第七話 超絶美幼女ブレイブRIAMUちゃん Aパート

 ガタゴトと、小気味よくリズミカルに揺れる車内。地球の馬車はお尻が痛くなるものだったらしいが、異世界のものだからなのか、王族用だからなのか、振動はむしろ心地よいくらいであった。

「神によって召喚された勇者様は、世界を滅ぼさんとした邪神を封印した。その時、邪神の瘴気に触れ魔族に変えられてしまった人や、魔獣にされてしまった獣は、神によって別の次元、魔界に封じられ、邪神の影響が完全に抜ける千年後に、再びこの世界へと戻ってくる。そういう言い伝えが王家にはあるのだ」

 威厳溢れる低音で語るのは、国王その人だ。この馬車の中には、国王と幼女しかいない。ちなみに、王は王らしい服装である。全身タイツ姿ではない。

「君の話によると、その魔王軍を名乗る連中は伝説の魔族の特徴と一致している点が多い。しかしまだ邪神が封印されてから六百年。もし本当に魔族なのであれば、何らかの方法で神の封印を破ったということになる。そのような力と思想を持つ者たちが勇者の装備を集めて企んでいること、コレクションや金稼ぎ目的では当然あるまいよ」

 王は手すりに肘をつき、馬車の中から王都の街並みを、愛おしそうに眺めている。

「今更ですけど、俺の話を信じるんですか?」

 敬語を脳内から引き出すため、やや歯切れの悪いリンの本当に今更な質問に、王は豪快に笑って答えた。

「人を見るのは王の仕事よ。子供に騙されたというのなら、所詮余がそこまでであったという話だ。そうならば王の資格はない」

『RIAMUちゃん、外国の犯罪グループだと思ってました』

「ははは、この大陸には我が国しかないのだ。魔導船による交易は細々と行われてはおるが、余の目を盗んでこの国を出ることは叶わん。特に物が勇者の装備であれば尚更な」

 幼女のお腹に向かう王の表情も、口調も、優しい。

「君たちの話を聞く限り、恐らく塔にあった杖と谷底の剣は、既に連中の手の内にあるだろう。故に、何としてでも首飾りと鎧だけは、死守せねばならん」

「ごめんなさい……」

 リンは、悲壮な表情で頭を下げた。谷底でも塔でも、やろうと思えば勇者の装備を手に入れることは出来たのだ。谷底ではその重要性をあまり理解しておらず、塔は破壊してしまいテンパって逃げたため、放置してしまった。

「君たちがいなくとも、その二つはいずれ奪われていただろう。それは我が国の、ひいては余の責任だ。むしろ、君たちがいたお陰で、連中の存在を把握することが出来た。それと余を救出した功績で、塔の破壊と王都での狼藉は、相殺しようではないか」

 王は強くリンの頭を撫で、不安を払拭させた。すると、馬のいななきが聞こえ、リズミカルな振動が止まった。目的地に着いたのだ。

「さて、勇者様の石碑が、君の帰還と連中の目的を知る助けとなればよいが」

 馬車の扉が外から開かれる。新しい空気と共に、リンの元へ飛び込んできた景色は、意外にも質素なものだった。いや、質素というのは、正しくはない。清貧と呼ぶべきだろう。過度な美はなく、しかし整い、調和がある。その場所は、勇者教会本部だった。


 国王と多少の護衛と共に本部へ入ると、優しそうな顔をした壮年の、肩に白い梟を乗せたやや豪華な宗教的な服を着た男が、にこやかに歩み寄ってきた。そして、その隣には、いつも通りよりやや深めの微笑みを浮かべるクリフトがいた。

「クリフト!探す手間が省けたな!」

『クリフトさん!どうしてここに?』

「リンさん、リアムさん、移動してしまい申し訳ありません。これには色々とありまして」

 神官と幼女が手を取り合って再開を喜ぶ横で、男と国王が頷き合った。

「余は教会長と話がある。後で何が刻まれていたか教えて貰おう」

「では陛下、二階にて準備が整っております。石碑には案内のものを付けさせますので」

 そう言い残すと、二人は何事か相談しながら階段を上っていった。残されたリン達は、クリフトと似たような格好をした男の案内で、お互い何があったのか話しながら勇者の残した石碑へと向かった。


「そんで偽王を倒して、色々あってここにいるわけだ」

「ご歓談の途中で申し訳ありませんが、勇者様の残された石碑でございます」

「私の話をする暇がありませんでしたね」

「それは、流石に後だな」

 導かれたそこには、風化しないよう厳重に保管された石碑があった。案内の男は役目を終えるとどこかへ去っていき、リン達はガラスのような保護ケース越しに、遥か六百年前勇者によって残された言葉と対面した。

