15:ダンジョン探索十一日目

「鬼月、何見てんだ?」

『冒険者の伝記ダ。とても興味深イ』

「ほお?」


 朝になって、朝食後のちょっとした休憩時間に鬼月がタブレットで何かを読んでいたので話しかけてみると、どうやら伝記ものを読んでいたらしい。見てみると、世界的にも有名な日本人の一流冒険者『佐藤健吾』の本だった。


「その人、俺が小学生くらいの時にすげえニュースになったんだぜ」


 確かギルド…冒険者パーティーがさらに複数集まってできた冒険者の団体…が複数集まって攻略をしていた超高難易度ダンジョンで、MVPレベルの活躍をして完全攻略へと導き、多大なる寄与をしたとして世界中から称賛されたのだ。


 当時はお祭り騒ぎだったな。国中上げて連日ニュースになって、その上多くの企業が自主的に祝日として休暇を取ったり。


『確かに佐藤健吾の物語も非常に興味深いが、それよりも彼が挑んだダンジョンの描写に興味があるんダ。何かに役立つかもしれないし、単純に面白イ』

「なるほど、確かに描写凄い細かいなぁ」


 アビス型のダンジョン、塔型のダンジョン、浮島型のダンジョン等々、様々なダンジョンの細かい描写がされている。どんな罠があった、どんなモンスターがいた、ともはや図鑑レベルだ。


 俺が何か参考になるかと思って一応買っておいて、結局読まずに積み本にしていたものを鬼月がどんどんと読み進めている。うーむ、一応年長者でリーダーな俺がこの体たらくは不味い気がする。


 でも俺、税金の時も結局綾に聞くまで勉強スルスル詐欺を自分の心の中でかましてたんだよな。なんか家にいると無限にぐーたらしてしまう。外だと割と働き者になれるんだけどなあ。


 しかし目をキラキラと輝かせてダンジョンについて勉強する鬼月を見てると、微笑ましい気持ちにさせられる。


「そのうちダンジョン図鑑でも買ってやるよ」

『本当カ!?あ、ならその分のお金は自分で稼ぐゾ!』

「おう。よし、それじゃそろそろ行きますか」


 準備を済ませて、家の外に出る。畑の方に行くと、爺ちゃんがダンジョンから少し離れた所で畑作業をしていた。


『ゲンゾウ、ダンジョンに行ってくるゾ』

「おう、圭太、鬼月。行ってらっしゃい」

「畑仕事手伝えなくて悪いな」

「何言ってんだ圭太。食材アイテムに十分助けられてるっての。見ろコレ。こんなデカい石が軽々と持ち上げられるんだぞ!」


 そう言って、中型犬が丸まった程の大きさの石を両手で力強く持ち上げる爺ちゃん。盛り上がる上腕二頭筋。若者レベルの筋肉だ。


 そういや前まで70代だった見た目が、今は60代程度まで若返ってる気がする。これも一種のアハ体験なのだろうか。


 実際食材アイテムを食べ続けた富豪が、今120歳まで元気で生きてるからな。もしかしたら爺ちゃんも婆ちゃんもそれくらい生きてくれるかもしれない…まあ、それが本人にとっていい事かどうかは分からないけど、俺にとっては良い事だと断言できる。


 まあ今はどうでもいい事だな。俺は爺ちゃんと別れて、鬼月と共にダンジョンに向かったのだった。




15:ダンジョン探索 十一日目




 昨日探索した中で一番最前線の地点まで戻ってきた。当然昨日の最後のシャトルランの時に忘れずに子機の機能をオンにしておいたので、モンスターは一切沸いておらずすんなりとくることができた。


