第三話 超絶美幼女マイナーRIAMUちゃん Aパート

 時刻は昼くらいだろうか。リンたち三人は草原に引かれた道を歩いていた。背の低い草とまばらな樹木、多数の小さい丘で構成されたその地に走る道は、当然大したものではない。多少草が少なく地肌が見え、歩きやすい気がしなくもない程度のものだ。

『そういえば、クリフトさんが貰ったそれ、ジューナンマンが身に着けていたものに似ていますね』

 幼女のお腹から響く美幼女ボイスで、歩みに合わせてクリフトの胸辺りでリズミカルに揺れるJ字架に言及したのは、借り物であるリンのボディに潜むAI、RIAMUちゃんだ。

「ジューナンマンって、あの教育TVの?」

『はい!RIAMUちゃんが最もあこがれている正義の味方です!』

「……そうか、人の好みはそれぞれだからな」

「正義の味方、それはとても気になりますね」

 なんとも言えない表情のリンに対して、クリフトは興味があるようであった。

『なんと!善は急げですリンさん、ランドセルからデバイスを取り出してください』

「はいはい、デバイスデバイスっと」

 リンは片手を背中に回し、背負っている赤いランドセルの内側に蓋を開けず横の隙間から手を突っ込むと、無造作に手帳サイズのデバイスを取り出した。そしてAIの指示通りに操作し、初代ジューナンマンの平面動画を空中に投影した。


 老人の家を逃げるように出てから数時間ほど、口を滑らせかけた神官を高性能ボディの力で背負いながら風のように走り続けたRIAMUちゃんだったが、流石に体力が無尽蔵ではないことに加え、ある理由でクリフトを下ろして歩き始めていた。その理由は、全身タイツの男がカニを模した怪人の顔面を執拗に殴りつけて倒す映像が終了した辺りで、一行の目の前に立ちふさがった。

『毎日の柔軟体操をしていなければ、死んでいたのは俺の方だったな……』

『今回の怪人殺人殺法を避けた動きが出来るようになる柔軟体操は、コレ!』

『……八、九、十!最後に信じられるのは、鍛えた肉体と柔軟力だけだ……』

「おい、ついたぞ」

 ナレーション役の無駄に露出が多い格好をしたお姉さんが何か言おうとしていたが、リンは無慈悲に再生を止めた。

『ああっ、まだエンディングが!』

「後でいくらでも見れるだろ……。それよりも、なあ」

 やや呆れた様子のリンの目の前には、二本の道が先へと伸びている。つまり分岐、分かれ道である。

「一応もう一度聞くけど、分かれ道があるなんて爺さん言ってたか?」

『美幼女メモリーには残っていませんね』

 リンは左右に分かれる道の先を目を細めて観察し、何も手がかりになるようなものがない事を確認してしまい、ため息を吐いた。

「はあ、あのボケジジイ。どっちが正解だかな……」

「神ならば、答えをご存知でしょう」

 歩きながらの柔軟体操を終えたクリフトが、腕を組んで首を傾げて悩むリンに、いつも通り微笑みながら意味のなさそうなことをほざいた。

「そりゃそうだろうけど、聞けるのかよ」

「はい」

 まさかの即答に、リンは弾かれるようにクリフトを見た。そして、木の枝を拾い上げた記憶喪失聖職者を確認し、再びため息を吐いた。魔法的な何かなどでは一切なかった。

『RIAMUちゃんのどちらにしようかなで決めますか?』

「それ最初から答え分かってるだろ……」

 悩んだ末、リンはどちらかというとご利益がありそうなクリフトに頼むことにした。

 回りながら倒れた棒は、そっぽを向くことなくはっきりと右の道を示した。


「ッ!まさか!?」

 夜の帳が下り、夜行性の虫や獣が騒がしさを増していく森のすぐ近く。リン達が去った家でゆったりと安楽椅子に揺られていた老人は、突然立ち上がった。そして、老人とは思えぬような軽やかさで、慌ててドアを開けた。