「これ、英語だ!やったぞ勇者はやっぱり地球人だった!しかも読める!」

『RIAMUちゃんの翻訳機能ですね』

 その石板には、英語で文字が刻まれていた。リンは一字一字確かめるように、ケース越しに文字を指でなぞりながらそれを読んだ。


『私の後にこの世界へ来るものが、元の世界へ帰りたいと願っているならば、幾つか伝えることがある。もし神と出会っているならばこのような説明は不要であると思われるので、神に出会っていない前提で、書かせてもらう。君がこの言葉を読めることを祈る。

 もし君が元の世界へ帰る方法を探しているのなら、それが可能なのは神だけだ。しかし神は、千年かけて邪神を滅ぼすために、封印の島で邪神と共に自ら封じられた。既に邪神が滅びているのなら、その島に向かうといい。異世界から来たものがそこへ来れば、神は必ずその存在に気づき、元の世界へと帰してくれるだろう。しかし、未だに邪神が健在であるならば、別の帰還手段を生み出してもらうか、もしくは邪神をその手で滅ぼし神を解放するよりほかにない。君が邪神を滅ぼす道を選ぶなら、私が残した装備を集めるといい。神から力を得ていなくとも、全てを揃え、【柔軟力が満ちた】と唱えれば、その真の力を君に貸してくれるはずだ。そして柱に力をぶつければ、封印は解かれる。

私には邪神を倒すことは出来なかった。だが数百年の時が経ち、邪神の力が減じているならば、可能かもしれない。しかし、君がそれを成し遂げられる確証がないのなら、いたずらに封印を解くのはやめてほしい。この世界の人々も、地球の人々と同じように生きている。邪神が復活すれば、その生活は酷く脅かされるだろう。

 最後に、君がどんな決断をしたとしても、良い結果になるよう祈らせてもらう』


 石碑に刻まれた文字を読み、しばらく咀嚼して、リンは呟いた。

「……なんで柔軟力?」

『きっと勇者様はジューナンマンだったんですよ!』

「んなわけあるかよ……」

 リンはそう言いながらも、何となく嫌な予感を覚えていた。

「にしても、勇者の装備を集めて邪神を倒せ、か」

『邪神を倒すにせよ倒さないにせよ、まず魔王軍から装備を取り返さないといけませんね』

 元の世界への帰還の前に立ちはだかる難問に、一度深いため息を吐いたリンだったが、自分の頬をぴしゃりと打って気合を入れなおした。帰還方法自体は見つかったのだ。これは、大きな大きな前進である。思考をポジティブに切り替え、顔を上げたリンの目の前に、クリフトの微笑み顔があった。それに、リンには何か違和感があるように思えた。

「……そうだクリフト、爺さんからもらったJ字架はどうしたんだ?」

 森の老人に貰い、それ以来ずっと身に着けていたJ字架がないのだ。

「ああ、あれは病気の母親を助けてもらう代わりに教会長様に渡しました。お爺さんもきっと許して下さるでしょう。それと、私は神官ではないらしいです」

「いやお前、俺達とはぐれてる間に何してたんだよ……」

 自分たちが牢屋に入れられたりと色々と苦労している間に、何か心温まるイベントをこなし、更に重大な事実を手にしていたらしいクリフトに、リンが一種呆れたような目を向けた。そしてクリフトが少女とのストーリーを語ろうとしたその時、苦悶の声がそれを遮った。

『ぬおおおおおおお!?』

『二階から、王様の声です!』

「行くぞ!自動運転モードオン!」

「はい、どうもいつもありがとうございます」

 リンはクリフトを担ぎ、目にも止まらぬ速さで声の元へとかけた。


「ちぇいや!」

 掛け声と共に放たれた蹴りが扉を破壊する。そこでリン達が目にしたのは――。

「ぬぅおおおおおおお!」

 教会長が笑顔で見守る目の前で、叫び声を上げながら苦悶の表情で全身タイツをゆっくりと脱ぐナイスミドルの姿だった。

「おじゃましました、どうぞ続きを」

 お辞儀して去ろうとした一行を、国王が止めた。

「違う!そういう高度なプレイではない!よく見よ!」

 言われた通り、RIAMUちゃんは部屋の中をよく見た。そこには教会長と、国王と、中腰になり両手を突き出して王に向けて黒い波動を放っている黒いローブ姿の顔色の悪い男、魔王軍四天王が一人、魔導サリーがいた。

