7:迷宮シャトルランリザルト
次の日になって、俺はダンジョンに戻ってきた。
現在の時刻は昼過ぎだ。朝一番に刀を受け取りに行き、すぐに引き返してダンジョン探索の準備をしてきたのだ。
自分でも昨日死にかけておいて何をしているんだろうと思わなくもないが、それだけダンジョン探索に嵌ってしまっているのだろう。ここまでやる気がみなぎっているのは人生でも初めてかもしれない。
食材アイテムの味に魅了されたのか、それともスリルを感じたいからなのか…自分でもよく分からないが、少なくとも誰も入ったことの無い未知の空間を冒険する感覚は今まで感じたことの無い充足感を与えてくれる。
まあ、蛙の子は蛙だったって話なのかもしれない。ダンジョン馬鹿の両親との繋がりをこんな所で感じるとは以前の俺なら思いもしなかったが…。
さて、そういう訳でやる気が落ちないうちに地道な作業を終わらせてしまおう。
シャトルラン…つまり、レベル上げとお金稼ぎである。
昨日は刀の方にしか目がいかなかったが、防具も中々酷い有様である。胸当ては無くなり他の部位もボロボロ。一応つけてはいるが、もはや防具としての役割は購入当初と比べると半分以下でしか機能しないだろう。
武器と防具、どちらも出来る限りいいものを揃えたい。
決めた期限は今日を含めて三日間。この三日間で、限界まで沢山シャトルランをして経験値と金目のアイテムをかき集めようと思うのだ。
こうして自由にダンジョンに行けるのは夏休みの間だけだろうし、その辺も考えるとかけられる時間はこれくらいだ。それに、先へ進めればもっと収入は増える…はず、だよな?
そういう訳で、俺は今日から三日間、ほぼダンジョンで過ごすことになったのだった。
まず一日目。昼からスタートという事で張り切ってダンジョンへ向かう。ダンジョンのモンスターの再出現頻度は2時間に一回だから、18時までに三回、一つ目の部屋から五つ目の部屋、そしてミミックの部屋を攻略する。
ミミックが二体に増えたり剣持ちゴブリンが一度に二体出てくることもあったが特に問題なく終了。宝箱を7個入手。
二日目。8時から18時の間で五回シャトルランを行う。金属武器持ちゴブリンに槍持ちが登場した。初見で剣持ちゴブリンに混ざってやってこられたのだが、これが思った以上に苦戦する。敵の武器のリーチが変わるとここまで戦い方が変わるとは思わなんだ。
結局初見じゃ対応しきれず風刃を使って不意打ちで倒してしまった。次は実力で倒してやる…と意気込んでいたが、そこから当たり前のように槍持ち先生が出てくるようになって自然と戦い方を覚えてしまった。
宝箱は10個。ざくざくで嬉しい。後、宝箱から片手剣の【蛮族戦闘班長の剣】が落ちたので、そっちに武器を持ち換えた。槍持ち先生に苦戦してしまったお陰で刀の耐久度が予想以上に削られていたのでベストタイミングだった。
レア度は1。効果は切りつけた時、全く別の場所にも小さな裂傷を生み出すというもの。クールタイムは10秒だった。
まあ、新しい武器を手に入れるまでのつなぎとしては十分だろう。
三日目。昨日と同じく五回シャトルラン。昨日と変わらず…と思っていたのだが、最後の五回目でミミックの様子がおかしくなった。身体が紫色だったのだ。どう見ても強化種だと判断した俺は、撤退も視野に入れて様子見で戦闘に突入。
するとコイツ、口から紫色の炎を吐き出す特殊攻撃を備えていた。徹底的に距離を取りながら戦っていて良かったと心底思う。
ただしその他は通常ミミックと変わらなかった為、何とか倒せそうだと判断して倒した。ドロップアイテムは杖や腕輪。カースドミミックと呼ばれる種類の存在で、魔法系のアイテムを良く落とす為魔法を使う冒険者にとっては重要なモンスターらしい。
宝箱は12個。ベストレコードを更新した。
これで期日となった。後はどれだけ買い取ってもらえるかだ。
とりあえず、量が量なので出張買取を使ってみることにしよう。
7:迷宮シャトルランリザルト
次の日、アプリで予約を入れてその時間が来るまで待っていると、チャイムの音がして俺は玄関に出た。
「はーい…」
「こんにちは、鈴野鑑定所の出張買取です!」
玄関の扉を開けた途端に、元気いっぱいな女の子の声が聞こえて俺は思わず顔をガバッと持ち上げた。
そしてそこに見覚えのある顔を見つけて、目を白黒させる。
「…す、鈴野さん?」
「よっ、やっぱ神野君だったんだ。予約表の名前見て、もしかしたらって思ってたんだよね~。まあ、とりあえずまずはアイテムを見せてくれるかな?」
「え、は、はい」
謎の敬語が飛び出た口を恨みつつ、俺は売ってもいいアイテムをまとめた場所へと案内した。庭にある離れの小さな倉庫だ。ガラガラガラとスライドドアを持ち上げて中に案内する。
その途中で庭に見慣れない原付バイクが停められているのを見た。どうやら鈴野さんのものらしい。
「これなんだけど」
「うわ、大量に集めたね!」
鈴野さんはそう言って鑑定を始めた。魔素が入った瓶につながったコードを取り出して、首につなげてスキルを使用する。レベル3以下の人間で、一部の資格や免許を取った人のみがこうやって外でスキルを発動することができる。
「…原付で持ち帰れる?」
「あ、それは大丈夫!マジックバッグ持ってるから」
そう言って鈴野さんは肩掛けのバッグを見せてきた。真横に魔素が入った瓶が付けられた特殊なバッグだった。
「魔素が高いんだよ、これ。月に8000円くらいかかるの」
「ダンジョンの外だと魔素が無いから、一々入れないといけないんだっけ?」
「そうだね」
って、聞きたいのはそっちじゃない。俺は首を振って鈴野さんに話しかけた。
「あの、鈴野さんは装備ショップの店員やってたよね?なんで鑑定所の出張買取で鈴野さんが来るの?」
「それはほら、私の夢が鑑定所で働くことだから、いとこのお兄ちゃんがやってる鑑定所でバイトさせてもらってるんだよね。まあバイトの掛け持ちってやつ」
「いとこ」
「そうそう。狐目のお兄ちゃん。行ったことあるんなら会ったでしょ?」
「あー」
目を左右に引っ張って狐目を表現する鈴野さんの顔を見て、俺は鑑定所の職員の顔を思い出した。確かにこう見てみると若干似ている。職員じゃなくて店長だったのか。
「お陰で鑑定スキルも取れたし、夢に向かって前進中だよ~」
「狙ったスキルが取れたのか。鈴野さんって運がいいのな」
「え?ああ、違う違う。鑑定って継承スキルだから誰でも取れるよ?」
「え?そうなん?」
「知らないの?冒険者研修で習わなかったかな」
「あー…そう言えば名前だけ出たような気がする。鑑定士になるつもりがないなら関係ないですよ、で終わったけど」
「そっかぁ」
鈴野はアイテムを分別しながら、その合間に俺にどや顔を向けて指を立ててきた。
「継承スキル…まあ、人工スキルとも言うよね」
「人工スキル」
「そうそう。ほら、私達が小学生くらいの時に話題になったでしょ?」
「悪い、覚えてない」
当時は幼馴染の世話が大変で外に気を配る余裕が無かったからなぁ。
「んっとね、当時は見つかってたアイテムの最高ランクが3だったんだけど、伝説的なパーティーが飛びぬけて高いレア度5のアイテムを世界で初めて手に入れたのよ。それがスキルを生み出して、それを運用、保持する力を持ったマジックアイテム《世界樹の結晶》だったんだ」
「へえ…」
「で、国がそれを買い取って鑑定スキルを作ったの。資格がある状態で《世界樹の結晶》に触ったら誰でもスキルを手に入れられるってことで、当時は相当話題になったんだよ」
「それって、俺でも手に入るのか?」
「そんな簡単なもんじゃないよ。その資格って言うのが、マジックアイテムに対する一定以上の知識を有する事、だから。私なんて中学2年から勉強を初めて、高校1年に上がった時にやっととれたんだから」
「ふーん」
大体1,2年かかるってことか。なんか、資格みたいなスキルだなぁ。
「それに、取ったら取ったでレベル上げも大変なんだよ。普通のスキルと違って使えば使う程スキルレベルが上がるってわけじゃ無いから」
「ふむ…どういうこと?」
「継承スキルを使って手に入れた経験値は、全部 《世界樹の結晶》に継承されるの…まあ、吸い取られちゃうんだよね。だから通常のスキルのレベル上げみたいな方法だとレベルは上げられないんだよ」
「経験値が吸い取られる…どうしてそんなことを?」
