最終話 超絶美幼女ボディRIAMUちゃん Bパート
王都にある大きな広場に、テントが張られていた。深夜にも拘わらず、その周りを武装した人たちが忙しなく行き交う。そんなテントの中から、怒鳴るような声がずっと響いていた。
「モートル第四隊は第三防衛ラインの構築に向かえ!騎士十二剣は第一騎士から第五騎士まで三八地点の増援!残りは二五地点だ!」
叫ぶように指令を出しているのは、イヌダニャンだ。十二人の騎士とモートル達が走り去ったのを確認すると、地図を睨みつけた。そんな様子を、頼もし気に眺める男が二人いた。国王と、魔王だ。
「流石は最硬の二つ名をもつ四天王ということか」
「個人の戦闘力ではなく、防衛戦の巧みさで彼を四天王に任命しましたからね」
二人は、特に何をするでもなく、椅子に座っていた。王とは階級ピラミッドの頂点にたつものだが、全ての力で他を上回る超人ではない。適したものに適したことをさせる才能こそが王の才なのだ。二人が話している内に、また何人もテントに入ってきた。
「指示通り、魔導さんに物資を渡してきたぜ。それと、伝言だ。『次の極大魔法までは三十分必要だ』とよ」
「わかった。近衛第四隊は小休憩、終わったらもう一回来い」
指令を受け、スキンヘッドの男がテントから去る。
「我は任務を完了した。次の獲物はどこだ?」
「お前は五時間休憩だ。飯食って寝やがれ。起きたらまた死ぬほど戦わせてやる」
牛頭の男が頷き、テントを出ようとしたその時、赤い鎧を着た女が走りこんできた。
「報告、モート担当の二七地点決壊。モートは無事」
「巨雄!休憩は先延ばしだ!死ぬな!」
「あいわかった!」
ほとんど途切れることなく、ひっきりなしに現れる人々を眺め、王がこぼした。
「そろそろ日付が変わるな。これで一週間か、いつまでもつかな」
「申し訳ありません、洗脳されていたとはいえ……」
「今は手を取り合い世界の危機を乗り越える時だ。ただ、もちろん戦後は覚悟してもらうぞ」
王は笑い、魔王は頭を下げた。そして二人は、テントの壁によって見えはしないが、封印の島の方角を向き、思いをはせた。
港近くの建物は軒並み崩壊し、更地になり、陣地が構築されていた。そこからは、封印の島が良く見えた。霧が晴れたのだ。もちろん、その上空で蠢き触手を吐き出し続ける、心の弱いものなら見ただけで発狂しかねない巨大な触手の塊も、見える。
「闇魔法、ブレイブハート!くふふふふ、妾の魔法で恐れず戦うのじゃ!」
「おらあッ!俺がいる限り妖姫様に指一本触れられるわけねえだろうがよ!」
「やけこげちゃえ!」
そこでは、湖を超えて絶えず襲い来る触手の化け物たちと、激しい戦闘が繰り広げられていた。白い髪をツインテールにした少女が兵士たちに魔法をかけ、姿を何度も変える男が触手を蹴散らし、青白い炎で出来た巨人が敵を薙ぎ払っていた。一人が何体を倒したのかを考えれば、圧倒的だった。しかし、数があまりにも多く、昼も夜も区別なく襲ってくる。代わる代わる戦ってはいるが、次第に体も心も疲弊していく。戦いが始まり一週間目の今日は、戦線の一時決壊も増えてきていた。
「大型だぁー!」
そんな時、叫び声が聞こえた。その声の方には、何体も襲ってきている細い触手ではなく、木のような太さをした大型の触手が上陸してきていた。
「くうう!妾の魔法が触手共に効きさえすれば!」
少女が下唇を噛む。このままでは、また戦線が決壊するだろう。
「撃て、天才ビーム!」
「ぬ」
だが、その時は訪れなかった。極彩色の光線が大型触手を薙ぎ、容易く引きちぎったのだ。その光線を放ったのは、ピンク色の髪をした幼女の顔から、手足をそのまま生やしたような奇怪な生物だった。その顔の大きさは、二メートル近い。
「次に行くよ量産型リアム三号」
「ぬ」
その歩く顔の横にいた、白衣に黒髪のツインテールとメガネが特徴の少女は、酷い隈が浮かんだ顔で封印の島を、邪神を睨んだ。
「アタシが、アタシが間に合っていれば……!」
