8:ダンジョン探索七日目

 さて、午後は装備ショップに行って新しく武器と防具を購入した。


 それぞれ20万近い高級品だ。…高級品のはずだ。まあ、冒険者業界じゃあ20万の武器は安物扱いなんだけども。


 武器は既に使い慣れてしまった刀。『黒刀二式』という中二チックな名前が付いている割に、以前使った一括生産された刀とは違い鍛冶職人が作った一点ものだ。丈夫で切れ味が良く、また魔素の伝導率が少しだけ高い。つまり魔法による属性の付与に適した性能も持っている。


 ちなみに《ホブゴブリンの銀のメダル》は、使いたかったけど使えなかった。そもそもレアドロップを使った鍛冶師への依頼だと最低でも100万以上はかかるし、完成までに2,3週間はかかるらしい。貴重なアイテムを使ったオーダーメイドだし半端な金額じゃ出したくないのもあるから、ホブゴブメダルは次に回そうと思う。


 防具は防刃性の高いインナーを身に纏って、その上からカーボンに近い素材の軽くも硬い鎧で固めた。動きやすく軽い一品だ。


 後は余ったお金で頭の防具に額当てとゴーグルを購入した。額当てはただのバンダナみたいな見た目だがマジックアイテムなので、頼りなさそうに見えて割と防御力はある。ゴーグルはホブゴブリン戦の時の瓦礫への対策だ。目に入ってたら多分死んでただろうし、普通に失明は怖い。


 更に、ダンジョンの宝箱から出たアイテムで、使えそうなものも身に着ける。


 まず《蛮族暗殺班長のベルト》。レア度1で、気配を消す効果がある。


 次に《魔法の腕輪》。レア度1、魔法を使う時に消費魔力を低減してくれる効果。


 最後に《蛮族防衛班長の籠手》。レア度1、効果は籠手で攻撃を受けた時、受けた衝撃を魔素に変換してまき散らし低減するというもの。なお、変換した魔素は使い道がなくすぐに消える為、防御にしか活かせない性能となっている。


 あと、装備ではないがアイテム枠として《治癒の玉石》。レア度1。使用回数制限がある消耗アイテムで、使用すると治癒魔法が発動する。これはお守り替わりで常に持っておく。


 あと《爆玉石》レア度1。ピンポン玉程度の大きさだが魔力を通して数秒後に爆発する。これに関してはユアーチューブで工作動画があったので改造も施してみた。って言っても、100均で買ってきた両面テープを張ってくっつくようにして見ただけだけど。これもお守りとして持って行くつもりだ。


 そういう訳で装備も整った所で、今日はこの辺りで終わりだ。時刻も既に夕方になってしまっていた。装備の調整で時間が取られた結果だ。


 婆ちゃんが作ってくれたイノシシ肉の野菜炒めを食べて、明日のダンジョン探索に向けて早めに眠りについたのだった。




8:ダンジョン探索七日目

 



 新装備の具合を確かめるべく早速ダンジョンに潜ってゴブリンに喧嘩を売ってみると、ゴブリンが持っていた石の斧程度なら両断できる事に気が付いた。


 以前の装備だと弾くのが関の山だったのに、今では武器のあるなしに関わらずゴブリンを倒すことができる。これはかなりの変化だ。


 また、剣持ちゴブリンが着ている鎧もすぱっと切断する事が出来た。お陰で手古摺ることが無くなり前よりも圧倒的に時間が短縮され、被害を減らして倒すことが可能となった。


 装備の質ってここまで影響を及ぼしてくるのか、と驚きが強い。ここまで違いがあるのであれば、冒険者がこぞって値段の高い武器を求めるのも当然の話だ。


 この分だと防具の方も十分頼りになる。値段に見合った性能で本当に良かった。最初の刀と防具も良かったし、鈴野さんの店はかなり信頼できそうだ。


「良い感じだ。違和感もないし…」


 当然刀が変わったので多少の重量の変化はあったが、それも誤差の範囲で、慣れれば問題はない。防具も動きを阻害しないし、他の装備もちゃんと使える。


 出来ることが増えて逆に動きに迷いが出るかもと思っていたが、ステータスが発動している間は全くと言っていい程問題は無かった。


 ステータスは冒険者の思考を戦闘面でのみ補助してくれる。その為冒険者は戦闘時だけで言うと一種のゾーン状態に入り、学習能力や思考が強化されるのだ。


 俺も冒険者になる前までは刀なんて急に使えるようになる訳ないだろと思っていたが、なるほどステータスがあれば剣豪と同じくらいの才能を引き出せる。そりゃ使えるようにもなるわ。