「継承スキルそのものを成長させる為、かなー。鑑定スキルが生み出されたのが今から9年前の話で、当時は最大レベルが1だったけど、9年が経過した今では最大レベルは3まで上がってるんだ。鑑定スキルを持った人たちが沢山鑑定することで、その経験値を《世界樹の結晶》に継承させて、おおもとのスキルの最大レベルを上げる…これこそが鑑定が継承スキルと呼ばれる所以なんだよ」
9年で最大レベルが3って…気の遠い話だ。
「凄い話だな、なんか。スキルの最大レベルは10だから…最大レベルに到達するまでどれだけかかるんだか」
「単純に計算して数百年、らしいよ?まあ、鑑定スキル持ちの人口が増えたら多少早くなるだろうけど。どちらにしろその時になったら私達はとっくに死んでるだろうねえ」
からから笑いながら、アイテムをよく確認する彼女の後姿を俺は眺める。
「で、レベルを上げる方法は結局なんなんだ?」
「普通に勉強する事。レベル2に上がる条件が、十分な鑑定スキルの使用経験と、その知識の定着だから。鑑定Lv1を取得して、鑑定士として働いて大体4,5年で取れるんだ~。だから、私は高校生の内からこうしてバイトして働いてるんだよ。大人になったらすぐに鑑定Lv2を使える鑑定士として働けるようにね」
「…なんか、鈴野さんって大人びてるな」
「え~へへへ?そうかなぁ」
照れくさそうに顔に手を当てて体をくねらせる鈴野さん。ノリ良いよね、この人。
「それにしても、神野君こそ凄いね」
「え?急に何だ」
「アイテム、私が見たことない奴も多いから…それに量も凄いし。神野君ってソロなの?どこのダンジョンで探索してきたの?」
「…さあ、でもごく普通のダンジョンだとは思うけど」
「あ、ごめんね。探るのよくなかったよね」
「まあ、あからさまだったな、今のは」
苦笑いを浮かべる。
「…ねえねえ、私達協力関係にならない!?」
「急に何」
「だって、神野君がこの前鑑定所に来たのって四日前の事だよね?その間にこれだけのアイテムを揃えられたなんて知られたら、普通はめっちゃ探られると思うんだ!」
「それは…そうかもね」
「だから、私が専属の鑑定士になってあげる!私は余計なことは探らない、神野君は大量のアイテムを私に鑑定させてくれる…ほら、ウィンウィン!」
ええ…急にそんなことを言い出されても困るんだけど。
いや、でも、鈴野さんは悪い人間には見えないし、言っていることも筋が通っている。俺は何も考えずにとりあえず金欲しさで出張買取を頼んだが、鈴野さんじゃなかった場合庭のダンジョンに気付かれて、次の日には冒険者でごった返す…みたいな展開になってたかもしれない。
それに、鑑定スキルはかなり重要だ。
支援デバイスである程度どんなアイテムなのか調べることは出来るが、それは鑑定スキル持ちの鑑定士達が善意で登録した知識を集計して、撮影した写真をAIで判断して鑑定しているだけだ。間違えることも割と頻繁にある。
それに、装備したり使うだけで使用者に害が発生する、カースドアイテムなんかは鑑定スキルを持っていないとそもそも識別は不可能だ。
支援デバイスの鑑定能力が通じるのは、大体初心者の頃まで。これは冒険者研修でも言われた言葉だ。
「…悪くない話だと思う。そういうことだったら売る予定の無いアイテムの鑑定もしてもらっていいか?」
「本当!?よし、じゃあ私達は今日から仲間ってことでいいかな!」
「そ、そうだな…仲間と言ってもいいかもな」
「やったー!これからよろしくね、えっと…下の名前なんだっけ?」
「圭太だけど…」
「けいちゃん?」
「それ、近所に住むおばちゃんと同じ呼び方だけど」
「…圭太君で」
その後、値段を付けてもらうと、全部で48万だった。
たった三日で50万近く…凄まじい話だ。正直実感が沸いていない。
っていうか、税金回りについて色々調べないと不味いかも…お金の使い過ぎにも気を付けよう。
「そうだ、装備を新調するつもりなんだけど」
「本当?だったら午後からそっちに入る予定だから、午後からなら対応できるよ」
「じゃあ、お願いしても?」
「当然!それじゃあお店で待ってるからね」
そう言って、鈴野さんは原付バイクに乗って元気に手を振りながら街へと戻っていった。
さて、昼食を挟んだら早速街へと行ってみよう。
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