10:ダンジョン探索七日目 イレギュラー

 その後、俺は中層の敵が再出現するのを待って、同じ場所を2回ほど周回してみた。当然右側の通路は除外した上でだが。


 ボスモンスターは大体がゴブリンだったが、たまにホブゴブリンも現れるようだ。とはいえ苦戦はするものの、装備が強化された事もあって無傷で倒すことができるようになっていた。


 問題は、ボスモンスターを倒したあとは必ず宝箱が手に入るということだ。今までは2分の1程度の確率だったが、困難の質が上がった分リターンも質が良くなっているのだろう。


 それから、不意打ちや援軍が当たり前のように起こった。俺が戦っていると、まだ行ったことのない奥の通路からゴブリン達がぞろぞろと移動してきたり、通路を歩いていると上からゴブリンが降ってきて不意打ちを仕掛けてきたり。


 また、ボスモンスターの中に、ナイフの二刀流を使う俊敏特化のゴブリン、ゴブリンアサシンが現れるようになった。


 こいつは不意打ちがとにかく上手いし、動きが早くて近接戦においても手練だしととにかく厄介なことこの上ない。それに体術も得意らしく、剣戟の合間にスキを付いて鋭いケリをお見舞いしてくる。まるで熟練の武道家のようだ。


 ただ、厄介に感じるということは、そのモンスターからは得るものがあるということだ。アサシンには先生となっていただいて、俺の糧となってもらおう。特に体の身のこなしや足の捌き方は目を見張る物がある。是非使えるようになりたい。


 さて、そんな感じで周回を終えて夕方。流石に疲労が溜まってきたので回復薬を少し飲んでから中層を脱出することにした。


(腹減った!今日の夕飯が楽しみすぎる)


 ウキウキしながら上層まで上がり、六つ目の部屋に出る。すると、そこにはゴブリンが再出現していた。


 しかしいつもと様子が違うことに気がつく。いつも通り地面を掘っているのかと思ったら、2体の剣持ちゴブリンが、普通のゴブリンを足蹴にしているようなのだ。


 倒れたゴブリンに笑いながら蹴りを入れている剣持ちゴブリン2体に、俺はそっと背後から近づいて首を切り飛ばした。


『ヒッ、コロサナイデ!』


 そして虐められていた方のゴブリンに目をやると、そいつは恐怖に顔を染めて後ずさった。


「…喋れるのか?」


 どう見ても強化種ゴブリンではない。普通のゴブリンだ。体も華奢だし、装備は貧弱。石武器さえ持っていない。つまり、喋れるはずがない。


『ウウ、ヤメテ…イジメナイデ…』

「…おいお前。俺の言葉はわかるのか?」

『ヒッ…ワ、ワカル…ケド…』


 嘘だろおい。こいつあれだ。冒険者講習のモンスターについてのビデオで説明された、『イレギュラー』という類のモンスターだ。


 『イレギュラー』とは知能が高く、また人間が持つ倫理観に近しい思考や考え方をする個体のことだ。


 モンスターの中でも唯一、契約を交わして力を借りる事ができる。性能はピンキリだが、冒険者に協力するイレギュラーの中には、功績から人権さえ認められる存在もいるくらいだ。


「ふーん。俺は神野圭太。人間だ。名前は?」

『名前ハ…ナイ…』

「ノーネームか」


 『イレギュラー』の中でも、名前持ちはレアで強力だが、ほとんどは名無しだ。


 人類に益を与えてくれる知性体なので、イレギュラーの保護は推奨されている。そうじゃなくても、俺の管理するダンジョンで発生したイレギュラーだ。いいヤツであれば保護したい。


