第三話 超絶美幼女マイナーRIAMUちゃん Bパート


「掘れてるよ掘れてるよ!」

『ナイスディグ!』

「モグモグ!」

「重機!」

「仕上がっちゃうよ仕上がっちゃうよ!」

「モグッ!」

「そこまで掘るには眠れない夜もあっただろう」

 薄暗いトンネルに、激しく岩を砕く音と謎の掛け声が木霊する。岩を砕く音の元は、にやけたリンである。残像が出るのではないかという勢いでつるはしをふるい、出来上がった穴がどんどん広がり深くなっていく。その時に出た岩を、他の男たちが必死に手押し車に乗せ、どこかへ駆けるように押して運んでいる。掛け声を上げているのは、先ほどまでその作業をしており、今は体力の限界で倒れこむか座り込むかしている男たちと、亀のような甲羅をもったモグラのような謎生物モートルである。

 リンの他に、掘っているものはいない。彼一人に任せた方が早いからだ。にやけた幼女がランドセルを背負いながら女児女児した服装でつるはしを振るうその姿は、ほとんどの人が三度見くらいしてしまうだろう。意味が分からなかった。

「ぐふふふ」

『リンさん、少し右手の出力が高くなってきています』

「おっけー、これでどう?」

『バリ掘れです』

 どうせ待つならと、リンは力の調整を身に着けるため発掘作業に従事していた。その結果、常人をはるかに最新鋭ボディの力で、作業効率を大幅に向上させていた。

「モグモグー」

 そんな時、鐘が打ち鳴らされる甲高い音がモートルの鳴き声と共に三回鳴った。それを聞いた全員が作業の手を止め、振り返った。

「ご飯が出来ましたよー」

 次いでクリフトの声が聞こえると、みな笑顔になって立ち上がった。昼休憩である。


 十人ほどの男たちが、にこやかに語り合いながら飯を食う。心地の良い喧騒が広がるここは、谷底の食堂だった。

「いやあ、リン、あんた最高だぜ!もちろんリアムちゃんもな」

 スキンヘッドにバンダナを巻いた隊長が、満面の笑みでリン達を褒めた。RIAMUちゃんの表情は見えないが、リンはにやけが抑えられていない。

「いやー、それほどでも?」

『超絶美幼女ボディRIAMUちゃんの面目躍如ですね。鼻高々です』

「これからも頼むぜ!はい大盛」

 リンの持っていたトレーに大盛の麺料理が乗せられた。見た目はミートソースパスタに近い。手を怪我した隊長は、配膳係にやっていた。

『本日もおいしそうですね』

「ありがとなクリフト」

「感謝するならば召し上がる命と神に」

 クリフトは、調理係として意外な才能を発揮していた。そのため、発掘作業には参加していない。岩のカウンターの向こう、バンダナで長髪を纏め調理場で作業する彼に、何人もの男たちが礼を言っていた。

 昼食の間も多くの人に褒められ、口元を緩めるリン。和気あいあいとしたそんな光景を、物陰からじっと睨んでいる者がいた。


 ことが起こったのは、その直後であった。自分に割り当てられた小屋に戻ろうとしていたリンの肩が、何者かに後ろからがしっと掴まれた。

「馴染み過ぎじゃあないかね!?」

 肩を掴んだのは、シアンである。一度肩を離し前方に回ったシアンは、今度は前から両肩を掴んで軽く揺らし、まくし立てた。

「君たち、給料を渡しに今日の夜やってくる敵の親玉を成敗するっていってたの、忘れてないだろうね!?王都までは数日あれば着くから二日くらいここにいても大丈夫だって言ってたけどね、別に王都に着いたらすぐ帰れるって決まってるわけじゃないんだよ!?時間がないことも忘れてないかね!?」

「わ、忘れてないって。ちょっと承認欲求が満たされすぎて天職かと思ってただけで」

『RIAMUちゃん、うっかりしてました』

 二人の答えに、肩の揺れは強くなった。シアンの目は大きく開かれている。リンは目をそらした。

「アタシはつるはしを振る力もないし、料理も掃除も壊滅的だし、錬金術の道具は取り上げられてるから研究もできないしで、虚無、全くの虚無なんだよ!」

 シアンは、無職だった。皆が働く中、何をやらせてもダメなので何するでもなくぼーっとすることを強いられていたのだ。

「ご、ごめんって」

「今日の夜だからね、親玉がくるのは!何をするかわかってるね?」

 シアンはリンの額に自分の額をくっつけ、超至近距離で見つめた。メガネがリンの顔に当たった。リンはシアンを押し返してから答えた。

「ああわかってるよ、なあリアム」

『はい、夜までに』

「……までに?」

 シアンは首を傾げた。やるべきことは、夜にしかできないはずである。親玉を倒し、全員を解放するのは。だが、リンとRIAMUちゃんは息をそろえて夜までにやるべきことを宣言した。

