第二話 超絶美幼女サバイバーRIAMUちゃん Aパート

休み時間だろうか、高校の教室で生徒たちがいくつかのグループに分かれ談笑している。見回したリンは、そんな状況を認識し、羞恥心を覚えた。何故だか、今は同級生たちに見られたくない気がするのだ。どうしてだったか、リンは自分の手を見て理解した。それはぷにぷにで小さい手、幼女の手だ。そう、自分はすごいムキムキのマッチョボディを手に入れてくると友達に自慢していたのに、実際にはムニムニの幼女ボディになってしまい、もしばれたら笑われてしまうと思ったからだ。

しかし、何か違和感を覚えた。その正体を掴むため、周囲を確認するがなんだかよくわからない。仕方ないので、前の方で楽しそうに喋っている女子グループをなんとなく眺めるリン。あのグループにはいったい誰がいたか、ぼんやり確かめようとするが、何故か顔がよく見えない。顔を傾けても、前に乗り出しても、何故か掴めない。段々と違和感が積み重なっていき、ついに気づいた。これは夢だ、と。

そう理解した途端、前にいた女子の一人が振り返って語り掛けてきた。ようやく確認できたその顔は、推定四十歳前後のおっさんだった。

「そうだリン君、これは夢だ」

「うぎゃぁああ!」

 突如として女子制服を着た中年男性が出てくる悪夢に変わってしまった夢。すぐに逃げ出そうとするが、夢特有のなにかうまく動けない現象で机から離れられない。閲覧注意な女装コスプレ中年からも視線が離せない。

「もう時間がない、私の残した物を集め、王都へ向かうのだ」

「ひぃいい!?」

 とにかく必死に暴れるリンは、ついに視界が暗転した。夢の終わりだ。

「王都へ向かうのだ、世界の危機が迫っている」


「いやああああ!?」

『おはようございますリンさん』

 雄たけびを上げながら目覚めたそこは、コテージの中だった。服装は、日曜朝の女児向けアニメのヒロインが大きくプリントされた、暗闇で光るパジャマだ。蓄光塗料も最新鋭なのか、まだ薄く光っている。リンは何度か深呼吸をして、その内に自分がどうしてここにいるのかを思い出していった。

 昨日、リンたちは話をしながら周囲を少しだけ探索し、クレーター中央にランドセルから出したコテージを建て、休憩した。そして、色々ありすぎて疲れが溜まっていたリンはそのまま夢の世界へ旅立ったのだ。

『悪夢を見た脳波を検知しましたが、大丈夫でしょうか?』

「ああ、なんか女子高生の制服を着たおっさんが出てきただけだ」

『理解しかねますが、夢とはそもそも分からないものですからね』

「そうだよな、夢に意味なんてあんまりないよな」

 そういいながらも、あの女装中年の言葉が頭に残っていた。王都へ向かうのだ、世界の危機が迫っている。もしこれがアブノーマル性癖おじさんのセリフでなければ、もう少しリンも気にして、RIAMUちゃんに相談したりしたかもしれない。

「そういえばあのおっさん、どこかで見た気がするんだよな」

 何とか記憶を掘り起こそうとするリンだったが、果たしてこの時は思い出せなかった。


 サバイバルに必要なものは何か。水、食料、火、住居、このあたりが大切だと言われている。その点リンのサバイバルはイージーモードもイージーモードだった。

「状況的には遭難なんだろうが、何というか命の危機は全然感じないな」

 コテージの外、クレーター中心部を少し平らにしたところで、リンは地面に座り込みながら水筒でジュースを飲み、棒状のエネルギーバーをもそもそと齧っていた。全てランドセルに入っていたものである。彼はそう時間をかけずバーを平らげ、手をぱんぱんと払い立ち上がった。

『ですが、水筒のジュースもエネルギーバーも有限ですので、このままではじり貧です。野生動物のハンティングも可能ではありますが、RIAMUちゃんの考える幼女像とはかけ離れています。自己同一性を見失いかねないので出来ればやりたくないですね』

