二話
「てか、ゴミまみれじゃねえかクソがっ!」
乱暴な言葉を【発しながら】、ユチナはゴミ山を【吹き飛ばした】。
(ですわ!?)
「んで、なんだこりゃ?」
つい先ほどまでゴミ山だった場所に立つユチナは、なんともガサツな動きで手足をぷらぷらと動かした。その身体には、完全な状態に戻ったスーツ一式が装着されている。
そうしてしばらく手足を確認するように動かしたユチナは、不思議そうな顔をしながら、今度はスーツに触れていった。
マントをひらひらと手ではためかせ、半仮面の形状を触って確認し、スカートをたくし上げて中身を覗き込んだ。
「スパッツか」
「あ、あ、あ……」
シノノメインは目をまんまるに見開き、池の鯉のように口をパクパクさせた。現状は、貴族級の少女の理解の範疇を、軽く超えてしまっていたのだ。
ゴミ山を吹き飛ばして出てきた追い詰めたはずの庶民級が、自分を無視して庶民級とはいえあまりにあんまりなことをし始めた。
混乱の極みにある彼女は、怒ることにした。
「せ、聖サーバスの令嬢として、あり得なくってよ!」
自分が理解できる物差しを、この状況にあてがったのだ。
「粛清でしてよ!」
まるで、今自分の存在に気づきました、とでもいうような間抜け面を晒しているユチナに向かい、素早く踏み込んだ。
ステップインは、そのまま刺突に変わっていく。先ほど繰り出した必殺の一撃と、なんら遜色のない致命的な突きが、ユチナを襲う。
間抜け面の庶民級は、ソードを握る右手をだらりと下げている。反応できていないのだ。シノノメインは、攻撃の成就を確信しながら、腕を伸ばした。
「あ? なにしやがんだぁ?」
だが、その腕が伸びきることはなかった。
「な……」
シノノメインが見たのは、刀身の半ばを片手で握られ、動きを止められた愛剣だった。
「白刃取りでしてっ!?」
何をされたか認識したとき、鳩尾に衝撃が走る。ユチナの前蹴りだ。
少女は金の縦ロールと青いマントを激しく乱れさせながら飛び、壁に叩きつけられる。愛剣は、ユチナの手に残った。
「なんだこりゃ?」
庶民級であるはずの生徒は、吹き飛ばした敵ではなく、刀身を掴む手のひらから微かに舞った花びらを興味深げに見ている。
そんな、絶技を当たり前のように披露したユチナは、ユチナの【頭】は混乱していた。
(身体が勝手に動いてますわぁぁあああああ!?)
口は動かないので、心の中で絶叫する。
「うるせぇわ!」
ユチナは、ユチナの身体を動かしている何者かは、耳を塞ごうとして両手とも空いていないことに気づき、舌打ちした。
(聞こえてるんですわっっっ!?)
「聞こえてるから音量下げろ!」
ユチナは深呼吸する想像をして、落ち着いてから尋ねた。
(あなた何者ですわ!? 何が起こってるんですわ!? 何者ですわ!?)
全く落ち着いていなかった。
「三つも一気に質問してんじゃ……二つじゃねえかアホ!」
宙に向けて怒鳴るユチナに、二つの影が迫る。
「し、シノノメイン様ぁ!」
「庶民級め!」
どうしていいかわからず、おろおろしていた取り巻きたちが、ようやく動き出したのだ。
「やっ!」
「はあっ!」
背の高い方が顔面に突きを、低い方が足元に薙ぎ払いを、左右から同時に仕掛ける。
回避困難な連携攻撃だが、庶民級は余裕の表情だ。刺突を右手に持ったソードで払い、足への攻撃は、踏みつけて止めた! そのまま、背の低い方を抑え込んでいる間に、高い方へ強烈な唐竹割が放たれる。
ガードのためにソードを上げるが間に合わず、舞い散る白百合の花びら。ゲージもぐんぐん削れていくが、減少が止まる前に強烈なサイドキック!
長身取り巻きは飛び、ゴミ山へ突っ込んだ。
「あぁ、なるほどな」
ユチナの身体が何かに納得してから、低い方がようやくソードを手放し、自由を得る。
だが、何をすることも出来なかった。
「こういうことだろぉ!」
身構える暇もなく、腹部に力任せの突きが炸裂した。
薔薇の花びらをまき散らしながら、飛ばされていく取り巻き。
庶民級は、足元に転がった彼女のソードを蹴り飛ばして追撃した。
「忘れものだぜ!」
直撃! 舞い乱れる薔薇。
頭上のゲージは赤を超え、ゼロになった。
瞬間、取り巻きのスーツが弾け、色とりどりの花びらへと変わる。
元の制服姿に戻った取り巻きは、それと同時にゴミ山に叩きつけられた。
「こっちもお返しだぁ!」
ついでとばかりにユチナの身体は、背の高い方が突っ込んだ辺りに向け、左手に持ったソードを投げつけた。
「……いや、これは違ったな」
シノノメインの愛剣が着弾し、それに一拍遅れてカラフルな花びらが、ゴミ山の中から噴き出す。ユチナの身体は、強くサムズアップした。
(……本当に、何者ですわ?)