浮かぶのは深い後悔と苛立ちだ。あの時、隊長と共に王都へ帰っていた自分が、一時間早く量産型リアムを生み出せていれば彼らは……。シアンは奥歯を強く噛み締めた。その時だ。
「……あれは?」
何かが光った。視線の先、封印の島で。シアンは双眼鏡を鞄から取り出し、覗き込んだ。
「あれは!」
少女は双眼鏡を捨て、走り出した。その時小さな光も四つ、こちらへと飛んできていた。
輝く光が、邪神の身体を突き破って飛び出した。邪神は、狂ったように笑いながら浮かんでは沈む大量の目を全てその光に向けた。
「蝶!エキサイティン!」
現れた希望の光、我らが美幼女RIAMUちゃんが叫ぶと、背負った赤いランドセルから極彩色の光が溢れ出し、蝶の羽のように羽ばたいた。以前は目つぶししかできなかったその羽は、幼女の身体を空中で舞わせる。
まるで妖精のように空を飛ぶ幼女に、宙を泳ぎ群がってくる大量の触手、触手、触手。幼女は両手を高速でこすり合わせ、ランドセルから虫眼鏡を取り出した。その手は、今度こそ本当に、真っ赤に燃えている。
「美幼女、いえ、爆発!美幼女神(ゴッデス)フィンガー!」
起こされた大爆発が、雑魚触手たちを弾け飛ばす。しかし、頭上から迫る本体の触手。
「美幼女スラッシュ!」
咄嗟に取り出した二本のリコーダーが、巨大触手を輪切りにする。そして、邪神本体にむけてお辞儀。必殺技の体勢だ。
「超絶美幼女、ああもう!」
だがダメだ。極彩色の光線が放たれる前に、再び群がる触手、触手、触手。
「美幼女がどぉりぃるぅ、ブレイキン!」
対する幼女は、両手のリコーダーを頭上で交差させ、自分の身体を高速回転。自らがドリルになったがごとく触手の波を貫き、距離を取った。
「なんとかしないと、キリがありません!」
『先にビームで雑魚を蹴散らすか?』
「そうすると邪神を倒す前にオーバーヒートしてしまうかもしれないので、出来れば避けたいです」
『とすると、どうしたもんかな』
悩みながらも、両手は衝撃派を伴うほど激しく動き、群がってくる雑魚触手たちを蹴散らし続けている。
「仕方ありません、倍――」
RIAMUちゃんが切り札を切ろうとした時、声が聞こえた。
「闇魔法極大禁忌、ダークネスエクスプロージョン・オーバードライヴ!」
次の瞬間、暗黒の巨大爆発に巻き込まれ、周囲にいた無数の触手たちが消し飛んだ。
「あなたたちは!」
触手の消え去った空間に、四つの影が飛び込んできた。
「最硬、イヌダニャン」
それは、その名の通り最も硬い甲羅を持つ男だった。今はその甲羅に加え、見覚えのある光る全身タイツも身に纏っていた。
「巨雄、ゴールデンパイパイ」
それは、勇敢で巨大な男だった。バトルアックスの代わりに握っているその剣は、力強く輝いていた。
「妖姫、オニギリ・ダイスキー」
それは、可憐な少女だった。心を操り覗き弄ぶことを得意とするその少女の胸には、発光するJ字架が躍っていた。
「そして魔導、トゥレ・サリー」
それは、魔法の深淵に誰よりも精通する男だった。普段は何の道具の補助がなくとも容易く魔法を行使するその男の手には、まばゆい杖があった。
「『四天王!』」
それは四天王。勇者の装備を身に纏った魔王軍四天王だ。
「リアムよ、下を見るのだ」
サリーの言葉に幼女が足元の封印の島に目を向けると、見覚えのあるもの、ないもの、全ての戦える人々が上陸し、吐き出される触手を次々に倒していた。
「我ら宮廷魔導士十二杖が一の杖!私の活躍を歴史に刻んでやるぞ!」
「いくぞてめえら!近衛隊が王族の雑用係じゃねえって世界中に教えてやるぞ!」
「なんで私までこんなところに!?ただの公務員なのに!」
「モグ!」
「サモンアンデッドナイト!不死の立場向上のチャンスですぜ!」
「量産型リアム一から五号、天才ビーム一斉発射!絶対に死なせるなッ!」
「神聖魔法オールキュア。皆さんには正しき神の加護があると教会長が保証します」
「ぬ」
皆が皆、全力で戦っていた。幼女を信じて。邪神を倒すと信じて。
「行け!雑魚は吾輩たちが受け持つ!」
「任せました!」
