超絶美幼女ボディRIAMUちゃん【プロトタイプ】
第一話 超絶美幼女トリッパーRIAMUちゃん Aパート
「大願成就の時は近い」
幾つも灯された蝋燭の明かりが、優美で荘厳ながらも少し陰鬱な印象を与えるその広間と、そこにいる四つの影を照らす。そこは謁見の間、もしくは玉座の間と呼ぶに相応しい場所だった。
「『魔導』、『巨雄』が見えないようだけど」
「は、巨雄は既に攻略に取り掛かっていたため、謁見すること叶わず……」
影の一つ、玉座に腰をかけ、闇に溶け込むような漆黒のカラスを一羽肩に乗せた影の問いかけに、魔導と呼ばれた影が素早く答えた。
「順調なようで何よりだね」
「魔王陛下、妾(わらわ)は順調過ぎて退屈じゃのう」
「はは、『妖姫』が忙しくならないまま終わってほしいものだけどね」
拗ねたような妖姫の言葉に、魔王が笑う。
「俺様はこれから忙しくなりそうだぜ」
「ということは、見つかったのかい『最硬』?」
この中でただ一人、明らかに人外の輪郭をした最硬は、薄暗くともはっきりと分かる力強い笑みを浮かべ、大きく頷いた。
「吾輩も、負けてはいられぬな」
「魔導のことだから、案外一番早いかもね」
「は、そのつもりであります」
魔導の浮かべた不適な笑みを見て、魔王は一つ頷き、ぽつりとこぼした。
「魔族に日の光を」
肩のカラスが、不気味に一つ鳴いた。
「な」
何かを確かめるように開いては閉じる手はぷにぷにとしており、乱暴に使えば傷つけてしまいそうだ。
「な」
見開かれた一対の目はくりんと丸く大きく、その上のおでこはもし成人男性のものであれば将来が不安になるほど広い。
「な」
顔のパーツはある意味完璧な比率で配置され、ショートボブに整えられた【ピンク色】の印象的な髪がそれを彩っている。
「な」
彼にとってありえないことに、鏡に映るその姿は完全に幼女、それも超絶が付くほどの美幼女だった。
「なんじゃこりゃぁあ!?」
不本意なことであろうが、上げられた叫び声も高く、少し舌足らずで、何より可愛らしく、どこまでも幼女の、否、美幼女のものだった。
男子高校生リンは美幼女になっていた。
話は今朝に遡る。
『逞しい腕、太い足、厚い胸板。そして何よりも、力。男らしさは、色あせはしない。外見はもちろん、運動機能も国内最高クラス。新型セカンドボディ、ナイスガイ650。力強い喜びを、あなたに。タケボディ』
街頭の大型モニターがコマーシャルを3D立体映像で流した。筋肉モリモリの男が片手で車を持ち上げる、風のような速さで走る等々、数十年前なら非現実的に見えるような動きにあわせ、有名俳優が商品のうたい文句をナレーションする。ある者はそれをうらやましそうに見上げ、ある者は見るでもなくただ暇つぶしに眺め、ある者は一切気にせず手元のデバイスを操作しながら通り過ぎる。実によくある、2122年日本の日常だ。
しかし日常の風景の中で、強烈な違和感を放つ点が一つだけあった。それはリンだ。
特にこれといった特徴もない、一般家庭に生まれた平凡な男子高校生リンが、押し殺しきれなかった笑みをニタニタとこぼしながらそこを通っていったのだ。もし百人が今の彼を見かければ百人がこう想像しただろう。なにかいいことあったんだなあいつ、と。ついでに五十人くらいは気持ち悪いと感じたかもしれない。
彼が何故そんなだらしない顔になってしまっているのか、その答えは彼の向かう先にあった。
それはタケボディ社、あのコマーシャルの会社だ。国内で知らない人はいないセカンドボディメーカー最大手である。
セカンドボディ、それはその名の通り二つ目の身体である。マッチョに、グラマラスに、イケメンに、美女に、人工的に作られた肉体であるセカンドボディに脳を入れ替えるだけで、人はどのような自分にもなれる。更に高性能なボディなら、前時代の金メダリストも裸足で逃げ出す、下手な漫画のヒーローよりも高い運動能力も得られる。性別すら、それこそ服を着替えるように変えられる。そんな時代が訪れていた。金持ちには。