「こんな夜中に出歩くのは、危険であるな」

 だが、家から飛び出してすぐ、顔色の悪い男、サリーに道を阻まれてしまった。

「闇魔法、シャドウバインド!」

「ッ!?」

 何か言おうとした老人だったが、サリーが魔法を放つほうが先だった。サリーの影が急速に触手か蔓のような形状に伸び、老人を縛りあげ身動きを取れなくしたのだ。

 老人が必死に身をよじり、拘束から抜け出そうとするが、かなわない。口も影に抑えられ、叫ぶ事もできない。その内に、サリーの後ろからもう一人、何者かが現れた。

「流石の手際じゃのう、魔導」

 それは老婆だった。髪は悉く白く染まり、腰は曲がった、普通の人間の老婆だった。

「ふむふむ、なるほど元気な爺さんじゃのう」

 しかしなんということか、つい先ほどまで老婆だった存在は、瞬きの内に年若い乙女へと姿を変えていた。

「妖姫、頼んだぞ」

 驚愕からか、より強く暴れようとする老人に対し、サリーは何事もなかったかのように乙女、妖姫にそう言った。

「くふふ、そう焦るでない」

 妖姫は、その名に恥じぬ蠱惑的な動きで老人に近づき、顎を掴んで顔を上げさせると、老人の瞳を覗き込んだ。至近距離で見つめ合う妖姫のその瞳が妖しく光ると、今まで抵抗しようともがいていた老人の体から、すっと力が抜け、表情も蕩けたようにだらしなく弛緩した。

「お前は、勇者の首飾りをしっておるかえ?」

 満足そうに頷いた後に妖姫が問い、老人はためらいなく答えた。その声は、弛緩した体や表情とおなじように、どこか間延びした調子になっていた。

「それがの……、間違えてリン達に渡してしまったんじゃ……それにさっき気づいて慌ててのう……」

「間違えてじゃと!?」

「……なんと酷い管理体制であるか」

 二人は心底呆れ、気を緩めさえした。しかし、それも次の質問の答えが返るまでだった。

「……はあ、とにかくリンと言う奴の特徴を教えてもらおうかえ」

 老人は、もう記憶が怪しくなっているのか何度も詰まりながら、余りにも特徴的なリンの外見を伝えた。それに驚いたのは、当然サリーである。

「その特徴はリアムではないか!」

「はて、リン・リアムが本名なのかえ?」

「そんなことはどうでもよい!やつは何処へ向かった!」

 怒鳴るような問いにも、老人は直ぐに答える。王都へ、と。

「くふふ、さてはて魔導、二度も自分を退け、勇者の首飾りすら持って行ったその小娘、どう対処するかえ?」

 妖姫は、感情に支配されつつある同僚に、わざと煽るような態度で尋ねた

「これは吾輩の任務、自分で……、いや、全四天王に通達する。妖姫にも捜索を頼む」

 妖姫の狙いが外れたか、いや漏れ出る笑みを見るにこちらこそが狙いだったのか、理性的な判断を失いかけていたサリーは、四天王のまとめ役に相応しい冷静さをギリギリで取り戻した。

「行動を開始する、後片付けは任せた」

 ローブを翻し、手で複雑な印を結び、奇妙な呪文も唱え始めた魔導を、何を考えているのか掴みづらい笑みを浮かべながら一瞥した妖姫は、老人の耳元に口を寄せた。

「首飾りのことは、妾たちがなんとかするのじゃ、安心してよい。今日はもうベッドに入り、ぐっすり眠り、起きたら妾たちのことも首飾りのことも忘れるんじゃ」

 老人は頷き、ぼんやりとした足取りで家に戻った。明日目を覚ませば、今晩起こった出来事は、なかったことになるだろう。

「さてはて、妾の退屈しのぎになるまでに、捕まらずにおれるかのう?」

 妖姫はまだ見ぬピンク髪の少女を思い浮かべ、唇を舐めた。


 時は少し遡る。太陽が地平の彼方に沈み、その残滓だけが空を赤色に染める頃、道もない山中を草木をかき分け進む影があった。

「自らの過ちを認めるのは、難しいものです。今まで積み上げたものが無に返り、原点、もしくはそれより後ろからまた始めなければならないのですから。ですが、決断しなければ、誤った行いを続けることになり、より苦しむだけ。故に、痛みと喪失を受け入れる覚悟を持たなければならない。そう」