『頼んだぞ!』
幼女が飛んだ。前方にいた触手たちが、暗黒の爆発で消し飛んだ。
本体の触手による突きが放たれた。甲羅が遮った。
薙ぎ払いが襲ってきた。輝く剣が断ち切った。
触手が再び満ちかけ邪神への道が見えなくなった。進むべき道が脳内に直接届いた。
そして、最後の足掻きとばかりに、邪神の目の前にたどり着いた幼女に、今までで最も激しく笑いながら、邪神が大量の触手を吐き出した。
「行きます!百倍カワイイ!」
宣言した瞬間、ランドセルからゆめかわいい色の液体が撒き散らかされ、それらが直ぐに幼女の姿を取り触手を駆逐していく。
『美幼女パーンチ!』『皆さん、ここが踏ん張り時ですよ!』『みんなの力が、RIAMUちゃんに!』『邪神の触手を斬新に食す雑誌、ザ・シーン』『こんな時まで……』
幼女はお辞儀の姿勢を取った。ランドセルの口が邪神を捉える。邪魔するものは、いない。
「超絶スーパーハイパー最強神ウルトラ……美幼女ビーム!」
放たれた極太極彩色光線が、邪神の巨体を飲み込む。嘲るような笑い声を上げ続ける口が蒸発し、現れては消える目が完全に消し飛び、そして――。
「やりましたか……?」
オーバーヒートでビームの照射が止まった時、空には、何もなかった。
瞬間、爆発したような歓声が島を包んだ。島に乗り込んだ全ての人々が抱き合い、ハイタッチし、叫んでいた。
「やりました!」
『やったぞ!』
幼女は喜びの叫びを上げ、踊り、そしてぐったりと月を見上げてただ浮かんだ。
「やりましたね……」
『ああ、やったな……』
歓声を背にしながら、二人は万感の思いをかみしめていた。
「月のあのところ、ジューナンマンに見えませんか?」
『ああ、分からなくもないかもな』
穏やかな声で二人は他愛ない会話を交わす。
「あ、でもそうするとあそこがほくろみたいに見えちゃいますね」
『そうだな、でかいほくろだな』
「そうですね、大きい……ッ!」
RIAMUちゃんは弾かれたように起き上がり、構えた。
『嘘だろ……』
それは、月のクレーターなどではなかった。もっと近くにあり、狂ったように邪悪な笑い声をあげ、くねり、蠢く、ヘドロのような虹色に光る、黒い触手の、塊だ。
「倒しきれてなかったんです!」
触手の塊、邪神は先ほどに比べれば百分の一以下の大きさだった。しかし、急速にその大きさを増して、元に戻ろうとしていた。
『もう一回ビームは!?』
「ダメですしばらく撃てません!その間に恐らく……」
『他の必殺技は!』
「倒しきれるようなものはありません」
リンの心を、絶望が覆った。そう、その文字の通り、希望を絶つから、絶望なのである。希望の光が明るければ明るいほど、それが失われた時の闇は、より深く、濃くなるのだ。
『終わりか』
無意識に、リンはそんな言葉を発していた。その言葉を否定できるものは、どこにもいないだろう。彼女を除いて。
「いえ、まだ手はあります」
『本当か!?』
RIAMUちゃんは、彼女にしては珍しく、時間に余裕がないというのにしばらく迷ってから、口にだした。
「……ランドセルの核融合炉をオーバーロードさせて、爆発させるんです。そうすれば、必ずあの邪神を倒しきれます」
『でもそうしたらお前のエネルギーが』
「それは大丈夫です。あの神からもらった力が代わりになっています。問題は……」
RIAMUちゃんは、まだ気づいていない様子の地上の人々を眺め、次いで上空の復活しつつある邪神を見た。
「爆発させるには、RIAMUちゃんが触れていないといけません。起爆してから全力で離れれば大丈夫だとは思いますが、もし巻き込まれればいくらこのボディでも、どうしようもないでしょう」
『……そうか』
リンは悩んだ、だがそれは一瞬だった。
『やろう、どうせダメなら邪神に滅ぼされるんだ』
「……わかりました」
RIAMUちゃんは、飛んだ。
異世界の夜空を、一筋の光が上空へと昇っていった。それはまるで、流れ星のようだった。
『あー、なんだ。こんな時に何喋ったらいいのか、わかんないな』