「誘拐魔……王軍!」

「誘拐魔ばかりいる軍隊のように言うでないわ!吾輩は魔王軍四天王のサリーである!」

 唾を飛ばす勢いで怒鳴るサリー。RIAMUちゃんは、どうやら国王は特殊なプレイをお楽しみなのではなく、なんらかの事態に巻き込まれていることを理解した。当然、助けるべくクリフトを置いて直ぐに突っ込む幼女。しかし、その身体が何かに阻まれ弾き飛ばされた。幼女がぶつかったのは、亀のような甲羅だ。

「ネコダワン!」

『ネコダニャンだろ!』

「俺様はイヌダニャンだ!」

 新品に見える甲羅の持ち主は、亀とモグラを足したようなモートルの親玉のような厳つい顔をした四天王、最硬のイヌダニャンであった。名前はうろ覚えだったが、彼の甲羅を必殺技で抜けないことはちゃんと覚えていた幼女AIは、ランドセルからピッケルを取り出そうとした。だが、それを遮るように振り下ろされるバトルアックス。

「『デカイオッパイ!』」

「ゴールデンパイパイだ!我はそのような卑猥な名前ではない!」

 日本人には十分卑猥に思える名の持ち主は、真っ赤な鎧と三メートル近い身長とその身の丈ほどもあるバトルアックスと牛そのものな顔が特徴の四天王、巨雄ゴールデンパイパイだ。

「こちらは私が受け持ちます。神よ!」

 クリフトの祈りと共に光の壁が球状に彼を覆い、それがイヌダニャンを部屋の隅に押し付ける形になった。四天王一の近接戦闘能力を持つ男との一対一になったRIAMUちゃんだが、塔の時と違い体調は万全だ。戦斧による連撃に出来るごくわずかな隙を突き、急所蹴り上げ。無言で崩れ落ちる巨漢には目もくれず、サリーを邪魔するために駆けだす。だが、四天王は四人いるから四天王なのだ。

「闇魔法、ショートアテンション!」

RIAMUちゃんの視線が、体が、自分の意思に反して動き、白い髪をツインテールにしたカラフルな顔の少女に注目させられた。

「……誰ですか!」

「……そういえばそうじゃった!妾は妖姫オニギリ・ダイスキ―!覚えておくのじゃ!」

「タンクトップとか着てそうですね!」

「なんじゃその感想は!?」

 気の抜けたやり取りだが、言葉ほどの余裕はRIAMUちゃんにはない。そうして幼女が手間取っている内に、国王は苦悶の声を上げながら全身タイツを脱ぎ切り、それを教会長に全身を強張らせながら渡してしまった。笑みを深める教会長。

「あなた、何者ですか!」

 魔法による注視の拘束を気合で解いた幼女の問いに答えるように、教会長の姿をしたものは、指を鳴らした。すると、一瞬男の身体が闇に包まれたかと思うと、そこには国王が着ているような服をやや禍々しくしたような服を身に纏い、青白い肌をした好青年が立っていた。

「目的は達したことだし、答えてあげるよ」

 男は、まるで気の置けない友人に語るような気楽さで名乗った。

「僕は魔王さ」

 白い梟が変化した漆黒のカラスが、魔王の肩で嘲るように一つ鳴いた。

『魔王!?実在しないんじゃなかったのか!』

「さて、どうだろうね?」

 魔王の声も、仕草も、余裕に溢れている。実際余裕なのだ。ゴールデンパイパイは荒い息を吐きながらも立ち上がり、イヌダニャンも球壁をよじ登って拘束を脱した。妖姫は健在で、国王に魔法をかけ続ける必要がなくなったサリーもいる。流石の幼女も、考え無しに魔王に吶喊できるような状況ではなく、苦い顔で睨むだけだ。多勢に無勢が極まっている。

「勇者の装備は全て揃った。だからお暇させてもらうよ。」

 魔王がそう言うと、サリーが呪文を唱え、直ぐに四天王と魔王が浮き上がった。

「ああ、本物の教会長さんは自宅で寝てるよ。明日には目を覚ますから安心してね」

 そう言い残すと、魔王軍たちは窓から飛び立ち、去っていった。

 戦闘により、無残に形を変えた部屋には、鋭い目で窓を睨む幼女と、無表情に近い微笑みを浮かべる神官と、床にうずくまり息を荒げる全裸の国王だけが残された。


 部屋に重苦しい空気が満ちている。荒れた部屋ではなく、別室に移り机を囲んだ国王とリン達は、現状を確認していた。

「石碑にそう書かれていたというならば、連中の目的は邪神の復活と見て間違いなかろう」

「封印の島の邪神ですね。ではそこへ追いかけて行って倒しましょう!」

「いや、それは不可能だ。君たちも見たはずだ、湖にかかる霧を。あれはただの霧ではないのだ。あれは封印の島へ人を寄せ付けないための勇者様の魔法。勇者の装備なくば、必ず元来た方へと戻ってしまうのだ。だが、勇者の装備はもう全て連中の手の内だ」