 さて、ここは真正面に一つ、右側に一つ通路がある。


 道標の杖が示すには真正面の道の方が難易度は低く、右側の通路は難易度が一段階分上がっているそうだ。


 そういう訳なので、取り合えずまずは真正面の通路を探索することにする。


 通路を進むと、大部屋に出た。ただの行き止まりで、モンスターも出ない。何の部屋だと思っていたら、なんとそこは天井が無かった。


 いや、天井はある。とても遠くに。多分、200mは上だろう。そしてステータスにより強化された視力が天井付近の壁のくぼみに宝箱がある事を目ざとく見つけてしまう。


 つまり登れという事なのだろう。垂直にそり立つこの壁を。


「ギミックね…」

『どうすル?』

「うーん…解いてはおきたいけど」


 壁は所々に柱や装飾が施されており、登ること自体は簡単そうだ。


 しかし登るだけで済むとは思わない。絶対他にも何かトラップがある。


「…ここでうだうだ言っててもしょうがない。登ってみよう」

『了解しタ』


 という訳で鬼月と一緒に壁を登る。強化された筋力と体幹で、猿も裸足で逃げ出すほどスルスルと登っていき、十数秒経った時点で100m程を登り切った。


 すると壁に魔方陣が現れて突如として何かが現れた。トカゲに翼を生やしたような巨大モンスター。


 俺はそいつを認識した瞬間に、壁を思いっきり蹴って跳躍、刀を抜いて【風刃】を纏った一撃を放ちその首を堕とした。


 魔素を噴出して地面に落ちていくトカゲを見送る。


『ワイバーン…召喚途中に殺すのはありなのだろうカ?』

「暴れられたらその時点で詰みだっただろ。即断即決が必要なのだよ」


 目が充血するくらいこれでもかという程警戒してたんだが、やっぱり出てきやがったか。これだから油断ならないというんだ。


 その後特に問題も無く最後の50m程まで登り切った。


「これ、どうやって登ろうかね…」


 今までは装飾や柱があって、余裕で登れてたのだが、最後の50mは無駄な装飾も柱も無く、つるつるの壁がそり立っていたのだ。


『僕を蹴って上に行って、召喚してまた僕を蹴って上に…を繰り返してみるカ?』

「やり方が外道すぎる気がする」

『僕は気にしないゾ。盾を蹴ってもらえたら汚れることもないシ』

「…いや、こうしよう」


 俺は風刃を使って壁に溝を作った。魔力を消費するが仕方がないだろう。


 そういう訳で最後の50mをごり押しで登り切り、俺と鬼月は天井付近までたどり着いた。壁の一部にギリギリ小さなテントが張れる程度の溝があり、そこに乗り込む。


 溝の中は壁画の様なものがあって、その中央に数日前に見つけた封印された扉にあったのと同じ形の、小さなくぼみがあった。


「じゃあ、宝箱を開けるぞ」


 俺はそっと宝箱を開ける。すると宝箱の中身が突如として光り輝き始めたのを見て、反射的に宝箱をひっつかんで部屋の中に放り込む。すると宝箱は10m程落下して、爆発した。


 ぽんっ、と新しい宝箱が同じところに現れる。


『相変わらず油断ならないナ』

「もう慣れた」

『流石だ、ケイタ…』


 宝箱を改めて開けて、中から矢が飛び出してきたのを首だけ動かして避けて中身をいただく。


 そしてそれでギミックが全て終了したのか、くぼみに光が灯る。これは…二つ目をクリアしたと認識してもいい、ってことだよな?


 という訳でさっさと降りようと思って下を見てみたら、200mも下にあったはずの床が10mにまで近づいているのに気が付いた。ダンジョンでは珍しい親切設計に少し驚きつつ、飛び降りて地面に降り立つ。


 一応この部屋にも子機を設置しておいて、俺達は元来た道を戻ったのだった。


 分岐点まで戻り、次は右側の通路を進む。すると、またしても大部屋に辿り着く。新しい通路はこちらから見て真正面に続いているようだが、そこには巨大な鉄の扉が存在していた。


 そして、その扉の両脇にホブゴブリンが一体ずつ。そして中央にゴブリンシャーマンがいた。門番をしているのだろうか、微動だにせずただその扉を守っているようだ。


「これは厄介だな…」


 ホブゴブリンの怪力は俺達にとっては一撃必殺だし、ゴブリンシャーマンの魔法は凶悪だ。どれも一体ずつなら問題ないのだが、三体同時は非常に厳しい。


 しかし、いけなくはない…と思う。どちらも一度は戦ってどんな攻撃が来るかを見たし、鬼月とも対策を話し合ったこともある。一対一なら俺一人でもどうにかなるレベルの相手だ。


「…よし、行ってみるか」

『分かっタ』


 俺は鬼月と小さくうなずき合い、部屋の中に突入したのだった。

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