第一話 超絶美幼女トリッパーRIAMUちゃん Bパート

「あーまず、あんた、なんだっけ?」

『RIAMUちゃんは超絶美幼女シリーズRIAMUちゃんに搭載された自動運転用及び幼女AI、RIAMUちゃんです』

 中天に座す太陽が森を照らす。普通ならば木々の葉に遮られ、地には優しく降り注ぐだけの陽光だが、そこにだけは直に照射していた。半径十数メートル、先ほど突如として作り上げられたクレーターの事である。そのクレーター中心部に胡坐で座り込んだリンは、まずこのボディに巣食うAIと対話を始めた。

「……最初のリアムちゃんは一人称、次がこのボディの名前、最後があんたの名前、で間違いないか?」

『はい、問題ありません』

 RIAMUちゃん(一人称。私や僕、俺などと同じ)は超絶美幼女シリーズRIAMUちゃん(超絶美幼女シリーズの第一号であるこのボディの名前)に搭載された自動運転用及び幼女AI、RIAMUちゃん(さっきから喋っていて森にクレーターを作った彼女の名前)です。英語リスニングの試験でこんな文章を出題すれば恐らく受験生に一生呪われるだろう。

「なんでボディとAIの名前一緒にした挙句一人称名前にしてんだよ……」

『主任、あの白衣を着た男性のネーミング及び設定です』

 あの男が目を泳がせている姿がリンの脳裏に浮かんだ。

「……はぁ、せめて一人称を私とかに変更できないか?」

『RIAMUちゃんの一人称を変更する権限は主任以外所持しておりません。またRIAMUちゃんはこの一人称を気に入っているので出来れば変えたくありません』

「……気に入ってるならいいよ。そういえば自己紹介もしてなかったな、俺の名前はリン。よろしくリアム」

『よろしくお願いします』

 リンは少し姿勢を正し、頭を下げた。RIAMUちゃんはAIなので下げる頭はない。

『ぺこり』

 なので言葉で表現した。

「……ふう」

 リンは大きく深呼吸し、つっこみたい衝動を耐えた。なんとなくつっこんだら負けだと思ったからだ。彼は彼女の言動、というより言葉を努めて無視し、次の質問に移ることにした。

「それじゃ次に、自動運転システムってどういうものなんだ?」

『ボディ使用者が生命の危機に陥った際、自動運転用及び幼女AIであるRIAMUちゃんがボディの操作権限を一時的に預かり、その危機を回避するシステムです。また、自動運転モードオン、と宣言していただくと、危機的状況以外でも自動運転システムを使用していただけます。解除する際は自動運転モードオフ、と宣言してください。以上で説明を終了しますが、質問はございますか?』

「自動運転システムについては今のところないな。でも幼女AIってなんだ」

 なんとなく嫌な予感を覚えながらも、尋ねずにはいられなかった。聞いておかないと後でひどい目に合う予感がしたのだ。

『RIAMUちゃんは幼女の生態を高度に再現した行動を取るようにプログラムされています。そのため自動運転用及び幼女AIと名付けられています』

 つい先ほどの落下の最中、傘で空を飛べないか試しだした光景がフラッシュバックした。

「……さっきの傘のあれは」

『はい、まさに幼女的行動といえるでしょう。RIAMUちゃんは幼女の生態を高度に再現するため好奇心は旺盛に、後先を考えたり周囲の状況を考慮することは抑制されています。あの状況でああいうことが出来る、RIAMUちゃんは高性能幼女AIです』

「すー、はー、すー、はー……オーケーわかった理解した」

 どうして命を預けるAIにそんなプログラムを施したのかとか、そもそも落下死寸前の状況であんな冷静に遊べる幼女がいるのかとか、製作者を小一時間問い詰めて同じ時間どつきまわしたいリンだったが、その感情をRIAMUちゃんに向けてもしょうがないため深呼吸をして堪えた。そして一つ大事なことを思い出した。