「……ということはあのジューナンマンみたいな全身タイツは」

「ああ、本当はあれが勇者の鎧。当代の王が着続けるのが習わしだったのだ。それを知るのも教会長と王だけ。そして自らの意思で脱ごうとしなければ脱げぬ、奪われようのないはずのものだったのだが、な」

「首飾りは、どうなのでしょうか?まだどこにあるのかも分からないはずですが」

「実はな、勇者様降臨の地である聖なる森を監視していた老人は、何を隠そう我が父なのだ」

「なるほど、おじいちゃん前の王様だったんですね」

「そして、首飾りの守り人でもあった。君たちの話と連中の話を総合して考えれば、クリフト君が貰った首飾りが、勇者の首飾りだったのだろう。退任してよりボケたふりをするのが好きな男だったが、本当にボケたのか、あるいは……」

「整理しますと、封印の島には勇者の装備がなければたどり着けず、勇者の装備は全て封印の島にある、と。神はまた、大きな試練を与えるものですね」

「詰んでますね」

「正直な話、手の打ちようが見つからん」

 どうにもならないということだけがはっきりとわかってしまい、一層沈んだ雰囲気になる部屋。と、ここでRIAMUちゃんが、自分のお腹が静かなことに気づいた。

「リンさん、どうかしたんですか?」

『……いや、どうして邪神を復活させるのかって、考えてさ。あいつら、狂信者とかそんな感じじゃなかったろ?どっちかっていうと理性的っていうか、悪い事してるけど甘いみたな?給料出そうとしてたり、教会長も生きてるみたいだし。それと世界を滅ぼそうとした邪神を復活させる、っていうのがなんか結びつかなくてさ』

「確かに、言われてみるとそうですね」

「だが、何の理由があるにせよ連中がそれを狙っているなら、止めねばならん。だが」

『止める方法がない、ですよね』

 全員の気分が落ち込み、部屋を沈黙が支配する。皆が何も言わずとも、結論はでかけていた。どうしようもない。諦めるしかない。そんな結論が。誰がそれを口に出すか、出さないか、最早それが待たれるだけになったその部屋の扉を、笑いながら開けるものが現れた。

「ほっほっほ、話は聞かせてもらったからのう」

「いや、すまねえ。俺には盗み聞きを止められなかった」

 入ってきたのは、森を監視しているはずの老人と、谷で分かれた隊長だった。老人は人生の絶頂とばかりに楽し気に笑い、隊長はバツが悪そうにしている。

「パッパ!?どうしてここに?」

『隊長、その格好はなんだ?』

「ああ、まあ、色々あんだよ。ちょっと待て、順序立てて説明するからよ」

 何故か城の騎士が着ていたような鎧を纏った隊長は、スキンヘッドを掻いた。

「とりあえず俺、本当は行商隊の隊長じゃあねえんだ。騙して悪かったが、本業は騎士。近衛第四隊隊長だ」

『はあ!?』

 驚きで顎が外れそうなリンだったが、幸いRIAMUちゃんがボディを動かしていたので問題なかった。


「この前王閣下に生活必需品を運んで、元気に生きてるか確認する仕事の途中だったわけよ。んで、爺さんのとこに着いたら、家を飛びだそうとしててよ。訳を聞いたら……」 

「わしはボケる振りが趣味じゃったんじゃがの、ここ最近本当にボケてきての?『間違えて勇者の首飾りを渡した』と勘違いしておったんじゃ。それでの、首飾りを取りに行ってくれた人たちを追いかけようとしておったんじゃ」

「んで、誰にそんなこと頼んだのか聞いたら、様子がおかしくてな。詳しく聞いたら、爺さんにかけられてた魔法かなんかが解けてな。どうやら勇者の装備を狙ってる変な連中がいて、嬢ちゃんたちが危なそうだってのが分かったんで、ありとあらゆる手段を使って最速で王都に戻ってきたわけなんだが」

「ほっほっほ、戻ったら城で色々と聞けてのう。更にさっき聞かせてもらった話でおおよその状況は理解できたわい。これが必要なんじゃろ?」

 そうして、先ほどとは打って変わって希望に満ちた表情を浮かべ、今か今かと話を聞いていたリン達の目の前に、老人がポケットからJ字架を取り出して掲げた。

「勇者の首飾り、これが本物じゃ」

 それはまるで希望を象徴するように、太陽の光を反射してきらめいた。

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