 一呼吸置き、男は言った。

「気づくための試練を神が与えて下さった、ということでどうですか?」

『どうですかじゃねえよ!』

「ジューナンマーン、ジューナンマーン」

 リン達は、迷っていた。神の意志を木の棒程度で量ろうとした罰だとでもいうのか、別にそんなことはないだろう、普通に二択を外したのだ。分かれ道を超えてからというもの、進むたびに道は細く頼りなくなっていき、嫌な予感はしていたものの気のせいだと自分を騙し、クリフトを再び背負い走って先を急いだ結果、山に突入して少しした辺りで道は完全に途切れた。いや、もっと前から獣道であった可能性もある。と、ここで引き返せばまだよかったものの、来た道を戻る面倒も加わってか、山頂にいけば王都が見えるのではという神官の提案を採用してしまったのが悪かった。今度は山中で迷子だ。

『これで山頂についても何も見えなかったら、考えたくないな』

「では、考えないでおきましょう」

「ジューナンマンレジェーンド」

 リンは、背負われたクリフトに何も返さず、ただ心の中で深呼吸をした。クリフトが棒を倒したが、その方法で良いとしたのは全員である。クリフトが山頂どうこうと言い出したが、それを採用したのも全員である。現状に陥った責任は、全員均等に存在している。ただ、彼の能天気な発言に論理的ではない苛立ちが湧いてくるのも、気の抜けたAIの歌でそれに拍車がかかるのも、仕方ないことだ。誰にもぶつけていないので、今のところ問題ない。

 クリフトは能天気で、RIAMUちゃんは山登りが楽しいのか歌を歌いながらノリノリで先に進む。リンの心労がピークにいつ達するかというその時、突如目の前の草むらが揺れた。

「モグっ!?」

「モグラ、いえ亀?モグラ亀?」

 飛び出してきたのは、ピッケルを担いだ、亀の甲羅をもったモグラというような、人の腰くらいの体長の、謎の生物であった。

その生物は突然の邂逅に驚いた様子を見せると、一目散に逃げていった。

「わお、異世界らしい生物でしたね」

 RIAMUちゃんがほんわかと笑みを浮かべ、リンもストレスが減少した。

『って、待て!あいつピッケル持ってたよな?』

 そのままほんわかと山頂をまた目指し始めようとした彼女を、ハッとした様子の声でリンが止めた。

「確かに美幼女メモリーに残っていますね」

『ってことは知性と文明がある生物ってことだろ!道が聞けるぞ!』

 ピッケル、それも何らかの金属製のものだった。つまり、金属加工の技術があるか、そうでなくともピッケルを作れる種族と商売ができている。地球と違い、この世界には高度知的生命体が人間のみならず多数存在していることは、老人から聞いていた。どんな特徴の種族がいるかまではボケによって聞き出せなかったが、このモグラ亀がその一種である可能性は高そうだった。

「それは素晴らしいですね。ですが、もうどこかへ去ってしまわれました。出会いは神によって授かる運命。また出会えるかはそれこそ神のみぞ――」

「美幼女の感覚を使いましょう」

 何かのスイッチが入ったクリフトを無視し、RIAMUちゃんが告げた。

『なんだそれ、ってうわ!?』

 美幼女の感覚とは何かと尋ねようとしたリンの視界、つまりタケボディ製の高性能ボディの視界から色彩が突如消えた。白黒になったのだ。

「美幼女の感覚は、ボディが得た五感情報をRIAMUちゃんのスーパーコンピューターが精査し、探し物を分かりやすく可視化するシステムです。今回の探し物はモグラ亀さんの痕跡です」

 彼女が探すものを指定すると、視界の一部が赤く色を変えた。まず色を変えた地面に近づいてみると、モグラ亀のものなのだろう、足跡がわずかに残っている。少し先には抜けた毛が、空気に残った匂いが、赤く染まっている。モグラ亀の痕跡が、途切れることなく赤い道となり、山の奥へと続いている。