「まず今までの行動はあんたの考える幼女像とかけ離れていないのが驚きなんだが。あとじり貧なのは分かってるよ。それに何より、サバイバル生活をいくら続けても元の世界には帰れないしな」

 リンの脳裏によぎるのは、契約書に記されたあの天文学的数値である。思い出して生じた寒気を頭を振ってどこかへやり、気合を入れた。

「それじゃ、始めるか」

『上空から落下している時に人里らしきものは見えませんでしたが、誘拐犯がいたでのすから周囲に知的生命体がいる可能性は十分あります』

 リンの目の前には、昨日のうちに集めておいた、乾いていそうな枝の小山がある。彼はこれから火おこしをしようとしていた。何を狩猟も採取もできていないので、調理のためではない。野生動物を遠ざけ、立った煙でここに自分がいると、いるかもしれない他の人にアピールしようとしているのだ。幸いなことに、怪しい三人組のお陰で少なくとも人型知的生命体が存在していることは証明されている。

「それで、どうやったら火っておこせるんだ?こう、棒を板にぐるぐる回しながら押し付けるやつしか知らないんだけど」

 そういいながら、リンは実際に一本枝を手に取り、両手の掌でそれを挟んでくるくると地面に押し当てた。結果、未だに力の加減が効かないリンでは、棒がすぐにどこかへ飛んで行ってしまうだけだった。

『ランドセルの中に火を起こせるアイテムがありますが』

「うっ……」

 RIAMUちゃんの提案に、リンは怖いものでも見るようにランドセルがあるコテージの方へ顔を向けた。体をコテージから遠ざけるように、少し腰が引けている。何故リンがランドセルを恐れているのか、それは昨日のちょっとした探索中に例の美幼女ビーム、及びランドセルについて説明を求めたことが原因である。

『大丈夫です、安全は保障されています』

「でも核融合炉だぞ、太陽炉だぞ!?」

 もしかしたら疑問に思っていた方もいたかもしれないが、普通ランドセルにコテージは入らない。だが実際には入っていた。それはタケボディ社の最新技術により空間拡張が実現し、ランドセル内部が某ロボットの異次元ポケットのようになっていたからである。しかし空間拡張を継続するには、常にすさまじいエネルギーを必要とする。そのエネルギーの供給源が核融合炉、太陽と同じ原理でエネルギーを得るため、別名太陽炉である。美幼女ビームも、それからパワーをもらって放っていたわけである。

 いくら安全だと言われても、リンからしてみればランドセルに爆弾が入っているようなものであり、今朝エネルギーバーや水筒を取り出すときもおっかなびっくりであった。

『それほどランドセルが信用できないということでしたら、今RIAMUちゃんがいい方法を思いついたので、自動運転モードをお願いします』

「……いい方法って?」

 リンはじとっとした目で自分の胸辺りを睨んだ。AIであるRIAMUちゃんは目に見えないので、コアのある辺りをRIAMUちゃんがいる位置とすることにしたのだ。

『手と手をこすり合わせると摩擦熱が発生することはご存知だと思います』

「もういいわかった、俺が覚悟を決めるよ」

 リンは呆れたようにため息を吐きながら首を横に振り、両手で頬をぱんと一叩きして気合を入れると立ち上がった。

『まだ美幼女フィンガーの核心に触れていないのですが』

「もう名前付けてるのかよ……」

 その後も何となく不満げな雰囲気を醸し出すRIAMUちゃんを受け流し、リンはコテージからランドセルを取ってきた。ランドセルの取っ手を掴むときに躊躇したり少し手が震えていたり目をつぶっていたりしたことは、リンのプライドに関わるので敢えて描写はしない。


 やけによく燃えている焚火から、もくもくと白い煙が上がる。期待通りの結果を導いたはずのリンだったが、驚愕からくる興奮そのまま顔を真っ赤にし、見えもしないRIAMUちゃんにまくし立てていた。