風を切る音と、段々と大きくなる笑い声が、耳を打つ。
「RIAMUちゃんは、わかりますよ」
『本当か?』
「はい」
邪神は本体の復活に忙しいようで、雑魚の触手は生まれていない。遮るものは何もない。
「RIAMUちゃんは、リンさんがボディの持ち主でよかったです」
『……俺も、まあ今になって思えばよかった気もするよ』
RIAMUちゃんは、笑った。
「ありがとうございます、そして」
そして、幼女の身体は邪神にぶつかろうとし――。
「ごめんなさい」
「は?」
その疑問の声は、口から出た。口が、自分の意思で動いていた。だが、手足は動かない。当然だ。ないのだから。
リンの瞳は、首のない幼女のボディだけが、邪神に体当たりするのをはっきりと捉えた。
「リア、ム?」
直後、とてつもない爆風に襲われ、リンの意識はブラックアウトした。
楽し気な音楽が鳴り響き、笑い声や話し声がそこら中に満ちている。立ち並んだ屋台からは美味しそうな匂いが立ち込め、この広場を侵略しようとしていた。そこにいる人々は、普通の人間もいれば、耳が長かったり腕が多かったり、果てには骸骨だったり様々な人種が入り乱れていた。深夜の王都で、戦勝の祭りが行われていた。
「おい、嬢ちゃん飲むか?」
その喧騒から大分離れた港に、スキンヘッドの男がいた。彼がジョッキを突き付けているのは、幼女の生首だ。
「……そんな気分になれるかよ」
生首は、どういうわけか生きているようで、言葉を発しすらした。
「だから飲むんだよ」
スキンヘッドの男、隊長はリンの隣にジョッキを置くと座り、共に封印の島を眺めた。空は、明るくなり始めている。二人は一言も言葉を交わさず、酒に口も付けず、ただただ眺め続けた。その内に、太陽が姿を見せた。
「日が昇ったな」
「……ああ」
二人は、太陽の昇った空を眺め続けた。
「太陽みたいなやつだったな」
「……ああ」
「たまに光が強すぎて困っちまうとこも含めて、な」
「……ああ」
二人は眺め続けた。目を開き続け過ぎて、リンの瞳から涙が出ていた。それでも眺め続けた。隊長が去った後も、リンは一人で眺め続けた。しまいには目が霞んで、よくものが見えなくなった。よく見えなくなった目は、勝手に見たいものを見せてきた。空から、彼女が帰ってくる光景を。光が、島へと落ちていく光景を。だが、それは幻だ。現実ではない。現実では、少女の放つ光が、島に落ちることはない。そう、現実では光は――。
「え?」
光は、こちらへと向かってくるのだ。
「……え?」
リンは瞬きして幻を消そうとした。だが消えない。現実だから。
「あ、ああ」
超高性能ボディの素晴らしい視力は、しっかりと捉えた。
「あああ!!」
首のない幼女が、三対の光の翼を背負い、こちらへと翔けてくるのを。
「リアム!」
『リンさん!』
「リアム!!」
『リンさん!!』
「リアム!!!」
『リンさん!!!』
一直線に向かってきた幼女は、生首を掠め取るように持ち上げ、王都の上空へと飛びながらそれを首にはめた。
『どうして!』
幼女のお腹から、リンの声が発せられる。それを満足気に見たRIAMUちゃんは、いつか来た王都を一望できる小高い丘に降り立った。
「驚かないでください!いえ、やっぱり驚いてください!」
『どっちだよ!』
楽し気にリンがつっこむと、光の翼が背中から離れ、幼女の目の前で集束した。
その光は姿を変え、人の形になった。その人は、背が高く、髪が長く、カソックのような服を着ていて、目が糸のように細く、何も考えていないような微笑みを浮かべていた。
『私が目覚めたところ、突然目の前でリアムさんが爆発したので、守ったのです』
『クリフト!?』
『はい、クリフトです。神官でも勇者でもなかった、ただのクリフトです』
それは、クリフトだった。半透明ではあったが、クリフトと同じ顔をした男でも、偽クリフトでもなく、まぎれもなくクリフトだった。もしボディの操作権限がリンにあったら、驚きのあまり顎が地についていただろう。
『なんで!?』
「それは僕が説明するよ」