「これを辿れば見つけられるはずです」

 RIAMUちゃんに体の制御を任せながらリンは、改めてこのボディが最新鋭の高性能ボディであることを実感していた。運動機能面でのすさまじさは理解していたが、こういう2122年現在でも未来的といえる機能を体感すると、メーカーにある種の尊敬すら覚えた。

 その時、急に足跡から色が消え、全く別の場所が激しく赤く明滅した。

『なんだ!?』

「はあっ!」

 明らかに異常を示すその光に、RIAMUちゃんはためらいなく手をつっこんだ。そして引き戻されると、その手には木の枝が握られていた。

『これが何か重要な痕跡なのか!』

 リンはやや興奮して聞いた。

「いえ、いい感じの枝です」

『は?』

「幼女AIがいい感じの枝に反応しただけです」

 RIAMUちゃんはいい感じの枝をランドセルにしまうと、再び赤く自己主張し始めた足跡の追跡に戻った。リンは謎の疲れから、脳内でため息をついた。企業への尊敬は対消滅した。


 追跡を開始してからそうせずに、RIAMUちゃんの優れた目はモグラ亀の背中、甲羅を視界にとらえた。目的を達成した美幼女の感覚は終了し、リンの世界に色が戻った。

「こんばんは!」

「モ、モググっ!?」

 完成された可憐な幼女ボイスが挨拶を送る。モグラ亀は即座に振り返り、先ほど逃げきったはずの人間の再登場に酷く驚き、再び逃げようとした。

『しょうがない、捕まえるぞ!』

「はい!美幼女ジャーンプ!」

 RIAMUちゃんはクリフトを地面に下ろすと、目にも止まらぬスピードで飛びつきにいった。当然後ろに目があるわけでもないモグラ亀が躱せるはずもなく、捕獲完了、となるはずだった。

「モ!?」

「あ」

『あ』

 運命のいたずらか、計ったようなタイミングでモグラ亀がこけた。空中で曲がれるはずもなし、RIAMUちゃんはモグラ亀の上空を飛ぶ。加えて、なんという偶然か。

「わお、谷ですね」

『なんじゃこりゃあ!?』

 なんと飛び越えたすぐ先で山が途切れ、底も見えないほど深い谷が突如顔を出したのだ。リンは、一昨日ぶりの浮遊感を味わうことになった。

『リアム!』

「はい、お任せください」

 しかし、落下は一昨日既に経験し生還している。二人に驚愕以上の焦りはない。RIAMUちゃんは直ぐに空中で姿勢を制御し、美幼女ビームの反作用で元の山に戻ろうとした。

 だがしかし、一昨日とは違う条件が、一つだけあった。

「リンさんリアムさん!今行きます!!」

 記憶喪失の神官が、考え無しに谷に飛び込んだのだ。

「神よ!救いたまえ!」

 リンの叫びを聞きつけ、即座に駆けてきた神官は、一切の躊躇なく彼らを助けるために身を投げ出した。当然、具体的な救出プランなどなかった。いつもの微笑みを崩さぬまま谷に飛び込むその姿は、かなり狂気的だ。

「美幼女ビーム!ってちょクリフトさん、ああ!?」

『ちょ、おま、ばっ!?』

 本人的には至って真剣なつもりの神官は、美幼女ビームを今まさに放ったRIAMUちゃんに抱き着いた。多少なりともクッションになろうというのか、その自らを省みない勇気は、別の時に発揮していれば称賛されていただろうがタイミングが最悪だった。バランスを崩したRIAMUちゃんは、谷の中をねずみ花火めいて暴れまわることとなった。

「いやああああ!?」

『うおおおおお!?』

「神いいいいい!?」

 遊園地のジェットコースターも真っ青の急上昇急降下急旋回を繰り返し、谷中に絶叫を響き渡らせながら飛び回り、極彩色の尾を引く狂った彗星と化した三人は、やがて墜落した。

「あいててて」

 普通ならば、元が何かもわからないミンチ肉になること間違いなしだっただろうが、RIAMUちゃんはご存知の通り普通ではない。目にも止まらぬ速さで何度も回転し、クリフトを庇い全ての衝撃を吸収しながら、痛いで済むあたり流石の高性能ぶりである。目を回したクリフトを湿った地面に横たえ、座り込みながらおしりを摩るRIAMUちゃん。

