!」

 その頭が、シノノメインにはたかれる。

「あっはっはっはっは、でも大事なことだよね! アタシは何も思いつかない!」

 楽しそうに手を叩きながら、カーラが一応のフォローを入れる。

「確かに、ユチナ君のお姉さまが変わってしまった明確な原因分からない現状、出来ることは少ない。それでも私に出来ることと言ったら、そうだね」

 リルが、ユチナに微笑みかけた。

「君の大事な友達を、治すことくらいかな?」

 ユチナが立ち上がり、テーブルに身を乗り出す。

「ほ、本当ですわ!?」

「百パーセントと断言はできないけど、コアの修理というだけなら、私とシノノメイン君なら出来るんじゃないか?」

 リルの手が、トモを睨んでいたシノノメインに向けられる。

「シノノメインさんが、ですわ?」

 ユチナが純粋にわからないといった表情で首を傾げ、シノノメインはショックを受けた。

「ユチナ君は、シノノメイン君をなんだと思ってるんだい?」

 貴族級の後輩の肩を、先輩が笑いながら叩く。

「彼女は、一年生で唯一の貴族級。まごうことない天才だよ」

 褒められた豊満たる少女は、胸を張って高笑いした。

「おーっほっほっほ、庶民級との格の違いを、思い知らせてあげましてよぉ!」

 

 その後、全員でサロンIDを交換し、リルにバーガーを預け、解散となった。

 去り際、玄関にて、ヤギューインが無言で腕輪を突き出した。

 ユチナが慌てて、シノノメインに借りた青いコアが填まった、自分のものを近づける。

「明日から、放課後はここに来てくれ」

 送られてきたのは、おフェンシングフィールドの位置データだった。

「稽古を付けよう。どう転んでも、強くなって損はないだろう」

 ユチナは、力強く頷いた。

「……はいですわ!」

 ヤギューインは、それでいいとばかりに頷き返し、去っていった。

 そうして、庶民級の二人が残された。

「その、よかった。ユチナさん、元気になって」

「……心配を、かけましたわ」

 トモに頭を下げ、それから両手を強く握り、宣言した。

「とりあえず今日は、ご飯食べてシャワー浴びて寝ますわ!」

 食堂に走っていくユチナ。

 トモは、噛みしめるように頷いた。

「やっぱり、ユチナさんはこうじゃなくちゃ、ね」

 瞳から一筋流れた光るものをそっと拭い、ユチナの後を追いかけた。



 

 それは、ユチナが立ち直ったあの日から、数日後のことである。

「ん……サロングループに通知ですわ」

 身だしなみを整え、今から学園に行こうという時、二人の腕輪からハープの音色。通知音が鳴ったのだ。

「【いいお菓子が焼けたから、放課後うちのフラワーガーデンに食べに来ないかい?】ですわ! トモ、今日の放課後はリルさんの寮でお茶会……あぁ!? でもヤギューインさんとの練習が!」

 どうしようどうしようと頭を抱えるユチナを、トモが生暖かい目で見た。

「……ユチナさん、覚えてない? 一応、相手が相手だからサロンでは隠語を使おうって。これは、何か伝えたいことがあるから放課後に集合、ってことだよ?」

 ユチナは固まり、顔を赤くした。

「…………忘れてましたわ」


 放課後、リルが住む寮のフラワーガーデンの中にあるお茶会場に、六人が集まった。

「一応、マルチデバイスは通信オフにしておいてね」

 注意を促したリルの目には、隈が浮かんでいた。

「まあ、ここまで何も仕掛けてきていないから、相手は分かっていて何もする気がないか、全てのボットやコアの情報まで把握してないのか。バーガー君を見て驚いてたってことは、後者だと考えて問題ないだろうけど」

 そこまで言って、貴族級の四年生は険しい目つきになり、口に手を当てた。

「いや、ユチナ君はバーガー君を隠すことなく大会に出ていたのに、見て驚いていた? 余程庶民級に興味がなかったのか、それとも、意図的に見ないようにしていたのか……? だとしたら一体何のために……いや、ごめん、これは今考えることじゃないね」

 リルは一つ咳ばらいをすると、まっすぐとユチナを見つめた。

「本題に入るわけなんだけど……まず、ユチナ君に謝らせて欲しい」

 そう前置きし、深々と頭を下げる。

「君の友達を治せると言ったのに、約束を違えた」

「それは……」

 息をのんだユチナに、リルの隣に座っていたシノノメインが、赤いコアを差し出す。

 傷一つないコアを渡したシノノメインは、悲痛な面持ちで伝えた。

「……物理的な損傷は、全て直しましてよ。ですが、回路の疑似人格部分が、超高速度で無限ループの演算を行っていて、全ての干渉が弾かれまして……正直な話、わたくしにはどこが壊れているのか、何がいけないのか、全くわからなかったんでして」

「身体は直したが、心は治せなかった、ということなんだ。力及ばず、申し訳ない」

 謝罪を重ねるリルに、シノノメイン。彼女たちの顔に浮かぶ疲労感から、あの日からどれだけ休みを削って頑張っていてくれたのか、ユチナははっきりと感じ取っていた。

「顔を上げて欲しいですわ。……私一人じゃ、そもそもどうしようもなかったことですわ」

 ユチナは帰ってきた悪友を、自分の腕輪に填め、抱きしめた。

 しばし、ユチナを慮り間を取ってから、リルが口を開く。

「でも、悲報ばかりじゃないんだ」

 集まった全員を見回すその表情には、希望の光があった。

「これを見て欲しい」

 リルに手を向けられたシノノメインが、自分の腕輪を操作する。

 数秒後、大量の画面がティーテーブル上に浮かんだ。

「これは、コアの修復作業中に見つけたデータだね」

「まるで見つけてくれと言わんばかりの領域に、分かりやすくパッケージングされて保存されていましてよ」

「君の友人は、最後の最後まで君の事を考え、行動していたわけさ」

 ユチナは、強く腕輪を胸に抱いた。

 その瞳に、もう涙はない。あるのは、決意だけだ。

「注目して欲しいのは、このデータだね」

 拡大表示されたうちの一つは、ユチナにも一部見覚えがあるものだった。

『※試作型第八世代コアは、その第七世代マザーコアに匹敵する性能の副次効果として、ボットのみならずおフェンシングスーツ着用中の人間を操作出来ることが判明しました。スーツ着用時以外は操作不能ですが、マザーコアと同期を行うことにより、スーツ着用時以外でも人間の操作を行える可能性が示唆されています』

『試作型第八世代コアの成功体(以下、成功体とする)から計画の提案が行われました。現在、当学園在学中で唯一の王族級候補である生徒で、試作型第八世代コアのスーツ着用外の人間を操作する機能を確かめる実験です。一年間の調整期間の後に、実際に成功体が当該生徒を操作して生徒達と交流を行います。当計画により、人類への理解がより深まり、コアが支配する世界の実現に先駆け、人類の反応を確かめられる、と提言されました。成功体は、これを【学園代表計画】と名付けました。第七世代マザーコアは、この計画の有意性を認めず、また、成功体に疑似人格回路異常の可能性を示唆し、検査を決定しました。※マザーコアが全権限を成功体に委譲したため、当計画の実行が決定しました』

 大量の文字列に目を回し始めたユチナの肩を、リルが叩く。

「まあ、こんなもの読まなくたっていいさ、端的に言うよ」

 その一言は、ずっと、ずっと聞きたかった言葉で。

「君の姉は、君を嫌いになってなんかいなかった、ってことさ」

 瞬間、ユチナの心の中で、お姉さまとすごした時間が、感情が、色を取り戻した。

「お姉さま……!」

 言葉にできない様々な感情が、押し寄せる。

 ユチナはそれを、じっと笑顔で受け入れた。

 そんな彼女の様子を確認し、シノノメインが残りのメンバーに言った。

「恐らく、ユチナさんのお姉さまがつけているコアが、お姉さまを操っているんでしてよ」

「試合の映像を確認したところだね、青色に偽装されてたけど、一瞬本来の赤色が見える時があったのさ。だから間違いないね」

「……つまり、学園代表を襲い、コアをもぎ取ればいいのか?」

「いえ、それでは足りないんですよ、ヤギューイン先輩。篭絡されているらしいマザーコアを、学園のシステムを何とかしないと、囚われている王族級を救い出せないですからね」

「ユチナちゃんのお姉さまを助けるだけじゃ、また同じことが起きるかもだしね!」

「それだけでもなくってよ。マザーコアだけ先に止めても、ユチナさんのお姉さまを操っているコアは、操っているお姉さまごと雲隠れしてしまうかもしれなくってよ」

「先にユチナ君の姉を助けた場合には、マザーコアが身を隠してしまう可能性が高いって、お友達が残したデータから導き出せるんだ」

「同時じゃなきゃダメ! ってことだね!」

 ユチナを置いて議論が続く。

 やるべきこと、出来る事、不明な事、様々な問題点、課題があげられ、解決されていく。

「決勝なら、必ず王族級は現れましてよ。そこでユチナさんが王族級を倒し、スーツを外させるんでして」

「その間に私たちがマザーコアとやらを止めれば、全て解決というわけか」

「問題はどうやって壁を超えるか、なんだけど」

「あーはいはい! アタシそれなら多分なんとかできるよ!」

「あ、あの! ……ちょっといいですか?」

 とんとん拍子で話が進んでいくなか、今まで何も言っていなかったトモが、手を挙げた。

 議論は止まり、全員の視線が庶民級に集まる。

「あの、皆さん、当たり前のように手伝う前提ですけど、いいんですか?」

 四人は一瞬動きを止め、考えてから答えた。

「友だ……庶民級がやって、貴族級が見て見ぬふりなんて、ありえなくってよ!」

「よくわかんないけどなんか面白そうだし! うんうん!」

「私たちの恩人でもある後輩が大変なのに、見捨てたなんてイエに知られたら、ねえ?」

「…………すまん、まだ思いつかん。まあ、そうだな。うん…………」

 最後、ヤギューインだけが言葉に詰まる。

 彼女は、少しの間真剣な顔で悩み。

「ユチナが好きだから、ではダメか?」

 真面目腐った顔で、言った。

 一拍開けて、お茶会場が沸いた。

「あっはっはっは! うんうんそうそう! それそれそれ!」

「それは、その通り! 流石はヤギューイン先輩、鋭い一撃だ!」

「わたくしは! わたくしは貴族級の義務感でしてよ! こ、好意なんて……!」

「む……? 私は笑われているのか? 何かおかしなことを言ったか、妹よ?」

 ガヤガヤと騒がしくなったお茶会場。

「みなさん……」

「……トモ、何が起こってるんですわ?」

 感極まったトモに、我に返ったユチナが尋ねた。


 ユチナの姉を取り戻すための、学園を相手取るような戦い。

 その段取りを決める会合は、まるで普通のお茶会のように、楽しく終わった。


 そして、ついにその時が来る。

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