『ひぃ!?』
「わお」
驚愕していたリンを、更に驚かせながら背後から突然現れたのは、クリフトと瓜二つの男、神と呼ばれている男だった。男は酷く楽し気に笑って、説明した。
「君たちに力を与えた時、最後にお守りっていってクリフト君だった力を渡したのさ。その力が、君達の正の感情、愛を吸って、復活したのさ!」
『あ、愛ぃ!?っていうか、お前確かクリフトはもう蘇らないって言ってたよな!』
「言ってないよ」
男は、酷く酷く楽しそうに、お腹を抱えて笑っていた。リンは必死に記憶をたどり、その間にRIAMUちゃんが思い出した。
「美幼女メモリーを参照すると、確かに言い切ってはいませんね……」
「いやぁ、奇跡のような確率では復活するかもしれなかったんだけど、下手に希望を持たせるのもどうかなって、そしたら本当に最高だよ!君達の愛が奇跡を起こしたのさ!」
『あ、愛が奇跡を起こした……?』
「……わお」
『なるほど』
幼女は呆けたように固まり、クリフトはいつものように微笑んでいた。
「まあ愛と言っても家族愛に友愛に恋人の愛って、色々あるけど、どの愛かは言わない方が面白そうだね!」
小高い丘の上はしばらくの間、男の本当に楽しそうで、嬉しそうな笑い声だけで満たされていた。
そこは、王都の広場だった。その中心に幼女と神と呼ばれる男が立ち、その周囲を、今後伝説に刻まれるだろう一瞬をこの目で目撃しようと、もしくは世界を救った英雄を一目見ようと、または知り合った幼女との別れに立ち会おうと、多くの人が囲っていた。
「それじゃあ、いいかな?」
「ああ」
『はい』
もう既に、親しくなった人との最後の挨拶は済ませていた。後は、帰るだけだ。
「じゃあ、目を閉じて」
リンは目を瞑り、その時を待った。
「本当にありがとう、そして、さようなら。新しい勇者たち」
次の瞬間、周囲に満ちていた喧騒が消え、浮遊感が二人を襲った。
「そういえば、帰ったらリアムともお別れだな」
『そう、ですね』
落ちていく感覚を味わいながら、二人は最後になるかもしれない会話をした。
「金持ちになって、いつかこのボディを買うよ。いるのは、リアムじゃあないんだろうけど」
『はい。このRIAMUちゃんではないかもしれませんが、そのRIAMUちゃんとも楽しく過ごして下さいね』
「ああ、約束する」
『はい、約束です』
そして足が、地面に着いた。
『そういえば、結局勇者様ってジューナンマンだったんでしょうか?』
「……最後にそれかよ、締まらねえなあ。……だったらいいな」
『はい!』
リンは、難しい表情で学校への道を歩いていた。例え異世界では邪神を倒し、世界を救った勇者だったとしても、高校生である以上、学校へは行かなければいけないのだ。リンの足取りは、重い。
そんなリンを、登校する他の高校生たちは、遠巻きに観察していた。
「まさか……」
リンの口から、思わず独り言が漏れ出る。しかしリンはそのことに気付いていないのか、言葉は止まらない。
「まさか……」
ついには立ち止まり、叫んだ。
「帰ってきたはいいけどもう死んだと思われてて、元の身体が処分されてるなんて!」
『ですがそのお詫びで、まだまだリンさんと一緒です』
『いいことでは、ないのですか?』
ピンク色の髪をした幼女が道の真ん中で叫び、そのお腹からも声がし、となりには半透明のイケメンが微笑みながら歩いている。遠巻きに観察する訳である。
「大体なんで幼女型なんだよ!マッチョ型なら何も問題なく学校に行けるのに!」
『好みの問題ですよそれは。恥ずかしがる必要はありません』
「きめた!絶対金持ちになってナイスガイシリーズに変える!決めた決めた!」
まるで一人で喧嘩しているかのように幼女が怒鳴り、それを半透明のイケメンが、いつものように微笑んで眺めていた。
三人の異世界での旅は、終わりを告げた。
しかし彼らの物語は、まだまだ続くのである。
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