「クリフトさん、RIAMUちゃんは超高性能なので大体のことは大丈夫なんです。ですがクリフトさんは普通の人間なんですから、もうしないと約束して下さい」

 RIAMUちゃんは困ったようなそうでもないような、そんな顔をしていた。

「申し訳ありません、ついとっさに」

 クリフトは、普段通り微笑んでいた。

『……漏らすかと思った。いや、今リアムが動かしてるから漏らさないのか?』

 リンはそんな二人の会話は耳に入っていないようで、誰にも聞き取れないくらい小さな声で呟いた。

「君たち、よく無事だねぇ……」

そんな会話を交わしていた彼らに、頭上から呆れたような声がかけられた。

顔を上げたRIAMUちゃんを覗き込むように見ていたのは、黒髪をツインテールにした、やや肌白いメガネの少女だった。オーバーオールの上に白衣を着こみ、手を腰に当てている。

「ここは……」

「とりあえずアタシに着いてきなよ、色々説明しなきゃならないからね」

 彼女は、やや自嘲気味な笑みを浮かべた。


 じめじめとした谷底は、完全に夜の闇に包まれている。先を照らすのは、白衣の少女の持つ光る石と、リンの懐中電灯だけだ。星の光も両サイドの崖が邪魔をしてほとんど届かない。

少女の先導で進むリン達は、時折柱や苔むした何かの像の残骸、地べたで眠るモグラ亀を照らしながら、先へ進む。

『むむむ、RIAMUちゃんさっきから好奇心回路とかわいい回路の板挟みにあっています。柱を登るべきか、モグラ亀さんを撫でるべきか』

「モグラ亀?ああモートルを知らないのかい。愛玩動物じゃなくてアタシ達と同じだから、撫でたいなら本人の許可を取るんだね。まあ」

 そこで一拍置き、少女は舌なめずりでも始めそうなほど目を輝かせて、興味津々といった様子でRIAMUちゃんを見た。

「モートルも珍しいっていえば珍しいけど、アタシからすると君の方がとっても気になるのだけどね」

 自動運転モードを終え、操作権限をリンに返したRIAMUちゃんは腹話術モードで喋っている。腹から声を出せ、とは大声を必要とする場合によく行われる指導であるが、実際に腹から声を出しているピンク髪幼女がいれば、それはもう気になって仕方ないだろう。それにしても、リンが少し背筋に寒いものを感じるほど、嘗め回すように観察するのは、いささかやりすぎにも思えたが。

「こっちも事情が複雑怪奇でね」

 リンはそう誤魔化すと、自分の体に視線を落とし、次にやや前方を歩くクリフトを見た。思い出されるのは、今朝の老人の忠告である。いきなり異世界人ですなどと言って、普通は信じてもらえない。頭がおかしいのか、ふざけているのかと思われるのが当たり前だ。連れが記憶喪失ですなどと加えれば尚更である。リンは、初めて出会ったこの世界の住人(記憶喪失なのでクリフトは除く)があの老人だったことの幸運を、改めて噛み締めた。

そしてリンの視線に気づいた記憶喪失の恐らく聖職者は振り返り、わかっていなさそうな微笑みを浮かべうなずいた。リンは心配になった。

「っと、もう着くよ」

 彼女の言葉通り、辺りの様子が変わってきた。最近急造されたのが分かる石造りの小屋が、いくつか現れたのだ。少女は迷いなく一回り大きな小屋の扉を開けた。

そこは、例えるなら総石造りの小さな食堂のような場所だった。少女の持つ光る石と同種と思われる石が、光源として使われている。その食堂にある石製の椅子の一つに、スキンヘッドのガタイのいい男が座っていた。男はこちらに気づくと、驚いたような顔をし、次いでややぎこちない笑顔を浮かべ、左手を上げた。その手は包帯でぐるぐる巻きにされていた。