成り行きを眺めている事しかできなかったユチナは、取り巻きたちが蹴散らされてから、心の中でつぶやいた。
「あ? これだよ」
ユチナの身体は左手を、そこで光る赤色のコアを指さす。
(コアって身体を勝手に動かせるんですわ!?)
「知らねえよ」
(知らないんですわ!?)
「いちいち声がでけぇんだよ!」
ユチナを操る赤いコアは、舌打ちしてから続けた。
「ゴミまみれじゃねえかふざけんな、って思ったらなんか知らねえけど動かせたんだよ」
(なるほどですわ!)
コアは目を見開き、それから頭を片手で押さえた。
「……お前頭悪いだろ」
(どうして知ってるんですわ!?)
「……自覚あるんだな」
コアはため息を吐いてから、中空に向かってキレた。
「普通、まず身体を返せって言うだろうが!」
(その通りですわ!)
頭を押さえる手が、両手になる。
(じゃあ、返して欲しいですわ!)
コアは両手を頭から離し、その言葉を待っていたように、力強く返した。
「嫌だな!」
(どうしてですわ!?)
「あのなぁ、なんで折角手に入った身体を渡さなきゃいけねえんだよ」
呆れたように答えるコア。
「次の身体が手に入る保証もねえのに」
(ダメですわ! わたし、やらなきゃいけないことがあるんですわ!)
「知らねえよ」
取り付く島もなかった。
ユチナは、いまさら自分が置かれている状況のまずさに気づき、言葉を失った。
「じゃあとりあえず……」
うるさい心の声が耳に入らなくなったコアは、ぐるぐると周囲を見回し、あるところで頭を止めた。
視線の先は、壁にもたれ、朦朧としているシノノメイン……の胸部だ。
「おっぱいでも揉むか!」
(ですわ!?)
まさかであった。
そんな破廉恥なことが許されるはずがない。ユチナは焦るが、どうすることも出来ない。
その時だ。
サイレンが、コアの耳に届いた。
「あ? なんの音だ?」
その音はドップラー効果を発生させながら、確実に大きくなっている。
音の源が、近づいてきているのだ。
(なんでこんなところにですわ!?)
「おい、お前」
(ユチナですわ!)
「名前は聞いてねぇ! お前、これがなんだか知ってんのか?」
(当たり前ですわ!)
ユチナがその正体を伝える前に、サイレンが止む。
目的地に到着したからだ。
それは夕闇の中、集積場を囲む建物を飛び越え、姿を現した。
白黒のツートンカラーに塗られた丸いボディ。光る青いコア。頭上の赤いパトランプ。
『風紀委員です』
(風紀委員ですわ!)
風紀委員ボットだ!
『危険な場所を移動するのはやめましょう』
ユチナの目の前に音もなく舞い降りた風紀委員ボットは、何もない空間にコアから光を投射した。光は像を結び、中空に手のひらサイズのユチナが浮かぶ。立体映像だ。
建物内にいた立体映像のユチナは、窓から飛び出すと屋根の上を走り始めた。
(こ、これには事情があったんですわ!)
「……何やってんだよお前」
聞こえぬ弁明をするユチナ、呆れるコア。
『懲罰を行います』
風紀委員ボットは、球体状のボディからアームを生やし、ユチナの身体に近づける。
ユチナを操るコアは、おフェンシングソードを構えた。
「……何にビビッてんのか知らねえが、こうすりゃいいだろッ!」
伸びるアームに、ソードによる横なぎが放たれる。
(――っ、ソードはダメですわ!)
忠告も、時すでに遅し。ソードがアームに触れる。
『執行』
直後、アームがスパークした。
「あびゃびゃびゃびゃびゃ!?」
(うぎゃああああああああですわああああああ!?)
電流が身体を駆け巡り、ユチナは激しく痙攣した。
『執行完了。みなさん、風紀を守って生活しましょう』
数秒間の電撃攻撃を終えた白黒のボットはパトランプを仕舞うと、どこかへ飛び去った。
気を失い倒れたユチナの口から、白煙が夕暮れの空へと昇る。
宙を染める赤はすぐにでも、黒へと変わっていくだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます