第六話 超絶美幼女プリズナーRIAMUちゃん Aパート

 薄暗い部屋に、一筋の光が差し込んだ。それがこの部屋の、たった一人の住人である少女の目に飛び込み、彼女は眩しそうに目を細めた。ゆっくりと部屋を見回し、いたずらな光がやって来たちいさなすきまを見つけた少女は、その薄く細い光に手を伸ばし、手のひらの中に光を掴んだ。もちろん、そんなものはまやかしだ。少女が伸ばしていた手を戻せば、元の様に光は少女の目を苛んだ。少女は、小さく笑った。

「まさか即牢屋行きとは、RIAMUちゃんびっくりです」

『びっくりですじゃねえよ!』

 そこは牢屋だった。


 時間は少し巻き戻り、異世界生活六日目の夜である。

「おぉ、すっげえ」

『わお、RIAMUちゃん勝手に円形の壁に囲まれてると思ってました』

「暗くてよく見えませんが、家がたくさんありますね」

 妖姫の罠から逃れたリン達は、目的地である王都全域が見渡せる小高い丘の上で立ち止まり、感嘆の声を上げていた。まだ王都は遠いが、その全貌ははっきりと見えていた。

 彼らを魅了した王都は、城を中心として、三分の一が扇状に欠けた円のように、放射状に広がっていた。円外周部は殆ど全て畑で、中心に近づくほどに段々と建造物の密度が上がっていき、城の周辺に近くなると、近代日本をなんとか無理やり再現しようとしたような所と、創作でよくある中世ヨーロッパ風建築とがパッチワークの様に重なり連なり、独創的な街並みが広がっている。円の欠けている部分は海か巨大な湖のようで、RIAMUちゃんの視力を以てしても果てが見えず、途中から非常に濃い霧が水上を隠しており、小島や岩礁があったとしても見えはしない。そして、この王都の中核である西洋風の城は、日本人が考えるファンタジーの城、もしくは有名テーマパークにありそうな城、といった風貌だ。

 リンは、予想していたよりずっと楽しそうな文明が発展していそうなことと、伝説の勇者が同郷である確率がぐっと上がったことで、かなりテンションが上がった。

「明日着けばいいって思ってたけど、やっぱり今日の内に行っちまおうぜ!」

『そうですね、RIAMUちゃんも好奇心が抑えられません』

 興奮する幼女組に対して、夜を見通す目も超人的視力もないので、なんとなく家が沢山あるくらいにしか把握できていないクリフトは、静かに微笑んで大人しく背負われた。


 定期的に現れる石の柱は、電柱を模したのだろうか。しかし一定間隔で置かれ夜でも明るく照らす街灯を光らせているのは電気ではあるまい。大通りの路面は黒く塗られ、白線で車線が分けられまるで地球の道路のようだが、そこを走っているのは馬や見たこともない大きな鳥やサイのような獣がひく馬車のようなものであったり、動力が見当たらない車であったりと、別の世界であることを激しく主張する。立ち並ぶ建造物を見れば、コンクリートで作られたかのような継ぎ目のない直方体のビルもどきがあるかと思えば、その隣には木造の建物があったり、その二つを足して割ったようなものが建っていたりする。そんな街を歩く人々は老人に隊長、シアンなどと同じく元の世界の人と違いが見つからない人種が多いが、二倍の身長があったり、逆に子供ほどの身の丈の大人がいたり、耳が長かったり短かったり、かと思えば獣が二足歩行しているようにしか思えないものがいたり、はたまた全く例えようのないものもいたりと、多種多様な種族がいる。その彼らが身に纏う衣服は、まるでスーツのようなものや、漫画やアニメで見た異世界の一般人が着ていそうなものに、今まで想像したこともないようなものまで、種族と同じくバラエティ豊かだ。

「おぉ……」

『わお……』

 深夜になって、残りの道を踏破し畑の海を越え、王都の中心近くまで辿り着いた一行は、夜だというのに宿を探すこともなく、王都の景色に魅入られ、歩き回っていた。

「なんていうか、異世界に来た!って初めてちゃんと実感したかも。みんな、この世界で生きてんだな」

「王都と言うのは、町というのは、ここまで大きく、人がたくさんいるのですね。神もきっと、人の努力を喜ばれるでしょう」

『早く寝なさいという幼女AIと、もっと見て回りたいという好奇心回路の板挟みです』

 口を半開きにし、目を輝かせながらきょろきょろと辺りを見回すピンク髪の幼女を、街行く人々が微笑まし気に見ている。そんな視線に気づかず、リン達は大通りから大通りへと観光を続けた。そうしてしばらくした時だった。