「隊長、新しいお仲間だったよ」

「あー、なんだ。どうやって来ちまったのか知らねえが残念だったな。そしてようこそ、勇者の装備発掘最前線へ。まずはどっか座ってくれや」

 隊長と呼ばれた男は、その包帯まみれの手で純石製の椅子を勧めた。


 場所は変わらず食堂である。ここの総石造りの机を挟んで、四人が向かい合っていた。案内をしてくれた白衣の少女と、スキンヘッドの隊長が隣り合い、向かいにリンとクリフトが座る形だ。

「俺はマイケル。隊長って呼ばれてる通り、本業は行商人隊の隊長だ。行商の途中でこの嬢ちゃんと出会ってな、進む道が偶然同じだったから一緒に行動してたのさ」

「アタシはシアン。これでも錬金術師でね、ちょっと師匠に言われて勇者の装備の伝説を確かめる旅をしてる途中で隊長たちに会ってね」

 マイケルとシアンは、お互い苦笑いを浮かべながら語った。

「まあ元から何時かけたのか知らねえような古い橋だったんだが、丁度渡ってたところでナイスタイミング、橋が壊れてな」

「幸いアタシの魔法道具と隊長さんとこの魔法で無事だったんだけどね?落ちた辺りを歩き回ってたら、なんと埋まった勇者様の遺跡を見つけたのさ!」

「そこまではよかった、のか?まあよかったんだが」

 二人はそこで顔を見合わせ、マイケルがお手上げとばかりに両手を上げた。

「そこじゃモートルがモートルの親玉みたいなのに率いられて、既に発掘をしてたのさ」

「当然国に黙ってやってるんだから盗掘さ。アタシ達目撃者は捕まって、ついでに働かされてるのさ」

「そんで、残念なことにあんたらもその仲間入りだ。上に戻れる道はあるんだが、モートルたちがずっと見張ってる。まさかこの崖を登るってわけにもいかねえだろ?っと、そういうわけさ」

 彼らの事情が終わり、まず口を開いたのは、口がないはずの美幼女のお腹だった。

『つまり、RIAMUちゃんがその親玉を叩きのめせば解決ですね』

 なにがつまりなのかはわからないが、それはかなり現実的な提案だった。この幼女AI、頭はパーだがグーは強い。しかし、見た目はか弱い美幼女である。親方もまさかこの細腕に木をへし折り吹き飛ばすほどの力があるとは思わなかった。当然である。

「やめとけやめとけ、俺たちだって試したさ。大の大人五人がかりで、相手は無傷さ。それに歯向かった罰だって言ってよ」

 隊長はそこで一度溜め、包帯でぐるぐる巻きの左手に視線を落とした。リンは何が起こったのか理解し、やるせない思いに拳を強く握りしめた。

「一週間トイレ掃除だ」

 リンは椅子からずり落ちた。

「見せしめに暴行受けたんじゃねえのかよ!?じゃあなんでその手見たんだよ!」

 リンは岩椅子によじ登りながら叫んだ。

「いや、そん時きたねえもん左手で触っちまってよ。あ、この包帯は料理当番の時にやらかしてな」

「紛らわしいわ!」

「と、とにかくな」

 ぜえぜえと呼吸しこちらを睨んでくるリンから目をそらし、隊長は結論付けた。

「逆らうのはやめとけって話だ。勇者様の装備が出たら帰してくれるっていうし、給料も出すって。それに親玉は神出鬼没だ。明後日の給料日には顔を出すだろうが、それまでは会うこともできねえよ。で、次はあんたらの方な!」

「……はあ」

 あからさまに話題を変えられたが、リンはため息一つで流すことにした。そんなことより、ぼろがでないよう気合を入れなければならない。リンは、一度怪しまれないようにクリフトを見てから口を開いた。老人が別れ際に忠告してくれた通りの、名乗りをするのだ。