 この脳みその強化、ちょっと工夫して学校のテストで使えれば楽なんだろうけど、普通に犯罪である。特に冒険者は厳しいからな、その辺り。


 無許可で魔素ボトル…ダンジョン以外でも魔素を持っていける特殊容器に、魔素を入れた状態で所持しているだけでもしょっ引かれ、半年以上の活動制限を食らい、その後も制限が付くくらいには厳しい。


 実際に犯行に移ったら、多分少年院送りで済めばマシな方だろう。いや、やらないけどね、そもそも。


 槍持ちゴブリンを切り伏せて、歩みを進める。


 四つ目の部屋を通過し、俺は件の分かれ道にやってきた。


「…行くか」


 そもそも装備が整えば行くつもりではあった。前回見た槍を持ったゴブリンリーダーの討伐だ。


 奴からは、ホブゴブリンから感じた圧倒的な格上感は感じない。だが、明らかに狡猾そうな見た目で、多くのゴブリンを従えて兵力を持っている。


 正直何があるか分からないという恐怖で言えば、奴の方が上だ。


 その上、シャトルランをしていた数日ちょくちょく様子を見に来ていたのだが、どうやらあの部屋にずっといる訳ではなく、奴がいる時間といない時間がある。


 現れる時はどこからともなく現れ、いなくなる時はどこへともなく消えていく。


 顔を出せばイノシシに感付かれる恐れがあったとはいえ、移動の手段をはっきりさせられなかったのが歯がゆい。


 それで、部屋で何をしているのかというと、鉱石を掘っているらしい。


 ゴブリン達が部屋の隅を掘っている所を観察していると、地面から小さめの質の悪い魔石鋼を取り出して鞄にしまっているのが見えたのだ。


 魔石鋼は武器の素材。それを多少知能が高いゴブリンが集めている。いやな予感しかしないフレーズだ。


 スマフォで調べてみても、モンスターが武器を作る、みたいな話はネット上には一つもなかった。でも実際ゴブリン共が武器の素材をせっせと集めているのである。


 早めに阻止しておいた方が良い。俺の勘がそう言っている。


 まあだからこそシャトルランをして早々に装備を整えた訳だが…すんなり行ってくれよ。40万の損害はデカいからな。少しでも温存して次に進みたいのだ。


 大部屋に着いた。覗いてみると前見た時と同じで、ゴブリンリーダーが大イノシシに乗って他のゴブリン達に指示をしている。


 大丈夫だ、俺ならやれる。武者震いのする身体にそう言い聞かせて、俺は納刀したままの刀の柄にそっと手を添えて、構えた。


 そして大地を蹴る。一気に大部屋に飛び込み、そして部屋の真ん中まで来て抜刀。


『ゲギャ?』

「シッ―――」


 全体を狙い、円を描くように刀を振るい、それに乗せて不可視のかまいたちを放った。風刃は俺の想像通りに出現し、部屋中にいたゴブリン達を引き裂き、ゴブリンライダーも武器持ちゴブリンも両断した。


『ギャアアア!?』


 ゴブリンリーダーだけは、大イノシシの体高で無事に済んだ。しかし大イノシシも両断され、悲鳴を上げながら地面に落ちた。


 全体の半分でも減らせればいいと思っていたのだが、風刃が想像以上に働いてくれた。この隙は絶対逃せない。


「死ね!」

『ギャー!』


 甲高い声を上げて、ゴブリンリーダーは槍で俺の渾身の一撃を切り払った。火花が散る。槍の穂先は《黒刀二式》でも刃こぼれ一つついていない。


「ちっ!」


 俺は足で地面を踏みしめ、一気呵成に連撃を放った。巧みな槍さばきはそれに対応する。不意打ちを受け、仲間を全滅させられたのにゴブリンリーダーは俺の動きについてきていた。


 フェイントを混ぜる。すると奴は一気に警戒を強め、槍を大きく振って距離を取った。足元に槍による一閃で地面に線ができた。まるでそれ以上近づくなとでも言わんばかりだ。


『ギギギ…』


 がんっ!という音がした。槍の柄の先端を、地面に突き立てたのだ。それを都合三回。俺は動かないことを選択した。様子を見たのだ。


『ギ…』


 奴が笑った。次の瞬間、部屋中に魔素があふれ、それがゴブリンの形を取った。


 やられた!コイツ、召喚も使えるんだ!