「……トイレ、自動運転モードオン」

「かしこまりました。クリフトさんはここで待っていて下さいね」

「はい」

 頷くクリフトを確認し、RIAMUちゃんは深夜に関わらずそこそこの人通りがある大通りを抜け、人目の少ない裏路地に入っていった。そして誰も見ていないことを確認すると、ランドセルからパステルピンクの仮設トイレを取り出して設置し、中に入った。

『……助かった』

 少しして、RIAMUちゃんはトイレから出てトイレをランドセルにしまい、元の通りへ戻ろうと歩き出した。するとその途中で、地球の警察を模したような制服を着た二人組に行く手を阻まれ、話しかけられた。

「……ちょっと君、署まで来てくれるかな?」

 瞬間、リンの脳裏に蘇る森林破壊と塔の崩壊。焦り、恐怖、不安、そんな感情にリンが襲われていることをすぐさま察知したRIAMUちゃんは、優しい声で呟いた。

「安心してくださいリンさん。こんな時間にこんな人気のないところを一人で超絶美幼女が歩いてるんです。お巡りさんなら補導するでしょう?」

『……そうか、そうだよな』

 ほっと一安心したリンは、抵抗することもなく二人組についていった。


 二人の帰りをクリフトがぼうっと待っていると、警察風の格好をした二人組が通りかかり、近くの石の柱に何かを貼り、そのまま去っていった。気になった彼は、言いつけ通り足はそこから動かさないようにしながら、上体だけ倒して貼られたものを覗き込んだ。

 二人組が貼った紙には、見覚えのありすぎるピンク髪の幼女の顔の下に、『王命により指名手配』の文字がでかでかと書かれていた。

「……なんでしょうか?」

 それが何か理解できなかったクリフトは、元の位置に戻りじっと二人を待ち続けた。そうしてずっとずっと、何の疑念も抱かず待っていると、彼の目の前を今にも泣きそうになりながら、彼の待ち人と同じくらいの年齢の少女が、必死な表情で走り去っていった。

 クリフトは、一瞬だけ悩んでから少女を追いかけた。


 二人組についていった幼女は、あれよあれよという間にランドセルを預かられ、牢屋にぶちこまれた。そして冒頭に戻る。

『これ補導か!?本当に補導か!?』

「……ここなら悪い人に襲われることはないでしょうし、異世界式の補導ですよ」

『AIが嘘つくんじゃねえ!』

「RIAMUちゃんは幼女の生態を高度に再現しています」

 別に子供だって嘘をつく。リンは心の中で深呼吸をして、心を落ち着かせようと努力した。

「それで、どうしますか?RIAMUちゃんの性能なら脱獄なんて簡単ですよ?」

 リンが落ち着いたころを見計らって、彼女はそう提案した。

『……いや、元の世界に帰るのにこの世界の人の協力が必要かもしれないし、やめとこう』

 冷静になったリンは、きっと何か説明があるだろうと、時が経つのを待つことにした。


「どうかしたのですか?私でよければ力になりますよ?」

 少女に追いついたクリフトは、そう声をかけた。それに気づいた少女は振り返り、クリフトの格好を確認すると、少々悲し気に尋ねた。

「お兄ちゃんだれ?神官さま?」

「私はクリフト、旅の神官です。本当は神官でもクリフトでもないかもしれません」

 少女は首を傾げ、クリフトは微笑んだ。

「えっと、……神官さまなの?」

「そうである可能性が高いと皆さんおっしゃいます。とにかく、事情をお聞きしてもよろしいですか?」

 少女は今一度悩んでから、話始めた。曰く、母親と貧しいながら二人で暮らしていた少女だったが、最近母親が病気になってしまった。その病気を治すには大神官レベルの魔法が必要なのだが、それを受けるには多額の寄付が必要。当然そんなお金はなく、だましだまし生活していた親子だったが、今晩ついに母親が倒れた。いてもたってもいられず家を飛び出した少女は、道を行く人に金を無心したが誰も応えてはくれず、しかし一人の親切な酔っ払いが、どんな人にもお金を貸してくれる場所を教えてくれ、そこに向かう途中だったのだという。

