第四話 超絶美幼女デストロイヤーRIAMUちゃん

 ここはどこであったか。ぼんやり考え、リンは思い出した。ここは、自分の家だと。何故か極小の違和感がこびりついているが、気になるほどではない。ドアを開ける。そこはリビングだ。リビングでは、ソファーに座った両親の背中が見える。両親は、何か呟いていた。

「お金が、返すお金がないわ」

「うぅ、破産の危機だ」

 なぜ自分の両親が借金に苦しんでいるのか。リンは直ぐに思い当たった。そう、タケボディ製の高級ボディを二週間で返せなかったからだ。自分の所為、といえるかは怪しいが、とにかく自分が原因の一端となって両親を苦しませているのだ。胸が罪悪感であふれた。

「あ、あの」

「ない、ない……」

「危機だ、危機だ……」

 謝るつもりなのか、言い訳なのか。とにかく何かを口に出そうとリンは声を出したが、両親は気づかない。かぶりを振り、リンは決意して息を大きく吸った。

「ごめんなさい!」

 リンの両親は、今度こそ息子に気づき振り返った。理由は不明だが久しぶりに見る気がするその顔に浮かぶのは、おっさんの顔だった。

「もう時間がない、とにかく王都へ向かうのだ」

「王都へ向かうのだ、世界の危機が迫っている」

「いやぁあああああ!?」

 谷底を出る前、最後の夜に見た、久しぶりのナイトメアであった。


 一際強い風が吹き、砂を撒き上げる。そこは空気も地面も、全てが乾いていた。そんな場所で、女は地面に腹ばいになりながら、双眼鏡を覗き込んでいた。もし、その女を遠くから視界に収めたものがいたとして、彼女の存在に気づくことはないだろう。彼女は、地面と同色の布を上から被っており、双眼鏡のレンズしか外には出ていないからだ。

 女は、無言で双眼鏡を覗き続けていた。彼女は、ある場所に続く道を、監視しているのだ。

 女はほとんど動かない。だがごくまれに双眼鏡から視線を外した。その時、彼女は決まって布の内側で、ポケットから取り出した紙を見ていた。そこに描かれているのは、一人の人物だ。性別は女性、背は小さく、赤い鞄を持っており、何より髪の色がピンクだった。そう、何を隠そうタケボディ製超高性能セカンドボディRIAMUちゃんが描かれていたのだ。女は、RIAMUちゃんがこの道を通るか見張っているのだ。

 そして、その時ついに、彼女はレンズ越しにピンク色の髪の女を見つけた。そのピンク髪の女は、聖職者の服を着た男と一緒に歩いている。

 監視する女は、じっくりとピンクの女を観察した。彼女は背が低く、赤い鞄を背負っており、そして、そして何より、筋骨隆々だった。

 女はポケットから紙を取り出して見た。描かれた少女の腕は細く、儚かった。歩く女を見た。肩から間違えて足が生えてるんじゃないかというくらい太く、たくましかった。描かれた少女を見た。デザインこそ見たことがないが、実に似合っている少女らしい服を着ていた。歩く女傑を見た。生地は限界まで伸び、内側から激しく自己主張する肉体を顕示するような男らしい布を纏っていた。紙の少女を見た。胸はまだまだ成長前で慎ましかった。歩く胸筋を見た。もうデカい。

 女は、あれは捜索している対象ではないと判断した。


『うぅ、ううううぅ……まさか、まさか』

 六つに割れた腹筋から出る完成された美幼女ボイスは、嗚咽混じりだ。

『まさか、まさかクリフトさんを背負いながら走っている途中で見つけたキノコを興味本位で口に入れただけでこんなことになるなんて……』

「自業自得だ。これに懲りたら拾い食いはやめろよ」

 あまりの落ち込みように、流石に同情気味なリンだったが、だからこそ優しい言葉はかけなかった。

『毒キノコならよかったんです。普通なら美幼女肝臓は全ての毒を分解できるはずですから。まさか、毒ではなく全て薬効だとは思いもしませんでした。うううぅぅ……スーパーマジオのキノコみたいな見ために騙されました……』

