20:初心者ダンジョン

 次の日の朝。俺と鬼月は準備を終わらせて倉庫の前に集合していた。すると少し遅れて陽菜さんが玄関から直接庭の方までやってくる。


「おはようございます、圭太君、鬼月君」

「おはよう、陽菜さん」

『おはよウ』


 現れた陽菜さんは、昨日までとは違い冒険者の装備で身を固めていた。


 ローブに杖という標準的な魔法使いとしての装備。


 そして、腰のベルトには何やらガラス瓶が三つぶら下がっていた。それぞれ瓶のふちの部分の色が違う。


 今日は早速陽菜さんを連れてのダンジョン探索に行こうと思っている。流石に畑のダンジョンに行くわけにはいかないから、すぐ近くにある初心者用ダンジョンにバスに乗っていく事になる。


 しかし当然お互いの事を知らない状態でダンジョンに潜っても危険である為、その前にお互いのステータスと装備品を開示する時間を取った。


 それから基本の役割やフォーメーション、また分け前についても考える必要もある。ダンジョンに行く前にしっかりと話し合っておかなければ。


「という訳で、そういう段取りでいい?」

「もちろんです!では、早速私のステータスをお見せしますね!」


 支援デバイスでパーティー登録を済ませ、陽菜さんがステータスの開示を行う。



――――――――――――――――――

橘 陽菜

Lv.5

近接:12

遠距離:16

魔法:28

技巧:12

敏捷:8

《スキル》

【火属性魔法Lv3】

【マナリンク】

――――――――――――――――――



 これが陽菜さんのステータス。流石は魔法使い、魔法の数値が非常に高い。俺の2倍近くはある。


 ついでに遠距離も高いが、これは所持しているマジックアイテムの影響もあるらしい。しかしその前にまずは所持しているスキルについて確認する。


【火属性魔法Lv3】

・【ファイアボール 起動条件:詠唱(短)】(Lv1)

・火属性魔法の威力をアップ(Lv2)

・【オリジナル魔法:チャージブラスト 起動条件:詠唱(長)】(Lv3)


【マナリンク】

・無属性特殊魔法

・マジックアイテムと自身の間に魔力回路を構築し、魔法を効率的に起動する。

・詠唱を行う際に自動発動し、一定間隔で魔力による玉を周囲に生み出す。この玉は魔法発動時に消費され、玉の数だけ魔法の魔力消費を低減する。

・玉の最大数は現在装備しているマジックアイテムの数で決まる。


 スキルはこの二つ。どちらもレベルスキルで覚えたものらしい。


 まず【火属性魔法】は俺の【刀剣術】と同じで成長するスキルだ。レベル3毎にオリジナルの技を設定できるというのも同じで、陽菜さんは既にオリジナル魔法を設定しているらしい。


 また、【マナリンク】は魔法の魔力消費を低減する効果を持っているようだ。これは詠唱が長ければ長い程、最終的に生成される玉の数が増えるということで、詠唱が長くなりがちな魔法使いにとっては非常に相性のいいスキルと言える。


 魔法の詳細は、実際に見てみた方が早いという事で、後でダンジョンで見せてもらうことになった。


 次は装備類だ。


《若枝の杖》

・レア度1

・魔力がこもっている。魔法の威力を増幅する


《妖精瓶のベルト》

・レア度1

・魔力がこもっている。妖精の魔法が詰まった瓶を生成する


《魔法の懐中時計》

・レア度1

・防御強化魔法が込められている。最大使用回数3回。時計の長針が90度進むごとに使用回数が回復する。持続時間3分。



 どれも選び抜かれたアイテム達だ。詠唱をする暇がない時などに敵にダメージを与えられる《妖精瓶のベルト》や、支援を行える《魔法の懐中時計》などは魔法使いと相性がいいと思う。