実際の所、ファッション感覚でセカンドボディをとっかえひっかえ出来るのも、非現実じみた超人ボディを楽しめるのも金持ちだけで、一般家庭では現在の自分とそう変わらない安価なセカンドボディを、もしもの怪我の保険に一つもっているかどうかだ。コマーシャルでやっているような最新の高性能ボディは、一昔前で言うところの高級外車や別荘のような超贅沢品だ。当然リンに、というより彼の両親にタケボディ社製の高級ボディを買える甲斐性などない。
では何故、彼はタケボディ社に向かっているのか。それは数週間前、ある時応募したある企画の当選通知が彼の元に届いたからだ。タケボディ社主催のその企画は、まだ発表もされていない最新鋭ボディの二週間試乗体験を抽選で若干名様にプレゼント、というものだった。当選通知を確認した彼はまず飛び上がって喜び、次いで詐欺を疑い、本社に確認を取り、最後に踊って歓喜した。
そんな有頂天の高校生は歩みを進め、遂にタケボディ本社に到着する。その足取りはセレブの使う羽毛布団にヘリウムガスをぶちこんだくらい軽い。地に足が着いていないということだ。
「ぐふふふ」
遂に笑い声をもらしたリンの脳に、正常な判断能力は残っていなかった。上の空で案内され、言われるがままよく読んでもいない契約書にサインしてしまうほどに。数時間後、彼はその事を後悔することとなる。
ナイスガイ650のごとくムキムキボディになった自分を妄想し、にやつきながら脳交換施術用の台に横たわる彼に、そんなことを言っても右から左だろうが。
「なんじゃこりゃぁあ!?」
施術を終え、彼はベッドと姿見と扉しかない白い部屋で目を覚ました。早く生まれ変わった自分を確認したかった彼は、直ぐに立ち上がって鏡に向かい、魂の絶叫を上げた。思ったよりずっと生まれ変わっていたからだ。
前から見ても、後ろから見ても、幼女である。服装もまた、なんとも女児女児している。
「超絶美幼女ボディシリーズの記念すべき第一作、RIAMUちゃんですぞ!」
確認するように身体のあちこちを触っていた彼に、興奮気味で早口な声がかけられた。声の主は、部屋に唯一ある扉から現れた、赤いランドセルを右手に、もう片方にファイルを持った白衣の男である。その男は顔立ちも体つきも俳優レベルなのだが、納豆を食べてしばらくした口の中くらい粘ついた声の出し方と、猫背気味で特徴的な歩き方と、生理的に無理な笑みのお手本のような生理的に無理な笑みが、彼の与える印象を最低も最低にしていた。そのちぐはぐさから、リンは直ぐにこの男の身体がセカンドボディであることを確信した。
そんな男に普段なら関わりたくないリンだが、今は状況が状況である。こうなった原因を知っているようである男に説明を求めるべく、リンは全速力で近寄ろうとし、新しい身体の出力が制御しきれず足がもつれ、白い壁に凄まじい勢いで頭から突っ込んだ。その衝撃は交通事故並である。
「うへぇ!?」
「お、落ち着くんですぞ!ボディに慣れるまで全力をだそうとしてはいけませぬ!」
目を回し、ぺたんと座り込み、ぶつけた自分の頭を撫でるリンに、男がドタドタと慌てて駆け寄った。
「いてて……って、痛くない?」
打った辺りをさすり続けていたリンは、自分の頭部が痛みを訴えていないことに気づいた。あんな勢いでぶつかったのに、である。
「それは当然ですぞ!そのRIAMUちゃんは弊社の持てる技術と情熱全てを注ぎ込んで誕生したのですからな!」
コマーシャルで見たような非現実的な速さで走り、リンの元まで来た男は、そう誇った。その瞳からは狂気的なまでの喜びと自信が溢れており、リンはマッドサイエンティストという単語を思い浮かべた。
一瞬男の勢いに飲まれかけたリンだったが、はっとして男を問い詰めた。座りながら。
「って、そうだよ!なんで俺は幼児になってるんだよ!ナイスガイみたいな最新鋭ボディの試乗じゃなかったのかよ!詐欺だぞ!」