「いや騙されねえよ普通、配色がどうみても食えねえやつのそれだろマジオのキノコ」

「このまま治らないようでしたら、断食して筋肉をしぼませるしかないでしょうか?」

『そうですね……』

 どんな時でも大抵楽し気なRIAMUちゃんが落ち込んでいるため、一行全体の空気がどうにも沈んでしまっている。どうしたものかとリンが頭を悩ませようとした時、それよりも早く彼の高性能な視力が道の先に人影を捉えた。それは若い女性で、分かれ道の真ん中あたりにちょうどある岩に体重をだらりとあずけ、非常に暇そうにしていた。

「あんなところで何してんだ?」

「神に感謝、でしょうか?」

 リンはクリフトを無視し、女性を気にしながら先へ進んだ。しばらくして、彼女もこちらに気づいたようで、岩から背中を離し身なりを素早く整え、笑顔を浮かべ、手を振りながら大きな声で話しかけてきた。

「そこの神官様とおにい、おねえ、おじょ?んんん?」

 女性は混乱した。リン達は小走りになった。


「なるほど、ドーピングマッシュルームを食べてしまったんですね。あれ、滅多にお目にかかれないのに運がいいと言いますか、悪いといいますか……」

 ムキムキになってしまった幼女が何なのか分からず混乱していた女性に、リンは何故こんなにマッシブになったのかを説明した。

「あれ、一日経つともうムッキムキのまま戻らなくなるって聞いたことがあります」

『ええ!?それはとても困りますアイデンティティ崩壊の危機です!』

「えぇ!?お腹から声が!」

 驚くRIAMUちゃんと、それに驚く女性。リンは適当にごまかすことにした。

「あー、そういう病気だ。お腹から声出る病」

「そっちの方がキノコよりずっと問題ですよね!?」

「いや、あれ、不治の病だからこっちはいいんだ」

 女性はしばらく奇妙なものを見る目でシックスパックを色んな角度から眺めていたが、首を傾げながらも気にしないことにしたようだった。なお、何か言おうとしたクリフトの口はリンによって抑えられていた。

「はあ、そうですか。あ、キノコの方ですけど、この道を右に行ったところにある勇者の塔!の隣にある店に解毒剤が売っていますよ」

 女性は、妙に勇者の塔の部分を強調していた。

『早く行きましょうリンさんクリフトさん!』

「そうです、ついでに勇者の塔にも寄って行って下さい!お腹さんもそう言ってます!」

 せかすRIAMUちゃんと、どうやら勇者の塔へ行かせたい様子の女性。しかしリンは、今朝見た夢の事をぼんやり思い出し、そして重要な事実に気づいていた。

「……いや、金がない。薬を買う金どころか一円も持ってないぞ」

 この国の通貨単位は不明だが、素寒貧であることに間違いはなかった。もっと早く気づきそうなものだが、今までの四日間金を必要とする場面がなかったので、気づけなかったのだ。

『そ、そんな……。RIAMUちゃんの美幼女ボディがこのままずっと不完全に……』

「でしたら!なおさら勇者の塔に来るべきですよ!」

 リンが金策を考え、RIAMUちゃんが落ち込み、クリフトがよくわからないので微笑んでいる中、やけにうれし気に女性が断言した。

「……さっきからやけにその、勇者の塔に行かせたがるな?」

 流石に怪しさを感じ、女性を睨むリン。ゴリラより筋肉質な幼女にガンを飛ばされた女性は、一瞬ビクッと体を震わせた後、苦笑いしながら白状した。

 曰く、勇者の塔は国王が挑戦を推奨している場所なのだが、余り人が訪れないという。そこで、来訪者数にノルマが課せられ、国家公務員的な職についているこの女性は呼び込みをさせられているのだ、と。