 また、防具に関しては魔力を通すことで防御性能が上がる魔法のローブを着ているそうだ。女の子らしい可愛らしいデザインだが、性能面は優秀だ。


 しかし、流石は数カ月とは言え先輩の冒険者。俺よりもたくさんのダンジョンに潜って探索をしたのだろう。中々装備が整っているし、ステータスに関してはレベル以外文句のつけようがない。


「…なんか、魔法使いとして全く文句のつけようがないステータスをしてらっしゃる気がするんだけど…このステータスで追放されたってマジか…?」

「あはは、でも差し引きするくらいレベルが上がらなかったので…」


 困った風に笑う陽菜さん。まあ、そういう事もある…のだろうか?他の冒険者パーティと話したことも無い状態なので、俺ではこれが普通なのかどうか判別がつかなかった。


 その後、俺と鬼月もステータスを開示して、簡単な隊列や役割を決めた。また、分け前については三等分ということで同意する。


 この辺りは鬼月が『僕は使い魔だから、僕の分はケイタにあげても良いんだゾ?』と少し遠慮したくらいで割とすんなりと決定した。まあ、冒険者は強くなる為には無限に金がかかる仕事だ。出来るだけ平等にしておいた方がトラブルは少なく済む…筈だ。


 しかし、それはそうと鬼月よ。お前の働きぶりを見ればそういう訳にもいかんだろうに…自覚してほしいものだ。


 さて、そうして話し合いを終わらせて、現在は午前10時。


 バスに乗っていくと30分くらいで着くはずだから、まあ試運転と考えれば悪くはないだろう。


 それじゃあ早速行くとしますか。


「あ、ちなみに俺のスキルの効果でボスが当たり前のように湧いたり宝箱が確定で出現したりするけど、絶対に他言無用でお願いね」

「ええ!?」


 さて、驚いて目を丸くする陽菜さんと一緒に、俺達はバス停へと急いだのだった。






20:初心者ダンジョン






「ここが初心者ダンジョンか…」

『やはり空気が違うナ』


 初心者ダンジョンとは、低レベルの冒険者でも成長できるような低難易度のダンジョンの事を指す。この付近にあるのは、聖架女学院側に一つだけある。


 この辺の冒険者は皆そこで冒険を始めるのだ。俺みたいな例外はあまりおるまい。


「懐かしいです。私も数カ月前はここで頑張ってたなぁ」


 おっと、ここで俺が初心者ダンジョンに行っていないとバレるのは不味いか。


 今回初心者ダンジョンに来たのは、まだ陽菜さんとは仮の状態だからだ。別に陽菜さんが、こちらの秘密を無暗に言いふらすようなタイプだとは思っていないが、畑ダンジョンはスキルの効果とは言え億越えの食材アイテムが出たり、ダンジョンモンスターの謎の企みが進んでいたりと何かとデリケートな問題を抱えている。


 多少のリスクは承知で、別のダンジョンに来てみたという訳だ。個人的にも他のダンジョンは気になってたし、いい機会だ。


 とりあえずお口にチャックをして、俺達は初心者ダンジョンを進む。


 初心者ダンジョン『聖架の森』。その名の通り、超広大な森が延々と深部へと広がるバイオーム型のダンジョンだ。


 バイオーム型ダンジョンとは、ルーム型とは全く異なる形で、『森』や『海』、『砂漠』、『凍土』など、一つの環境に支配された広大なフィールドで形成されたダンジョンだ。


 大体浅部と中部、深部で別れていて、深部にダンジョンボスが待ち構える形が基本となる。ルーム型などと違い、バイオーム型のダンジョンではモンスターが弱肉強食のヒエラルキーを形成しており、自然に近い形でモンスターが生きている。


 浅部ならともかく中部なら他の冒険者と鉢合わせるなんてことはあまりない。


 という訳で、中部までやってきた。元々森だった場所が、中部まで来ると苔むした古い森へと変貌する。イメージ的に言うと、普通の森から白神山地の森に変わったみたいな感じだ。