「まだ命を助けてもらったお礼を言ってなかったな。ありがとう、助かったよ」

『その為のRIAMUちゃんですので当然です。ですが、感謝されるのは心地よいですね』

 こうして、二心同体な二人の物語が始まったのである。


「それで、ここどこだかわかるか?」

 場所は変わらず森のクレーターだ。いつもは動物や虫の声で騒がしいはずのこの場所だが、みな逃げ出したのだろう、静かなものである。ここに今響くのは美幼女シリーズの完成されたかわいらしい幼女ボイスだけだ。

『それなのですが、電波がありません。これでは教育TVが受信できません』

「電波がない!?」

 それは、RIAMUちゃんのずれた発言をスルーしてしまうほどとても驚くべきことであった。2122年現在、北極でも南極でも砂漠でもアマゾンのジャングルでもデバイスでサクサク動画が見られる時代だ。電波が存在していない、というのは地上に空気がない、くらいあり得ないことである。今までなんとなく楽観視していたリンは今になって危機感を覚え始めた。そもそも、謎の暗闇に落ちてそのまま知らない場所に落下しているので、もう少し早く慌てるべきであるが、色々ありすぎて少し麻痺していたのだろう。

「GPSは!」

『ダメですね。RIAMUちゃんには位置情報システムも当然組み込まれているのですが、何故だか全く受信できません』

「どういうことだよ……」

『いくつか可能性が考えられます。人工衛星や電波塔類が何らかの影響で全てダウンした、別の惑星に飛ばされた、地球の過去もしくは未来にタイムスリップした、平行世界に転移した。RIAMUちゃんは魔法とか使ってみたいので平行世界がイチオシです』

「平行世界って、あり得るのか?」

 漫画や小説、アニメなどでは平行世界、もしくは異世界と呼ばれる所に飛ばされる、などという設定のものははるか昔からよくある。だが自分が、しかも不意打ち気味に幼女になったその日にというのはあまり考えたくないことだった。

『存在自体は確認されています。前に教育TVのスペシャルでやっていました』

「教育TV って、マジか?」

リンは空を見上げた。よくある創作だと異世界では太陽や月が複数あったりするのだが、空に輝く恒星は一つしかなく、当然月は見えない。周りを見回しても特に違和感があるような何かはない。

「いやいや、さすがに異世界トリップは――」

 マーフィーの法則というものがある。バターを塗ったトーストは必ずバターを塗った面を下にして落ちるというものだ。またフラグという言葉がある。戦争中に恋人の話をすると生きて帰れないとか、冥土の土産に真実を教えてあげるとターゲットを仕留め損なうとか、そういうやつである。つまり何が言いたいのかというと――。

「○×△?」

「△△□」

「○○□?」

「骸骨と人魂と顔色悪い人が茂みから出てきて喋った!?」

『わお、異世界トリップ確定ですね』

 さすがに異世界はないだろうというのは、異世界ということである。


 彼らは、ある任務を受け人里離れた森の中を歩いていた。その時、突如謎の光が森に突き立ち、爆音を上げたのである。あからさまな異変を感知した彼らは当然そこへ向かった。

「一体なんだというのだ、まさか勇者か?」

 漆黒のローブを纏ったやけに顔色の悪い男が、憂い気な表情で足音も立てず歩く。それに続くのはどこからどう見ても白骨死体にしか見えない者と、いくら見直しても青い火の塊、人魂としか思えない物体だ。

「サリー様、そんな都合がよいことありますかい?」

 どういう理屈か、そもそも歩いていることすらおかしいのだが、声帯も舌も肺も見当たらないのに骸骨が言葉を発した。そのことに他のメンバーも驚きもしないので、彼らの中では骸骨が動いて喋るのは当たり前のようである。また歩くときに骨同士がぶつかっているというのに、そちらは不自然にも音がしない。

「やめてよモート、勇者がいたら都合よくないよぉ」

 青い人魂もおどおどと反論する。モートと呼ばれた骸骨もそうだが、こちらも何がどうして音を出しているのか不明である。またこの火の球も燃えているのだが何も音は立てていない。