「勇者の装備である勇者の杖があるっていうのに、全然人がこないんですよ……」

「そういえば前にも聞いたな、勇者の装備って。それなんなんだ?」

「え?知らないんですか?邪神を封印した勇者様が使っていた、神より授かりし剣、杖、鎧、首飾りですよ?」

「遠いところの出身でね」

 珍獣を見るような目で見ながら説明してきた女性を、リンが適当にごまかす。それを、彼女は好機と見たようだった。目を輝かせて早口でセールストークをまくし立てた。

「邪神すら退ける勇者の装備の内、所在が判明しているのは王家が管理している鎧と、何を隠そうこの勇者の塔に存在する杖だけなんですよ!そのすごい杖がなんと、百階に到達すると手に入るんです。何せこの塔は勇者の杖に相応しい人を探すために勇者様が建てられたものだから当然です。しかし、塔を先に進むには様々な苦難が待ち構えています。悪辣な罠、リドル、メイズ、魔法生物。知恵、勇気、力、全てを振り絞っても、途中で倒れてしまうでしょう。ですがご安心ください!塔の内部で負った全ての負傷は塔から出るとなくなります!死んでも外に出されるだけ!さらになんと!今なら到達階ごとに賞金が!お目当ての解毒剤は一人なら五十階、二人合わせてなら三十階の賞金で買えちゃいます!」

 女は、乱れた呼吸を数回深呼吸して正してから、ドヤ顔した。リン達は、その間に女のセリフを咀嚼し、何を言っていたのか理解した。

『なるほど、つまりゲームのダンジョンのようなものなんですね』

「それで、到達階ごとに賞金がでるから、俺たちにお勧めだ、と。でもどうやって何階までいったか調べるんだ?」

「嘘を吐く人などいないと信じる、などどうでしょう?」

「それはこれが解決してくれます!」

 女は、クリフトの妄言を無視し、持っていた鞄から二枚のカードを取り出し、手渡した。

「これは塔カード、勇者様が発明したすごいカードです!ほら、ここに0って書いてあるでしょう?これはこのカードを触った人の到達階が表示されているんです!更になんと、ここのリタイアという文字の部分に触れて頂くと、いつでも脱出できるのでお子様も安心!」

 その後も様々なセールストークを繰り広げる女性に連れられ、リン達は勇者の塔に挑むこととなった。


 客引きの女に連れられ、勇者の塔の目前まで来たリン達は、石なのか金属なのか、何でできているのかわからない不思議な質感の白い円柱状の塔を見上げていた。

「……低いな」

 その塔はそこそこの高さがあったが、百階あるようには見えなかった。

「勇者様の魔法で中の空間は広がってるんです!いいから入った入った!」

 女にせかされ、観察もそこそこに入り口から塔の内部へと入るリン達。彼らの目の前に、なんとも異世界的な光景が現れた。

「あれだ、デラクエの旅行のドアだ」

 それは、青白い光の渦だった。塔の材質と同じ謎の白い建材で出来た炬燵サイズの台座の上で、光の渦がゆっくりと回転している。塔の一階、もしくは零階はそれだけの場所だった。

「……勢いでここまで来ちまったけど、本当に入るのか?」

 ここに来て、あからさまに魔法感のあるものに出会い、科学文明で育った価値観から信頼しきれずわずかに尻込みしてしまうリン。

『ですが、他にお金を直ぐに稼ぐ方法はRIAMUちゃんたち知りませんよ?』

「でしたら、まず私が行きましょう」

 躊躇うリンを見て、クリフトはいつものように微笑みながら躊躇なく台座に登り、渦の上に立った。

「行ってまいります」

 すると、微笑む神官はまばゆい光を放ちながらゆっくりと回転し、静かに渦の中へと吸い込まれていった。

「……」

 先ほどとは違う理由で、なんだか入りたくなくなったリンは、かなりしぶってから入った。


 瞑っていた目を開いたリンは、先ほどとは違う景色が目の前に広がっているのを確認した。そこは規則正しく石を積み重ねて作ったような壁に一面囲まれた、薄暗い小さな部屋だった。光源は見当たらず、閉じた鉄の扉と、その前にある台に置かれたものだけがあった。