「なんで虫眼鏡から可燃性のガスが出るんだよ!?焼け死ぬかと思ったぞ!」

 昨日とは違うが昨日と同じく女児女児したリンの纏う服は、ところどころ焼け焦げたような跡が付いていた。流石というべきか、ボディは傷一つない。

『ドリルを欲する人が本当に欲しいものは穴です。同じように女児が虫眼鏡を使うとき、大抵の場合求めているのは発火です。なのでボタン一つでファイヤー出来るようにしたのでしょう』

「本当の女児があのファイヤー食らったら大変だからな!それと危険がありそうな物の時は事前に教えような!俺は大丈夫でも周りが危険だから!」

『美幼女メモリーにインプットしておきます』

 とりあえず言いたいことは言えたリンは、数度深呼吸して興奮を収めた。そして冷静に戻った彼は、行動を次に進めることにした。

「それで、一応火は点いた訳だから、次は周辺の探索か」

 リンは少し憂鬱そうに周囲に広がる森を見回した。昨日も少しだけ探索したその森だが、彼が学校行事で行ったことのあるようなリフレッシュスポットではない。人の手が入っていない、真に自然のままの森である。奥まで進めば、当然未知の虫や野生動物がいるだろう。ちらほら見かけた色鮮やかな花には、もしかすれば毒があるかもしれない。人里を探すためにここへ分け入っていくならば、多くの困難が待っているだろう。

『森の中では様々な危険が予想されます。また、RIAMUちゃんにはオートマッピング機能も備わっているため、迷う危険性がありません。自動運転モードを推奨します』

 その提案に否やはなかった。元よりリンは、野生の獣の急な襲来などに、自分が対応できるなどとうぬぼれていない。ボディの性能は最高級でも操縦が素人ではもしもがある。加えて、任せれば帰れぬ心配もないというのなら、どこにも拒む要素がなかった。

「よし頼んだ、自動運転モードオン」

 宣言をすれば、直ぐに操作権限は譲渡される。次の瞬間にはRIAMUちゃん(ボディ)を動かしているのはRIAMUちゃん(AI)だ。

「ミッション森の探索、スタートです」

 彼女は勢いよくランドセルを背負い、迷うことなく未開の森へと踏み入った。


真上よりやや地上に近づいた太陽が、現在の時刻をぼんやりと伝える。森というのは意外と静かではない。どこかから聞こえる川のせせらぎと、姿は見えぬ動物や虫たちの歌い声が辺りを包む。文明を感じさせるものはなく、ただ自然の雄大さをその全体で表す森林に、場違いな幼女がただ一人。彼女は真剣な表情で、苔むした岩に腰かけていた。

「リンさん、実はうっかり伝え忘れていたことがあります」

『……あまり聞きたくないけど、どうぞ』

「幼女AIには高度に幼女の生態を再現するため、うっかりシステムというものが組み込まれています」

 もう大体の予測がついているリンだったが、無言で先を促した。

「その名の通り、ランダムに何かをうっかり忘れるシステムです。このシステムにより、このシステムの存在をうっかり伝え忘れていました」

『……それで?』

 風が、強く吹いた。木の葉をざわめかせ、彼女の綺麗なピンク色の髪をいたずらに乱した。その風にさらわれたのだろう、小さな白い花が一凛、彼女の膝上に舞い降りた。彼女はそれを両手ですくい、そっと息を吹きかけた。小さな花は、再び風に乗って去っていった。

「結論から言うと迷いました」

 彼女は折角目印にたてた煙すら見えなくなるほど爆走し、現在地を見失っていた。

『だろうな!?変な虫を見つけちゃ走って捕まえて!奇妙な動物がいれば飛んで触りに行って!あっちへジャンプこっちへダッシュ、何の計画性もなく小一時間も暴れまわってたのに突然はっと何かに気づいたみたいな顔して立ち止まって!岩に腰かけて真剣な顔し始めたらまあそんなこったろうと思ったわ!それで!なんで!?オートマッピングは!?』