 途中で泣き出しながらの少女の話は、要約するとそんなところだった。クリフトは少しだけ考え、少女の手を取った。

「わかりました。一人の夜道は危ないとリンさんも言っていましたので、私も一緒に行きましょう」

 聖職者と少女の二人は、手をつなぎながら人気のない方へと進んでいった。


 横にはなったが一睡もできず、体感的にはそろそろ夜が明けそうかといった時であった。

『リンさん、うっかり説明を忘れていたことがありました』

「……なんだ」

 何度拭い去っても頭によぎる悪い想像を、何度も首を振ってどこかに追いやろうとしていたリンは、RIAMUちゃんの言葉に気力なく応えた。

『RIAMUちゃん、幼女の生態を高度に再現するため、結構なエネルギーを使って稼働しているんです。そのエネルギーは、ランドセルの核融合で賄っていたんです』

「そうか……ん?」

 右耳から左耳へ、聞き流しかけたリンだったが、気づいた。

『ある程度遠隔でも大丈夫なんですが、離れすぎたみたいです。申し訳……ありま……』

「リアム?おい!?」

 リンは慌てて体を起こし、自分のお腹に向かって声をかける。

「リアム!冗談だろおい!おい……」

 リンの問いかけに、返事はなかった。彼は初めて、一人になった。


 少女の先導で、たまに迷いながらもクリフトと少女は、太陽がまだ顔を出す前に、誰にでもお金を貸してくれる場所の近くまで来ていた。その周辺は王都中心近くと違い、古く小汚い家屋や、人相の悪い人が多く、明らかにまともな場所ではなかった。

「この、坂の下の大きなおうち、だと思う」

 眠気をこらえながら少女は、そこそこの勾配の坂の下の大きな建物を指さした。

「では、行きましょうか。もう少しです、頑張りましょう」

 クリフトが頷き、少女の手を引いて坂を下り出す。すると少しもしないうちに、多様な種族でありながら、皆一様に柄が悪くナイフなどの凶器を手にした一団が、彼らを囲んだ。

「こんな時間にこんな所を、子供連れで神官様がどんなようですかー?」

 リーダーらしき、トカゲ顔をした男のバカにしたような言葉に、一団は下品な笑い声をあげる。

「どうしようお兄ちゃん……」

「安心して下さい」

 不安がる少女を背に庇い、クリフトは強く微笑んだ。


 お腹が歌う妙な子守歌も、能天気な神官の世迷い事や寝息も、聞こえない。耳に入るのは、他の囚人や監視する獄吏の立てる音だけだ。知らぬ他人の出す音は、自らの孤独をむしろ煽り、今まで考えなかったようなことが無数に頭をよぎっていく。本当に帰れるのかという不安、残してきた家族や友達のこと、その他、数えきれないほどの負の感情。寝不足の頭がそれを更に増長し、思考がマイナスへと深く深く沈んでいく。

 簡素なベッドの上で、顔を膝に突っ伏せ体育座りしていたリンに、声がかけられた。

「おい、飯だ」

 リンが顔を上げると、獄吏らしき中年の男が、質素な朝食をトレーに乗せて鉄格子の前にいた。男は持っていたトレーを、鉄格子の下の方にある小さな隙間から、牢屋の中に入れた。

「なあ、なんで俺はここにいるんだ」

 無視して立ち去ろうと考えていた男だったが、リンの顔が視界に入ってしまった。憔悴し、瞳からは光が失われた、幼い少女の顔が。

「……国王陛下の命令だ。それ以上は知らん」

 小さな娘を持つ男は、それだけ言うと何も見ないようにして足早に立ち去った。

「……国王陛下」

 朝食を一瞥することもなく、再び膝に顔を埋めたリンは、ぼそぼそと呟き始めた。王命、絶対王政。リンの高校生レベルの知識が、関連ワードを次々に脳内に浮かべる。奴隷、処刑、ギロチン、碌なものはない。

 リンは口の中で何か三文字唱えると、立ち上がって鉄格子の前に立った。その目は据わっていた。

「脱獄だ」

 幼女の細腕は、容易く鉄を曲げた。




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