「クリフトは、いないのか?待ちきれずに先に行ったのか?」

『これは、叡智の輪ですね、RIAMUちゃん得意です』

 リンが呟きながら、扉の前の台に置かれた、金属製の棒が複雑に絡まったようなものを持ち上げると、RIAMUちゃんがそう言った。

「他に何もないし、これを外せば開くのか?任せた、自動運転モードオン」

「幼女AIはパズルが大好き!」

 ボディの操作権限を預かったRIAMUちゃんは、慣れた手つきで金属製のパズルをカチャカチャと動かし、答えが分かっているかのように回し、ねじり、そして。

「ここをこうしてこうやって、あ」

『あ』

 そして、引きちぎった。手の中には、無残にちぎれ、二度と元の形には戻らないパズルがもの言いたげにたたずんでいた。

 RIAMUちゃんは鉄の扉を見た。当然閉じている。

「美幼女パンチ!」

『おい!?』

 ひしゃげ飛ぶ扉。こじ開けられたその先に、進むべき光の渦があった。

「さあ謎は解けました、先へ進みましょう」

『……大丈夫かなぁ』

 RIAMUちゃんは迷うことなくずんずんと進み、渦に入った。


その後もRIAMUちゃんは『迷宮だ!どうするリアム』「美幼女キック!」『ああ壁が!?』知恵と『これは、謎解きか。この箱を』「美幼女アームハンマー!」勇気と「タイミングがずれると吹き矢が」『美幼女ダッシュ!』普段より有り余る力で「ゴーレム」『美幼女ドロップキック!』苦難を乗り越えていった。


 いつしかこの攻略方法にリンも疑問を抱かなくなって来た頃である。

『……それにしても、いくら進んでもクリフトに会えないな。もうすぐ五十階だぞ』

「どこかでリタイアしていた可能性もありますね」

 ついに二人は、四十九階に足を踏み入れていた。次の試練を超えれば、例えクリフトが一階でリタイアしていたとしても、解毒剤を買える。しかしそこで、二人は初めて自分たち以外の挑戦者に出会った。

「む、すまんが先に挑戦させてもらうぞ」

 先んじて声をかけてきたのは、次の苦難に挑戦する部屋の前の、半径十メートルほどの円形の準備エリアで座り込んでいた、牛のような巨漢だった。

 その巨漢は、身長は三メートル近くあり、その肉体が今のRIAMUちゃんと比べても遜色ないほどの筋肉で覆われ、真っ赤な鎧を身に纏い、肩に大きなバトルアックスを担ぎ、顔面だけが牛のそれであった。

 牛男は立ち上がり、先へ進もうとし、止まった。そして、じっくりとピンク色の髪の幼女を観察すると、懐から何か描かれた紙を取り出して眺めた。

「どうかしましたか?」

「……貴殿、名をなんという?」

 その体躯に見合った重い声で、牛男は誰何した。

「RIAMUちゃんはRIAMUちゃんです」

 男は手に持った紙を握りつぶした。

「なるほど、貴殿が魔導の言っていたリアムか」

「魔導?」

「魔導のサリー、聞き覚えがないとは言わせんぞ」

 首を傾げたRIAMUちゃんに、牛男が言った。それによって相手が何者かを理解し、全てが分かった、ような気になったた彼女は、男に人差し指を突き付けた。

「犯罪者一味!その狙いは勇者の装備というわけですね!」

「その通りだ」

 距離を取って向き合う、牛男とRIAMUちゃん。

「貴様を倒し、勇者の装備(首飾り)は頂く」

「悪者には勇者の装備(杖)は渡しません!」

 かみ合っているようでいて、微妙にかみ合っていない二人。だが、戦うという結論は変わらない。牛男は、自分の身の丈ほどもあるバトルアックスを、片手で軽々と扱い、体の周囲で何度も回転させ、構えた。それにより巻き起こされた風が、強くピンク色の髪を揺らした。彼の武器をまともに食らえば、いかに高性能ボディといえどもどうなるか分からないのではないかと、リンは肝を冷やした。

「幸い、ここでは腕が飛ぼうが首が切れようが死なんという。手加減はせん」

 武、それを極めたものが放つ威圧感のようなものが、争いごととは無縁の人生をつい数日前まで送っていたリンにすら感じられた。

 前置きを終えた牛男は、決闘に挑む騎士の様に清廉でいて、言葉だけで勝負を付けようとでもしているかのように力強く、名乗りを上げた。

「我、四天王『巨雄』ゴールデンパイパイなり!」

「巨乳!?」

『オッパイ!?』

「腹から声が!?」

 巨雄の二つ名を持つ四天王の名前は、ボイン川等と同じく別の言語だと別の意味になってしまうやつだったため、二人は思わず聞き返した。だがパイパイはパイパイで、たくましい腹筋から声が出たことに驚いた。

「……ふぅ」

 しかし四天王は、伊達ではない。腹話術モードに対する驚愕も、自分の誇り高き名前を茶化されたことに対する怒りも、呼吸一つで鎮めた。敵を挑発し精神の均衡を乱すのは、戦いにおいて常道である。