「オートマッピングはGPSがないと機能しないことを、うっかり忘れていました」

『ああああああ!!』

 もし、彼の声が実際に空気を震わせていれば、恐らく森中の鳥が飛び立ったりしたのだろう。動物さんたちにとって幸運なことに、実際にはRIAMUちゃんの声しか響いていない。

『なんで命を預ける自動運転のAIにそんな余計なシステム付けてるんだよ!?』

「安心してください、生命の危機に陥った際には、うっかりシステムは少々危険なため機能を停止します」

『危険な自覚あるのかよ!?』

 思いの丈を脳内で叫びきったリンは、昂った心を鎮めようとした。しかし深呼吸しようにも自分ではボディを動かせないため、それを察したRIAMUちゃんが代わりに深呼吸した。一応、それで興奮は収まった。

『それで、これからどうする?』

 実のところ、今朝とそう状況が変わったわけではない。コテージに戻れず火おこしは無駄になったが、迷子になる前から遭難していたわけで、生命線であるランドセルは背負っているのだから。

「そうですね、せめてこれ以上迷わないように、原始的な方法ですが跡をつけながら進みましょう」

 RIAMUちゃんはそういうと、ピョンと岩から飛び降り、近くの木に手をついた。

「こうやって」

 彼女は、その細い腕にぐっと力を込めた。

『ああ、木に跡を付けるの――』

「木で跡を付けたりですね」

 木の幹はみしみしと音を立てる間もなくへし折れた。木が倒れる轟音が辺りに響き渡り、鳥は一斉に飛び立ちその他の生き物も競うように逃げ出した。一転、辺りは急に静かになった。

「さあ、行きましょう」

 彼女は、にっこりと笑った。リンはいつか見たストップ環境破壊と書かれたポスターを思い出した。一分間にドーム球場二個分の森林が消失している。地球にはそんな時期があった。

 リンは自動運転モードを濫用しないよう誓った。




 特徴しかない、そんな三人組が森を歩いていた。一人は顔色の悪い男で、もう一人は骸骨で、最後は人魂。サリー一行である。

「にしても昨日はひでえめにあいやしたね」

「ほんと、あの子供は一体なんだったんでしょう」

「おい、恐らくこの辺りのはずだ、気を引き締めるぞ」

 一行は注意深く辺りを観察しながら森を進んでいた。両目がある位置に穴しかない骸骨と、そもそも視覚が存在するのか不明な人魂もきょろきょろとしているので、恐らく何か見えてはいるのだろう。

 そうして進んでいくと、段々と周辺の様子が変わってきた。一度手を入れられ、そして何年、いや何百年と放置されたような痕跡が残っているのだ。木と木の間隔が他よりも多少だが広く、他の所よりは歩きやすい。元は何かのオブジェかそれとももっと別の何かか、恐らく人工的に加工されたような形の石が多数点在している。そんな場所になっていた。

「こいつぁ、ここが当たりですかね?」

「早合点はいかん。が、期待したくなる場所であることは否定できんな」

 どうやら、この辺りが彼らの目的地であるようだった。一行はより一層気を引き締めて先へと進んでいく。しばらくすると、明らかに開けた場所に出た。草は腰ほどまで伸び茂っているが、半径数メートルに渡って木は生えていない。その地の中心部には、人の背丈より少し大きい、苔が生えた古い石碑のようなものが鎮座している。

 彼らは首も頭もないバール以外で頷き合い、何年もの間誰も足を踏み入れていないのだろうその場所を、草を踏みしめて道を作りながら石碑へと向かった。常人であればかなり厳しいはずの道のりだが、見た目通り彼らは普通ではないようで、浮かんでいる人魂は当然ながら、後の二人も苦にする様子もなくたどり着いた。