「なあ、なんで虐められてたんだ?」


 俺がそう尋ねると、イレギュラーは少し落ち着いたのか、地面に腰を下ろして話しだした。


『ボスニ、サカラッタ…レベル上ゲノ為ニ戦エト言ワレテ、怖イカライヤダッテイッタラ、奴隷ニサレテ酷イ事沢山サレタ…』


 ボス…それに奴隷?どういう意味だろう。


 奴隷ってのは人間が作った制度だ。それに現代では奴隷なんて殆どの地域で禁止にされている。もちろん日本にだって奴隷制度は存在しない。


 何故モンスターがそんなもん使ってるんだ?そもそもどうして知ってるんだろう。


『ココニハ、鉱石採掘ヲシニ来タ…デモ、態度ガ気ニ入ラナイッテ言ワレテ殴ラレタ』

「なるほどな…」


 モンスターの世界でも、人間の社会と同じような事が起こるものなんだな。


「…聞きたいことは山ほどあるけど、その前に一つ聞いておきたい」

『ナ、ナンダ…?』

「お前、そこから抜け出して、俺についてくる気は無いか?」

『…ツ、ツイテ…クル…?』

「そうだ。お前は俺たちにとって特別な存在なんだよ。手を取り合えるモンスターは希少でな。お前が良ければ、俺はお前を保護してやりたいと思ってる」

『…僕ガ…特別…?』


 ゴブリンが俺の目を初めて見た。他のゴブリンと違って、こいつの目はちゃんと理性がある。


『僕ハ…自分ノ事ヲゴミ屑ナンダトズット思ッテタ…ソンナ僕デモ…イイノカ…?』

「おう、良いぞ」


 俺はうなずいた。まあ、このまま俺と契約してもらうのもありだし、そうじゃなくても冒険者を管理する冒険者協会には、保護したイレギュラーを必要とする冒険者まで届けるサービスも存在する。


 契約し召喚できるようになったイレギュラーを、大幅に強化できる使役術をメインに扱う冒険者…いわゆる使役術士は有名で、彼らにとっては喉から手が出るほど貴重な存在だ。いくらでも勤め先は見つかるはずだ。


『ワ、分カッタ…ツイテイクヨ。ケイタ様ニ、忠誠ヲ…!』

「…様はいらないし、忠誠もいらないよ」


 あ、これ契約コースかも…。俺はとりあえず、地面に座ったままのゴブリンに手を差し出した。


「一先ず仮契約でよろしく」

『分カッタ』


 そういう訳で、ゴブリンが仲間になった。




10:ダンジョン探索七日目 イレギュラー





――――――――――――――――――

神野圭太

Lv.4

近接:23

遠距離:11

魔法:12

技巧:18+1

敏捷:13

《スキル》

【塞翁が馬】

【刀剣術Lv2】

【風刃】

【契約:ゴブリンLv1】

――――――――――――――――――




 契約したイレギュラーは、契約者のステータスにスキルとして格納される。これによりダンジョン内ならいつでも召喚することができるし、ダンジョンの外でも召喚は出来ずとも常に一緒にいることが可能となる。


 また、普通に現実世界で召喚することも可能だ。というのもソレ専用のアイテムが存在するのである。価格は平均で言えば10万円程度。これもゴブリンの精神衛生上必須だと考えると…うん、出費がどんどん増えていく。おかしいな…。


 ステータスにちゃんとゴブリンがいることを確認して、何度か試しに召喚もしてみて、問題が無い事を確認。詳しい事は後で話し合う事にして、今日は一旦家に戻る事にした。


 さて、家では焼き肉パーティーが開催されていた。もちろん主役は《霜降りゴブイノシシのジビエ》だ。


「「う、うまああああああああい!!!」」

「こら!夜中ですよ!」


 俺と爺ちゃんは例にもれずあまりのおいしさに叫び、婆ちゃんはニコニコしながら舌鼓を打っている。


 《霜降りゴブイノシシのジビエ》…普通のゴブイノシシのジビエと明らかに質が違う。口の中でとろけるような触感に、濃厚な肉の旨味。あふれ出す肉汁のうまさと言ったらない。


 鉄板焼きで焼いた切れ端を、しっかりバーベキューソースに付けてキャベツと一緒に口の中に放り込む。これもまたうまい。だがやはり一番は白米で、ホカホカの炊き立てご飯と一緒に肉を頬張った時の多幸感は人生で一番だと感じた。