「掘り切らないとな!」

『掘り切りましょう!』

 シアンはこけた。

「午後の作業に備えてしっかり昼休憩するぞリアム」

『お昼寝なども幼女的でよろしいですよ、リンさん』

 二人はシアンを置いて、さっさと部屋に戻っていった。

「大丈夫かねえ……」


「捜索対象が何故かいてしかも滅茶苦茶真面目に働いていやがる!?」

 天変地異か何が起きたのか、地下深くに埋まっている勇者の遺跡に、自らも作業するため早めに着いた親玉は、同僚にして上司が探しているはずの存在が、作業効率をありえない動きで大幅向上させている光景に思わず大声を出してしまった。キツツキが木をつついているところを見たことがあるだろうか。だいたいそんな動きを人間がしているのである。しかも穴があけられるのは木ではなく固い岩だ。親玉がそんな反応をしてしまうのも仕方ないだろう。そして大声を出させた元凶である人間岩石粉砕機は、待ちに待った親玉その人に一瞥もくれず、つるはしを影分身させながら叫んだ。

「誰ですか一体!親玉が来るまでに掘り終えたいんです、黙っててください!」

「しかもすごいうれしいことを言いやがる!?」

 上司からすればかなり言われてうれしいことを言っていた。もちろんRIAMUちゃんはそんな意味で言っているわけではないのだが。

「リアム君、その親玉だよ親玉!」

 何をするでもなく、超次元掘削をただ眺めていたシアンが声の主の正体に気づき、慌てて訴えた。彼女の言葉で、周りで作業していた男たちやモートル、ダウンしていたクリフトも親玉の登場を知り、作業の手を止めてそちらに顔を向け、RIAMUちゃんと親玉の間を開けた。そうするとRIAMUちゃんも掘削を続けるわけにはいかなくなり、怒りの形相で振り返った。

「どうしてもう来てるんですか!?まだ夜じゃないですよ!出直してください!」

 持っていたつるはしを地面に突き立て、RIAMUちゃんが出口を親指で指し示した。

「え、ええい!俺様がいつ来ようが俺様の勝手だろう!貴様が魔導のサリーが言っていたリアムだな!」

 RIAMUちゃんの剣幕に一瞬飲まれかけた親玉だったが、なんとか持ち直してその凶悪な爪が生えた指を突き付け誰何した。指さされたRIAMUちゃんは、心底不思議そうな顔で首を傾げ腕を組んだ。

「サリー?」

『あの骸骨と人魂といた顔色悪い奴だよ!』

「ああ、RIAMUちゃんうっかりしてました」

「自分の腹と会話してやがる!?」

 合点招致、と手を打ったRIAMUちゃんは、一転再び表情を怒りに変えた。

「あれの仲間ということは、なるほどそういうことですね!RIAMUちゃんはすべてお見通しです、覚悟してください!」

「くっ、俺様達が何を狙っているかバレちまっただと!?」

 堂々と言い切るRIAMUちゃんに、動揺する親玉。実際二人の認識には大きな隔たりがあるのだが、それを肝心の二人は知らない。

「ええいこうなりゃただでは帰せねえ!サリーから貴様の事は聞いているからな、子供とはいえ容赦しねえぞ!いくぞチビども!」

「モグモグ!」

「おい、俺達もリアムちゃんを守るぞ!」

 モートルたちが親玉の命令を受けて動き出し、それを阻止すべく行商隊の隊員たちも立ち上がる。そして我らが幼女は初手必殺技が常である。なんやらシウム光線もなんやらキックも最後の方にやるのは、演出の都合である。必殺技一発で勝負がつくならそれに越したことはないのだ。ランドセルの蓋を開け、繰り出すは極彩色の非殺傷光線。

「美幼女ビーム!」

 お辞儀の姿勢で放たれたいつものが、光の速さで敵に向かう。見てから対処は不可能だが、予備動作は丸見えである。当然このとんでも攻撃をサリーから聞かされていた親玉は対策をしてきた。手足と頭を引っ込め、甲羅の背で受けたのだ。