そして、あるものを見つけた。もちろん石碑ではない。その石碑の傍に横たわる長身の男性である。その男はどこか中性的な顔立ちで、金髪を長く伸ばし、何故か地球のカソックによく似た服を着ていた。

「こんなところでお昼寝、じゃあねえですよね」

「まさか勇者!?」

「ううむ、勇者がこんな場所で行き倒れているとも考え難いが……。だが、いや待て。おかしいぞ」

 よく確認するためか、更に近寄ろうとした二人をサリーが片手を横に突き出し制止した。そして距離を保ったまま顎に手を当て目を閉じ、感じた違和感の正体を探ろうとした。

「そうだ、こやつはどうやって――」

 しかし、その結論を披露することはできなかった。

「サリー様!何か聞こえませんか?」

 違う何かに気づいたらしいバールが遮ったのだ。彼はそのことに文句を言うこともなく、耳をそばだてた。すると、確かに何か聞こえてくる。とても重いものが地面に落ちるような音が断続的に。その上、その音は段々と近づいてきているようだった。

「一体何の音だ?」

 まるでその疑問に答えるように、サリー達のすぐ横に巨大な何かが墜落してきた。それは、木だった。積み重ねた年月を感じるしっかりとした木が、地面に逆立ちするように刺さっていた。弾かれるように上を見上げた三人は、冗談のような光景を目にすることとなる。木がポンポンと宙を飛び、そこかしこに降り注いでいるのだ。

「な、なんだ!?」

「夢じゃねえですよね!?」

「ひぃいい!!」

 木の噴水とでも言うべきその現象の発生源は、すさまじい勢いでこちらに近づいてきていた。一体全体なにが原因なのか。

「一体なんなのだ!?」

 サリーが驚愕の叫びをあげたその時、森林の破壊者が姿を現した。

「RIAMUちゃんは超絶美幼女シリーズRIAMUちゃんに搭載された自動運転用及び幼女AI、RIAMUちゃんです!」

 我らが幼女のエントリーである。


「固有名詞が重すぎて肝心なことが何も理解できん!」

「って、あの時の子供じゃねえですか!?」

 大規模環境破壊を成し遂げながら現れたのは、当然よく知る幼女、超絶美幼女シリーズの記念すべき第一作、RIAMUちゃんだった。最初の内は一本ずつ丁寧に伐採していたのだが、このままだと日が暮れると考えた彼女は、体に当たるを幸い適当にぶっ飛ばしながら突き進んできたのだ。そうやって暴走する途中でなんだか楽しくなってきて、目印をつけるためのはずが、いつの間にか木を倒すことが目的になっていたが、これはこれで元来た道はわかるので問題ないといえるかもしれない。

そうして偶然ここにたどり着き、条件反射気味に名乗った幼女は、遅れて相手が誰なのかを理解し、人差し指を突き付けた。

「誘拐犯一味!」

「吾輩たちはそのような犯罪者グループではないわ!」

「じゃあ一体何なんですか!」

「んぐっ」

 こちらもまた反射的に否定したサリーだったが、ではなんだと聞かれてしまうと答えられなかった。

「やっぱり誘拐犯なんですね!」

「それだけは違う!」

「そうですぜ、自分たちはもっとすげえ、そう、とにかくすげえ組織のものですぜ!」

「そ、そうだそうだ!僕たちは名誉ある魔……まあ名誉ある組織のものなんだ!」

『下手くそかよ』

「そんな適当な言い訳がこのRIAMUちゃんに通じると思っているんですか!」

 自分たちが何者か明かせない一行は、三文芝居ばりの反論しかできなかった。当然、そんなもので納得するほどRIAMUちゃんは間抜けではない。

「ぬぬぬ、確かに貴様の立場からすると胡散臭いと理解できてしまう……」

「諦めないでサリー様!」

「そうですぜ!自分たちは誘拐犯じゃねえんですから自信をもって!」

 明らかに自分たちが怪しいとわかってしまい、弁明を諦めかけたサリーだったが、仲間たちの応援に立ち直った。

「ええいそうだ!吾輩たちは誘拐犯ではない!訳あって何者かは説明できんが誘拐犯では決してない!」

 両のこぶしを握り締め、何の証拠もないが力強く言い切るサリーに、リンは彼らが少なくとも誘拐犯ではないのではないかと思い始めていた。諦めなければいいことがあるものである。

