第七話 超絶美幼女ブレイブRIAMUちゃん Bパート
日が傾いている。空の色はまだ変わっていないが、日没までそう長くはないだろう。王都の港に、これから湖へと漕ぎ出すものは、普通ならいない。しかし、今日に限ってはいた。リン達だ。これから封印の島へと打って出るRIAMUちゃんと、それを見送るクリフト、国王、前王、隊長が並んでいる。島に乗り込むのは、一人だ。首飾り一つが霧をはらえる範囲は、一人乗りの小さな手漕ぎ船くらいしかないのだ。珍しく真面目な表情の幼女に、国王と前王が今一度説明した。
「連中が邪神の封印を、首飾り無しで解けるのか、それはわからん。しかし相手は神の封印を既に解いて、魔界からこの世界へとやってきている。ないとは言えん」
「それにの、もし封印が解けなかったとして、やつらが魔界へ勇者の装備を持って帰ってしまえば、取り返すすべがわしらにはない。じゃが、首飾りを奪う機会は何度でも相手にはある。今回しかないのじゃ、邪神復活を確実に防げるのは」
流石のRIAMUちゃんも、理解して頷く。
「本当ならば我が国の者が果たすべきことだ。しかし最強の騎士十二剣(ナイトオブトゥエルブ)も、宮廷魔導士十二杖(ロイヤルワンド)も、不幸な事故で今戦える状況にない」
RIAMUちゃんは目を逸らし、へたくそな口笛を吹いた。
「……この国の未来を、いや、この世界の未来を君に託す、リアム君よ」
前王、老人が敢えて笑顔で勇者の首飾りをRIAMUちゃんに渡そうとし……手が滑って落としかけた。すかさず隣にいたクリフトがキャッチする。
「大丈夫ですか?」
「すまんのうすまんのう、こんな大事な時に……おやおや?」
するとどういうことか、クリフトが掴んだ首飾りが、まばゆい光を放ち始めた。それを確認し、一拍放心してから国王と前王が叫んだ。
「「勇者の証明だ!」」
『は?』
「わお」
クリフトは、微笑みながら首を傾げた。
ばっしゃばっしゃとオールが水を掻き、手漕ぎとは思えぬ速さで船が進む。そんな船を取り囲むように霧が立ち込め、前も見えない状況だが、迷うことはない。クリフトの胸元でうっすらと光続けている首飾りが、島へと導くからだ。
「それにしても、クリフトさんが神に呼ばれた勇者だとは思いませんでした」
オールを漕ぎながらRIAMUちゃんがしみじみと言い、激しく揺れる狭い一人乗りの船から振り落とされないよう必死で幼女に抱き着きながら、笑顔でクリフトが頷いた。
「私も驚きました」
「お陰で三人揃って来ることができました。なんだかんだ心強いです。パワー的な意味ではなく精神的に」
「でしたら幸いです」
これから世界の命運を賭けた戦いに向かうとは思えないほど、楽し気に話すRIAMUちゃんとクリフト。リンは一人で、存在しない首を脳内で傾げていた。
『……なんか矛盾してる気がするんだよな』
リンの呟きはオールの立てる騒音に消え、二人の耳には届かず、そして矛盾の正体に気付くよりも前に、目的地が見えてきた。唐突に、視界を覆っていた霧が消えたのだ。
眼前に現れた島は、全てが砂で出来ているようだった。木や花、草といった自然は、一切見当たらない。ただ、遠く、恐らくは島の中央部に、巨大な黒曜石の柱が屹立しているのはよく見て取れた。
「クリフトさん、担ぎます!」
「はいどうグェエ!」
聞くや否や、答えを待たずにクリフトを担ぎ上げ、船から跳び出すRIAMUちゃん。圧迫されるクリフトのみぞおち。次の瞬間、きらめく何かが島から飛来し、船に直撃。破壊した。
『そうかあそこか!』
RIAMUちゃんに一歩遅れて、リンも気づいた。限りなく続く砂の中に、一点だけかすかに違和感を放つ場所があったのだ。それは、砂にカモフラージュした布だ。
「発見されたと推測。フェイズツーに移行します」
超人的な聴覚が、布を自らはぎ取った者の声を捉えた。それは、赤い鎧を着て腰に双眼鏡と幾つもの手斧を下げた長身の女だった。しかし、現れたのは彼女だけではない。水上からは見えないところに隠れていたのだろう、たくさんの白骨を引き連れたモート、人の形を取り激しく燃え上がるバール、何人ものモートル達、そして、凶悪な笑みを浮かべた偽物の幼女、四天王の配下達が勢ぞろいしていた。
直後、空中に飛び出した幼女と勇者に、投げつけられる石に斧に骨。
「美幼女ビーム!」
RIAMUちゃんは、ビームを放ち空中で軌道変更。攻撃をかわす。
「リアムさん、ここで私を降ろしてください」
この後どうするか、考えていたRIAMUちゃんに、クリフトが耳元で言った。振り返りクリフトの顔をよく見るRIAMUちゃん。
「わかります。今ならできます。ここは私に任せて下さい」
光るJ字架を片手で握り締める彼の顔を見て、それ以上のことは何も聞かずにRIAMUちゃんはクリフトを空中で放した。
「頼みました!」
『生きろよ!』
「当然です。神もここで死ぬ運命ではないと言っているでしょう!」
珍しく強い語気で、落ちていったクリフト。それ以上確認することはなく、二人はもう一度ビームを放ち先へ進んだ。
墜落する直前、彼は祈った。
「神よ!」
光の球壁が展開され、彼は地に落ちた。砂煙が舞うなか、即座に墜落地点を囲む四天王の配下達。いつ砂煙が落ち着くか、それとも彼が飛び出してくるか。その瞬間を待っていた配下達の予想を裏切るように、突然強風に煽られ、吹き飛ぶ砂。
「どうもみなさん。クリフト、勇者です。よろしくお願いします」
いつものように微笑む彼。球壁が花開くように展開され、生まれた六つの大きな光の壁が、まるで三対の翼のごとく背中に広がった。その姿は、まるで彼自身が――。
地に足を付け、風のように走る二人の視界の先に、四つの影が映った。説明するまでもないだろう、四天王である。
「闇魔法禁忌、キリングフィールド!」
無視して横を通り抜けようとした幼女を阻むように、漆黒の壁が突如出現した。その壁は、二人と四天王を内包する円状になっていた。
『まあ、避けられねえよな』
「そういうものですよね」
止められたことを然して気にすることもなく、幼女は四天王に向き直った。
「最早何も語ることもあるまい。行くぞ」
「はい」
代表してサリーが宣言し、RIAMUちゃんが構える。それを見て、四天王も隊形を変えた。最硬が手足首を引っ込め、彼の甲羅の腹側に着けられた取っ手を巨雄が左手で持った。次に妖姫が巨雄によじ登り、肩車のような体勢で牛そのものの頭部に手を置き、目を見開いて幼女を睨んだ。最後に、魔導が魔法を唱えた。
「闇魔法禁忌、アイアムダーク・シャドーソード!」
魔導が両手を突き上げると、その姿が光を通さぬ漆黒そのものに変わり、その漆黒が巨雄の右手に取り付き、一体化するように厚みの一切ない剣となった。
「参る!」
準備を終えた四天王は、幼女に吶喊した。戦いの火ぶたが切られたのだ。
大上段から繰り出される唐竹割の一撃を、半身になって躱す幼女。そのまま軽く拳を突き出すが、最硬の盾で難なく防がれ、影の剣の切り上げが返ってくる。予想以上に速い。それは質量がないからだ。間一髪背中から倒れるように避け、握った砂で目つぶしを仕掛ける。しかし、まるで読まれていたかのように首をかすかに傾けるだけで無効化される。
「無粋だぞ!」
「なるほど」
言葉と共に叩きつけられた剣が、砂の大地を切り裂く。一切抵抗を感じている様子がない。危険すぎる切れ味だ。大きく跳び退ってそれを躱していた幼女は、それも確認する。だが、着地と同時、既に鋭い突きが胸を目掛け、向かってきている。しゃがんで避けようとするが、わずかに間に合わない。
「なにぃ!?」
「なんじゃこりゃあ!?」
驚愕の声は、巨雄と幼女の二つの口から発せられた。
『緊急脱出装置です』
胸を狙って放たれた突きは、幼女がしゃがんで躱そうとした結果、彼女の首に吸い込まれていった。そしてその首を断つ直前、なんと幼女の生首が上空に射出され、影の剣は何もない空間を突くだけに終わった。
『やはり言葉になるレベルの思考しか読めないんですね』
相手の読心力の程度を探ったRIAMUちゃんは、最硬の盾を両足で強く蹴り、地面と平行に跳び、四天王と距離を取った。途中で落下してきた生首をキャッチし、接着。
『なんだ今のは!?』
「奥の手です。今の流れで相手の実力は測れました」
油断なく敵を見るRIAMUちゃん。四天王はまだ若干驚愕が残っているようで、すぐに距離を詰めてくる様子はない。
「普通では勝てません。超絶奥の手、倍カワイイモードを使用します」
そう宣言すると、ゆめかわいい色をした粘性の強い液体が、どろどろとランドセルの隙間から湧き出してきた。
「何をしようとしているのだ!?」
「倍カワイイモードを使おうとしていることしかわからんのじゃ!」
四天王は、迂闊に攻めていいものか判断が付かず、構えたまま向かってこない。そうしているうちに、RIAMUちゃんの足元に溜まった液体が、重力に逆らうように持ち上がり、人の形を取った。それは、ランドセルまで含め、そのゆめかわいい配色以外RIAMUちゃんに瓜二つであった。
「幼女が二人で」
『倍カワイイ!』
『なんだその理論は!』
ピンク髪幼女とゆめかわ幼女が変なポーズを取り、何故か背後で爆発が起き、リンがつっこんだ。四天王は武器を構えているが、目が点になり放心状態である。
「RIAMUちゃんが二人に増えてかわいさも二倍ということです」
『まあゆめかわRIAMUちゃんの方がかわいいので実質二倍強ですけどね』
何故か勝ち誇るゆめかわ幼女を、通常幼女が鼻で笑う。
「ふっ、何でもかわいい色にすればかわいいと考える、浅い幼女観ですね」
『古い常識に囚われる、なるほどロリババアAI路線ですか?』
リンには、空気が固まる音が聞こえるような気がした。
「RIAMUちゃんは幼女の生態を高度に再現しているので、喧嘩は買いますよ?」
『望むところです!』
『なにやってんだよ!』
敵の目の前で、なんと取っ組み合いの喧嘩を始めた幼女と幼女。地面の砂が舞い上がり、姿は見えなくなったが、打撃音と声だけはくっきりと聞こえてくる。
「オリジナルに勝てるわけないでしょう!このコンパチ!」
『新しい方が強いと相場が決まってるんです!いわばベス!』
『お、おいリアムお前今――』
「うるさいですね!腹話術モードオフ!」
『お?お?お?ついには人類に反乱ですか?』
「ダマラッシャー!」
少しの間暴言と暴力が飛び交っていたが、そのうち罵声が聞こえなくなり、暴力の音も消え、しばらくして砂煙も収まった。そして、完全に視界が戻ったときそこにいたのは――。
「『どっちが本物でしょーか?』」
肩を組んで立つ、二人の幼女だった。
「色で丸わかりじゃろうが!」
妖姫が我に返って叫び、未だにぽけーっとしていた巨雄の頭を叩いた。
「ええい気を取り直すのじゃ巨雄!二人同時に読心は通じん!通常連携でゆくぞ!」
「あ、あいわかった!」
頭に加わった衝撃と耳元の怒声で、何とか戦意を取り戻した巨雄。しかし、既にその時には、左右から同時に幼女が攻めてきていた。通常色の幼女の飛び蹴りを盾でうけながら、影の剣で色違いを牽制。だが、飛び蹴りを仕掛けた幼女はそのまま盾に張り付いていた。
「闇魔法ダークショット!」
妖姫の放った漆黒の弾丸を避けるため、盾から飛び退く通常幼女。しかし離れる寸前、肩に一撃蹴りを入れていた。軽い一撃ではあった。あったが、この戦いの天秤が、どちらに傾いているのかを明確に伝えていた。
時に同時に、時にテンポやタイミングをずらし、二人の幼女は絶え間なく四天王を攻め続ける。時間が経つほどに、徐々に、ゆっくりとだがダメージが蓄積されていく巨雄。最初の判断は、間違えてしまった。倍カワイイモードが発動する前に、リスク承知で攻めるべきだったのだ。だからこそ、二回目の判断ミスは、ない。その時を待ち、耐え続ける。
「ちぇすとー!」
『ビヨウジョ!』
そして、巨雄にやってきた最後の賭けの時間。左右同時に繰り出される跳び蹴りを、片方を盾で、残りを剣で対処、しない。
「かッ!!」
巨雄は盾を下げ、剣を持ち上げ、幼女の同時攻撃を、敢えて受けた。恐ろしい衝撃が全身に伝わり、意識がシャットダウンしかける。だが、耐えた。
「闇魔法ショートアテンション!」
「貰ったッ!」
賭けに勝った巨雄は、血を吐きながら叫んだ。目の前には、攻撃を放った直後の隙と、妖姫の魔法で強制的に注意を逸らされたことによる隙が重なり、格好の的となった通常色のRIAMUちゃんがいる。
幼女は目を見開いた。影の剣が袈裟懸けに振り下ろされ、何の抵抗もなく、幼女は肩から斜めに一刀両断された。一瞬だけ遅れて飛び散る……ゆめかわいい色の飛沫。
「しまッ!?」
「残念、クイズは不正解です!ひっかけに騙されてやんのー』
『またの参加はお待ちしていません!」
両断された幼女は、いたずらな笑みを浮かべながら、ゆめかわいい配色に変わり、そのまま粘性の高い液体に戻った。そして残った幼女は、いつの間にか元の、ピンク髪以外は普通の人間と変わらない色の、いつもの姿に戻っていた。その目の前には、超高性能ボディ二体分の攻撃をまともに受け、渾身の一撃を放ったばかりの、死に体の巨雄。
「美幼女ビーム!」
いつもの姿勢で放たれた極彩色の光線は、四天王を飲み込んで、遥か彼方へと吹き飛ばした。直後、周囲を覆っていた漆黒の壁が消え去る。
「腹話術モードオン。行きましょうリンさん」
『ああ、止めるぞリアム』
幼女の瞳は、そびえる黒曜石の柱をまっすぐに見据えている。
砂の大地を走るRIAMUちゃんの足がもつれ、転びかけたが持ち直した。
『やっぱり、ノーリスクじゃないんだな』
「申し訳ありませんリンさん。ですが、使うしかないと判断しました」
『そうか、ならそうなんだろ。謝る必要はねえよ』
見せ場なく倒されたように見えた四天王だったが、そんなことはない。彼らはとんでも幼女の切り札を一つ確かに切らせ、消耗させていた。
「……はい」
一瞬表情を緩めたRIAMUちゃんだったが、直ぐに真面目な顔に戻った。もう、すぐそこなのだ。目の前には、見上げなければ全貌が見えなくなった黒曜石の柱と、その周りに浮かぶ、黒いスパークを時折放ち、苦し気に震える三つの勇者の装備があるのだ。
「そうか、みんなダメだったか」
そして、魔王も。
「覚悟しなさい!邪神復活はRIAMUちゃんが許しません!」
両手を広げ、やや悲し気に歩み寄ってきた魔王に、幼女は指を突き付けた。それを見て、魔王は笑った。
「覚悟しなさい、か」
「何がおかしいんですか!」
「ここに君が来ている時点で、もうどうしようもないんだ。ふふふ、勇者伝説の魔王みたいに、最強の魔族だったらどうにかなるのかもしれないけど、僕は魔族の国、魔国の王。戦う力なんて一般人と変わらないのさ」
『じゃあ、なんでここにいるんだ?』
さっさと魔王をぶん殴ろうとしていたRIAMUちゃんだったが、どうやらリンが会話をする気のようなので、準備だけして留まった。
「責任さ。我らの神を復活させられた時、出来なかった時、どちらにせよ多大な迷惑がこの国にかかる。それを僕の首で、多少なりとも贖罪するために、ね」