「安心しろバール、吾輩も勇者の可能性は低いと考えてはいる。しかし場所が場所だからな、用心するに越したことはないというだけだ。ほらそろそろ着くぞ、静音魔法をかけていても喋れば無意味だ、気を引き締めろ!」

「あいさー」

「はいっ!」

 怪しい三人組の様子を見るに、どうやらサリー様と敬われている顔色の悪い男がリーダー格であるようで、更に静音魔法なるもので物音を消しているようだった。リーダーからの忠告を受けてから彼らは一言も発さず静かに用心深く森を進み、ついに出来立てほやほやクレーターにたどり着いた。

 そして、その中央に行儀悪く胡坐で座り込む小さな女の子を発見した。

「子供か?」

「そう見えますぜ」

「こんなところに?」

「×□○!?」

 こうして怪しい一行とおかしい幼女は遭遇したわけである。

 以降、しばらくお互いに話は通じていないものとする。


 どう考えても話すどころか動くことも出来なさそうな物体に話しかけられ、驚きで心臓が張り裂けそうなリン。しかも相手が発するのは、当たり前だが日本語ではない言語であり、コミュニケーションが取れる気配がない。人種どころか生物としての種も違い過ぎるので、ボディランゲージも怪しいものだ。しかし彼は一人ではない、タケボディ製の最新鋭高性能AI、RIAMUちゃんが憑いている。

『しばらく会話を試みて下さい。このRIAMUちゃんには未知の言語を解読、翻訳する機能があります』

「おお、そういう辺りは本当に最新鋭だな。助かる」

 一方、サリーたちはサリーたちでかなり困っていた。

「むう、まさか言葉が通じんとは。服装も見慣れぬし、一体どこから来たのだ?」

「で、でも、勇者ではないですね!」

「こんな華奢な子供ですからなあ」

「それはそうであるが……」

 彼らはどうやらリンが勇者ではないと断じたようである。確かに、今日のリンに勇者と呼べる要素はどこにもない。幼女になる直前の彼なら、どこに出しても恥ずかしくない愚者だったが。

 戻ってこちら側、怪しさしかない三人組に謎の言語で会話されながらじろじろ観察されていたリンは、何とか勇気を振り絞ってコミュニケーションを試みてみることにした。

「えーっと、こんにちは」

 不安しかないリンは、少しうつむきがちで上目遣いになりながら、おどおどと挨拶をした。この姿、リン本人はまだ美幼女になっている自覚がないため気づいていないが、かなり庇護欲を誘っていた。

「この子供、こんなに不安そうにしてやすぜ……」

 モートは骸骨なのに表情を変え、同情するようにリンを見た。

「確か、このあたりに人里はありませんでしたよね?」

 さすがに火の塊であるバールは顔で感情は読めないが、明らかにリンを心配する声音をしている。

「むう、確かそうであるな……。子供の足で無事にたどり着ける距離には、ないな」

 サリーだけは、表面上は冷静さを保っていた。

「まさかサリー様、置き去りにするわけじゃねえですよね?」

「こ、こんな小さい子を……」

「ま、待て!?いくら魔国の民でないとはいえ、このような幼子を放っておけるはずがなかろう!そんなことをすれば魔王陛下に顔向けできぬ!」

 しかし二人の責めるような言葉と態度に、慌てて弁明した。

サリー達一行はリンをどうにかしてあげようという方向で一致し、お互い向かい合って話し合いを始めた。

 これで困ったのはリンである。

「え、無視された」

 言葉が通じていないのでしょうがないのだが、リンからしてみれば挨拶を無視された挙句、こちらとコミュニケーションを図ろうという意思もなく内輪で話を始めてしまったように見えていた。もし、見知らぬ外国人三人組に挨拶して、その相手がちらちらこちらをみながら相談を始めたら、あなたはどう感じるだろうか。不安と恐怖に襲われるだろう。

