9:ダンジョン探索七日目 中層突入

 昼食を食べて少し休憩したら大分良くなったので、またダンジョンに戻ってきた。《中級回復薬》を一口飲んで休んだことで、疲労も傷もすっきり無くなっていた。


 さて、目標であったゴブリンリーダーの討伐は終わった。そろそろダンジョンの攻略を進めてもいいだろう。


 剣ゴブが出てくる五つ目の部屋。穴が三つあり、うち二つは探索済み。つまり、残りの一つが更に奥へと続く扉という訳だ。


 中に入ると、先ほどまで通ってきた通路と比べて広い通路が下へと延びていた。そして進むごとに遺跡の欠片が多くなっていき、坂はいつの間にか階段となり、入口は石の扉へと変化していた。


 これは大分様子が変わってきたな…ここから先はこれまで通りには進めなさそうだ。


 俺は扉を恐る恐る開けた。片側だけ、身を隠しながら。


 次の瞬間、上から鎖が削れる音がしたのでバックステップ。俺が元居た場所に錆びたギロチンが落ちてきて、岩の地面に刃をめり込ませた。


 ギロチンが消えたのを見計らって今度こそ扉を開けて中を覗き見てみると、そこは巨大な部屋だった。石の柱が等間隔で天井を支えており、レンガの壁のくぼみには棺が置いてあったりろうそくに火がともっていたりと物々しい雰囲気。それに、これまで通ってきた部屋のどこよりも広い。


 部屋は鎧を付けた武器持ちゴブリンが闊歩していて、部屋と通路を出入りしているようだった。今までと違い、ゴブリンが通路に出て部屋を移動しているらしい。


 動きが活発ということは、それだけ魔素が多いということだ。ここからは全体的に難易度が上がっていると考えた方が良いだろう。


 早速攻略を、と行きたいところだが…中層の攻略となると《魔素払いの結晶》というアイテムが必須だ。


 設置した場所の一定範囲で魔素濃度を下げる効果のあるアイテムで、それが無いまま何も考えずにずかずか奥まで進むと、後ろでモンスターが復活して挟み撃ちになったり帰り道で襲われたりする。魔素の多い場所ではモンスターが湧く速度も速い為、無い場合はうかつに奥まで踏み込んではならない。


 で、その魔素払いの結晶だが…俺、持ってないんだよな。買いに行かなきゃだめだ。値段は一つ10万。頭が痛くなる数字だ。


 装備新調したばかりなんだけどな…はあ、仕方ない。今日はあまり奥まで行かず、周囲を見て回ってお金稼ぎに精を出すとしよう。


 しかし怖いのは、【塞翁が馬】の困難がどういう風に発現するようになるかだろう。今までは部屋に出てくるモンスターが強化されてたり、宝箱にトラップがあったりと割と分かりやすく効果が発現していたのだが、環境が変わると降りかかる困難の種類も増えたり減ったりするもの…だと思う。


(とにかく当たって砕けてみるしかないってのが辛い所だな…)


 ちなみに、中層に辿り着いた事で大体このダンジョンの規模が分かった。入口からここまで6個の部屋を抜けてきたと考えると、ここはかなり規模の小さな、超小規模ダンジョン。冒険者1人で攻略が可能な規模だ。


 難易度もそう上がらないだろう。とするともしかしたら夏休みが終わる前にダンジョンを攻略することができるかもしれない。


 そう考えるとやる気がみなぎってきたな。


 俺は刀を抜いて、部屋の中に足を踏み入れた。




9:ダンジョン探索七日目 中層突入




 鎧ゴブリンがいくら増えようが、今の俺の敵ではない。鎧ごとぶった切り、敵の攻撃をさばいて反撃でまた敵を殺す。この繰り返しで部屋の中のゴブリンを殲滅する。


 すると部屋の真ん中に魔素が集まり、一体のゴブリンが現れた。身体が一際大きく、今までの錆びた剣や鎧ではなく、しっかりと手入れの行き届いた装備を身に着けている強化種ゴブリンだ。


(宝箱じゃなくなって、ボスの登場か。また分かりやすく困難が降りかかってきたな)


 俺は頭の痛い思いをしながら、強化種ゴブリンに切りかかった。すると奴は当たり前のように俺の刀を弾いて反撃をしてくる。折角新調して並みのゴブリンの武器ならぶった切られるようになってたのに、対応してくるモンスターが出てくるの早くないか?