 武器持ちゴブリンが2体、ゴブリンライダーが3体。


 加えて大イノシシが復活し、奴はそれに飛び乗る。


『ギギャーハハハハ!』


 槍を頭上高く振り回し、手下を煽ると、その先端を俺に向けた。次の瞬間、ゴブリン共が一斉に襲い掛かってきたのだった。


 だが、武器持ちゴブリン二体を俺は一瞬で鎧ごと叩き切った。


「遅い」


 そして迫りくるゴブリンライダーも一刀両断する。1体目、2体目、そして3体目。突進を避け、迫りくる槍の穂を落し、首を落し、ゴブリンの身体を両断する。


 全てのゴブリンを切り払った段階で、またあの音が響いた。部屋中に魔素が満ちる。邪悪そのものの笑みが俺に向けられる。


『ギギギ』

「ちっ…」


 だけど無限に召喚できるわけでもあるまい。奴の魔力も底なしって訳じゃないんだ。


 つまり、耐久戦だ。この前のトラップ部屋でやったばかりだし、経験はある。


「良いぜ、やってやるよ」


 俺はやる気をみなぎらせて、出てきたばかりのゴブリンの首を跳ねた。




「はあ…はあ…くそっ」


 1時間ほど経過しただろうか。俺は肩で息をしていた。


 明らかにおかしい。


 召喚されてそれを殲滅する事30回。体力も魔力もかなり消費してしまった。


 対してゴブリンリーダーは、ここに来るまで召喚の手が一切緩まない。顔は明らかに余裕で、魔素切れの兆候が一切ないのだ。


 これはありえない事態だ。もし自分の魔素を使って魔法を使っているのであれば、一度の戦闘で大体大きな魔法を3回、小さな魔法を20回も使えば、どれだけ鍛えた魔法使いであろうと魔素切れを起こすはずなのだ。


 故に魔力の管理は魔法を使う冒険者にとっては一番重要な仕事なのである。これはモンスターであっても変わらない事実だ。


 それが、ゴブリンリーダーはその傾向から明らかに逸脱している。


(奴は魔力を消費していない…?武器の効果なのか?)


 ゴブリン達に攻撃していると、ゴブリンリーダーの攻撃が不意を突いて飛んでくる。それを何とか刀で弾いて、ゴブリンリーダーから距離を取る。


 が、すぐ後ろにいたゴブリンの手斧に一撃貰ってしまった。背中に衝撃が走る。防具が守ってくれて痛みは無い。


 さっきからこれの繰り返しなのだ。召喚された手下ゴブリンの相手をしていると、その隙をついてゴブリンリーダーが強力な攻撃を仕掛けてきて、それに対応しようとすると手下ゴブリンから攻撃を貰う。


 装備を新調してなかったら普通に死んでたかもな。


 でも、ようやく仕組みが分かってきた。


 俺は刀を振るう。そして、ゴブリン共の手足を切り落とした。


『ギャアアア!』

『ギイイイ!?』


 地面に転がるゴブリン共を蹴って脇に寄せて、更に突進してきたゴブリンライダーとイノシシも手足を切って無力化する。


『ギイィィィ…!』

「何焦ってるんだ?それじゃ答えを言ってるようなもんだ…」


 それを見たゴブリンリーダーが顔をしかめさせて悔しそうに俺を睨みつけた。


 どうやら奴の召喚は無尽蔵に行えるようだ。一体どこから魔力を引っ張ってきているのかは分からないが、これだけ倒してまだ余裕な顔をしているというのであれば、奴は自分の魔力を消費せず、別の方法で召喚をしているということになる。


 だが、無限に召喚できるわけではないらしい。恐らく、奴の召喚には『枠』がある。さっきから数えながら戦っているが、どうやらイノシシを含めて9枠。そこが奴が手下を召喚できる最大数だ。