興奮でリンの顔は高潮し、手は特に意味もなく握りこまれて上下に振動している。
「さ、詐欺とは失礼ですな……」
男は少したじろぎながらも、手早くファイルから一枚の紙を抜き出しリンに見せ付けた。
「これは」
「契約書ですな」
それは、先ほどリンがまだ男子高校生だったときに署名したそれであった。しっかりとリンの名と住所が直筆で書かれ、印鑑が捺印されている。法的効力があるというやつである。
「そもそもナイスガイシリーズの試乗とは一言も宣伝していなかったはずですがな、ここに『私は当該セカンドボディを試乗するまで、当該セカンドボディの説明を一切受けないことに同意します』とありますし『私は自分の意に沿わないセカンドボディが提供される可能性を認識しており、いかなるセカンドボディが提供された場合においても契約を履行します』ともちゃんとかいてありますぞ」
「そ、そうだけど」
「一行一行しっかりと確認があったはずですな?」
「う……」
リンはぐうの音もでないという状態を初体験した。浮かれポンチだったので曖昧にしか思い出せないが、確かに案内の人にちゃんと読み上げてもらった記憶があったのだ。
しかし、それでも納得がいっていないリンは駄々をこねるように呟いた。
「でも、タケボディ社っていったらナイスガイとか、せめてゴージャスガールなら」
「まあまあまあ、確かに弊社といえばそのシリーズなどが有名ですがな、そのRIAMUちゃんの属する超絶美幼女シリーズはそれらをぶっちぎって超高性能ですからな!実際に試してもらえれば満足していただけること間違いなしですぞ」
そう言うと男はそっと手を差し伸べた。リンはまだ少し納得のいかない気分だったが、ずっとそうして座り込んでいても仕方がないので男の手を取らず慎重に立ち上がった。男の手が汗まみれだったからだ。男はなんとも言えない悲しそうな表情をし、そっと手を白衣の裾でぬぐった。
「それにしてもどうして幼女型なんだよ、まさかあんたの趣味じゃないよな?」
「それは、多様化する社会のニーズに応えるためですぞ」
答える男の目は泳いでいた。しばらく睨みつけてみたリンだったが、男が何も言いそうになかったので一つため息を吐いて、気にしないことにした。
「それで、本当にこのちまい身体にナイスガイ以上の性能があるのか?」
女児女児した上着を引っ張りながらリンが疑うように訪ねる。
「そうですぞ!運動性能は勿論、それ以外の機能でも現行のどのシリーズも凌駕していますぞ」
男は自信満々に即答した。その様子にリンも、この幼女型ボディが最新鋭のものであるということは信じていいように思えた。
「それ以外の機能って例えば?」
「目玉機能は自動運転システムですな」
「車かよ」
リンはジトっとした目を男に向けたが、男は特に堪えた様子もなく説明した。
「先ほどのように、とっさの事態では上手く力を使えないことがありますからな。緊急時に自動で身体を動かして危険を回避する機能は、どんどん高性能になっていくこれからのセカンドボディには必須だと思うんですぞ」
「……確かに」
つい先ほど力の使い方を誤り壁に激突したばかりのリンは、強い説得力を感じた。
「それとこのランドセルも大きな売りですな!最先端技術をこれでもかと使ったオプションパーツが入っているんですぞ。更に更にこれ自体にも実はすごい機能がついているんですぞぉ」
「なるほどそれは魅力的だな、ランドセル型なのがちょっとあれだけど」
高校生にもなってランドセルを背負う、ということに少し心理的負荷を感じるリンだったが、最先端や最新鋭などといわれると弱い。どれくらい弱いかというと、最新鋭ボディをちらつかせるだけで読みもせず契約書にサインして、幼女にされるくらい弱い。
「それはコンセプトですからな」
男の目は再び泳いでいた。
「おい」
「ささささ、それではお試しを!」