「それなら、最初から復活させなければいいでしょう!」
この時、リンの胸に再び、大きな疑念が戻ってきた。
『……何故、邪神を復活させようとするんだ?』
魔王は、その質問を待っていたかのように、流れるように語り出した。
「魔界には、太陽がないんだ。太陽がないから、まともに農業が出来ず、安定した食料生産が出来ない。狩りをしようにも、こっちの獣と違って魔獣は強力だ。命懸けになる。だから国土に対して食料が足りず、余裕がない。余裕がないから文明が発展せず、魔国が出来るまでは、部族ごとに狩りと採取で暮らして、足りなくなったら他の部族を襲う、そんな原始的な生活を全ての魔族がしていたんだ。でも、魔国ができても、余裕は生まれなかった。軍を組織して、様々な魔族が協力することで狩りの成功率は上がっても、魔獣だって無限に湧いてくるわけじゃない。すぐに魔国は、魔界で養える限界の人口に達してしまったんだよ。今も僕の国は人口調整で、好きな人と好きに結婚して子供を作る自由はないし、配給制だから好きな食べ物を食べることも出来ない。そんな不自由から国民たちを救うためには、魔界がこの世界に帰るしかないと結論付けたのさ。知ってるかい?この湖は、元は魔界になった大地があった場所なんだ。復活した我らが神の力で、魔界を元の場所に戻してもらえれば、僕の国は、国民たちは救われるんだ。……理解してくれたら、協力してくれないかい?」
リンは、悩んだ。悩んで悩んで、考えて考えた。RIAMUちゃんは、何も考えずにリンの判断をただ待っていた。魔王も、彼が結論を出すのを大人しく待っていた。そうして丸まる十分以上悩み続け、リンは言った。
『……いやおかしくね?』
「……何がだい」
流石の魔王も気分を害したのか、笑みを崩し真顔になった。しかし、リンは続けた。
『わかる。途中まですごくよくわかった。魔界がすごい大変で、それを救いたくてあんたたちが行動してたっていうのは、わかった。でもおかしいよな?なんで邪神復活になるんだ?』
もし操作権限がリンにあったら、本気で不思議そうな顔を幼女はしていただろう。
『邪神が復活しても、別に魔界を元に戻してはくれないんじゃないか?』
「……いや、君たちの伝説は知っているけど、我らが神は我らをお創りになった神で……」
『いやいや、こっちでは邪神は世界を滅ぼそうとしたって言われてて、実際に封印はされてるだろ?勇者伝説が全部正しいとは思わないけど、そっちの方が絶対的に正しいって、信じられる証拠が魔界にあるのか?あるならわかるんだけどな』
「それは……いや、まて?……証拠?我らが神?」
リンの疑問を受け、魔王は様子がおかしくなってしまった。頭を両手で抱え、視点が定まらない目はきょろきょろと動き、何事かをぶつぶつと呟く。
『お、おいどうしたんだよ』
リンが心配になり声をかけた瞬間、魔王はハッとしたように漏らした。
「そうだよ、なんで僕は邪神を復活させようと――」
『そこまでにしてもらおうか』
その時だった。地の底から響くような、この世ならざる不快な声が聞こえ、魔王の動きが人形か何かのように、ピタリと止まった。
『いやはや、何百年もかけ、国を作らせてまで準備をしたというのに、こんなところで正気に戻って貰っては困る』
その声の源は、魔王の肩に止まっていた、漆黒のカラスだった。
『な、なんだお前は!』
リンの誰何に、カラスは嘲るように一つ鳴き、羽ばたいて宙に浮き答えた。
『邪神だよ』
瞬間、ずっといつでも動けるように準備していたRIAMUちゃんが、邪神を名乗るカラスに飛び掛かった。だが、途中で何かに遮られる。それは魔王だった。正気を無くした様子の魔王が、すさまじい力で幼女を押さえつける。その全身から鳴る嫌な音からして、無理やり限界を超えた力を使わされているようだった。