「俺はリン。俺たちは旅の聖職――」

『RIAMUちゃんは超絶美幼女シリーズRIAMUちゃんに搭載された自動運転用及び幼女AI、RIAMUちゃんです』

「神官クリフトです。記憶喪失なので本当はクリフトでも聖職者でもないかもしれません」

「ちょっ!?それは信頼できる人にしか言わないって話だっただろ!」

『すみません、うっかりしてました』

「そういえばなんでも許されると思うなよ!」

 リンは自分のお腹を怒鳴りつけた。そんな彼の肩に手を置き、クリフトはいつもより優しい笑顔で言った。

「リンさん、私はこのお二方を、心から信頼できるとそう確信したのです」

「この少しの会話でか!?」

「はい」

 クリフトの笑顔は揺るがず、リンは絶句して顔を手で覆い天井を見上げた。そして、少ししてから、その状態のままちらりと下目でシアンとマイケルの二人をうかがった。白衣の少女はもう興味が抑えられないといった顔で、スキンヘッドの隊長はなんだかよくわからない胡乱なものを見る目で、こちらを見ていた。リンは顔を下げたくなかった。


「いやあいやあ、本当にすごいねえ!別世界から来たなんて勇者伝説みたいだって驚いたけど、君の方がずっと興味深いよ!もっともっと聞かせておくれよ!」

 リンは、もう開き直って自分たちの現状の概要を説明した。それを聞いたシアンからいくつか質問が飛び、それにRIAMUちゃんが答える、というのが数度続いた結果、狂気的な笑みを浮かべ眼鏡の奥の瞳を爛々に輝かせたシアンが、四つん這いになりながら幼女のお腹に食い入るように話をせがむ奇妙な光景が繰り広げられることとなった。

『RIAMUちゃんもこのボディやRIAMUちゃんの詳しい解説をするのはやぶさかではありません。えっへん』

 それに対し、RIAMUちゃんは明らかに自慢げで、嬉しそうだった。

「あんた、本当に信じるのか?こんな話」

 自分のお腹にかかる荒い息に、絶妙に不快な気分になりながらリンは尋ねた。信じてもらうつもりで説明したわけでもなかったのだ。シアンはぐるんと勢いよく顔だけリンに向けた。怖かった。

「リアム君が教えてくれた物理法則、理論、数式、全てに矛盾がなかった。こんな年の女の子がここまで完璧な嘘の世界を考えた、ってよりはずっと真実味があるだろう?」

 早口でそう言い終えると、直ぐに先ほどと同じ勢いで顔をリンのお腹、つまりRIAMUちゃんに向けなおした。

「……隊長は?」

 リンは次に、気味の悪いものを見る目でシアンを見ていた隊長に聞いた。

「ん?ああ、俺も信じるぜ」

「え?」

 意外なことに、彼もまた疑っていなかった。リンを見る表情にも信じるという言葉に乗った感情にも、何一つ疑いが感じられなかった。

「まあそうだな……リンの話に出てきた爺さんはお得意さんでな?あの人の人を見る目は俺自身の判断よりよっぽど信頼してるんだよ。だから信じる。お前たちが俺を信用させるためにあの爺さんの話を出したっていうのは考えられねえしな」

「私の言った通り、みなさん信頼できる人だったでしょう?」

 いつもと変わらないようなクリフトの微笑みがドヤ顔に見え、信じてもらえてよかったはずなのに何か腑に落ちないリンだった。


 暗い、暗い場所だった。光源はたった一つの光る石の頼りない明かりと、風もないのに何度も揺らぎ、朧気に人の輪郭を形どる青い炎だけだった。

『と、いう訳だ』

「わかったぜ魔導。ま、王都に向かったってんなら俺様の所には関係ねえ話だろうがな。それより、三日後の午後に妖姫をこっちに呼ぶ手配、頼んだぜ?」

『うむ、ではな』

 そう言うと、青い炎でできた人型はその姿を散らし、後に残ったのは人型の青い炎を作っていた元である青い火の塊と、モートルを二メートルの体長まで大きくし、顔をずいぶん凶悪にしたような生物だけだった。その残った片方であるモートルの親玉とでも表現すべき怪物は、話が終わり次第元の作業、穴掘りに戻った。

「ところで、何をされているんです?」

 青い火の塊、バールが尋ねた。

「何、だって?」

 ギロリ、と音がしそうな目つきで、手を止めて怪物は振り返り、そして叫んだ。

「宝石堀りだよ!そうするしかなかったとはいえ監禁して働かせてんだぞ!妖姫に記憶を消させるにしてもせめて損害補填に給料をたくさんやらねえといけねえだろうが!」

 怪物は、鬼気迫る表情で掘り続けた。

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