 すると、フォレストウルフと呼ばれるモンスターの群れと出くわした。俺は刀を抜きながら、ゴブリンやデーモン種以外のモンスターとの初めての戦いにワクワクする。


 いや、待て待て。今回は主役は俺じゃない。まずは陽菜さんが下層に行ける程の実力を持っているか、見せてもらおうではないか。


「まず俺が突貫して、敵を引きつけます。鬼月、陽菜さんを頼んだよ」

『ああ、傷一つ付けさせなイ』


 鬼月と陽菜さんとアイコンタクトを取って、俺は群れへと突っ込んだ。。


『グルルルッ!』


 フォレストウルフ…緑色の体毛をした獰猛な狼が、俺へと鉤爪やその鋭利な牙で攻撃を仕掛けてくる。だが遅い。俺は見え見えの攻撃をいなし、全ての狼を一か所にまとめる。


「詠唱行きます!」


 全てのモンスターを引き付けたタイミングで、鬼月の後ろに控えた陽菜さんが合図を出した。


「『燃え盛る紅玉の輝きよ、敵を屠る鉄槌と化せ 【ファイアボール】』!」


 陽菜さんが杖を構え、詠唱を終わらせる。すると杖の付近に三つの魔法陣が浮かび上がり、そこから炎の弾丸が現れて発射。


 飛び退いた俺を通り越し、その先にいたウルフの集団に三つの紅玉がぶつかり、次の瞬間には爆発していた。


 さて、詠唱付きの魔法については、これが見るのが初めてだ。


 魔法には三つの工程が必要だ。


 その1、魔力を込める。


 その2、起動条件を達成する。


 その3、イメージして放つ。


 といった具合。


 【風刃】や【強化】の場合は、起動条件が念じる事だけだから、魔力を込めたら即座に放つことができる。威力を抑えれば連発することも可能だ。


 陽菜さんの場合は、まず杖に魔力を込める。ファイアボールの場合は3秒ほど。そして詠唱を行い発動する。


 合計すると、ファイアボールが発動するのに大体10秒程度かかる事になる。【風刃】とは大違いだ。


 だが、込めた魔力の量や起動条件の長さにより、当然のようにその威力は【風刃】以上のものとなる。


 固まっていたウルフの集団は8体。その8体に、三つのファイアボールが直撃。その後凄まじい爆発を巻き起こし、灰すら残らず消し飛ばしていた。


「流石」


 ファイアボールが飛び退いた俺の大体8m程離れた場所を通過したのだが、それだけ距離が離れていても熱を感じた。魔法に特化した魔法使いならではの火力の高さだ。


 と、ここで周囲の魔素が吸い取られ、フォレストウルフの群れがいた場所に集まり出した。


「ボス来るぞ!」

「はい、次はチャージブラスト行きます!」


 魔素の渦が形を成してボスモンスターが現れる。その間に陽菜さんは魔力を杖に込める。


『グラアアアアア!』


 現れたのはビッグドッグと呼ばれる大型の狼モンスターだった。奴は俺へと巨大な口を開いて一飲みに殺そうとしてくる。俺はそれを一歩分横に跳んで避けて、【強化】した足で腹を思いっきり蹴飛ばす。


『キャンッ!?』


 後ろに吹き飛ぶも、足を踏ん張って何とか倒れるのを防ぐビッグドッグ。


「行きます!『炎の精霊よ、呼び声に応え力の一端を顕現させ、我が魔力を食らいて権能を授けよ。収束するは熱き魂、天を照らす雷光の如く駆け巡り、仇なす敵を打倒せ! 【チャージブラスト】』!」


 陽菜さんの頭上に展開された魔法陣。起動条件を満たし、陽菜さんが魔法の名を呼んだ次の瞬間、赤い雷のようなものが魔法陣から放たれ、橋を架けるようにバチンッ、とそれがビッグドッグに直撃。