『リアム全力!』

「承知しました、出力全開超絶美幼女ビーム!」

 必殺技を甲羅で受け止められたRIAMUちゃんだが、全く焦ってはいない。出力を上げた真の必殺技で早々の決着を狙った。

「モグモグ!」

「させねえ!」

 そんなお辞儀の姿勢で固まるRIAMUちゃんをモートルたちが狙うが、隊員たちがつるはしやスコップでかかんに応戦し、邪魔させない。

「ぬぬぬ」

『おいおいマジかよ!?』

 しかし、彼らの奮闘も空しく、ランドセルはオーバーヒート。極彩色の光線は止まった。

「どうやらこの対決は俺様の勝ちのようだな」

 攻撃が止まったとみて、ヒビ一つ入っていない甲羅から顔を出した親玉は、首を回し手の指を鳴らしながら玉切れを起こした幼女に向き直った。威圧感からか、リンにはその身体が先ほどまでより一回り大きく見えた。

「覚えておけ、俺様は四天王」

 RIAMUちゃんの必殺技を完全に受け切った親玉は、凶悪な笑みを浮かべながら、物理的な圧を感じさせるほど力強く名乗った。

「『最硬』のイヌダニャンだ!」

「どっちですか!」

『どっちだよ!?』

 同時につっこみが入るが、これはこの二人にしかわからないことだ。エロマンガ島と同じやつである。そのため、日本語を知らない隊員たちは畏怖を感じている。

「何がだ!?ええい次は、俺様の番だ!」

 そう叫ぶと、イヌダニャンは四つん這いになり、両手両足に力をためた。相手が何をするつもりか察し、身構えるRIAMUちゃん。

「構えてなんになる!食らいやがれ!」

 最硬の甲羅を持つ四天王は、四足の力を全て推進力に変え、宙を飛び突っ込んだ。そして空中で手足頭を引っ込める。これにより、必殺技でも傷つかぬ盾は、最強の矛に変わるのだ。

 それに対し、両手を前に出し腰を落とし、受け止める姿勢のRIAMUちゃん。しかし両者が衝突するその前に、両手を広げ割り込んだものがいた。

「神よ、その慈悲で我らをお助け下さい!」

 クリフトである。今再び、あの谷の時と同じように後先考えず飛び出したのだ。

『あのバカ何やってんだバカ!』

 誰もが幼女と甲羅にサンドウィッチされ平面に近づくクリフトを想像した。前回は、なんとかなった。だが今回は、流石のRIAMUちゃんも間に合わない。しかし、誰も想像しないことが起こった。

「な、なにぃ!?」

「か、神よ!ありがとう!」

 クリフトの周りに光輝く球状の壁が出現し、イヌダニャンの突進を止めたのだ。完全に力を受け止められ、そのままどすんと落ちる甲羅。光の壁には、傷一つついていない。

『ま、魔法か?とにかくよかったけどあのバカ!』

「むう、また。RIAMUちゃんを信用してほしいと言いたいところですが、心意気を組んでやめておきましょう」

 イヌダニャン以外の全員がほっとしていた。モートルたちも胸をなでおろしていた。なんだかんだ割と好かれていたらしい。

「な、なにが」

 状況を確認するべく顔を出そうとしたイヌダニャンだったが、それよりはやく二人は動き出した。

「リアムさん、私を使うのです!」

「むむ、理解しましたクリフトさん!どっこいしょ」

 なんと、彼女は球体が如き光の壁ごとクリフトを持ち上げたのだ。そして、振りかぶる。

「クリフトドッジボール!」

 技名を叫び、ボールと化したクリフトを勢いよく最硬の甲羅に投げつけた。

「がっ!?」

 敵の親玉の悲鳴に、手を止める機能はこのAIに搭載されていない。弾かれたクリフトを空中で飛びつきキャッチし、投げる。受け止め投げる、受け止め投げるを繰り返す。

『これはドッジボールじゃないだろ……』

 実際に学校でドッジボールといってこれをやったらいじめ認定待ったなしの新技がイヌダニャンを襲う。そしてついでにクリフトの三半規管も襲う。

「や、やめてくれ!」

「か、神おうぇろろろろ」

 ボールの中は嘔吐物で酷いことになってきたが、幼女は止まらない。なんか楽しくなってきてしまったのだ。投げる、跳ね返る、取る、投げる、それを繰り返す。その内に段々と、甲羅にヒビが入ってきた。あとはもう、三半規管と甲羅のデッドヒートだ。クリフトの三半規管がイカれるのが先か、甲羅が砕け散るのが先か。

「うぇろろろろ、うっ」

 勝負の軍配は、イヌダニャンに上がった。何度目かわからない甲羅との衝突をした瞬間、限界を迎えたクリフトの意識が失われ、それと同時に光の壁が消え去った。

「ぎゃああ!!」

 だが、クリフトもただでは倒れていなかった。光の球体にため込まれていた嘔吐物が、イヌダニャンに襲い掛かったのだ。

「今だリアム君……!これを……!」

 阿鼻叫喚の地獄絵図と化した戦場に、今までそういえば姿を見なかったシアンの息を切らせたような声が響いた。RIAMUちゃんが声の方を向くと、何やら大きな鞄を背負ったシアンが、ロボットの腕についていそうなギュルギュルと音を立てて回転するアニメ的ドリルを両手で持ち上げており、そのままそれをRIAMUちゃんの方に投げた。