 ただ、煽っているつもりのない無自覚な煽りは続いた。

『どこがゴールデンでパイパイなんだよ!』

 彼の種族の言葉でゴールデンは強きもの、パイパイは勇敢なる父祖を持つもの、という意味だった。自分だけでなく、ついには父に母に部族の誇りも汚されたと感じたゴールデンパイパイの答えは、一つだった。

「お前の身体に教えてやろう!」

『どうやって!?』

「こうやってだ!」

 答えは戦斧による振り下ろしによって行われた。大質量が、それに似合わぬ致命的な速度で迫る。RIAMUちゃんは、それを半身になってかわし、側転して距離を取った。そして繰り出すは、いつも通りの初手必殺技である。

「先手必勝!美幼女、あれ?」

 しかし、なんということか。キノコによって広がった背中と太くなった上腕が邪魔をし、背中に背負ったランドセルの蓋の留め具が、外せなかったのだ。その隙を見逃してくれるほど、ゴールデンパイパイは甘くない。巨体に見合わぬ強烈な踏みこみから致命的横薙ぎ。

「ぬんッ!」

「はッ!」

 危うくしゃがみ回避、そのまますかさず後転で距離をとる。しかし、立ち上がると同時にランドセルを通し背中に走る軽い衝撃。壁だ。追い詰められた。

「ぬッ!はあッ!」

「むむっむむむっ!」

 目にも止まらぬ戦斧による連続攻撃。まるで致死の攻撃で出来た嵐だ。それを最小の動きで躱し、時に拳を刃の腹にぶつけて弾く幼女だが、反撃が出来ない。戦斧の刃部分だけでなく、時折繰り出される蹴り、拳、石突による突きに払い、そういった巧みさが反撃の機会を潰している。それもある。

『リアム……!』

「筋肉が、邪魔です!」

 そう、増えた筋肉がまた、足を引っ張っているのだ。筋力が増し、スピードにパワーは上がっている。しかし急激なその変化に対応しきれておらず、ミリ単位での狂いが生じていた。また、過剰な筋肉により可動域が減じてもいる。

 一手、二手、三手、繰り返すたびに四天王の攻撃は洗練されていく。相手は戦いの達人だ。対する幼女AIは、危険回避のため武道をインプットこそされているが、戦闘用の学習システムや思考アルゴリズムが組まれているわけではない。このままではジリ貧だ。

「はッはッ……ふんッ!」

「ぬぬぬぬぬ、むうー!」

 だが、だがしかし、RIAMUちゃんは、一人ではない。

『今だやれ!クリフト!』

 腹が吠えた。即座に反応し、一瞬だけ視線を背後にやる四天王。そこには、誰もいない。

「イヤー!」

 その一瞬の隙で十分だった。背面の壁を強く両足で蹴った幼女が、巨漢の遥か頭上を飛び越え、部屋の対角線上、最も遠いところに着地。

「……次は通じんぞ」

 普通ならば、そんな口三味線は一度目から通じない。呼吸、目の動き、その他さまざまな要因から嘘を見抜ける。しかし、流石の四天王も腹からでる声の嘘は見抜けなかった。

「助かりましたリンさん」

『いや、これくらいしか出来なくて……』

 リンには、もどかしさがあった。その為のAIとはいえ、見ているしかないのだから。

「十分です、これで勝ちます」

 そんな気持ちを打ち消すように、RIAMUちゃんは力強く宣言した。

「絶好蝶モードを使います!」

 いうや否や、彼女は両腕を上に突き上げた。次の瞬間、ランドセルの側面、蓋と本体との隙間から、極彩色の光が噴き出した。

「蝶!エキサイティン!」

 その光が噴き出る様は、まるで蝶の羽のようであった。

「ぬんッ!」

 その間に、ゴールデンパイパイは既に距離を詰めてきていた。幼女が何をしようとしているのか、不安はある。だが、彼は彼で余裕なわけではない。汗はにじみ、すぐに呼吸も乱れるだろう。だが相手は、全く疲れが見えない。ジリ貧はお互い様、押し切るしかないのだ。