『ギギギ!』


 俺の行いで仕組みがバレた事を察したのか、ゴブリンリーダーは槍を振り回して大イノシシの腹を蹴った。


「来いよ、そのお粗末な爪楊枝を俺の心臓に突き立ててみろ!」


 刀を構えてそれを迎え撃つ。


『ギガアアアア!』


 砂煙を上げて圧倒的質量に物を言わせて必殺の突進を繰り出してくる大イノシシ。そして、その上に乗ったゴブリンリーダーは槍を振るい俺に突き刺そうとする。俺はソレを横に転がって避けて、槍は籠手で弾いた。そして後ろ手に隠していた《爆玉石》を大イノシシに投げて張り付ける。粘着テープが仕事して大イノシシに爆玉石が張り付いた。


『ギギギ…ギャアアア!?』


 ゴブリンリーダーが大イノシシの前足を上げて方向転換をしようとしたその時、爆玉石が爆発してその巨体を真横に吹っ飛ばした。ゴブリンリーダーも当然爆風を浴びて、空中に吹き飛ばされる。


「【風刃】」


 俺は空中にいるゴブリンリーダーに、一息に上段から刀を振り下ろした。そして、その剣先から現れたかまいたちが、瞬く間にゴブリンリーダーの身体を突き抜けて…遅れて、奴の身体を両断し、漏出した魔素を剣圧が吹き飛ばした。


 奴はぽかんとした表情で煙となって消えていったのだった。


 刀を鞘に納めて、俺は一息つく。


「あー、疲れた」


 マジで疲れた。ここまで長く戦ったのは初めてだ。何とか体力は持ったが、仕組みに気付くのが後少しでも遅れていたら結構ヤバかったかもしれない。


 部屋にいたモンスターが消滅して、宝箱が出現する。


 小石を拾い上げて投げるも反応なし。開けてみると、珍しくトラップの無い宝箱だった。


 中身は…魔石とイノシシ肉、そして明らかに霜降りしている大きめのブロック肉。それから、どこに入ってたんだと思わなくもない槍。


《霜降りゴブイノシシのジビエ》

・レア度1、レアドロップ

・僅かな魔力がこもっている。身体を健康体にし、身体能力を強化する


《蛮族突撃班長の槍》

・レア度1、レアドロップ

・魔力がこもっている。刺突をした瞬間、魔力を纏い攻撃を強化する


 さて、価格を見てみると、ジビエの方は12万。槍の方は15万だった。


 俺は槍は使わないし、飾っておくわけにもいかないから槍を使う冒険者の手に渡るべきだろう。


 ジビエの方は断固として食う。もう今から味を想像して涎が出てくるくらいだ。急いで婆ちゃんに預けに行かなければ。


 魔石も大量に手に入ったし、収入は大体18万位か。一回の戦闘でこれだけ手に入るのは中々の収入だが、その分時間もかなりかかった。まず召喚の仕組みに気付くまでのタイムロスがかなりあった。


 それに、その間装備にずっと守られていたからな。逆に言えば装備が悪ければ死んでいたかもしれないということだ。


 それに、その分装備の耐久度もかなり削られた。刀の方は辛うじて刃こぼれは一つもないが、防具に関しては所々ボロボロになってしまった。


 ピカピカの新装備だったのに、たった一日で結構傷ついてしまった。その為にあるとはいえやるせない。


 と、自分の防具を見下ろしてため息をついたその時、ぴこん、と支援デバイスに通知音が鳴った。


 見てみると、どうやらやっとレベルが上がったらしい。


――――――――――――――――――

神野圭太

Lv.4

近接:23

遠距離:11

魔法:12

技巧:18+1

敏捷:13

《スキル》

【塞翁が馬】

【刀剣術Lv2】

【風刃】

――――――――――――――――――


 今回は上がるまで結構かかったな。まあ他と比べると十分早いけど。


 やっぱり魔法を手に入れた影響か、魔法が大きく上がっている。この調子で上げていきたいところだ。


 他には、刀剣術がレベル2に上がっていた。


【刀剣術Lv2】

・刀による攻撃に対し若干の威力補正(Lv1)

・技巧に補正(Lv2)


 レベル2で技巧を上げてくれる効果か。ありがたい。


「腹も減ったし、休憩がてら一度出るか」


 俺は一度ダンジョンを出る事にした。差し当たってゴブリンリーダーも倒したし、ダンジョンの入り口付近の強力なモンスターや群れはいなくなった。ギミックが少ない通常の部屋はともかく、トラップ部屋やボス部屋は一週間から一カ月くらいは修復に時間がかかる。多少ゆったりしても許されるだろう。


 そういう訳で、俺は一旦ダンジョンの外へと脱出したのだった。

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