「ほー、ゴブリンなあ…まあ、俺は構わないぜ。ペットが増えるみたいなもんだろ?」

「ええ、圭太が連れてくるということは悪い人ではないのでしょう。歓迎しますよ」


 ちなみに、ゴブリンの事について話した時の爺ちゃんと婆ちゃんの反応はこんな感じだった。心の広い爺ちゃんと婆ちゃんには感謝しかない。


 一先ず、明日には今日手に入れたアイテムを売ってお金を作って、ダンジョン探索用の魔素払いの結晶やゴブリン用のアイテムを買いに行くとしよう。


 ついでに、ゴブリン用に婆ちゃんがよそってくれた焼き肉とご飯をダンジョンまで持って行って、召喚したゴブリンに差し出したら、ゴブリンは泣きながらそれを平らげ、俺とまだ見ぬ婆ちゃんに何度も何度もお礼を言ってきた。


 まあ、今後の事はまだ分からないが、新しくできたこの小さな知り合いは悪いやつではなさそうだ。出来る限り手を貸してやろう。そう思ったのだった。


 そこからなし崩し的にダンジョンの一つ目の部屋でゴブリンと雑談をすることとなった。


『ボスは…このダンジョンの一番奥に潜んでるんダ』

「へえ…」


 大分慣れてきて聞き取りやすくなったゴブリンの話は、俺が一番気になっていた事を教えてくれた。


『アイツの目的は正直分からなイ。種族も…デーモンであることは分かるけど、恐らく上位種ダ。アイツはとにかくダンジョンの奥深くにある封印を壊したがっていタ…』

「封印?」

『そうダ。鉱石を集めていたのも、その為ダ。ピッケルを沢山作っていタ…多くのゴブリン達が、眠ることも許されずに封印を攻撃しつづけていル。奴は封印の中にいる何かを殺したいんだそうダ。悪いがそれ以上は僕も知らなイ』

「いいよ、それが聞けただけでも値千金だ」


 申し訳なさそうにするゴブリンにそう声をかけて、俺は考え込んだ。


 やはり、ゴブリン共を支配するボスが存在していたらしい。まあそうじゃないと武器の素材を集めたり、集団行動したりする理由が分からないので案の定と言ったところだ。


 しかし封印ねえ。このダンジョンは2週間もしない、ごく最近に現れたダンジョンだ。何故そんなピカピカの新品ダンジョンに封印なんぞが存在する?そして、デーモンとやらは何故それを事前に知っていた?


 分からん。これ以上は情報もないし、想像するしかない。一旦置いておこう。


 とにかく、爺ちゃん家の庭にある、俺が管理するダンジョンで何かが起きようとしている。それだけわかれば十分だ。絶対に止めなければならない。


「なあ、ここのダンジョンの構造を分かる範囲で教えてほしいんだが」

『分かっタ。僕は物資を採掘する班にいたから、少し詳しイ。えっとだな…』


 ゴブリンから聞いた話を纏めると、やはりここのダンジョンは超小規模ダンジョンだった。


 俺が今攻略している中層を、更に下へ降りると下層となっており、そこがダンジョンの最奥なのだという。


 デーモンの強さは分からないが、下層では下級デーモンと武装したホブゴブリンがいるらしい。少なくともそいつらを纏め上げて言うことを利かせる程度の実力はあるとか。


「そうか…ありがとう、助かったよ」

『挑むのカ?アイツラに…』

「まあ、今のところはそのつもりだよ。ダメそうだったら素直に援助を求めるけどさ…お前はどうする?」

『え…』

「酷い目に遭ったって言ってただろ?やり返したいなら力を貸す。そっちのが俺も助かるしな…でも、無理をすることもない。もし無理そうだったら、明日地上でもいられるようになるアイテムを買うつもりだから、それ付けて爺ちゃんの畑の手伝いでもしてくれたら普通にそっちでも助かるし…お前はどうしたい?」

『…僕は…』


 ゴブリンは少し考えてから、俺を見た。


『僕は、ケイタと一緒に戦うヨ。地獄から拾い上げてくれた恩人に、恩を返したいんダ』

「…直接そう言われると、なんだかむず痒いな…分かったよ、そういう事なら、俺達は仲間だ。よろしくな」

『ああ、よろしく、ケイタ』


 となると、やはり本契約は結ばないとだな。それに、いつまでも名無しでは不便だろうし、名前を考えなければならない。


 明日までに考えておくとするか。俺はゴブリンとの話を終えて、家に戻ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る