『シネ!』

「うおっ!?喋った!?」


 空気が割かれて唸るような一撃を放たれ、避けようとした俺はその言葉を聞いて思わず受けてしまった。火花が散る。凄まじい力だ。


「言葉が通じるなら、ちょっと話でもしない…!?」

『敵、コロス!コロス!』

「あー、話しは通じない系ね…っと!」


 俺は力を抜いて刀の曲線に沿って敵の刃を滑らせた。そして一気に弾き、返す刀で袈裟切り。出来る限りの速度で振るう。鎧は俺の刀を受け止めようとするが、火花を散らして刃が一気に食い込み肉を断った。


 傷を負い精彩を欠いた強化種ゴブリンは、その後最後まで俺に殺意を向けながら倒れた。言葉は使うが理性は無し、と。どうやら刃を鈍らせる必要はなさそうだ。


「おっと、宝箱」


 宝箱が出現した。開けると魔方陣が展開されたので全力でその場を離れる。炎が宝箱を包み込み、辺り一帯を一瞬火の海に変えて消えた。


 終わったので改めて中を確認。


 入っていたのは魔石と小さめのランタンだった。ベルトに繋げる用に、鎖が付いている。


《魔法の携行ランタン》

・レア度1

・魔石を燃料に明かりを灯す事が出来る。使用している間、疲労を回復する


 支援デバイスで鑑定してみる。ありがたすぎる効果だ。これは早めに鈴野さんに鑑定してもらおう…と心に決めて鞄に入れた。


 さて、部屋の出口は前方と左右の三つに分かれている。大きな廊下が、下にはいかず真っすぐに続いている。


 前方を見ると、既に奥の方に二つ目の部屋が見える。左右はそれぞれ曲がり角しか見えない。


(あんまり奥には進みたくないけど…左側は通路が一番短そうだしそっちに行ってみるか)


 左側の通路は曲がり角があり、そこを曲がるとすぐに大部屋に辿り着いた。朽ちた石の棚や棺、瓦礫の山をゴブリン達が発掘作業をしている。


 こいつらは一体何をしているのだろう。何が目的で?…少なくとも自主的に動いているとは考えにくい。どこかにボスがいて、ソイツの指示で動いているのかもしれない。


 まあ、想像だけならいくらでもできてしまう。まずは一歩ずつ着実に、だ。


 俺は中に入り、刀で二匹を同時に倒し、そして残りはかまいたちで首を刎ねて始末する。抵抗する間もなく倒すことができた。


 すると案の定中央で魔素が収束しボスモンスターが現れた。強化種ゴブリン…なのだが、ぶっちゃけ言うとこの程度は余裕だ。【風刃】も併用すれば簡単に始末することができた。


 宝箱も回収。


(まだまだ余裕だな)


 そういう訳で元来た道を戻って右側の通路を行ってみる。


 曲がり角を曲がると、踏んだレンガががこんと音を立てて沈んだ。


「は?」


 ふと危機を感じてその場から転がると、後ろから矢が飛んできて石の壁に当たって火花を散らした。その途中でぷつん、と矢じりが糸を切った音がして、次の瞬間には地鳴りが鳴り響いていた。


「おいおいおい…」


 どすん、と音を立てて落下してきたのは、通路を埋め尽くすほど巨大な石の玉だった。


 それはあまりにもありきたりすぎるだろ。そんなツッコミを言う暇もなく、俺は全力で反対方向へと走り出していたのだった。


 通路を走り抜けて部屋に入る。するとそこには超巨大な空間が広がっていて、所狭しとアスレチックが設置されていた。全体的に緩やかな坂になっており、床は所々にしかなく、それ以外は全て奈落に続いている。ゴブリン達がその数少ない床で瓦礫を漁っていた。


 部屋は出口が二つあり、一つはそのまま部屋を突っ切って反対側に出る方。そしてもう一つはその出口の上の方に、乗っかる様にして存在する扉だった。


 そして下の方の出口は、どう見ても先は袋小路となっている。つまり実質一択しか選択肢は無い。


 ゴブリンが慌てて飛び込んできた俺に気付いてギャーギャー騒ぎながら弓を構えている。舌打ちをしたくなる。


 どうやらスピード勝負らしい。俺は刀を抜いて駆け出して、放たれた矢を弾き足場に飛び乗り、その場にいたゴブリンの首を落し、そして残った一体をひっつかみ肉の盾にして矢をやり過ごす。


 後ろからゴゥン、と音を立てて巨大な石の玉が顔を出した。時間が無い。俺は駆け出して、壁や足場を蹴って全速力で上の出口を目指す。


 迫りくる矢を風刃で吹き飛ばし、パルクールの動画を必死で思い出しながらアスレチックを駆け抜け、ギリギリのタイミングで上の扉を開いて中に飛び込む。


 巨大な石の玉は下の方の出口に入り込み、壁に激突したのか大きな音を立てて静かになった。


「…はあ、何だったんだ、今の」


 そんな俺のつぶやきに返事をするように、ぼふん、と音がして、宝箱が姿を現した。


 今のも困難だったのか。頼むからそう言うのはモンスターだけにしてくれよ!


 俺はとりあえず中身をいただいて、周囲を見渡す。


 どうやらここも行き止まりだったようで、入ってきた道以外に出口は見当たらない。だが、入口と向かい合った壁に、石でできた巨大な円扉があった。


 円扉は凝った装飾をしていて、くぼみが四つ存在した。そのうちの一つに急に光が灯る。


(…もしかして、今のギミックで生き残ったからか?)


 とすると、単純に考えて後三回光を灯せば扉が開く計算となる。


 ゲームかよ。…まあ一応覚えておくとするか。俺はため息を吐きだして、道を引き返したのだった。

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