男は露骨にはぐらかすよう話を進めると、リンに赤いランドセルを手渡した。それを察しながらもリンはそれを受け取ろうとし、その時偶然二人の指先が触れ合った。
「ふひっ」
何が起きたか理解した瞬間、男から漏れ出る殺しきれない喜悦の声。
「ひぃ!?」
あまりにも生理的に無理なスマイルを間近で喰らってしまい、リンは反射的に男をそこそこの力で突き飛ばしてしまった。
「ぐへっ、がはっ!」
先ほど壁に突っ込んでしまったときのように制御不能の力が振るわれ、男は激しく吹き飛び、ランドセルをリンの傍に落としファイルから書類をばら撒きながら遠くの壁に叩きつけられた。
「ご、ごめん」
「い、いえ、気持ち悪かった自覚はありますのでお気になさらず」
男はよろよろと膝に手をつきながら立ち上がろうとし、失敗してこけた。リンが慌てて駆け寄ろうとし、先ほどからの出力調整ミスを思い出して躊躇した、その時だった。
リンの体を浮遊感が襲った。
「へ?」
何が起きたのか把握できず、リンは呆け固まってしまった。
「し、下!足元ですぞ!」
男の必死な叫びでリンは我を取り戻し、足元を確認した。
そこには、先の全く見通せない暗闇が半径一〇メートルほど、空間自体を割ったかのように走るヒビ割れから覗いていた。
「なんじゃこりゃぁあ!?」
慌てて適当に体を動かすが、いくら手をばたつかせても足を振っても、流石の高性能最新鋭ボディも空は飛べなかった。
つまりまっさかさまである。
「うぎゃあ!!」
上に落ちているのか下に落ちているのか、右も左も分からない暗闇を落ちていた時間は、リンには永遠にも等しく感じられたが、実際には数瞬にも満たないほどだった。直ぐに世界は光を取り戻した。
視界に飛び込んだのは青、白、そして緑。もっと精確に描写するならば空と雲と森であった。更に言うならば、一緒に巻き込まれたのか赤いランドセルも近くにあった。そして未だにリンの体から浮遊感は消えていない。要するに暗闇を抜けたらどこか森の上空だった、ということである。ご存知であろうが、リンゴの木からリンゴが落ちるのと同じ原理で、空中に人はとどまれず重力加速度の赴くまま大地に手招きされる。今のリンと特に関係ない話だが、リンゴの木が高ければリンゴは地に落ちた時つぶれがちである。
「ひぃぃいいい!!」
体が空を切り風が激しく全身を打ち付ける。常人ならばゴーグルでもつけなければ目を開いていられなかっただろうが、超人的なボディの性能が皮肉にもしっかりと地面が近づくさまを視界にとらえつづけてくれる。
「あ」
どんどんと近づいてくる木々のスピードが、不意にゆっくりになった。そして彼の頭の中を今までの人生が流れては消えていく。走馬灯現象である。大した思い出はないのでその内容は割愛するが、大事なのは彼の脳が死を認識した状態ということである。疑いようのない、緊急事態だ。
『脳波、脈拍、一定数値のオーバーを確認』
走馬灯を突き破り、突如リンの脳内に誰かの声が聞こえた。
『自動運転モード、オン!』
『今度はなんだ!?』
高度は一体何メートルか、あとどれだけの時間が残っているか分かったものではないが、悠長にしていれば地面の赤いシミになることは確定している。そんな落下死寸前絶体絶命のリンに、突然聞こえた謎の機械的な音声。
「RIAMUちゃんは超絶美幼女シリーズRIAMUちゃんに搭載された自動運転用及び幼女AI、RIAMUちゃんです」
『リアムちゃんしか伝わってこねえよ!固有名詞のカロリーが高すぎて言いたいことが何一つ頭に入らないわ!って、体が!?』
情報量が多いのか少ないのか分からない自己紹介につっこんだところで、ようやくリンは自分の体が自分の意図するように動いていない、というよりも勝手に動いていることに気が付いた。
『な、なんじゃこりゃ?』
右手も左手も、もちろん足も、何一つ自分の意志で動かすことが出来ない。困惑するリンに謎の声は説明した。