「何相談してるんだよ、こええよ……」

『もう少しお待ちください』

 幸いなことに、ボディの性能のおかげで彼らの会話自体は耳に入っており、RIAMUちゃんの解読作業に問題はないようだった。

「しかし、話が通じないのが困りものであるな。ついてきてもらえるだろうか?」

「たしかにそりゃあ問題ですがね、この森に置いてくって方が酷ですぜ?」

「怖がられちゃうかもしれないですけど、命には代えられませんから……」

 彼らはどうやら、リンをどこかに連れていくことにしたようである。確かに、何も知らない彼らからすればリンはか弱い幼女、狼が異世界にいるかはわからないがそれに準ずる肉食獣はいそうなこの森に放置すれば、明日の朝には朝食に大変身していそうである。

力づくでも、怖がられても、嫌がられても、本当にリンのためを思って起こそうとしている彼らの行動は、何も間違っていないだろう。ただ悪かったのだ。

「仕方があるまい――」

『解読完了です!自動翻訳スタート!』

「――無理やりにでもさらってしまうか」

「そうしやしょう」

「そうですね!」

「ひぃ!?」

 タイミングが、致命的に。

 びっくり仰天、自分を誘拐する算段をしていたと勘違いしてしまったリンはとっさに後ずさりしようとした。自分がまだこのボディに慣れていないことも忘れて。結果、三度目となる力加減ミスで派手に後ろへすっころんだ。

 そして子供がこけたときたら、当然良識のある大人たちは助けに近寄るものである。まさか自分たちが誘拐犯だと思われているとも知らず、わらわら近寄る三人組。

『むむむ!リンさん、自動運転モードです!』

「じ、自動運転モード、オン!」

「自動運転モード?」

「ありゃ、いきなり言葉を」

「言葉が通じて?」

 突然自分たちの良く知る言語を使い始めたリンに戸惑う三人。そんな様子に構うことなく、ボディの操作権限を得たRIAMUちゃんが跳ね起き、びしっと音がしそうな勢いで人差し指を突き付けた。

「誘拐犯はこのRIAMUちゃんが許しません!」

「ゆ、誘拐犯だと!?」

「そりゃ誤解ですぜ!?」

「そ、そんなつもりじゃ」

「問答無用!」

 続けて誘拐犯呼ばわりされ訳の分からぬ三人組に、容赦なくRIAMUちゃんはランドセルの口を向けた。小学生がランドセルの蓋を開けたままお辞儀をしてしまい中身をぶちまけてしまうあれと同じ体勢である。

「一体何を――」

「美幼女ビーム!」

 サリーの言葉は最後まで紡がれる事はなく、怪しい三人組はランドセルから放たれた極彩色の光線に触れ吹き飛ばされた。

「ぬわぁああ!?」

「うげぇええ!?」

「ひぇえええ!?」

 すさまじい勢いで飛ばされた彼らは、ドップラー効果を確認できる悲鳴を上げてキラリと空の彼方へ消えた。それを見届けたRIAMUちゃんは起き上がり、ぐっと右手で額をぬぐい、ドヤ顔で言った。

「ふう、悪はさりましたね」

『や、やっちゃった?』

「非殺傷性なので問題ありません」

 空にはまだ、太陽がさんさんと輝いていた。

 こうして、彼らの悲しすぎるファーストコンタクトは終わった。もし、何かのタイミングが少しでもずれていれば、この世界の運命は全く違うものになっていただろう。

 それはまだ、神も知らない。




「ん?」

 操作権限が戻り、彼らが消えていった空を眺めていたリンの手元に、一枚の紙がひらひらと舞い降りてきた。かがんで拾い上げてみると、それはどうやら一緒に世界間移動に巻き込まれたらしい、契約書のコピーだった。なんとなく、それをきっちり上から下まで読み込んだリンは、恐ろしい記述を見つけてしまった。

「二週間後にボディが返還されなかった場合、違約金、いちじゅうひゃくせん……」

そこに書かれていたのは、両手を使って指折り数えても何桁か数えきれない天文学的数値である。リンと家族が一生馬車馬のように働いても、返せそうになかった。

『わお、RIAMUちゃんお高い女ですね』

「いやあああああああああ!?」

 頑張れリン、家族の命運は君が帰れるかにかかっている。


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