「お借りします!」

「やっちまえ!」

 投じられたドリルは、物理法則に喧嘩を売るように重力を無視して直進し、RIAMUちゃんの手に収まった。それを投げたシアンは、今度は鞄から明らかに危険と分かる蛍光色の液体が入った瓶を何個も鞄から取り出し、モートルに投げつけて隊員たちを援護し始めた。

「行きます!超絶美幼女、どぉりぃるぅ、ブレイキン!」

 ドリルを両手で持ったRIAMUちゃんが、全力でイヌダニャンにそれを押し付ける。瞬間、はじけ飛ぶ火花と破片と嘔吐物。ギャリギャリと耳障りな音を立てて少しの間拮抗したドリルと甲羅。だが、もう最硬の甲羅は限界だった。砕け散る。しかしその反動で彼女の手からドリルも弾かれ飛んだ。

「ぐわあああ!?」

 哀れ、キングモートの甲羅は砕け散り、ただの大きく凶悪な顔をしたモグラと化した。更に彼にとっては最悪なことに、丁度時間が来ていた。

「クールタイム終了、ジャンピング美幼女ビーム!」

 弾かれたドリルをキャッチしに跳んだそのまま、上空から極彩色の光線が裸のモグラを打ち下ろした。

「うぎゃああああ……」

 怪光線に押し付けられ、モグラはその身に相応しく地の底へと潜っていった。

「や、やったぜ!」

「これで自由だ!」

「うおおおお!!」

 トンネル内に男たちの雄たけびが響く。親玉の負けを知ったモートルたちは、すたこらさっさとどこかへ逃げていった。

「で、結局あいつらなんだったのかね?」

 物陰からひょこっと出てきたシアンが、ぽつりとこぼした。

「誘拐犯ですよ」

『前に俺たちとクリフトを攫おうとしたやつと知り合いみたいだったし、なんか別の国の犯罪グループなんじゃないか?』

「うーん、そう、なのかね?」

「そうなんですよ」

 シアンは納得いっていない様子だったが、直ぐに頭を振って気にしないことにした。

「まあ、わからないことは考えても仕方ないね!」

 そんな時、かんかんと鐘が三回打ち鳴らされた。そこにいた全員が出口の方を振り向くと、隊長がひょっこりと顔を出した。

「おい、晩飯出来たぞ!って、なにがあった!?」

 一瞬場を静寂が包み、その後笑い声で覆われた。


 翌朝、まだ朝焼けが空に残る頃、荷物満載の鞄を背負ったスキンヘッドの男と、赤いランドセルを背負った幼女が、谷の上の道で向かい合っていた。

「世話になったな、リン、リアム。俺たちは爺さんのとこへ向かうぜ」

 隊長とその行商隊の仲間たちは、没収されていた商品などを取り返していた。そして、もともと目的地であった老人の家に向かうという。リン達は、引き返すことなく隊長たちとは逆方向へと進むことにした。迷い過ぎて、王都へはそっちへ行った方が近いと聞いたからだ。

「隊長も元気で、あの爺さんボケてるから大事にしてやってな」

『隊長さん、RIAMUちゃんを忘れないでくださいね』

 隊長は笑った。リンも、恐らくRIAMUちゃんも笑った。

「嬢ちゃんたちは忘れられるようなもんじゃねえよ」

 二人は拳と拳をぶつけると、もう一つ大きく笑った。

「リン君リアム君、アタシもこの旅が終わったらすぐに王都へ行くからね!それまで帰らないでいておくれよ、まだまだ聞きたいことがあるんだ!」

 大きな鞄を背負ったシアンは、背を屈めて小さなボディを強く抱きしめながら、本当に名残惜しそうに言った。

「シアンが王都にくるまでに、帰る方法見つけないとな」

「あー!リン君が意地悪言うよリアム君!」

『大丈夫です。RIAMUちゃんギリギリまで待ってますよ』

 二人はもう一度強く抱き合った。

別れの挨拶も終え、朝の道を彼らはそれぞれの方向へ歩き出した。振り返ることはない。

「さあ行きましょうリアムさん、神も我々の道行を祝福してくださいます」

 リンは一人ではなく、旅はまだ続くのだから。

『あ、リンさんあの雲う○ちみたいですよ』

「雰囲気ぶちこわしじゃねえか!」

 異世界生活、本日で五日目である。

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