「RIAMUちゃんは自動運転用AIです。あなたの生命の危機を察知し、危険を回避するためこのボディの操作権限を一時的に借りています」
リンはあの白衣の男が目玉の機能だと言っていた自動運転システムを思い出した。それを証明するように、自称自動運転用AIが発している言葉は、彼自身の口から出ていた。逆に彼の声はAIにこそ通じているようだが、その幼く作られた声帯を一切震わせている様子はない。今、超絶美幼女シリーズ第一作目のボディを動かしているのはリンの脳ではなく、自称幼女AIのRIAMUちゃんであった。
『危険を回避って、なんとかなるのか!?』
色々と、ネーミングセンスから自動運転システムについて等本当に色々と聞きたいことはあったが、リンはとりあえず全て棚上げした。何よりも現在進行形で彼の体は重力においでおいでされているのだ。母なる大地がファーストキスでありファイナルキスの相手になる未来はすぐそこだ。
「はい、可能です。それと今回は脳波、心拍数等のバイタルサインが一定の値を超えたため緊急的に自動運転モードをオンにさせていただきました。この設定はいつでも変更することができますが、いかがなさいますか?」
『それは後でいいから早くなんとかして!死んじゃうからな!?』
「かしこまりました」
リンの必死の願いを聞き、ぺこりと器用に空中で頭を下げたRIAMUちゃんは、平泳ぎのような動きですいすいと空中を漫画かアニメのように進み、リンと共に空間のヒビ割れに巻き込まれ落下していた赤いランドセルの元にたどり着いた。そして蓋を開きガサゴソと中身を漁ると、日曜朝の女児向けアニメのキャラクターがプリントされた傘を取り出す。リンはあの白衣の男が最先端のオプションアイテムがどうこう言っていたのを思い出した。
『それでなんとかなるのか?』
「まあ見ていてください」
彼女はドヤ顔で傘を開いた。
傘は即座に風圧で裏返り、骨はボキボキに折れ、プリントされたアニメキャラはビリビリに破れ、傘だったものとなり全てどこかへ飛んで行った。
「ふう」
『ふうじゃねえよだめじゃねえか!』
「やはり人は傘で飛べないらしいですね」
『命懸けで今試すことか!?』
「こんな機会はそうそうないと判断しました」
『ないだろうけどなぁ!ってもうダメだぁ!!』
はたから見ればひとり芝居にしか見えないようなやり取りの間に、時間は無情にも過ぎていた。もう何をする暇もないほど地上の森が近づいてきているのである。今更であるが、リンは体を動かせはしないが、五感は残っている。そのため、しっかりと近づく大地を視認でき、風を感じられている。強制的に目を開かされて絶叫マシーンに乗せられているようなものだ。しかもジェットコースターなどと違って安全の保障が一切なく、今現在彼の命は風前の灯火だ。
「いよっ」
近づく木の葉一枚一枚すら確認出来る距離感に、もうダメだと目を閉じたくとも自分の意志では閉じられないリンが覚悟する中、彼女は悠長に蓋が開けっ放しの赤いランドセルを背負った。そして体育座りのように膝を抱え、頭が真下に来るように回転した。
『何やってんだよ!?』
叫ぶリンを無視し、彼女はその名を呼んだ。
「美幼女ビーム」
瞬間、極彩色の光線がランドセルの口から放たれ、光の速さで森に着弾。木を、石を、土を、おそらく動物さんや虫さんも、着弾点から半径十数メートルにあったもの全てを放射状に吹き飛ばしクレーターを作り上げた。破壊を成し遂げた元凶は、スペースシャトル発射の逆再生がごとくゆっくりとその中心部に頭から降り立った。体育座りで。
『危険回避を完了、自動運転モードを終了します』
突如自分の体の操作権限を戻され、リンは体育座りのままゴトンと横に倒れた。そしてしばらくしてから、ぽつりとつぶやいた。
「どこからつっこめばいいんだよ」
「あーまず、あんた、なんだっけ?」
『RIAMUちゃんは超絶美幼女シリーズRIAMUちゃんに搭載された自動運転用及び幼女AI、RIAMUちゃんです』