「ぬッぬッはあッ!」

「むんっむんっ……むんっ」

 幼女のスピード、変化なし。動き、変わりなし。パワー、同じ。四天王は、幼女自体に何の違いも見いだせなかった。だが、戦いの天秤は決定的に傾いていた。

「め、目があああっ!?」

 幼女の背負う光の羽、それが物理的に目に入ったのだ。

「取ったあ!」

「ぐっ、させん!」

 強い意志で目を開け続けようとするが、脊髄反射は防げない。どうしても一瞬目を瞑ってしまう。その瞬間になされた勝利宣言に、そうはさせまいと強引な横薙ぎを放った。それは今回初めて彼が放った、戦闘用ではない幼女AIにも読める、単純な一撃だった。

「しまっ」

 手に感じる感触、それは肉を断ち切ったものではない。彼の戦斧は全く別のもの、ランドセルの留め具を打ったのだ。あの瞬間、攻撃を読み切ったRIAMUちゃんは、決断的に背中を敢えて晒し、ランドセルの封印を解いたのだ。無理な攻撃でバランスを崩し、目を開けたゴールデンパイパイの目に、幼女は映らない。

「美幼女アッパー!」

「ぐはあッ!?」

 懐に潜り込んでいたのだ。

「かーらーのー、打ち上げ美幼女ビーム!」

「があああああああ!!」

 アッパーを受け浮いた巨体に、下から光の羽が転じた極彩色の光線が突き刺さる。非殺傷の必殺技は四天王を容赦なく天井に叩きつけ、そして諸共天井を砕いた。断続的に響く天井の壊れる音を引き連れ、悲鳴でドップラー効果を発生させながら、パイパイは消えた。

「悪は去りました」

 額の汗をぬぐい、ドヤ顔になるRIAMUちゃん。そんな彼女を、地揺れが襲った。

「むむ?これは塔全体が揺れている?」

『……これ塔が崩れるんじゃないか!?やり過ぎたんだよ!』

 その通り。四十九階までの狼藉に加え、先ほどの天井破壊がとどめとなり、塔は今まさに崩れようとしていた。

「そうです、このカードのリタイアを……きかなくなってますね」

『どんどん揺れが大きくなってるぞ!?』

 そして、勇者の塔が刻んだ何百年もの歴史は、この日終わった。

 

 夕暮れの中、すさまじい轟音を立てて崩れ去る塔。そこから、ピンク色の髪の毛をした筋骨隆々の幼女が飛び出してきた。その幼女は綺麗に着地すると、ひざから崩れ落ちた。

「そうです賞金が……。このままムキムキに……。うわあああああん!」

『ああ、なんだ、その、えーっと』

 賞金の事を思い出し、泣き崩れる幼女と、それを慰める言葉が出てこないリン。そんな彼らを覆うように、影が差した。

「どうしましたか?」

 RIAMUちゃんが顔を上げると、そこにはもう見慣れた微笑みを湛えるクリフトがいた。

「賞金が……解毒剤が……」

「はい、どうぞ」

 クリフトは、なんでもないように青色の液体が入った瓶を差し出した。

『は?なんで?』

「きっと悲しむ幼子を見た神の慈悲なのでしょう。入ってすぐに百階でしたので、そのままリタイアして賞金を受け取り、解毒剤を買って待っていたんですよ」

『入ってすぐ百階?経年劣化?バグか?』

「ああ!」

 リンが混乱している間にRIAMUちゃんは薬を飲み干した。するとすぐに筋肉はしぼみ、元の可愛らしい完成された美幼女ボディに戻った。

「ありがとうございますクリフトさん!」

 泣きながら笑い、クリフトに抱き着くRIAMUちゃん。

「ぐ、リアムさん首が……」

 そんな彼らの微笑ましい光景を、大きな叫び声が遮った。

「ぎゃああああ!?塔が崩れてる!?私のノルマは!ノルマはどうなるの!?」

 それは塔の崩れる轟音を聞き、分かれ道のほうから走って確認しに来た呼び込みの女の、魂の咆哮だった。その声にふと我を取り戻し、一行が辺りを見回すと、周辺施設から続々と人々が集まってきている。

『先を急ぐぞリアム!』

「はい!すいません担ぎます!」

 リン達は、彼らの視線がこちらに向く前に、逃げるように駆けだした。夕暮れに染まる乾いた大地を、崩れた塔を背に。

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