『なあリアム、悪いやつかは置いておいて、この人たち誘拐犯じゃあないんじゃないか?』

「むむ……」

 ボディの所有者であるリンからも進言され、流石のRIAMUちゃんも悩み始めた。腕を組み、目を閉じ首を傾げて。

 そんな彼女の様子に、サリー達も固唾をのんで彼女の結論を待った。

少しして、答えが出たのか目を開いたRIAMUちゃんだったが、ふと何かを見つけて開けたばかりのその目を更に大きく見開いた。

「あー!やっぱり誘拐犯じゃないですか!」

 彼女が見たのは、石碑の横で眠るあのカソックの男だった。この男、こんな近くで木が墜落してきたり、誘拐犯だなんだと騒いでいたりするのに未だに起きていなかった。何事かと振り返り、彼女の視線のその先にあるものを理解したサリーは、真実を告げた。

「そ、そいつは偶然そこで倒れていただけだ!吾輩たちとは関係ない!」

『いや、流石にそれはなあ……』

 だが残念なことに、事実は時として小説より奇であったりしてしまうのだ。あまりにも嘘らしいことが真実であるとき、誤解を解くのは難しい。

「信じかけたRIAMUちゃんがバカでした!もはや問答無用!」

 和解の道は絶たれてしまった。もう躊躇も何もないRIAMUちゃんは片手を背中に回しランドセルの蓋を開け、例のお辞儀ポーズを取った。赤い蓋がだらんと頭の前に垂れる。

「美幼女ビーム!」

 非殺傷だが必殺技というべき極彩色の光線が放たれる。だがしかし、彼らもこれを食らうのは二度目、黙ってみているはずがない。

「闇魔法、ダークウォール!」

 サリーが体の前で両手の指を複雑に絡ませながらそう唱えると、彼の目の前に一行を隠す程度の大きさを持つ黒い壁が生じ、超科学ビームを受け止めた。

「まさか吾輩のダークウォールにヒビを入れるとは!」

 しかしどうやら無傷とはいかなかったようで、漆黒の壁にはガラスのようにビキビキと軽くヒビが入っていた。

『ま、魔法!?どうするんだよリアム!』

 慌てたのはリンである。体勢の関係上何も見えてはいないが、信頼していた技が効いていないのは分かる。しかもそれが、魔法で行われたのだ。魔法に何が出来て何が出来ないのか、リンにはわからない。慌てもするだろう。

「モーマンタイです!出力アップ、超絶美幼女ビーム!」

 だがRIAMUちゃんの力はあれで最大ではなかった。太さを増した長く眺めていると目に悪そうな光線が、壁を食い破らんと迫る。

 一秒、二秒、ヒビを増やしながら持ちこたえる魔法だったが、ついにその時が訪れた。

「ぬ、ぬ、ぬわあああ!?」

 漆黒の壁は砕け散り、まるで元から存在していなかったかのように空気に溶けて消えた。しかし同時に、ビームも止んでいた。

「むむ、オーバーヒートですか」

 最大出力での使用に長時間は耐えきれないのだろう、ランドセルはクールタイムを必要としていた。お陰で敵を吹き飛ばし損ねた彼女は、勢いよく体を起こした。その勢いで蓋がランドセルに打ち付けられる。