 次の瞬間、爆音を鳴らして赤い炎が咲き乱れた。


 ビッグドッグは悲鳴すら上げられずに灰燼と化す。


「すげー…」


 この威力、ホブゴブに換算して、2,3体程度なら一撃で消し飛ばす程だ。間違いない。


 恐らく下層のミノタウロス相手でさえ致命傷を与えられるだろう。


 魔力を込めるのに大体10秒、詠唱に大体20秒程。なるほど、確かに戦闘中ではこの秒数は非常に長い。とはいえ、それであの威力の魔法を出せるのであれば、まず間違いなく戦力になってくれるはずだ。


「えへへ、今のが『チャージブラスト』です。雷は枝分かれさせることができて、複数の敵にも攻撃できます。あ、でもその分一発一発の威力は下がってしまいますが」

『予想以上の威力ダ。これは間違いなく戦力になってくれるゾ』

「ああ。これは決まりかな…」


 間違いなく下層の攻略はもっと楽になるだろう。


 鬼月が陽菜さんの防御に回る為、それ以上の火力を期待してはいたのだが、陽菜さんの実力はそれを大いに上回ってくれた。


 鬼月を完全に陽菜さん専用で防御に回してもお釣りがくるレベルだ。


 ちなみに、陽菜さんのスキル【マナリンク】だったが、大体5秒おきくらいで玉が生成されていた。


 ファイアボールだと二個分、チャージブラストだと六個分と言ったところか。陽菜さんは杖を含めて現在四つのマジックアイテムを持っている為、これでは二個分無駄になってしまう。


「鬼月、陽菜さんにランタンを渡してみるか?」

『む、確かに、ヒナが持っていた方がいいナ』

「え!?い、いいんですか…?」


 鬼月がバッグからランタンを取り外し、陽菜さんに渡した。


「【マナリンク】で魔力消費を減らしてもらえれば、戦闘中に撃てる数も増えるんだよね?だったら持ってもらった方が、俺達も助かるから」

「…分かりました。絶対お役に立ってみせます!」


 陽菜さんはいそいそとベルトにランタンを付けた。


 さて、現れた宝箱の罠を避けて中身を回収し、次の場所へと向かう。


 次は陽菜さんの妖精瓶の威力を確かめてみる事にした。


 妖精瓶は三種類。火属性、水属性、風属性の魔法が込められている。


 ダンジョンに入った途端に瓶の中にそれぞれ適応した色の淡い光が灯ったので、周囲に魔素が無いと発動しないらしい。


 まず火属性の瓶を投げると、小さな火のトカゲが現れ敵に張り付き、小型のモンスターなら一体倒せる程度の爆発を引き起こした。


 水属性の瓶は、瓶が割れると中から小鳥程度の大きさの水の妖精の眷属が現れ、敵に飛んでいき当たって砕ける。ゴブリン一体を一撃で倒せる程度の威力。


 風属性の瓶は、蝶々が現れて周囲の全てを切り裂いて消えていく。モンスターは小型のものも倒せなかったが、範囲が広かった。


 クールタイムがあり、それぞれ10秒程度で再生成される。威力は心もとないが、牽制程度にはなってくれるだろう。


 時計に関しては、やはり効果量は薄かった。とはいえ効果は十分実感できるレベルだし、無いよりかはよほどマシだろう。


 という訳で、陽菜さんは俺達の思った以上に強かった。足手まといだなんてとんでもない。逆に元のパーティーはどうして陽菜さんを手放したりしたのだろう。


 それほどレベルが上がる速度に価値のウェイトを置いていたのだろうか。それが普通なのか?よくわからん。


 そして、何回目かの戦闘が終わった直後、突如として陽菜さんの支援デバイスでバイブレーションが鳴った。


「え?なんだろう…」


 と言って陽菜さんが取り出すと、「ええええええ!?」と驚きの声が上がった。


「陽菜さん、どうしたの?」

「れ、レベルが…レベルが上がったんです!」


 それは、陽菜さんがレベル6へ上がったという通知の音だった。

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