後世でも判明していない


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翌朝、公爵がひと通り家の片付けを済ませて登城した。

一睡もしていないのであろう、たった一晩で一気に老けたように草臥くたぶれていた。

……そうまでして迎えにきた令嬢を、寝かせていた客室には誰も。

寝台に寝かせていた令嬢も、いや、寝台自体も……室内に設置されていた机やイス、チェストなどの家具すべてが忽然と消えていた。


「陛下…………これはどういうことか、ご説明願えますか?」


いかりを抑えた低い声に国王は全身を震わせる。


「い、いや。……おいっっ! これは一体どういうことだ! ここに寝かせていた公爵令嬢は……‼︎︎」


国王の慌てぶりに、通りかかった女官のひとりが困惑した表情で対応する。


「そちらの客室でしたら、『王妃が使って壊した不用品ゴミが置かれている。このまますべて廃棄せよ』とお命じになられましたとおり、壁紙もすべて剥がして廃棄致しました」

「あ、ああ……」


公爵親子が客室をでたあと、騎士たちに王妃を貴族牢に収容させた。

退室してからだ、「こちらの部屋はいかがなさいますか?」と訊ねられたのは。

そのとき、国王はすでに執務室に向かっている途中で、隣の部屋の前にいた。

国王が部屋を片付けるよう命じたのはだった。

しかし、文官が立ち止まり訊ねたのは、隣室の扉の前。

……そう、令嬢が父親と兄の迎えを待っている客室のことだった。


「令嬢は‼︎ 寝台に寝かせていただろう‼︎」

「え? あ、ええ。はい。陛下が常々『公爵家の死に損ない』と罵っておられるのことでしょうか?」


女官の言葉に国王の顔色は雪のように青く、そして白くなっていく。

カタカタと小刻みに揺れる国王に、女官は残酷な言葉を放つ。


も壊れたから、一緒に廃棄するよう命じられたのでしょう?」


一切悪びれる様子もなく淡々と告げる女官。

彼女をはじめとした宮中で働く者たちは、国王や王妃から「人として扱わないように」と命じられていた。


国王は「公爵令嬢だから仕方なく選ばれた。アレの母は私の従姉いとこだった。…………生まれてこなければ、従姉いとこも死なずにすんだだろう」と言い、名前を言わず『母殺しの娘』と呼び続けた。

王妃からは「別の令嬢を選んだのに。公爵令嬢という立場でゴリ押しで婚約者になった、にっくき娘」と聞かされていた。


誰ひとりとして公爵令嬢をぐうしていない。

そうなれば、王太子は親の言葉をそのまま受け取り、公爵令嬢を冷遇する。

公爵令嬢が婚約者としての立場が危ういと分かれば、年頃の令嬢を持つ親は娘をけしかける。

そして王城や王宮で働く者たちも……取り入る理由がないから、一切相手にしなかった。

何より、国王たちから不評をかう可能性があり、それは一族の滅亡にも繋がりかねない。


そんな危険人物バクダンに近付けるのは、よほどの物好きか怖いもの知らずか剛者ごうしゃくらいだろう。



プチッ

カチャ


国王の背後で小さな金属音が響く。

思わずゆるんだ手から女官の腕がするりと抜き取られると「失礼します」と足早に去る。


「陛下」


温度を取り除かれたその声に全身を震わせながら公爵に身体を向ける。

差し出された左手には胸章や爵位を示すカフスがのせられている。

…………それを意味するもの、それは爵位の返上。

娘を冷遇して毒をあおらせた上、その娘すら廃棄物ゴミとしてどこかへ捨てさせたのだ。


国王はそれを拒む理由はない。

…………拒める立場にはない。


震える両手で受け取った国王に、公爵は何を言うでもなく空っぽの客室から出ていった。





翌日の朝早く。

元公爵親子は王都から出ていった。

ほとんどの家具家財と家宝までが売却された。

その売却先はすべて公爵令嬢に対して礼を欠いていた貴族たち。

示された金額以上の金銭や宝石を差し出して、まるで慰謝料のように買い取っていた。


邸宅は貴族院が買い取った。

虐待の現場保持のためだ。

のちに査定のために入った職員がこう証言している。


「すべての部屋が凄惨な状態になっていた。壁には大きな穴がき、血の飛んでいない部屋や床はなかった。そんな中、庭の片隅にあるボロい物置小屋だけは綺麗だった。腐食して、すきま風が吹き込むような……そんな小屋だったが、中は整頓されていた」


そんな小屋で公爵家の令嬢は12年8ヶ月も生かされてきたのだ。


親子の行き先は分からない。

ただ、一族はひとり残らず親子に追随していった。

そして三日後、身元不明な一団が国境を越えたという。



それが元公爵一族だったのか。

後世でも判明していない。

元公爵をはじめとした一族は、二度と表舞台に名が出なかったからだ。

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