「ダークウォールを破壊するだと!?いったい貴様は何者なのだ!」

 信じられないものを見る目でこちらに手を突き付けるサリーに、彼女は左手を腰に、右手は親指で胸をとんとんと突き、自信満々に告げた。

「この身体は超絶美幼女ボディRIAMUちゃん、そこらの幼女と一緒にされては困ります!」

 恐らく、そこらの幼女も一緒にされたら困るだろう。

「結局何を言っているかさっぱりわからん!」

 頭を抱えた敵のその隙を見逃すAIではなかった。残像すら起こらないスピードで両手をこすり合わせ、風のような速さで駆け相手との距離を詰める。そして摩擦熱で赤熱した右手を顔の横に構え、左手はランドセルの中から虫眼鏡を取り出した。そこでサリー達は彼女の接近に気づき愕然とするが、もう遅い。

「これが伏線回収ってやつです!爆発、美幼女フィンガー!」

 虫眼鏡からなぜか噴出した可燃性のガスが、熱量ゆえか真っ赤に輝いて見える右手に触れて引火、即ち爆発、しなかった。

「………」

「………」

 突き出されたその右手が、驚愕に目を見開いたサリーの顔面に優しく触れ、その状態のまましばらく時の流れが止まった。

 そして、まずRIAMUちゃんがサリーから手を離し、頷きながらつぶやいた。

「……手をこすり合わせても火は点かないらしいですね」

『当たり前だろうが!』

「当たり前であろう!」

 掌を眺めながら一人で勝手に納得しているRIAMUちゃんに、同じようなつっこみが同時にされた。

 真っ赤に輝いているように見えた右手は、そう見えた気になっていただけだった。少し暖かくなった手で、ただそっと触れただけだった。そのまま殴りぬいた方がよっぽど効果的だっただろう。

「サリー様、今の内にもう一回壁を出しましょう!」

「そ、そうであるな。闇魔法、ダークウォール!更に闇魔法、ダーカーマジック!」

 RIAMUちゃんが一人で頷いている内に、サリー達は彼女から距離を置き、再び漆黒の壁を生み出した。その壁はすかさず放たれたもう一つの魔法の効果だろうか、以前のものより厚みを増している。

『リアム、どうするんだよ!?』

 全力の一撃でなんとか砕けた相手の魔法が、今度は強化されている。それに加え、壁を出しておくだけで精一杯ならいいが、攻撃に魔法を使われればどうなるか分からない。焦ったリンの問いに、RIAMUちゃんは無問題とばかりに堂々と頷いた。

「そうですね、美幼女フィンガーは次までに改良します」

『そっちは聞いてねえよ!あの魔法をどうするのかだよ!』

「そっちなら問題ありません、RIAMUちゃんには学習機能があるので同じ手は二度通じないのです。クールタイム終了、美幼女ビーム!」

 いつもの体勢で放たれたおなじみのビームが、つい先ほどと同様に漆黒の壁に受け止められる、直前で急カーブした。

「美幼女ビームは心で撃つんです」

「何ぃ!?」

 まるで意思を持つように壁を回り込んだ光線が、今度こそ確かに三人組を捉える。

「ええい!覚えたぞリアム!」

「今回も見せ場がなかったですぜー!」

「次は何かしてやるからねー!」

 そうして昨日の繰り返しの様に、怪しい三人組は捨て台詞を残して吹き飛んで行った。

『なんか、また会う気がするなあいつら』

「RIAMUちゃんも不思議とそんな気がします」

 二人がぼうっとサリー達の消えた方を見上げていると、物音がした。その方向を確認すると、流石に至近距離での爆発音は効いたのか、倒れていた男が体を起こすところだった。男は、起きているというのに目をつぶっているように見えるほど、糸目だった。

「おはようございます、いい天気ですね」

「おはようございます、そうRIAMUちゃんも思います」

 男はまるで何事もなかったかのように微笑み、挨拶をした。そして、まるで駅までの道を聞くような気軽さでこう尋ねた。

「ところで、私は誰ですか?」

 どうやら、問題は増えるばかりのようだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る