中天に座す太陽が森を照らす。普通ならば木々の葉に遮られ、地には優しく降り注ぐだけの陽光だが、そこにだけは直に照射していた。半径十数メートル、先ほど突如として作り上げられたクレーターの事である。そのクレーター中心部に胡坐で座り込んだリンは、まずこのボディに巣食うAIと対話を始めた。
「……最初のリアムちゃんは一人称、次がこのボディの名前、最後があんたの名前、で間違いないか?」
『はい、問題ありません』
RIAMUちゃん(一人称。私や僕、俺などと同じ)は超絶美幼女シリーズRIAMUちゃん(超絶美幼女シリーズの第一号であるこのボディの名前)に搭載された自動運転用及び幼女AI、RIAMUちゃん(さっきから喋っていて森にクレーターを作った彼女の名前)です。英語リスニングの試験でこんな文章を出題すれば恐らく受験生に一生呪われるだろう。
「なんでボディとAIの名前一緒にした挙句一人称名前にしてんだよ……」
『主任、あの白衣を着た男性のネーミング及び設定です』
あの男が目を泳がせている姿がリンの脳裏に浮かんだ。
「……はぁ、せめて一人称を私とかに変更できないか?」
『RIAMUちゃんの一人称を変更する権限は主任以外所持しておりません。またRIAMUちゃんはこの一人称を気に入っているので出来れば変えたくありません』
「……気に入ってるならいいよ。そういえば自己紹介もしてなかったな、俺の名前はリン。よろしくリアム」
『よろしくお願いします』
リンは少し姿勢を正し、頭を下げた。RIAMUちゃんはAIなので下げる頭はない。
『ぺこり』
なので言葉で表現した。
「……ふう」
リンは大きく深呼吸し、つっこみたい衝動を耐えた。なんとなくつっこんだら負けだと思ったからだ。彼は彼女の言動、というより言葉を努めて無視し、次の質問に移ることにした。
「それじゃ次に、自動運転システムってどういうものなんだ?」
『ボディ使用者が生命の危機に陥った際、自動運転用及び幼女AIであるRIAMUちゃんがボディの操作権限を一時的に預かり、その危機を回避するシステムです。また、自動運転モードオン、と宣言していただくと、危機的状況以外でも自動運転システムを使用していただけます。解除する際は自動運転モードオフ、と宣言してください。以上で説明を終了しますが、質問はございますか?』
「自動運転システムについては今のところないな。でも幼女AIってなんだ」
なんとなく嫌な予感を覚えながらも、尋ねずにはいられなかった。聞いておかないと後でひどい目に合う予感がしたのだ。
『RIAMUちゃんは幼女の生態を高度に再現した行動を取るようにプログラムされています。そのため自動運転用及び幼女AIと名付けられています』
つい先ほどの落下の最中、傘で空を飛べないか試しだした光景がフラッシュバックした。
「……さっきの傘のあれは」
『はい、まさに幼女的行動といえるでしょう。RIAMUちゃんは幼女の生態を高度に再現するため好奇心は旺盛に、後先を考えたり周囲の状況を考慮することは抑制されています。あの状況でああいうことが出来る、RIAMUちゃんは高性能幼女AIです』
「すー、はー、すー、はー……オーケーわかった理解した」
どうして命を預けるAIにそんなプログラムを施したのかとか、そもそも落下死寸前の状況であんな冷静に遊べる幼女がいるのかとか、製作者を小一時間問い詰めて同じ時間どつきまわしたいリンだったが、その感情をRIAMUちゃんに向けてもしょうがないため深呼吸をして堪えた。そして一つ大事なことを思い出した。
「まだ命を助けてもらったお礼を言ってなかったな。ありがとう、助かったよ」
『その為のRIAMUちゃんですので当然です。ですが、感謝されるのは心地よいですね』
こうして、二心同体な二人の物語が始まったのである。
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