『さて、しょうがあるまい。出来ればやりたくはなかったのだがな』
カラスは大きく翼をはためかせ、三つの勇者の装備の元へ飛んだ。そして一つ鳴くと、装備から大量の黒いスパークがカラスへ飛び、力を失ったように装備は地に落ちた。そしてその力を纏ったカラスは、黒曜石の柱に突っ込み、目が眩むほどの黒い光を放った。
すると、なんということだろうか、黒曜石の柱が轟音を立てて崩れ落ち、けたたましい歪んで狂ったような笑い声が地の底から響きだした。
笑い声の主は、直ぐに姿を見せた。柱が立っていた根本の地面から、水が噴き出すように、黒い触手の塊が湧き出てきたのだ。そのヘドロのように醜い虹色に光る黒い触手の至る所から、人のような目や口が、絶えず浮かんでは消えていく。その目や口は、全て嘲るような、見下すような、そんな不快な笑みを浮かべており、口からは狂ったような笑い声が絶えず上がっていた。
邪神だ。邪神が復活したのだ。
触手の塊、もしくは渦といった形容しがたい冒涜的な姿をした邪神が蠢くたびに、無数の細い触手がちぎれ落ちていた。千切れたその触手は、地面でのたうち回り、共食いを始めるなどしていたが、一部の幼女と魔王に気付いた触手たちは、体を奇怪にくねらせてこちらへと大挙して来た。
『やばいやばいやばいばいやばいぞリアム!?』
「わかりますよそんなこと!美幼女ソード!」
得体のしれない触手に群がられる未来を予想した幼女は、突然力の抜けた魔王を邪神から遠い方へと全力で投げると、ランドセルから大きさの違う二つのリコーダーを取り出して両手に掴んだ。そしてそれを超高速で振り回し、襲い来る触手を八つ裂きにしていく。しかし、あまりにも多勢に無勢。降る雨を全て弾き返そうとするような無謀だ。更に、邪神の本体が、生まれては消える無数の目を全て幼女に向け、大きく笑った。
「これは、本当にまずいです!!」
邪神本体から迫りくる、大木のような太さの触手。避けようにも、触手の大群が邪魔で身動きが取れない。万事休すか。
「神よ!」
しかし、運命はまだ二人を見捨てていなかった。幼女と触手を遮るように現れる六層の光の壁。クリフトだ。
「助かりました!」
「なによりです……!」
自分と幼女を囲うように、触手たちをはじき出して球壁を展開し、二人の隣に立ったクリフトだったが、その顔に浮かぶ微笑みは、強張っている。
「なるほど……」
邪神本体とこちらを隔てるように展開した六層の壁が、本体の触手に何度も何度もたたかれ続けているのだ。その度に、今まで傷一つついたことのなかった壁に、ヒビが入り、広がっていく。
「……リンさん、リアムさん。私には記憶がないので、お二人と出会ってからが人生の始まりで、全てと言っても過言ではないでしょう」
光の壁が一つ、二つと砕け散っていく。
『おい、何言いだしてんだクリフト!』
「黙ってください!いまどうするか考えてるんです!」
次々に壁は砕かれ、残りは一つしかない。
「楽しい人生でした。ありがとうございます」
クリフトは、笑った。
光の球壁は、リンとRIAMUちゃんだけを包み、後方へと飛んだ。その次の瞬間最後の壁が打ち砕かれ、人の腕程の太さの触手が、クリフトの胸を串刺しにした。そして、赤い血を絶え間なく零れさせるクリフトを本体の上に持ち上げると、本体に巨大な口が現れ、クリフトを飲み込んだ。
『「あああああああああああああああああああああああ!!!!」』
光の球壁は消えた。二人は力の限り叫ぶと、触手の海へと飛び込んでいった。
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